第41話
マンションのすぐ近くにある公園に着く。
小学生までは、ここで散々一緒に遊んだ。
コンパクトだが、ブランコ、砂場、滑り台、シーソーと一通りの遊具が充実している。
「懐かしい!」
めぐみはそう言うと、小走りで象を模した滑り台に向かっていった。
僕は、それが正面から眺められる位置にある、端のベンチに腰掛けた。
頭上には白い街灯の明かりが点いている。
めぐみが階段を登り、象の鼻の滑り台をシューッと滑り降りる。
(スカートなのに、何やってんだか……)
僕は呆れながらも、思わず顔を綻ばせて笑ってしまった。
僕の視線に気づいてハッとしたのか、めぐみは慌ててスカートの裾を押さえながら走ってきて、隣にちょこんと腰掛けた。
「…………」
「…………」
ベンチに並んで座ったものの、彼女は黙り込んでいる。
横目でチラッと見るが、やはりいつもと様子が違わないか?
「昨日、ごめん。すれ違っちゃって」
僕が謝ると、めぐみは「ううん」と首を振った。
その反応を見るに、やはり、そのことで怒っているわけではないらしい。
(じゃあ、なんだ?)
しばらく考えて、僕はハッとした。
「あのさ……なんか俺の、変な噂とか聞いてない?」
「……噂?」
「たとえば……由利さんとの噂、とか……」
僕が探るように言うと、彼女がスッと目を逸らしたのがわかった。
文化祭の前に流れていた、僕と由利さんが付き合っているらしいとかいう、あのデマのことだ。
それに、文化祭中に中庭で由利さんと一緒にいたところを、誰かに見られていた……という可能性もある。
「……手を繋いでたってやつ?」
めぐみが、ぽつりと聞いた。
「……はあ?」
思わず素っ頓狂な声を上げた。
僕は、そんな噂はまったく把握していない。
……もしかして。由利さんが下駄箱で具合悪くなって、保健室まで連れていった時のやつか……?
たしかに、しゃがみ込んでいる彼女を立たせる時に、一瞬だけ手を支えた。
だが、あれで『手を繋いでいた』は語弊がありすぎるだろ!
心の中で激しくツッコミを入れまくりながら、僕は身を乗り出した。
「ああ、それは! 具合悪くなった時に、たまたま通りかかって保健室まで付き添っただけで、手を繋いでたとか絶対ありえないから!」
強めに、必死に否定した。
「……わかってると思うけど、付き合ってるとかも当然ないからな?」
僕がまくしたてると、少しの間黙っていためぐみが、小さく口を開けてぼそっと呟いた。
「でも……仲いいのは、本当だよね」
「え?」
「ライブも、相性ぴったりだったし……」
声が、明らかにむくれている。
横を見ると、めぐみはわざと僕の反対側を向いていて、その表情が見えなかった。
「……めぐ」
こっちを向いてほしくて、僕は名前を呼んだ。
「…………」
彼女は黙ったままだ。
「……おい。こっち向けよ」
そう言っても、まだそのままそっぽを向いている。
たまらず、僕はベンチから立ち上がり、めぐみの真正面に回り込むようにして立った。
視界に入っためぐみの表情は――。
唇を尖らせ、見事に、拗ねていた。
……やばい。嬉しい。
どうしよう。
僕は両手を伸ばし、拗ねているめぐみの柔らかい両頬を優しくつまんで、外側へとむにゅっと引っ張った。
「……へ!? なに!?」
その行動に、めぐみが驚いて抗議の声を上げる。
僕は、込み上げてくる嬉しさをまったく隠しきれずに、笑いながら聞いた。
「……やきもち?」
「……ちがっ……!」
めぐみは真っ赤になって一瞬否定しようとしたが。
「いや。やきもちだろ、それ」
僕がもう一度、確信を持ってそう言うと。
彼女は観念したように力が抜け、小さく「……うん」と頷いた。
その瞬間。
僕はめぐみの腕を引っ張って立ち上がらせ――そのまま強く、抱き寄せた。
「…………」
僕の腕の中で、めぐみがおとなしくなる。
彼女のふわふわした髪が頬に当たってくすぐったい。
真夏の夜の生ぬるい空気と、遠くで鳴いている虫の声が、僕たちを包み込んでいた。
「……付き合お」
彼女の耳元で、ねだるように甘く囁いた。
「…………うん」
めぐみが、僕の胸元で小さく頷いた。
嬉しくて、愛おしくて、離したくなくて。
ギュッと抱きしめる腕に力を込める。
すると、めぐみもそっと手を伸ばし、僕の背中のTシャツの裾を、キュッと握り返してくれたのがわかった。
――僕は、めぐみへの三度目の失恋を、回避できたのだ。
抱きしめる腕の中に彼女の輪郭をたしかに感じて、僕の世界のすべてが、今ここに凝縮されているような感覚に陥る。
これは現実だよな?
悪夢ばかり見る僕にしては珍しい、至極都合のいい夢ではないよな?
半信半疑でいつもの脳内会議を繰り返す僕を、背中のシャツを握りしめる彼女の小さな手が、現実だと引き留めてくれる。
限界突破している心臓の音が彼女に丸聞こえなのではないかと焦りながらも、僕はあふれる幸福感でいっぱいだった。




