小さい頃、二人で遊んだ陽だまりの部屋で。(2/2)
「……あーっ! 惜しいー!!」
めぐみが「やりたい」と指差したのは、彼女が来る直前まで僕が一人で使っていた、テレビゲームのコントローラーだった。
オリンピックの様々な競技を二人プレイで体験できるゲーム。
めぐみはこのゲームが好きで自分の家でも持っているが、兄の光くんがコントローラーを壊してしまい、遊べなくなったと不満そうにしていた。
僕と組んでコンピュータープレイヤーと戦っているめぐみ。
敵に点を入れられて本気で悔しがったり、卓球のラケットを思いっきり空振りしては、頬に笑窪を作ってケラケラと笑っている。
その無防備な様子を見ていると。
さっきの脳内会議での『これはOKサインだ!』という都合の良い予想は見事に外れ、『あのめぐみのことだ(何も考えていない)』という後者の意見が完全に正しかったことが証明された。
(……ゲームがひと段落したら、どっか出かけるか)
僕は半ば諦めの境地で、隣で笑うめぐみの横顔を見つめていた。
次の競技はバスケだった。
僕が実際にやっている競技ということもあり、変に気合いが入ってしまい、気づけば二人で本気になって熱中していた。
ものすごい接戦になり、残り数秒。
「めぐ、いけっ!」
僕のパスを受けた画面の中のめぐみがシュートを放ち、見事にブザービーターを決めてコンピューターに勝利した。
「わーっ!! やったあー!!」
歓声を上げながら、めぐみが僕の腕に勢いよくしがみついてきた。
あまりの無防備な接触に、僕はハッと我に返って身体を強張らせる。
「……めぐ。ちょっと近いわ」
僕が掠れた声でそう絞り出すと、めぐみもハッとしたように一瞬だけ腕の力を弱めた。
しかし、そのまま離れるかと思った次の瞬間。
今度はさっきよりも強く、ギュッと僕の腕に力を込めて抱きついてきた。
(!?!?!?)
驚いてめぐみの顔を見ると、彼女は真っ赤になって俯きながら、小さな声で呟いた。
「……なんで、ダメなの?」
その上目遣いと震える声に、僕の全身の血がカーッと沸騰していくのを感じた。
「…………」
何も言えず、ただ彼女を見つめる。
(……いいの?)
僕はうかがうように、そっと顔を近づけ、唇に触れるだけの短いキスをした。
「…………」
じっと僕を見つめ返してくる彼女の潤んだ瞳を見て、これまで必死に耐えていた理性の糸がプツンと音を立てて切れた。
僕はめぐみの手を強く握って、リビングから彼女を引っ張り出した。
◇
――バタン。
自分の部屋のドアを閉めると、まるで世界に二人きりになったような錯覚に陥る。
堰を切ったように強く抱き合い、何度もキスを繰り返した。
ここは小さい頃、いつも二人で一緒におもちゃや画用紙を広げて遊んでいた部屋だ。
そして、小学生の僕が、一度目にめぐみへ想いを伝えた部屋でもある。
いつもなら、僕の熱にめぐみが戸惑いながら応えてくれるような感じなのに、今日は彼女の方からも僕と同じくらい強い熱を感じて、頭がおかしくなりそうだ。
そのまま吸い込まれるようにして、二人でベッドに傾れ込む。
彼女のいろんな感触を、自分の手のひらで一つひとつ確かめていく。
秋服の柔らかなニットの下、薄い肌着のさらに奥にある、なめらかで温かい素肌に指先が触れた瞬間――。
僕の奥底にわずかに残っていた理性が働き、唇の隙間からそっと彼女に問いかけた。
「……怖くない?」
その言葉を聞き、うっすらと開いためぐみの瞳が、不思議そうに瞬いた。
「……うん? なんで?」
その言葉が、彼女が僕に安心して全てを委ねている証拠のように思えて、僕は心の底からホッと息を吐き出す。
「……なら、よかった」
僕は彼女の耳元で甘く囁き、そのまま、愛しい彼女だけに夢中になっていった。
◇
天井の白い壁をぼんやりと見つめている。
気を抜くと、頭の中に人生の幸福なエンドロールが流れ出してしまいそうだった。
そのくらい、今の僕は完全に満たされている。
隣にいるめぐみは、身体ごと僕の方を向いて、ぴったりと身を寄せている。
ふと、彼女が鼻歌を口ずさんでいることに気がついた。
それは僕が一年生の文化祭のライブで、めぐみへの片思いの切なさを込めて歌った曲と、同じバンドのもので。
麗しい恋人へ向けた、ハッピーなラブソングだ。
僕もめぐみの方に身体を向け、ニコニコしている彼女の柔らかい猫っ毛に、ゆっくりと指を通す。
僕がいつも使っている見慣れた水色のシーツに、すっぽりと包まっているその姿が眩しい。
目を細め、小さな声でサビのフレーズを口ずさむめぐみに、思わずフッと笑みがこぼれる。
『君からの愛のメロディ いつまでも届け続けてね』
それは彼女なりの僕へのアンサーに聞こえて、胸の奥がギュッと締め付けられるほど愛おしくなった。
「……機嫌いいな」
優しく笑いかけると、めぐみは僕の胸に顔を擦り寄せて、「えへへ」と幸せそうに微笑んだ。
◇
その日の夜。
両親は久しぶりに充実した時間を過ごせたようで、帰ってきた母さんの機嫌は、朝のカリカリした様子とは打って変わってすこぶる良かった。
風呂から上がると、さっき帰ってきた両親が置いたのか、リビングのテーブルの上に少し高そうなラングドシャの箱が二つ置いてあった。
「なにこれ」
僕は首にかけたバスタオルで髪の水分を適当に拭きながら、その箱を指さした。
「ああ! 食事したホテル限定の有名なお菓子よ。あなたたち兄弟と、めぐちゃんのお家にね」
母さんが今日着ていた服を手入れしながら、上機嫌で答える。
「めぐちゃんに昨日たまたまエントランスで会った時、今日食事に行く話をしたのよ。そしたら『いいなー! 素敵!』ってすごく羨ましがってくれたわ」
その言葉に、僕はふと手を止めた。
「……ん? めぐに、今日出かけること話したの?」
「そうよ。あんたも自分で稼ぐようになったら、めぐちゃんを連れて行ってあげなさいよ!」
母さんのお節介も半分しか耳に入ってこなかった。
母さんの話によると――めぐみは今日、僕の親が不在であることを知っていて、うちにやってきたということになる。
『なっちゃんママいる? お誕生日だよね』
そう言って玄関で僕の後ろをのぞき込んだ時の、あの少し不自然な芝居がかった仕草を思い出す。
(……あいつ、全部知ってて……)
そんな可愛い嘘をついて、わざわざ一人きりの僕の部屋にやってきた彼女がいじらしくて。
「……へー」
僕はそう短く呟きながら、口元から溢れる笑みをどうすることもできなかった。
手元のタオルを強く握りしめ、もう一度、甘ったるい幸せな余韻に浸った。
―― 番外編・完 ――
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました……!
夏樹とめぐみの恋模様、少しでもお楽しみいただけていたら、とても嬉しいです。
そして、もし何か感じられたことがありましたら、一言でも構いませんのでぜひ教えていただけたらと思います。
大切に読ませていただきます。
現在公開中の他作品も、すぐにお読みいただけます。
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◆ 毎日更新中(6月中旬に完結予定)
『ふたつの弧が、重なるとき』
https://ncode.syosetu.com/n3898lv/
中学時代、密かに惹かれ合っていたエースピッチャーの彼と、走り高跳びの彼女。夢を絶たれた夏の夕暮れを最後に言葉を交わすこともなかった二人は、上京後に大学の新歓で偶然の再会を果たす。六年越しの初恋は、不器用な嫉妬やすれ違いを経て、やがて甘い恋人同士へ――。一緒に大人になっていく過程を両視点で描いた純愛ロマンス。
◆ 完結 / 他サイトでトレンドランキング上位にランクイン
『面識のなかった同級生と名前のない関係になったら、隙間なく重なる相性で離れられなくなった』
https://ncode.syosetu.com/n5315mb/
引き寄せられるように、思いがけず一晩を共にしてしまった同級生の男女。二人だけの特別な関係をつくっていく過程を、両視点で描いた物語。
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改めまして……幼馴染二人のラブストーリーにお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
気が向きましたら、またいつでも読みにきていただけると嬉しいです。




