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幼馴染への三度目の失恋を回避したい 〜好きすぎて涼しい顔が保てない。激重片思いが実った先は限界突破激甘モード〜  作者: momomo
せっかくの手応えに水を差すライバルを振り払うためにも、密かに設定した『裏ミッション』
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第17話

 今日は放課後の部活がない。

 明日、バレー部が県大会につながる大事な試合を控えているとかで、体育館を全面貸切にするためだ。


 空いた放課後の時間を利用して、僕は軽音部のバンドメンバーたちと初めて音を合わせるため、渡り廊下の奥にあるプレハブ小屋へと向かった。


 重い防音扉を開けて中に入ると、狭い室内にはまだ嶋たちの姿はなく、部屋の奥にある電子ピアノの前に、一人の知らない女子生徒がポツンと座っていた。

 長く艶やかな黒髪を真っ直ぐに下ろした、大人びた横顔。


(もしかして……)


「……由利さん?」


 僕が探り探り声をかけると、彼女は静かに顔を上げ、「はい」と短く答えた。


 この子か。

 先日、嶋が「あの二曲をやるなら、やっぱりピアノがほしい。八組にピアノがすごく上手い子がいるらしいから、ダメ元でアプローチしてみる」と言っていた。

 どうやら彼女が、その誘いを二つ返事で承諾してくれたという『八組の由利さん』らしい。


「五組の朝井です。ボーカルやります、よろしく」


 僕が軽く頭を下げて挨拶をすると、彼女は少しだけ戸惑ったように目を伏せ、「……よろしく」と消え入るような声で小さく返してきた。

(……人見知りか?)

 初めて見る顔だし、おそらく彼女も高校からの外部生だろう。


 それ以上無理に話しかけるのはやめておこうと判断し、僕は適当なパイプ椅子に座って嶋たちが来るのを待った。



 やがて嶋や他のメンバーたちがドヤドヤとプレハブに入ってきて、狭い室内が一気に男臭く、そして騒がしくなった。

 換気のために防音扉を少し開け放ち、それぞれが楽器のセッティングや楽譜の確認をしている、まさにその時だった。


「……なっちゃん!?」


 開いた扉の隙間から、素っ頓狂な声が飛び込んできた。

 振り返ると、サックスを持たずに運動靴を履いためぐみが、目を白黒させてこちらを覗き込んでいた。

「うわっ、見つかった」

 思わず本音が漏れる。


 まあ、本番のステージまで完全に隠し通せるとは思っていなかったけれど。


 動揺を隠し、「……今日はバスケ部休みだから、練習」とそっぽを向いて答えるが、背後からやってきた嶋が僕の肩をガシッと抱き込み、あっさりと俺たちのライブの件をバラしてしまった。


「ええええ!? なっちゃんが歌うの!?」


 驚きの声を上げるめぐみの大きな瞳は、純粋な好奇心と期待でキラキラと輝いているように見えた。

 その興味津々な表情を見せられた瞬間、僕の胸の奥で、どうしようもない嬉しさがじわじわと広がっていく。


 ……めぐみが、僕の歌を楽しみにしてくれている。

 顔がにやけそうになるのを必死の思いで堪えながら、僕は心の中で強く拳を握りしめた。


(……っしゃ。頑張ろ)



 めぐみが小走りで去っていった後、いよいよ初めての音合わせが始まった。


 普段はテンションが高く騒がしい嶋も、ずっと大人しく座っている由利さんには少し気を遣っているようで、優しげな声で話しかけていた。

「由利さん、楽譜渡せたの一昨日だったし、全然時間なかったけど……今日、合わせられそう? 大丈夫?」

 嶋が下から覗き込むように伺うと、由利さんは静かに鍵盤を見つめたまま、「……大丈夫」と小さく頷いた。


「……よし、じゃあ、まずは一曲目の方から軽く合わせてみっか!」


 ドラムセットに座った嶋が、スティックを頭上で打ち鳴らす。


 カン、カン、カン、カンッ!


 カウントが終わった瞬間。

 由利さんが、フッと小さく息を吸い込んだ。


 その一瞬で、彼女の纏う空気がガラリと変わる。


 すっと自分だけの世界に入り込んだかのように、目の前の白黒の鍵盤の上に小さな指先を滑らせる。

 鳴り響いたのは、圧倒的に鮮やかで、力強くも繊細なピアノの前奏だった。


(……すげえ)


 僕はその音色に完全に圧倒されそうになりながらも、マイクを握る手に力を込めた。


 カラオケで歌う時よりも何倍も丁寧に、彼らが紡ぐ音の波に、自分の声を乗せていく。

 桜の情景と、切ない恋心を歌ったアップテンポなナンバー。


 ドラム、ベース、ギター、そしてピアノ。

 それぞれの音が僕の声と重なり合い、プレハブの中にひとつの塊となって響き渡る。


「…………っ」

 曲が終わった瞬間、プレハブの中は一瞬の静寂に包まれた。


 その直後。

「……おおーっ!!」

 軽音部のバンドメンバーたちが、弾かれたように歓喜の声を上げた。


「なんか……初回なのにめっちゃ良くね!?」

「由利さんのピアノ、良すぎ!! 最高なんだけど!!」

「朝井もやっぱり上手いな!!」


 興奮冷めやらぬ男子たちが口々に叫ぶ中、僕もマイクスタンドを握りしめたまま、小さく息を吐き出した。


 初めて、誰かと一緒に音を合わせるという体験。

 自分の声が楽器の音に包み込まれ、予想以上のパワーを生み出していく感覚に、鳥肌が立つほど感動してしまっていた。


『合奏って、本当に楽しいんだよ』


 以前、吹奏楽部のめぐみが目を輝かせて教えてくれた意味が、今なら痛いほどよくわかる。


 テンションが上がりまくって騒いでいる男子たちを横目に、僕はマイクから離れ、ピアノの前に座る由利さんの方へと歩み寄った。


「すげーな。一日、二日でそんな完璧に仕上げられるもんなの?」

 僕が素直に感嘆の声を漏らすと、彼女は少しだけ目を丸くした後、伏し目がちに鍵盤を見つめた。

「うん、まあ……。朝井くんも、すごく上手いね」

 消え入りそうな声だったが、しっかりと僕の目を見て返してくれた。

「カラオケで歌ったことある曲だから、なんとかなったけど……。でも俺は素人だし、ちょっと発声のこととか調べて、本番までにちゃんと練習してみよっかな」

 僕が苦笑いしながら自分の課題を口にすると、由利さんはふっと顔を上げた。


「……真面目」

 そう言って、彼女の口元が微かに緩み――整った微笑みが浮かんだ。


(あ、笑うんだ)


 ずっと張り詰めていた彼女の緊張が、初めて解けたように見えた瞬間だった。

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