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第7話

入学式からあっという間に一週間が経った。


大型バス特有の、低く重いエンジン音が足元から力強く伝わってくる。

真新しい高校生活の慌ただしさにまだ目が回りそうになっている中、私たちは一泊二日のオリエンテーション合宿へと向かっていた。


車内には、ほのかに甘いチョコレートやスナック菓子の匂いと、新緑の季節特有の少し湿った暖かい空気が入り混じっている。

行き先は山のキャンプ場。

大自然の中でバーベキューや登山をして、新しいクラスメイトとの親睦を深めるらしい。


バスの座席は、名簿順に前から六人ずつで区切られた班ごとに割り振られていた。

私の班は、男子が四人に、女子が二人。


「めぐ、これいる?」

「いるいる! それ好き! 葵もこれいる?」

「いる〜」


色付きの窓ガラスから差し込む春の陽光を浴びながら、私は隣の席の葵と、膝の上に広げたお菓子の交換会を楽しんでいた。

金森葵かなもりあおい

中学から同じ吹奏楽部に所属していて、仲のいい友達だ。

すらりとした長身に切りそろえられたショートボブがよく似合う、クールでお姉さん気質の女の子。


今年初めて同じクラスになれて、二人で手を取り合って飛び跳ねて喜んだばかり。


葵からもらったクッキーをかじりながらも、私の視線は前の座席へと向かってしまう。

目の前の背もたれ越しに見えるのは、同じ班になった男子四人のうちの一人――なっちゃんの背中だ。

さっきから、前の席からはほとんど話し声が聞こえてこない。

なっちゃんは、昔から車に弱いのだ。

小学生の頃、遠足のバスで顔を真っ青にしてダウンしていたのを覚えている。

最近はどうなのか分からないけれど、いつもなら男子同士で軽口を叩き合っているはずなのに、今日は妙に静かだ。


(……大丈夫かな?)


カーブを曲がるたびに揺れる車体に、私の胸の奥もソワソワと落ち着かずに揺れた。



プシューッ、とバスがエアブレーキの大きな音を立てて、サービスエリアの駐車場に停車した。

「十五分後に出発するからな〜」という先生の声に合わせて、車内の空気がどっと動く。


「めぐ、トイレ行く?」

「うん」

私たちは連れ立ってバスを降りた。


外の空気は少しひんやりとしていて、アスファルトの匂いに混ざって山の澄んだ空気が肺を満たす。


寄り道せずに早足でバスに戻ってくると、車内はまだ大半の生徒が戻っておらず、がらんとしていた。人が減ったせいか、頭上から吹き下ろすエアコンの風がやけに涼しく感じる。


私たちの席に戻ろうと通路を歩いていた時、前の座席から降りずに一人残っている背中を見つけた。


なっちゃんは窓枠に頭をもたれかけ、ぼんやりと外を眺めていた。

窓ガラス越しに横顔が見えたが、血の気が引いて、少し青白くなっているようだった。


(やっぱり、酔ってるのかも……)


私は急いで自分の席に戻ると、なっちゃんと、隣にいる葵くらいにしか聞こえないように身を乗り出し、小声で背中に話しかけた。


「……なっちゃん、大丈夫?」

ピクッと肩を揺らした彼が、ゆっくりとこちらを振り返る。


「……ん? あー、大丈夫。ちょっと酔っただけ」

落ち着いた低い声だったけれど、少し無理しているのがわかる。


私は慌てて自分のリュックを引き寄せ、ガサガサと中身を漁った。


「これ! よかったら使って!」


ナイロンの布擦れの音をさせて取り出したのは、家にたまたま残っていた酔い止め薬と、今朝コンビニで買ったばかりのレモン味のドロップ飴だ。


なっちゃんは目を少し見開いた後、ふっと息を吐いてそれを受け取った。

「……おー、ありがと。忘れて困ってたから助かるわ」

そう言うと、彼はペットボトルの水で薬を飲み込み、黄色い飴玉をぽいっと口に放り込んだ。


ほのかに爽やかなレモンの香りが、座席の間にふわっと漂う。

(これで少しでも楽になるといいな)

私はホッと安堵の息をついて、背もたれに深く寄りかかった。


その様子を隣で見ていた葵が、クスクスと肩を揺らした。

「おー、すごい。なんかしっかりしてて、めぐじゃないみたい。いつもおっちょこちょいばっかりしてるから」

「えー?」

私がむくれてみせると、前の席から少しだけ生気を取り戻したなっちゃんの声が降ってきた。

「……これ、買ったの?」

薬が入っていたシートを軽く振りながら、彼が尋ねる。

「ううん、家にあった、昔お兄ちゃんが使ったやつの残り」

私が事も無げに答えると、なっちゃんは「『昔』……」と呟きながらピタッと動きを止め、私を振り返った。

「……期限とか大丈夫そ?」

「えっ」

慌てて再びリュックの中を漁り、薬の入っていた箱の裏面に印字された小さな文字を凝視した。

「ええっと……」

目を細めて西暦と月を確認する。

バスの微かな揺れもあり、擦れて薄くなっていた小さな印字がぼやける。


「……あ! 大丈夫だったー! ギリギリあと二か月後! ふー、焦ったあ……」

大げさに胸をなでおろして息を吐き出すと、正面でなっちゃんが呆れたように吹き出した。

隣を見ると、葵も口元を押さえて笑っている。


「えー? なんで二人して笑ってるの?」

私が不思議に思って首を傾げると、なっちゃんと葵はさらに堪えきれないように笑い声を漏らした。

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