05 院宣
資盛の敗走を受け、平家は色めきだった。
「矢合わせの日取りも守らぬ、田夫野人めが」
知盛としては、すぐに逆襲に出たいところだったが、すでに清盛の法要の日が来ていた。
今さら変えることはできない。
「ならば法要が終わり次第」
ここで知盛は、強引にでも義経の邀撃に向かえば良かったのかもしれない。
でも、彼にはできなかった。
父・清盛の法要は、平家のみの儀式ではない。
平家の再興を期しての、一大催しである。
一族縁者を糾合し、それを内外に知らしめ、もって、源氏との戦いに臨む。
そういう法要だった。
だから、源氏から事前通告のあった、矢合わせの二月七日の前日に執り行うことになっていたのだ。
「兄上、法要が終わり次第、終わり次第ぞ。これは譲れぬぞ」
息巻く知盛。
これには宗盛も、あらがえないと思った。
矢合わせの日よりも前に、しかも夜襲して来たとあっては、反撃せざるを得ない。
「おじうえ」
膝の上に座る安徳天皇が、心配そうに宗盛を見た。
宗盛は笑った。
敢えて。
「心配ござらん。この福原は、守るに易く、攻めるに難い。ここにいる分には、大丈夫でござる」
そうだ。
大丈夫なんだ。
少なくとも、ここにいれば。
宗盛は心中、そう思った。
……その瞬間を狙ったのか。
この時、後白河法皇から文が届いた。
「かしこくも、院宣である」
文を届けた水無瀬親信という公家が、重々しくそう告げた。
「おそれおおくも、院は、そなたら平家と源氏、合戦を止めよとのことである」
「嘘だ」
知盛がまず叫んだ。
彼自身が言及したとおり、後白河法皇は後鳥羽天皇を立て、安徳天皇を相対化し、否定した。
だから、後白河法皇は、平家を潰すつもりなのだ。それに嘘はない。
というのに、平家と源氏の合戦を止めようなどということは。
「つまり、何らかの詐術。裏に何かある、嘘に相違ない」
知盛がそう言う中、水無瀬親信は書状を宗盛に渡して、さっさと帰ってしまった。
宗盛は手にした書状を矯めつ眇めつする。
「兄上、まさかその院宣、信じるのではあるまいな」
「どうやら真筆らしい。院の筆跡だ」
「そういう問題では、ござらん」
しかし宗盛には、奇貨居くべしと思えた。
これから源氏と合戦になるのなら、この院宣があれば、いざという時の和平交渉に使える。
勝ったならなおさら、負けたのなら、院宣をたてに、攻撃をやめさせることができるのでは。
「お甘い」
知盛は、そうやって油断させるのが、院の「手」だと言った。
宗盛は、そうだとしても、こうして院宣がある以上、それを用いるに如くはなしと語った。
双方ともに理があり、利がある。
だから二人の話し合いは、埒が明かなかった。
結局、義経接近の報もあるので、今回は福原の防備を固め、源氏の来襲にそなえる、ということで妥協することになった。
知盛としては、源氏が停戦の院宣という嘘に乗じて攻めたところを逆撃する、ということで。
宗盛としては、平家から攻めて、停戦の院宣を嘘にしたくない、ということで。
「……釈然としないところはあるが、ここで割れるわけにもいかぬ。その代わり兄上、源氏が攻めて来たら、あとはこちらでやらせてもらうぞ」
「むろんだ知盛。されど帝と母上(二位尼)は、こちらで護持する」
「ああ、それはそれでいい。好きにしてくれ、兄上」
知盛は、兄の宗盛にいくさの面では期待していない。
それは馬鹿にしているわけではなく、役割分担というもので、宗盛は平家の棟梁として、政や外との交渉事をやってくれればいいと思っている。
それに、こう言っては何だが、二位尼と安徳帝は、この際邪魔というか、足手まといである。
それを、宗盛が護持するというかたちを取ってくれれば、うまくいくさから切り離して、こちらは指揮采配に集中することができようというもの。
「ではわれらは帝と共に、ここ福原に本陣をかまえる」
「わかった」
そうと決まればと、宗盛と知盛は、息を合わせて法要を執り行なった。
本来は気心の知れた兄弟である。
それがいつの間にやら、互いの考えに食いちがいが起きるようになっていた。
子どもの頃が、まるで嘘のように。




