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幼馴染への三度目の失恋を回避したい 〜好きすぎて涼しい顔が保てない。激重片思いが実った先は限界突破激甘モード〜  作者: momomo
予感が確信に変わってしまった放課後。すれ違う噂と突然の問いかけへの焦燥
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第19話

 今朝までアスファルトを濡らしていた雨はすっかり上がり、窓の外には、いよいよ真夏が顔を出し始めたような眩しい日差しが広がっている。


 一応冷房が効いている教室の中はひんやりとして涼しいけれど、文化祭まであと十日を切ったこの空間は、どこか熱を帯びた喧騒に包まれていた。


 私は教室の隅で、ヨーヨーすくいの釣り針の小さい穴に紙紐を通すという、地味で集中力のいる作業を、葵、織くんと並んで黙々と進めている。


「……っ! やったあ!」

 うまくいかなくて時間がかかった分、やっと穴を通った達成感で大きく深呼吸する。

「あっ、私いつの間にか息止めてた」と自分で笑うと、隣の葵も小さく吹き出した。


 目標は八百本だけど、まだ半分もできていない。

 迷った末、クラスの予算節約のために既製品を買わずに自分たちで通すことにしたのだが、想像以上に肩が凝る大変な作業だ。


「……俺もできた!」

 隣で織くんが、嬉しそうに完成したこよりを見せてきた。


 ふと顔を上げると、教室の奥のほうで男子たちが「テストテスト!」と言って風船に水を入れ、入れすぎてパンッと破裂させてはゲラゲラ笑い合っている。


 そのさらに奥では、なっちゃんが一人真面目に、看板に絵の具で色を塗っているのが見えた。



 ちょっと手が疲れたので、休憩がてら男子たちを眺めながら、隣の織くんに何気なく尋ねてみた。

「織くんって、男子の中では誰と仲いいの?」

 すると彼は、少し困ったように苦笑いして、手元の紙紐から目を離した。

「いやー。俺、実は同性の友達ほとんどいないんだよね。中学の時も男子の中で浮いててさ」

「えっ、そうなの?」

「俺、ちょっと変わってるじゃん? 今朝もさ、校門の近くの紫陽花の葉っぱに綺麗に雨粒が付いてて。思わず何枚も写真撮ってたら、近くを通った男の先輩たちにめちゃくちゃ怪訝な目で見られて、引かれたんだよね」

 織くんは自嘲気味に笑う。

「なんかそういう感じで、言動がズレてるって見られること多くて。自分でもズレてる自覚はあるんだけどさ」


 少し寂しそうに話す織くんを見て、不思議に思った。

「えっ? 綺麗だなって思ったものを撮るの、いいじゃん」

 私が真っ直ぐに言うと、織くんはパチクリと瞬きをした。

「綺麗だなとか、好きだなって思うものが多い方が、絶対に人生得だし! 」

 私がそう言い切ると、織くんの顔からふっと緊張が抜け、心底安堵したような表情が広がった。

「……そうかな」

「そうだよ!」


 私はふとひらめいて、彼にピースサインを向けた。

「織くん、人物写真は撮らないの? 私と葵、撮って!」

「えっ、私も?」と葵が少し照れくさそうに顔を上げる。

 織くんは「いいよ」と笑いながら、ポケットから自分のスマホを取り出した。

 カメラを起動し、私たちの前に構えて少しだけ角度を傾ける。


 パシャッ。

 軽快なシャッター音が鳴った。


「見せて見せて!」

 私は身を乗り出して、織くんのスマホの画面を覗き込んだ。


「……なにこれ! めちゃくちゃいい!」

 思わず大きな声が出た。


 画面の中には、照れくさそうに微笑む葵と、満面の笑みでピースをする私の姿が映っていた。

 画角いっぱいに、高校生活の貴重な思い出の一ページを切り取ったようだ。

 光の入り方も構図もすごく素敵に撮れている。


「なんで同じスマホなのに、こんなに良く撮れるの!? コツ教えて!」

 私が身を乗り出してお願いすると、織くんは「ここはね……」と、スマホの画面を指差しながら、優しく撮影のポイントを教えてくれたのだった。


 ◇


「バイバーイ! お疲れー!」

 部活が終わり、駅の方角へと向かう吹奏楽部のメンバーに手を大きく振り、私は一人、帰路についた。

 私の住むマンションは、学校から徒歩十五分ほどの場所にあるのだ。


 賑やかな話し声が遠ざかり、ふと辺りが静かになった。


 初夏の少し湿気を帯びたぬるい風が、火照った頬を撫でていく。

 見慣れた長い一本道に差し掛かると、パッと視界が開けた。


「うわあ……」

 思わず感嘆の声が漏れる。

 空一面が、燃えるような鮮やかなオレンジ色に染まっていた。

 薄紫色の雲が混ざり合い、まるで水彩画のように美しいグラデーションを作っている。


 その夕焼け空の下、だいぶ前のほうを歩く見慣れた広い背中を見つけた。


 ……あれは、なっちゃんだ。


 気づいたら私は、弾かれたように駆け出していた。

 肩から下げたスクールバッグが揺れないように両手でしっかりと押さえ、ローファーの音を響かせて追いかける。


 なっちゃんは耳にイヤホンをつけているらしく、私の慌ただしい足音にまったく気づく気配がない。

 息を切らしながら真後ろまで追いつき、思い切ってその背中越しに肩をポンッと叩いた。


「……なっちゃん!」


 ビクッ! と、なっちゃんの肩が大きく跳ねる。

 彼は驚いたように振り返りながら、イヤホンをスッと外した。


「……っ、めぐか。ビックリしたー」

 少し見開かれた黒い瞳が私を捉える。

「へへ、お疲れ!」

 私は荒くなった息を整えながら笑い、自然となっちゃんの隣に並んで歩き始めた。


(……なっちゃんとこうして並んで帰るの、すっごく久しぶりだな)

 ふと、そんな感慨が胸に湧き上がる。


 小学生の頃は毎日登校班で一緒だったけれど、中学生になってからは、遠くに彼の姿を見つけても、変な噂が立って彼に迷惑をかけないよう、わざと歩くペースを落として距離を開けていた。

 高校に入ってからは、部活の終わる時間が違うせいか、こうして帰りのタイミングが重なったことは今まで一度もなかったのだ。


「バンドのほう、どう?」

 オレンジ色の光に照らされた横顔を見上げながら尋ねると、なっちゃんは前を向いたまま、「まあ、ぼちぼち」と短く答えた。

「練習時間、ちゃんと取れてるの? 毎日部活あるじゃん」

「うん、放課後はやっぱり難しいからさ。昼休みにプレハブによく集まってる」

「そっかあ。大変だね。でも本番、すっごく楽しみ! なっちゃんの歌、初めて聴くし……どんな曲やるのかなあ。ロック? それともポップス?」

 私が一人でワクワクしながら予想を口にしていると、なっちゃんはフッと短く息を吐いて笑った。


 歩きながら、こっそり隣に視線を向ける。

 夕焼けの強いオレンジ色の光が、なっちゃんの輪郭をくっきりと縁取っていた。


 少し伸びた前髪も、涼しげな目元も、広い肩幅も。

 夕暮れの中に溶け込んで、なんだかハッとするほど綺麗だった。


(あ……)


 私は無意識のうちにスクールバッグからスマホを取り出していた。


 カメラを起動し、数歩前を歩きかけていた彼の背中に向かって声をかける。

「なっちゃん」

「ん?」

 彼が不思議そうに振り返った、その瞬間。


 パシャッ。


 静かな通学路に、軽快なシャッター音が響いた。


「……えっ、急に何」

 撮られたことに気づいたなっちゃんが、少し焦ったように目を丸くする。

「この前、織くんに教えてもらった撮り方だよ〜」

 私はえへへと笑って誤魔化しながら、手元のスマホの画面を確認した。


 夕焼けの逆光気味の空をバックに、振り返った瞬間のなっちゃんが写っている。

 驚きつつも、その黒い瞳はカメラのレンズ越しに私を捉えていた。


(……カッコよく撮れてる)


 そう口に出して褒めようとしたけれど。なぜだか急に恥ずかしくなってしまい、言葉を飲み込んで心の中にこっそりと留めた。


 画面を見つめて黙り込んだ私を見て、なっちゃんは少し不服そうに言った。

「……お前のことも撮る」

「えっ!」

 突然の宣言に、私は思わず素頓狂な声を上げた。


 なっちゃんは自分のズボンのポケットからスマホを取り出し、カメラを起動して私に向ける。


「コツってなんなの」

「ええっと……スマホを少し上に傾けて、上に少し余白を作って〜……だったかな」

 記憶を探りながら教えると、なっちゃんはその通りにスマホの角度を微調整した。


 レンズを真っ直ぐに向けられると、急になんだかそわそわして落ち着かなくなり、頬の筋肉が硬直していくのがわかる。

「…………」

 なっちゃんはスマホの画面をじっと見つめたまま、一向にシャッターを切らない。

「……ちょっと、なっちゃん。早く撮ってよ」

 私が文句を言うと、スマホの向こう側から、ため息混じりの声が降ってきた。

「いや、笑ってよ」

「えー? 写真はいつも真顔のなっちゃんに言われたくないんだけど!」

 私が思わずツッコミを入れると、なっちゃんも「……うるさい」と苦笑いのような声を漏らした。

 自分でもおかしな状況に思えてきて、ついフフッと笑いがこぼれてしまった。


 パシャッ。

 すかさず、なっちゃんの指がシャッターを切る。


「……ふーん、たしかに」

 画面を確認したなっちゃんが、感心したように小さく呟いた。

「え、見せて!」

 背伸びをして彼のスマホを覗き込む。


 そこには、燃えるようなオレンジ色の空を背景に、少しだけ照れたように、でも自然な笑顔を浮かべている私の姿が写っていた。


 ◇


 家に帰り、手を洗って自室のベッドにゴロンと転がった。

 静かな部屋の中で、私は手元のスマホのロックを解除し、カメラロールを開いた。


 画面いっぱいに表示される、夕焼けを背に振り返るなっちゃんの写真。


「…………」


 いつも見慣れているはずの幼馴染の顔なのに。

 写真の中の、少し大人びた彼の瞳と視線が合うと、なぜか胸の奥から、小さな音が聞こえる気がする。


 私はただ無言のまま、しばらくその写真をじっと見つめ続けていた。

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