第35話
カラオケでの打ち上げは大盛り上がりのままお開きとなり、クラスメイトたちは楽しかった余韻を引きずりながら、店舗が入っているビルの下へと移動した。
みんな名残惜しそうにエントランス付近でしばらく立ち話をしていたが、やがてパラパラとそれぞれの方向へ帰っていった。
僕も仲のいい男子たちと一緒にビルの出口へ向かって歩いていくと、少し離れた場所にポツンと立つ見慣れた姿が見える。
めぐみが、約束通り僕を待ってくれていた。
こちらに向かってくる僕に気づき、彼女の肩がハッと小さく揺れる。
近づいて「……行くか」と短く声をかけると、めぐみは黙ったまま小さく頷き、僕の隣に並んで歩き始めた。
その状況を横から見て、興味津々に目をキラキラさせている男子たちに向かって、僕は極めて冷静に「……じゃあな」と告げた。
すると背後から、残っていた女子たちの「えっ……めぐと朝井くん、一緒に帰るの?」というざわめくような小声が聞こえてきた。
「お前らマンション一緒だもんなー! 気をつけて帰れよー、バイバーイ!」
そこで葉山が、わざとらしいほどの大声でナイスフォローを入れてくれた。
(葉山……今ほどお前に感謝したことはないよ……)
心の中で感謝しつつ、僕は軽く手を上げて、彼らの視線から遠ざかっていった。
◇
大通りの喧騒と、絶え間なく行き交う車のエンジン音がやけに大きく聞こえる。
歩き出してから、僕たちの間にまだ会話はなかった。
やがて角を曲がり、街灯の少ない一本内側の静かな道に入ったところで、めぐみが口を開いた。
「……なっちゃん、疲れてない? ずっと歌ってたし」
気遣うような声に、僕は前を向いたまま答える。
「疲れてるよ。喉、やばい」
「なっちゃん、本当に上手だった。上手っていうか、惹き込まれるっていうか……」
隣を歩くめぐみに目をやると、彼女はこちらを見ず、無色の街灯が落ちた薄暗いアスファルトの道路を見つめながらポツリポツリと話していた。
「ライブの時も、感動しすぎて身体がちっとも動かなくなって……。なんか、ノリ悪い観客になっちゃった」
めぐみはそう言って小さく笑った。
「……へー」
(……そうなんだ。嬉しい)
暗がりでだらしなく顔がにやけそうになるのを必死に我慢しながら、僕はわざとそっけなく返した。
「……あの二曲さ。嶋たちが、俺の希望優先して決めてくれたんだよ」
僕が明かすと、めぐみは「えっ、そうなの!」と驚いたように顔を上げ、ようやくこちらを見てくれた。
「なんであの曲がよかったの?」
僕はめぐみを顔をわざとじっと見つめ返した。
「……さあ。秘密」
少しだけ意地悪くそう言うと、めぐみは僕の視線の意味と、曲の歌詞を重ねて何かを察したのか、「……っ」と小さく息を呑み、パッと目を逸らして前を向いた。
その反応を見て、僕はまた舞い上がる。
これまで、僕がどんなにアプローチを仕掛けても、『えっ、何が?』だの『そうなんだ〜ありがとう!』だのと、虚しいほど見事にスルーされ続けてきたのだ。
だからこそ、僕の言葉の裏を読んで返事に詰まり、あからさまに動揺している今のその反応が、どうしようもなく嬉しくてたまらない。
もっと、僕のことで困ればいい。
僕のことで頭を抱えて、キャパオーバーになってほしい。
そして早く、今の僕みたいに、「好き」と言わずにいられなくなってしまえばいい。
初夏のぬるい夜風が、火照った頬を余計に熱くしていくように感じる。
僕は、歩きながら彼女の側に少しだけ距離を寄せた。
「……イヤだったら言って」
それだけ短く告げて、めぐみの左手を、僕の右手でそっと握りしめた。
「…………っ!」
めぐみの肩が跳ね、握られた手のひらが驚いたようにピクッと震えた。
振り払われるかもしれない。
ギリギリの緊張感が走る。
けれど、彼女は「イヤ」と言わない代わりに。
繋いだ指先に、ほんのわずかな力を込めて、そっと握り返してくれた。
完全に限界突破している心拍数を悟られないよう、僕はただ前だけを向いた。
僕らはそのまま手をつないで、何も喋らないまま、初夏の夜道を二人で歩いて帰った。




