第44話
しばらくの間、静かに抱き合っていた後。
なっちゃんが、ふと名残惜しそうにゆっくりと身体を離し、照れくさいのか視線をそらしながら言った。
「……お父さんのアイス、買いに行く?」
その言葉で、私はハッと我に返る。
「あっ、そうだった……!」
すっかり忘れていた。
私はお父さんに『コンビニでアイス買ってくる』と言って家を出てきたのだ。
◇
私たちは公園を出て、歩いて数分のところにある、いつものコンビニへと向かった。
いつも行くコンビニなのに。
夜で、なっちゃんと二人で、しかもあんなことがあった直後で……。
私は足元が宙に浮いているような、フワフワとした緊張感の中で自動ドアをくぐった。
「お父さん、どれが好きなの」
アイスの大きな冷凍ケースを覗き込みながら、なっちゃんが聞いてくる。
「めぐは?」
「…………」
質問の言葉自体はどれも至って普通なのに。
私の脳が勝手にバグを起こしているのか、なっちゃんの低い声が全部、鼓膜が溶けるかと思うくらい甘く聞こえてしまう。
恥ずかしくてまともに顔が見られない。
悩んだ末に、家族全員が好きなフルーツ味のアイスキャンディーが十本くらい入った箱のやつを買った。
◇
――ウィーン。
明るいコンビニから出て、二人で静かに夜道を歩く。
(……文化祭の打ち上げの帰りみたいに、また手を繋いでくれるかな……)
そんな期待が胸をよぎり、私は隣を歩く彼とは反対側の手に、アイスの入ったビニール袋を持ち替えた。
なっちゃん側の手を、さりげなく空けておくために。
けれど、私の心臓の音がうるさく鳴り続けるだけで、二人の手は触れ合わないまま、あっという間にマンションに着いてしまった。
なっちゃんの家は一つ下の階なのに、彼はそのまま階段を上り、うちの玄関の前までついてきてくれた。
「……じゃあな」
なっちゃんが、少しだけ名残惜しそうな声で言う。
「……うん」
小さく返事をして顔を上げると、真っ直ぐな彼の黒い瞳とバッチリ視線が絡んだ。
「…………」
「…………」
目が合ったまま、お互いに言葉がなくなる。
心臓が再び跳ね上がり、えっと……と頭が真っ白になっていると。
なっちゃんがスッと大きな手のひらを伸ばし、私の頭を優しくポンッと一回だけ撫でた。
「……おやすみ」
それだけを甘く言い残し、彼は少し耳を赤くしながら、足早に階段を降りていったのだった。
◇
「……ただいまあ」
本日二度目の帰宅をする。
「おかえり〜」
リビングから、お父さんののんびりとした声が聞こえてきた。
「コンビニ、なっちゃんと行ってきたの?」
「あ、うん。 ちょっと、クラスの委員の用事もあって……あっ、これアイス!」
私は顔の熱を隠すように、ぼーっとした頭で慌てて適当な嘘をついて誤魔化し、買ってきた箱アイスをお父さんに手渡した。
「おお、ありがとう。めぐはグレープ?」
お父さんが箱を開けながら聞いてくる。
「うん……」
上の空で答え、私は受け取ったアイスキャンディーを手に、リビングのダイニングチェアの上に体育座りをするようにして丸まった。
袋を開けて、少しだけ溶けかかっている冷たいグレープ味のアイスを口に含む。
頭の中では、先ほどの公園での出来事がぐるぐるとリフレインしていた。
『……付き合お』
あの掠れた甘い声と、耳元で聞こえた強い心音を思い出して、再び顔から火が出そうになる。
私は膝に顔を埋め、一人で悶絶した。
(……でも)
ふと、ある疑問が脳裏によぎる。
(……付き合ったら、具体的にどうなるんだろ)
そして、そんな考えが浮かんだ自分自身にハッとする。
(あれっ……? 私のレベル、小学六年の修学旅行の時からまったく成長してなくない……!?)
私は自分の絶望的な「恋愛偏差値の低さ」に、頭を抱えて一人で大焦りするのだった。




