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幼馴染への三度目の失恋を回避したい 〜好きすぎて涼しい顔が保てない。激重男子の両片思いは限界を突破する!〜  作者: momomo
長すぎた無風時代の弊害。明らかに俺を意識し始めた彼女の反応に処理落ちしてしまう
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第25話

 朝起きるのは昔から苦手で、お兄ちゃんからよく「お前の目覚まし長すぎるんだけど」とクレームを受けている。

 けれど今日だけは、セットしていたアラームが鳴る十分も前に、パチッと自然に目が覚めた。


 ベッドから抜け出し、少しひんやりとしたフローリングを歩いてリビングへと向かう。

 廊下に出ると、キッチンからトーストの焼ける香ばしい匂いと、フライパンで油が跳ねるパチパチとした音が聞こえてきた。


(あ、お母さんまだいる)


 その気配にホッとする。


 両親が営む動物病院の早番の日は、私が起きた時にはすでにお母さんの姿がないことも多いのだ。


「……おはよー」

 パジャマのままリビングに入り、声をかける。

 エプロン姿のお母さんが振り返り、優しく微笑んでくれた。


「おはよ。今日は早いね」

「うん。文化祭、楽しみすぎて!」


 ダイニングテーブルには、半熟の目玉焼きとこんがり焼けたトーストが並べられた。

 お母さんも私の向かいに座り、コーヒーを一口飲んでから同じものを食べ始める。


「今日、お母さんは午前中に行って、お父さんは午後に行くからね」

「ほんと? やったあ!」

 二人とも、忙しい仕事の合間を縫って私の高校で初めての文化祭に来てくれるのだ。

 嬉しくて、トーストをかじる口元が自然と緩む。

「光もね、明日友達連れて冷やかしに行こうかなって言ってたわよ」

 お母さんがおかしそうに笑う。

「えー、お兄ちゃんはどっちでもいいや」

 私も笑いながら、サクサクのトーストに思いきりかじりついた。


 洗面所に立ち、冷たい水で顔を洗って歯を磨く。


 今日は文化祭本番ということで、ほんの少しだけ色付きのリップを塗って薄くメイクをしてみた。

 白のブラウスに桜色のリボンを付け、紺のチェック柄のスカートを履く。


 身支度が済み、玄関の土間でローファーに足を滑らせた。

 その時、ふと壁に掛けられた姿見に映る自分と目が合う。


「…………」

 少し考えた後、私は手首につけていた黒いヘアゴムを外し、サイドの髪を掬い上げて後ろでまとめた。

 鏡の中で、少しだけ大人っぽく見えるハーフアップの自分が完成する。


(……よし)

「……いってきまーす!」


 奥に向かって声をかけると、「いってらっしゃい。楽しんでね〜」というお母さんの明るい声が見送ってくれた。


 ◇


 早めに学校に着いたはずなのに、初夏の強い日差しを浴びる校舎は、すでにたくさんの生徒たちの熱気でワイワイと賑わっていた。


 自分の教室の引き戸を開けると、一晩でさらに完成度を増した「夏祭り」の空間が広がっていて、一気に胸が高鳴る。


「おはよー!」

「あ、めぐ! おはよー!」


 クラスの女の子たちが、あちこちから振り返って返事をしてくれた。

 みんな、すでにクラスのお揃いのはっぴを羽織り、お互いの髪の毛を編み込んだりして可愛くセットし合っている。

 私も自分のロッカーから、綺麗に畳まれたはっぴとハチマキを取り出し、更衣室へと向かった。


 ◇


 着替え終わり、更衣室の大きな鏡を見る。

「おおー! 衣装、可愛い!」


 水色と黒を基調とした生地の背中に、赤く大きく「祭」と抜かれた定番のはっぴだ。

 非日常の衣装を身に纏うと、それだけで魔法にかかったようにテンションが上がる。


 けれど、改めて鏡の中で自分の髪型を見た瞬間――急に、ハーフアップにしてきたことが今さら恥ずかしくなってきた。


『俺は今日の髪型が、めぐに一番似合ってると思う』


 ゴールデンウィークに家で勉強を教えてもらった時の、なっちゃんの少し不器用な褒め言葉が脳裏をよぎる。


(……別に、深い意味はないし。ただ気合を入れたかっただけ!)


 自分にそう言い聞かせるようにブンブンと首を振り、私は早足で教室へと戻った。


 ◇


 教室を見渡したが、なっちゃんの姿はまだないようだ。


 私は葵と一緒に、屋台に見立てたレジカウンターの中で、お釣りの小銭の準備を始めた。

 チャリン、チャリンと硬貨を数える音が響く中、背後の廊下の方から声が聞こえた。


「おお、おはよー」

 葉山くんの声だ。


 それに続いて、聞き慣れた少し低い声が重なる。

「はよ」


(なっちゃん、来た)


 声を聞いた途端、体がピタリと硬直した。


 昨日の夕方、空き教室で彼に手を持たれた時に近くで見た顔。

 まっすぐに見つめられた黒い瞳から、どうしても目を逸らせなかったこと。


 そして何より、今の自分のこの「髪型」。


 いろいろなことが一気に頭を巡り、私はなんとなく後ろを振り向くことができなかった。


「俺も着替えてくるわー」


 なっちゃんが教室を出ていく足音が聞こえ、私はようやく「ふうっ」と小さく息を吐き出した。


 ふと横の気配に気づくと、葵が硬貨を数える手を止め、じーっと私の横顔を見つめていた。

「……ん? どうしたの?」

 不思議に思い尋ねると、葵は「いや、別にー?」と、なぜか楽しそうに口角を上げて笑っていた。


 ◇


 やがて全校生徒が体育館に集められ、開会式が行われた。

 むせ返るような熱気の中、色とりどりのクラスTシャツや衣装がひしめき合っている。

 三年生の先輩たちはクラス劇をやるらしく、ドレスや甲冑など、ものすごく豪華な衣装を着ていて目を引いた。


「あっ、先輩!」

 サックスパートでお世話になっている先輩を見つけ、手を振る。

 女性剣士の格好をした先輩はめちゃくちゃカッコよくて、葵と一緒に大盛り上がりした。


 開会式はクラスごとに縦に二列になって、適当な順番で地べたに座っている。

 ずっと前の方に、なっちゃんの背中が見えた。

 まだ正面からは確認できていないけれど、私と同じ水色のはっぴを着て、頭には白いねじりハチマキを巻いている。

 そのハチマキが、すっきりと短く切られた黒髪にとてもよく似合っていて、後ろ姿だけでもなんだか様になっていた。


 ステージの上で、三年生の文化祭委員の先輩がマイクを握る。


「それじゃあみんな、二日間思いっきり楽しむぞー!」

「おおおーーっ!!」


 体育館を揺るがすような大歓声とともに、開会式は幕を閉じた。

 あと三十分もすれば、外部のお客さんたちが続々と校門をくぐってくる。

 各クラスは速やかに教室へ戻り、最終の準備と配置についた。


 ◇


 教室では、カシャ、カシャと軽快なシャッター音を響かせながら、今日も織くんがクラスのみんなの準備風景を写真に収めてくれている。

 私も満面の笑みでポーズをとると、織くんは嬉しそうに目を細めた。


 ――昨日、「『めぐ』って呼んでいい?」と聞かれた時、私は思わず「ダメ」と断ってしまった。

 気まずくなったりしたらどうしようと少し心配していたけれど、織くんは「わかった。じゃあ『めぐちゃん』のままね」と、サラッと笑って受け流してくれたのだ。


 今日もレンズ越しに向けられるのは、いつもと変わらない穏やかな笑顔で、私はホッと一安心していた。



 私のヨーヨーすくいの店番シフトは、葵と一緒に二番目の時間帯だ。


「始まったら、まずは近場の一年生の教室から回ろっか」

「うん、そうしよ!」

 予定を話していると、葵が「ちょっとトイレいってくるねー」と教室を出て行った。

「はーい」と返事をしたあと、私はふと思い出した。


(あれ。レジにメモ帳置いてたっけ)


 確認するため、ダンボールで作った大きな屋台のカウンターの裏側へと回り込んだ。


「……わっ!」

 思わず声が出た。


 屋台の死角になる裏側の床に、なっちゃんが一人でしゃがみ込んでいたのだ。


「……何してるの?」

 驚いて尋ねると、彼は顔を上げずに手元を動かしながら答えた。

「これ、軽くて倒れそうだから。安定させるために、下に重し乗せようとしてんの」


 見ると、見えない内側の部分に、水の入った重いペットボトルをいくつかガムテープで固定しようと試みているところだった。

「あ、ほんとだ。ありがと……」

 私は、しゃがんでいる彼を少し見下ろす形になる。


 なっちゃんが私を見上げて、今日、初めて目が合った。

 角度のせいか、ハチマキ姿のせいか、彼の視線がいつもより大人びて見えて、急に居心地が悪くなる。


 見下ろしているのがなんだか無性に恥ずかしくなって、私もそっと彼の隣にしゃがみ込んだ。

「…………」

 けれど、何を話したらいいかわからなくて黙っていた。


「……へー」

 なっちゃんが、ふいに短く呟いた。

「……髪型、これにしたんだ」

 言うが早いか、なっちゃんの手がスッと伸びてきて、私の肩にかかっていたハーフアップの髪先を、指先でそっと摘んだ。

「……っ」

 驚いて、声が喉の奥で詰まる。


 彼の長い指先が、髪越しに首筋の近くに触れたような気がして、身体が跳ねそうになる。


(……なんかなっちゃん……最近、距離近くない? ボディタッチ多くない?)


 心の中で、警報がガンガンと鳴り響く。


 小さい頃は特に何も気にしていなかったけれど、中学生以降は、こんなふうに不用意に触れてくることなんて当然まったくなかった。

 予想外の接触に、完全に反応に困ってしまう。


 それに、『髪型これにしたんだ』という口ぶりは、まるで『俺が一番似合うって言ったから、これにしたんだろ?』と見透かされているようで、顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなってきた。


「あれ、めぐは?」

 その時、教室の入り口から、トイレから戻ってきた葵の声が聞こえた。


「……あ、あっ! ごめん葵、今行く!」

 私は慌ててバッと立ち上がり、なっちゃんをその場に残して、逃げるように葵のもとへと駆け寄った。


「……じゃあ、行こっか!」

 少し息を切らして言うと、葵はじっと私の顔をのぞき込んできた。

「……なんかめぐ、顔赤くない?」

「えっ!? そっ、そう!?」

 自分でも驚くほど、見事に裏返った声が教室に響き渡ったのだった。

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