06 開戦
「うん、狙いどおりだね」
義経は物見から平家の防禦態勢を聞き、ひとりうなずいた。
かたわらにひかえた弁慶は、それを聞きとがめた。
「どういうことですか」
守りに入られるなど、攻める側としては厄介この上ない。
それをなぜ、「狙いどおり」と言うのか。
「いやいや、この場合、守りに入ってもらう方が楽。へたに攻めに転じられる方が厄介だよ」
義経は肩をすくめながら語った。
兄の頼朝の、後白河院を使っての「和したい」という嘘は、平家を警戒させ、福原にこもらせることが目的だった。
うっかり、京に攻め入るとか、平家の方から源氏に攻めかかかるとか、そういう選択をしないように。
「平家の兵は数万と言われているだろう? それが束になって範頼の兄上に襲いかかってみろ。ひとたまりもない」
ところが、それが福原の守りに徹するとするならば、福原のそれぞれの「口」に兵が分散する。
この時の平家の兵力は五万から七万と伝えられている。最大の七万として、おそらく半数の三万五千が、一番広い「口」であり、範頼が来襲する、東の生田口に貼り付けられることだろう。
残りの半数はというと、福原の裏手にある夢野口と、西にある塩屋口に二分される。おそらくは夢野口は山の手の「口」のため一万、塩屋口は海沿いの「口」のため二万五千が配置されるであろう。
「これで平家の将兵は分けられた。散らされた」
何しろ源氏は、先の宇治川の戦いで、範頼と義経によるはさみうちを演じている。それを警戒して、平家は福原のあらゆる「口」に備えねばならない。
「……でも、攻めるこちら側は、どの『口』をどう攻めるのかは、好きにできるんだよねぇ」
義経はほくそ笑む。最終的に、「どこを押さえる」かは決めている。
あとは、そのために、どれだけ嘘の攻めを積み重ねるか。
それだけだ。
「さてさて、もう七日か。矢合わせの日だね。まずは西の塩屋口。それから……」
二月七日。
夜明けと共に、熊谷直実ら五騎が、塩屋口に出現した。
直実は、義経から意を含められて、義経軍から先駆けして、あえて少数で攻めかかった。
「あのような小勢」
守将の平忠度は取り合わなかったが、挑発する直実にやがてしびれを切らして攻めかかった。
「直実、待たせた」
直実ら五騎相手に手こずっていた平家は、その横合いから土肥実平の七千騎があらわれ、痛撃を食らう。
「しまった、図られたか」
忠度は黒く塗った歯を歯噛みしながら悔しがったが、やがて心を切り替えて、防戦に意識を集中した。
「西から?」
東の生田口に陣する知盛は、その知らせに、だが動くことはなかった。
「西から攻めると見せかけて、やはりこの東、生田口か? その手には乗らん」
源氏は最初からはさみうちが狙い。
ただし今回は、時間差をつけて、この生田口の兵力を西に向かわせんとしているのだ。
知盛はそう言って、なみいる諸将を落ち着かせた。
「それに山道を向かった義経とやら、資盛の話では、せいぜい一万というではないか。なら、薩摩守(忠度のこと)に任せておけば良い。また、もし夢野口に攻めかかったとしても、あそこには教経がいる」
それより、範頼の兵力の方が脅威だ。
何しろ、五万六千余騎もいる。
「だが、やりようはある。『こう攻めるとわかっているのなら』、やりようはある」
その時、物見が範頼軍接近を告げた。
知盛は「来たか」とほくそ笑んだ。
「では手はずどおり、濠の前に陣せよ」
知盛は生田口に濠をめぐらし、さらに逆茂木(尖った木の枝を相手側に向けた障害物)を設置して待ちかまえていた。
「源氏が見えたら弓を張れ、矢を射よ。矢衾じゃ。その中を」
果たして源氏の大軍とはいえ、攻めきれるかな。
そう言って知盛はふたたびほくそ笑んだ。




