03 福原
この時、平家は当初の目的である、福原の都を復すことに成功していた。
義仲と頼朝の争いに乗じたおかげである。
「では帝、この宗盛と福原へ」
屋島から福原へ。
平家の棟梁・平宗盛は、幼い安徳天皇とともに、この最前線に移った。
というのも、今は亡き清盛の法要を、清盛の愛したこの地で執り行うためである。
むろんそれだけでなく、故・清盛も目をつけていたとおり、福原は周りを山に囲まれた防禦にすぐれた土地であったため、平家はここに本拠を移した。
ただし義仲により焼き払われていたため、幔幕を張って、仮の行宮とした。
「いずれは再建してみせる。亡き父・清盛よ、見守っていて下され」
京をめざすにしろそうでないにしろ、この平家隆盛の象徴ともいうべきこの地を、かならずや再興してみせる。
そう決意する宗盛は、今にして、性急に京を押さえなくて良かったと思っている。
あの義仲の断末魔ともいうべき、宇治川、粟津の激しい戦いぶりを聞くにつけ、今の平家勢をぶつけなくて、ほっとしている。
「負けないにしても、かなりの兵を損なわれたであろう」
加えて、鎌倉から攻め上がって来た義経と範頼のおそるべき戦い方も気になる。
最初に義経の二万五千騎を当て、まるで弾かれたように京から脱した義仲を、より多くの範頼の三万騎で囲い、追い、討つ。
「兵書でいう、双頭の蛇ではないか」
知盛はそう言って、源氏の戦い方について研鑽を重ねている。
彼、知盛に言わせると、そもそも頼朝の石橋山の戦いにしても、それにつづく房総での再起こそ本命で、見せかけの負けに騙されている、ということらしい。
「かくあれば、今こそ、平家から京に攻め上るべし」
安徳帝を護持して福原に到着した兄の宗盛に対し、知盛はまずそう言った。
「兄上、鎌倉の兵たちは長旅を終え、いくさを終えたばかり。今戦えば勝ちの目がある。いくさしましょうぞ」
この時、平家の兵力は七万騎といわれている。
対するや、鎌倉の派した兵力は義経の二万五千と範頼の三万で、計五万五千騎。
「なれば兄上、帝を押し立てて、向かいましょうぞ、京へ」
「むむ……」
知盛の提案は魅力的だった。
成功すれば、鎌倉勢の義経と範頼を討てる。
頼朝自体は東国だが、それでも、こうして京へ兵を差し向ける余裕は消えるだろう。
奥州の動向は気になるが、少なくとも京畿と西国は平家の手中となる。
「兄上、京には後白河院の立てた帝がいる(後鳥羽天皇)。われらの帝(安徳天皇)からすると、相容れぬ」
後白河法皇は、平家が安徳天皇を連れて都落ちしてしまうと、後鳥羽天皇という天皇を立てており、平家の存立する帝という絶対的存在を、相対化させてしまった。
「天に二日なし、地に二王なしというではないか、兄上。二帝がならび立った今、どちらかが斃れるまで戦うしかない」
知盛はおのれの言葉に酔っているのではないか。
宗盛はここに来て、そういう思いに立ち返っていた。
そもそも安徳天皇は践祚した時、三種の神器を受け継いでおり、それは今も宗盛が帝と共に護持している。
だから、後鳥羽天皇にはそれがない。
であれば、有利なのは平家であり、むしろ一戦してその有利を損なうのは、良くないのではないか。
「兄上、いかに」
知盛が迫ってくる。
宗盛は、戸惑った。
こういう時、どうすればよいのか。
父・清盛が生きている時は、父に聞けばよかった。
でも、もう父はいない。
「知盛よ」
「はい」
「そも、この福原にわれらが来たわけは、父・清盛の法要にある」
「……はい」
知盛が不審げな目で見ている。
だが宗盛は押し切った。
法要が終わるまで待て、と。
そうまで言われては知盛も引き下がざるを得ない。
「おじうえ、おじうえ」
知盛が去り、ほっとする宗盛の裾を、安徳天皇が引っ張る。
宗盛は顔をほころばせた。
そして思う。
そうだ、この子が大きくなるまでは。
「軽挙妄動は慎むべきなのだ。でないと……」




