第34話
カラオケボックスのパーティールームに着いてからというもの、僕はクラスの連中に囲まれ、次々とタブレットでリクエスト曲を入れられていた。
周りは「朝井、次これ!」と盛り上がっているが、僕の心中はひどく不満だった。
僕が座らされた中心の席とは、ほぼ対角線くらいの一番離れた場所に、めぐみが腰を下ろしたのだ。
そして彼女は僕のことなんて一切気にしていないように、隣の金森や周りの女子たちの話に笑ったりしている。
昨日のライブ効果なのか、僕がマイクを握って歌うたびにみんなが異様に盛り上がってくれて、室内は割れんばかりの喧騒に包まれる。
その中で、僕は横目でずっと、めぐみの姿だけを追っていた。
手拍子をしてくれたりはしているが、絶対に目が合いそうにはない。
おまけに、音がうるさくて声が聞こえづらいせいか、隣に座った男子がめぐみの耳元に顔を近づけて話しかけている。
めぐみもそれに笑顔で応えており、見ているだけでイライラが止まらず、マイクを通して「オイッッ!!」と荒い声をあげてしまいそうになる。
そして、昨日のステージで歌ったあの二曲のイントロが流れた。
歌いながら視線を送ると、めぐみはじっとモニターの画面を見つめ、小さく口ずさんでいるようだった。
(……今、何考えてる?)
マイクを握りしめながら、僕は心の中で彼女に問いかけていた。
◇
数曲歌い終え、僕が「ちょっとトイレ」と部屋を出た。
用を済ませて戻ってくると、入れ替わりですぐに、めぐみが両手に空のコップを持って部屋を出て行く背中が見えた。
(あいつ……わざと俺とタイミングずらそうとしてんな)
彼女の意図にハッキリと気づき、カチンと対抗心が燃え上がった。
(……そうはさせるか)
「……ちょっとごめん、トイレにスマホ忘れたかも」
僕は周囲に適当な嘘をつき、ついさっき通ったばかりの道――テーブルとクラスメイトたちの足のわずかな隙間――を再び無理やり抜け、重い防音扉を開けて外に出た。
廊下に出ると、突き当たりにあるドリンクバーでボタンを押しているめぐみの背中が見えた。
あまり足音を立てないようにして背後に迫る。
部屋に戻ろうと振り返った彼女は、目を真ん丸にして固まった。
僕は無言のまま、両手に並々とジュースの入ったコップを持っている彼女の両手首を掴み、廊下の死角になっている非常階段のスペースへと強引に連れ込んだ。
「……あのさ。なんで避けるの?」
壁際に追い詰め、少し見下ろすようにして聞く。
めぐみはバツが悪そうに視線を泳がせ、「いや……えっと……ごめんなさい」と小さな声で謝った。
いや、謝ってほしいわけではない。
彼女の本当の言葉を聞きたいだけなのだ。
何から話そうかと考えたあと、まずは核心に触れる質問を投げた。
「……昨日のライブ、どうだった?」
「……感動したよ」
「えーっと……なっちゃんが、本当に歌上手だった」
そんな、誰でも言える当たり障りない感想がほしいわけでもない。
めぐみの本当の気持ちが少しでも透けて見える言葉がほしかった。
そんな思いを込めて、彼女にさらに一歩、距離を近づける。
少しの間黙っていたあと、彼女がギュッと唇を噛み締め、薄く開いて言った。
「……すごく気持ちがこもってたから、好きな人を想って歌ってるのかなって、思ったよ」
めぐみは視線を落としていて、絶対に目を合わせようとしない。
(あ……)
もしかしてやっぱり、僕が由利さんか別の誰かを好きだと思い込んでいるのか。
でも……それで今、彼女が目に見えて沈んでいるんだとしたら、やっぱりめぐみの気持ちは……。
僕は、核心を突くように問いかけた。
「……好きな人、誰だか知りたい?」
めぐみはまだ下を向いたまま、か細い声で答える。
「……知りたくない」
(え……)
その拒絶は、『それが自分だったら困るから』とか、『なっちゃんとはずっと幼馴染でいたいから』とか、そういう理由じゃないよな……?
「……なんで」
ストレートに理由を聞く。
めぐみが黙り込んでしまい、急激に不安が押し寄せてくる。
彼女の答えを待つ数秒間が、永遠のように長く感じられた。
「……イヤ、だから」
ポツリと、彼女がそう言った。
僕が他の人を好きなのが……嫌……?
じゃあ、めぐみも、僕を……。
目を見開いて彼女を見つめていると、彼女がゆっくりと顔を上げた。
ここでやっと――ちゃんと目が合った気がした。
(……可愛い)
大好きだ。
もう、言ってもよくないか?
これ以上、言わないでいるのが辛い。
僕は導かれるように、ずっと胸の奥に秘めていた『好きな人の名前』を口にした。
「……めぐ」
「……ん?」
名前を呼ばれたのかと勘違いして、少しきょとんとしながら返事をする。
いや、違うって。
「だから。めぐだよ」
「え?」
「……好きな人」
「…………え?」
めぐみは、大きな瞳を限界まで見開いて完全に固まっている。
いや、そんなに驚くことじゃないだろ。
もうわかりきってることだろ。
「……冗談? ゲーム?」
その言葉に、僕は思わず「ふっ」と吹き出してしまった。
すぐに真面目な顔を作り直して、強く否定する。
小学校六年の時の、意気地なしだった僕がごめんなさい。
でも実は、あの時の告白も、全然冗談なんかじゃなかったんです。
当時の僕の臆病だった気持ちもすべて込めて、彼女から視線を外さず、ハッキリと、自分の気持ちを伝えた。
「俺は、めぐが好きなの。……いい加減、気づけって」
「…………」
めぐみは何も言葉が出てこないというふうで、ただ固まったまま黙っている。
(……めぐも好きだよな? 俺のこと……。早くそう言ってよ。お前からそう聞きたいんだよ)
「……めぐは?」
沈黙に耐えきれず、答えを急かした。
ただ、彼女の口から飛び出してきたのは。
「えっ……あっ……わかんない」
という、あまりにも拍子抜けする言葉だった。
(…………はい!?!?)
僕は全身の力が一気に抜け、危うく膝から崩れ落ちそうになるのをグッと堪えた。
いやいやいや……!
いくらなんでも、それはないだろ……!
「いや……なんだよそれ!」
呆れと情けなさが入り混じり、僕は思わず大きな声でツッコんでいた。
「俺の好きな人聞くの、嫌だったんでしょ? 俺のことで真っ赤になってトイレに逃げ込むし、髪型もハーフアップにしてくるし!」
僕は思い当たる限りの、ここ数日で僕が浮かれまくることになった確固たる『両思いの根拠』を容赦なく羅列した。
「……っ!! やっ、やめてやめて! ……ちょっと、待って。今、キャパオーバーなんだよ……」
めぐみは両手に持ったジュースのコップを顔の前に掲げたが、その隙間からは、耳の先まで真っ赤に染まった頬が隠しきれずに見えていた。
(……赤いじゃん。もう、俺のこと好きってことでいいじゃん)
めぐみから明確に『好き』という言葉がもらえなかったことに、肩透かしを食らったようなもどかしさを感じつつも。
彼女のテンパり具合はどう見ても僕への好意からくるもので、隠しきれない嬉しさも込み上げてくる。
「…………はあ」
そんな複雑な感情を、僕は深いため息と一緒に吐き出した。
「……わかった。じゃあ、めぐの頭がクールダウンできるまでは、待つから」
これ以上、今のパニック状態のめぐみから言葉を引き出すのは難しそうだったので、今のところは観念してやることにした。
ただ、今日の帰りも少し時間がほしいことだけは、ハッキリと伝えておいた。
重い防音扉を開けてパーティールームに戻ると、鼓膜を破るような喧騒が押し寄せ、さっきまでの非常階段でのやり取りが非現実的に感じられるほどだった。
少し遅れて部屋に戻ってきたあいつは、あからさまに放心状態で、ぼーっとした顔をして席に座っていたのだった。




