最終話
高校生活、二度目の文化祭。
去年と同じ、一日目の夕方から夜へと差し掛かる時間帯。
僕たちはライブ直前のステージの袖で待機していた。
「あー……また緊張してきた」
ギター担当の男子が、ベース担当の男子の肩にもたれかかりながら、ぽつりとこぼす。
一年ぶりにステージに立つ僕も当然、緊張で少し心拍数が上がっている。
「由利は相変わらず、全然緊張してないなー」
そう言って笑う嶋の視線の先では、由利さんが去年と同様、涼しげな顔で立っている。
「……だって、いつものコンクールは一人だけど。今は、みんないるし」
彼女がさらりと微笑んでそう言うと、僕たちも肩の力がふっと抜けて緊張がほぐれていくのを感じた。
暗い袖の中から観衆の方へ目を凝らすと、人混みの中にめぐみの姿を見つけた。
最前列には前のバンドからずっと陣取っている人たちもいるが、めぐみは去年と同じ中央のポジションで、それでも前回よりはかなり前のほうに立ってくれていた。
今日の彼女の髪型は、なんと僕の大好きなハーフアップだ。
昼間、めぐみのクラスの出し物であるカフェに行ったら、可愛らしいカフェ店員の制服姿とあの髪型で、「なっちゃん来た!」ととびきりの笑顔を向けられた。
冗談抜きで、可愛すぎて死ぬかと思った。
その後、一緒に校内を回った時、人けのない物陰でこっそり一度だけキスさせてもらったのは、誰にも内緒だ。
「次、お願いします!」
軽音部のスタッフから声がかかり、僕たちはステージへと出ていく。
マイクの位置を調整し、MCの紹介を聞きながら、小さく「ふうっ」と深呼吸をした。
嶋がスティックでカウントを取る。
嶋自身が刻むハイハットの軽やかなリズムから、一曲目のハッピーなラブソングが始まった。
「キーボードは初めて」と言って目を輝かせていた由利さんの弾むような音が、メロディを楽しく包み込んで導いてくれる。
観客もステージに向かって身体を弾ませ、一緒に歌いながら盛り上がってくれていた。
サビの締めくくりでは、嶋がドラムでリズムを刻み続けながら、僕の声にハモリを重ねてくれる。
歌っている僕自身も、思い切り音楽を楽しんでいた。
めぐみも、笑ってくれているだろうか?
今、どのくらい僕のことを想ってくれてる?
一曲目が終わり、ステージの明かりが少し落ちる。
由利さんがキーボードの前から、グランドピアノへと移動した。
彼女の準備ができたことをしっかりと確認し、微笑みながら頷いた嶋が、再度スティックを鳴らして二曲目の合図をする。
二曲目は、大好きな恋人への想いをゆったりとしたリズムに乗せて歌うバラードだ。
曲を選ぶ時、嶋に『私的な選択ではないか!?』と指摘された。
ごめんなさい、その通りです。
決め手は、この曲の歌詞を見た時、それが僕の今の気持ちそのものだったからだ。
でも、気持ちを込められるほうがいい演奏になるわけだし、と僕は開き直っている。
バラードだけど、とてもあたたかい曲なので、みんな心地よさそうに身体を揺らしながら口ずさんでくれている。
歌い終えると、体育館いっぱいに響き渡る大きな拍手が湧き起こった。
僕やバンドメンバーの名前を呼んでくれる友達の声も、たくさん聞こえてくる。
ゆっくりと明かりが戻ったとき。
視線の先、直線上の場所。
両手を頭の上に高く持ち上げて、一生懸命に拍手をしてくれている、大好きな笑顔が見えた。
僕は、彼女にしかわからないような、小さな微笑みを投げかけた。
◇
ステージ袖に戻ってメンバー全員で労い合った後、次のバンドの曲間に観衆のほうへと出た。
「おっ! 朝井ー!!」
「お疲れー! 今年も良かったぞー!!」
「なっちゃんカッコいい!!」
「なっちゃん付き合って!!」
あっという間に、クラスメイトや部活の友達、それに知らない女子たちにも囲まれる。
「おー」「ありがと」
感謝の言葉を返しつつも、僕は必死にめぐみの姿を探して焦っていた。
去年、ライブの直後にめぐみがさっさと帰ってしまったという苦い過去があるからだ。
人混みをかき分け、友達と話している彼女の後ろ姿をなんとか見つけた。
「……めぐ!」
背後から声をかけると、彼女が振り返る。
「なっちゃん! お疲れさま」
柔らかく微笑む彼女の顔を見て、僕は心底ホッとして息を吐き出した。
「よかった、まだいた」
「うん? 一緒に帰る約束してたじゃん」
不思議そうに首を傾げるめぐみに、「いや、去年みたいに何も言わずに帰るかと思って」と本音をこぼす。
「なっちゃんって、結構根に持つよね」
めぐみは呆れながら笑っていた。
男女かかわらず色んな人から話しかけられるが、僕は彼女の腕を引き、そのまま出口に向かって歩き出した。
「……話していかなくていいの?」
めぐみが周りを気遣って聞いてくるが、僕はすれ違う人たちの声には軽く挨拶だけを返し、彼女の目を見た。
「今は、めぐといたい」
そう言って、二人で体育館を後にした。
◇
暗くなり始めた初夏の帰り道を、しっかりと指を絡めて歩く。
「あー、さっきのライブで、またなっちゃんフィーバーがきたらやだなあ……」
めぐみが不満げにぽつりと呟いた。
(可愛い)
内心悶えながらも、僕は平然と返す。
「いや、さすがにないでしょ。これだけオープンに付き合ってるんだから」
「えー、そうかなあ」
めぐみはまだ納得していない様子だ。
そして彼女はハッと顔を上げて、焦ったように聞いてきた。
「明日のクラスの打ち上げって、カラオケではないよね!?」
「違うよ。ファミレス」
僕が答えると、めぐみは「は〜よかったあ」と大袈裟に胸をなでおろした。
少しの間、二人の足音だけが響く静かな時間が流れる。
「……ねえ、なっちゃん」
めぐみが、繋いだ手を少し揺らした。
「今回の二曲……なっちゃんが選んだの?」
横目で僕を見ながら尋ねてくる。
「嶋たちが絞ったリストの中から、俺が『これがいい』って言ったよ」
そう答えると、めぐみは「……ふうん。そうなんだ」と前を見つめながら、とても嬉しそうに微笑んでいた。
その柔らかい横顔を、僕はじっと見つめる。
二曲目のバラードの歌詞。
『この先もずっと 君の世界にいさせて』
僕が完全に私情で選んだ曲。
そのメッセージは、ちゃんと彼女に届いていたらしい。
「……なに!?」
僕の熱い視線に気づいためぐみがこっちを向き、照れ隠しなのか腕にギュッとしがみついてきた。
「……なんでもない」
僕は幸せを噛み締めながら笑った。
暑い夜風の中、二人でじゃれ合いながら、マンションへの帰り道を歩いていくのだった。




