小さい頃、二人で遊んだ陽だまりの部屋で。(1/2)
高校二年、秋も深まり始めた頃の話。
「じゃあ、行ってくるね」
「んー」
中間テストを終えたばかりの週末。
部活も休みで久しぶりに朝寝坊を満喫し、まだ少し頭がぼーっとしている僕は、普段とは違うよそ行きの服を着た両親を玄関で見送った。
今日は母さんの誕生日で、夫婦二人で少し遠出をして、港町にある有名ホテルの上層階での食事や、繁華街の散策を楽しむらしい。
さっきまで「服が決まらない」だの「俺はこれでいいのか」だのと若干の痴話喧嘩を繰り広げていた二人だが、なんとか無事に出発していった。
――ガチャン。
ドアが閉まると、家の中には静寂だけが残った。
弟も昨日から修学旅行に出かけているため、今日この家には僕しかいない。
腹が減ったので、少し早いが朝昼兼用の食事にしようと、食パンを焼いてトーストとヨーグルトだけをテーブルへ無造作に並べた。
テレビのニュース番組をぼーっと眺めながら、それらを口に運ぶ。
両親のくだらない小競り合いを思い出し、ふと考える。
めぐみと付き合って一年以上経つが、僕たちはあんな風に喧嘩をしたことがない。
めぐみは元々穏やかだし。
僕がたまに、彼女がクラスの男子と仲良さそうにしているのを見て、「……ちょっと喋りすぎじゃね?」と理不尽なクレームを入れたりすることはあるが。
めぐみはいつもすぐに「えっ! ごめん……」とシュンと反省するので、喧嘩にすらならないのだ。
それに、僕たちがかなりオープンに付き合っているからか、お互いに他の異性からアプローチされるようなこともなく、平和な日々が続いている。
今朝、めぐみからは『部活行ってくる!』とメッセージがきていたが、それが午前中で終わるのか、一日練なのかを聞きそびれていた。
午前中までならそろそろ終わっている時間だろうが、まだスマホに通知はない。
今日は一日暇なのだから、事前に予定を確認しておけばよかったなと、少し後悔していた。
◇
食事と片付けを終え、上下スウェットという完全に気の抜けた格好のまま、久しぶりに静かなリビングで一人ゲームに熱中していると。
——ピンポーン。
家のチャイムが鳴り響いた。
モニターをよく見ずにインターホンに出ると、スピーカー越しに愛しい声がして、慌てて玄関へと向かった。
ガチャリとドアを開けると。
「……なっちゃん!」
嬉しそうな笑顔のめぐみが立っていた。
部活は午前中までだったらしい。
制服ではなく、薄手のベージュのニットに細身のジーパンという秋らしい私服に着替えていた。
「えっと、なっちゃんママいる? お誕生日だよね」
めぐみは僕の後ろの廊下をのぞき込むような仕草をする。
その手には、プレゼントらしき小さな紙袋が握られていた。
「あー今日、父さんとご飯食べに出かけてて、夜まで帰ってこないよ」
僕がそう答えると、めぐみは「あ……そうなんだ」と少し目を丸くした。
しんと静まり返った家の中の様子から察したのか、めぐみが少し上目遣いで聞いてくる。
「……じゃあ、なっちゃん一人?」
「……あ、うん」
なんとなく、二人の間に気まずいような、甘いような、こそばゆい沈黙が流れる。
めぐみと付き合い始めてから、お互いの家に遊びに行くことがあっても、家の中で二人きりになるシチュエーションはなんとなく避けるように気をつけていた。
どちらかの家族の誰かがいる時にだけ、一緒にゲームをしたり、音楽を聴いたり、テスト勉強をしたりしていたのだ。
理由はただ一つ。
二人きりの密室で僕の理性が保てる自信が、微塵もなかったからだ。
特にここ最近は、その傾向が強い。
学校の昼休みに旧校舎の階段でこっそりキスをする逢瀬だけでも、僕の理性のストッパーは毎回ギリギリの悲鳴を上げている。
めぐみもそんな僕の様子を察しているのか、お互いに空気を読んでいた部分があった。
(……どうする。どこか出かけるか?)
そう考えたが、せっかく来てくれた彼女をすぐに追い返すのも違う気がして、僕は短く息を吐いた。
「……とりあえず、一回入る?」
「……じゃあ、お邪魔します」
めぐみは小さく頷き、靴を脱いで家に上がった。
◇
リビングに入ると、めぐみはおとなしくダイニングの椅子にちょこんと腰掛けた。
「……麦茶でいい?」
いつもなら適当に「冷蔵庫にあるもの勝手に飲んで」と言うくせに、変に緊張してしまって律儀に聞いた。
「あ、うん。ありがと」
冷蔵庫から取り出した麦茶をグラスに注ぎ、静かにめぐみの前に置く。
「…………」
「…………」
僕も向かいの席に座り、なんとなく黙ったまま二人で麦茶をすすった。
テレビからは、もうすぐハロウィンだのという賑やかなニュースが流れているが、まったく頭に入ってこない。
「……今日、肌寒いよね。ニット出しちゃったよ」
めぐみが少し照れくさそうに、自分の袖を引っ張りながら言う。
「……な」
その言葉で、僕は今更ながら自分の服装のだらしなさに気づいた。
上下パジャマとして着ている、ヨレヨレのグレーのスウェットだ。
「やべ。着替えてくるわ」
僕が立ち上がると、めぐみは不思議そうに首を傾げた。
「え? 別にいいじゃん」
「いや」
めぐみがせっかく可愛い秋服を着てきてくれたのに、これではあまりにも釣り合わない。
少しでもマシな格好になりたくて、僕は逃げるように自分の部屋へと駆け込んだ。
ドアを閉め、「ふーっ」と大きなため息をつく。
タンスから服を引っ張り出しながら、僕は頭を抱えた。
(……くそ、なんかめちゃくちゃ緊張するな。調子が狂う)
まず、めぐみの秋服姿が可愛すぎて、目のやり場に困る。
片思いの時は、適当にあしらって目をそらしておけばセーフだった。
でも今は違う。僕はめぐみの恋人で、めぐみは僕の恋人なんだ。
(これは……一刻も早く外に出かけた方が、いいかもしれない)
そう結論付けかけた時、「脳内の僕たち」が騒ぎ出した。
『おい、待て待て! せっかくのチャンスを無駄にする気か!? 弟は終日不在、親は遅い時間まで帰ってこないと言っていた! これはまたとない、数年に一度のスーパーチャンスだぞ!』
『めぐみだって、家に誰もいないとわかっていて上がったんだ! これは暗黙のOKサインに決まってるだろ! 行け!』
『……いや、待て。あのめぐみのことだ。単に何も考えていないだけという可能性が極めて高いぞ……』
そんないつもの脳内会議を繰り返しながら、無難な黒のロンTと少しゆるめのジーパンに着替えた。
静かにリビングへと戻る。
(……よし。とりあえず外に誘おう)
そう決意して口を開こうとした瞬間、先にめぐみが口を開いた。
「……なっちゃん。私、あれやりたい」




