第16話
放課後、部活の時間。
夏の発表会まであと約一か月に迫り、私たちの合奏も少しずついい形に仕上がってきている。
外は初夏特有の少し蒸し暑い空気だったけれど、心地よい風が吹くいいお天気だ。
今日は気分転換と体力づくりを兼ねて、サックスパートのみんなで校庭へ軽くジョギングに出ることになった。
ローファーから運動靴に履き替え、校庭へ向かって歩き出す。
その途中、渡り廊下の先にあるプレハブ小屋の前を通りかかった。
換気のためか、いつもは固く閉ざされている重い防音扉が、今日は少しだけ開け放たれていた。
何気なくその隙間から中を覗き込むと――そこには、まさかの人物がマイクスタンドの前に立ち、軽音部のメンバーたちと何やら話し込んでいた。
「……なっちゃん!?」
思わず、大きな声が出た。
驚いて振り返ったなっちゃんも、目を丸くして「うわっ、見つかった」と小さく声を漏らした。
「えっ、なっちゃん何してるの?」
私が目を白黒させて尋ねると、彼は視線を逸らしながら答えた。
「……今日はバスケ部休みだから、練習」
「なんの練習?」
すると、なっちゃんの背後からひょっこりと顔を出した男子が、なっちゃんの広い肩をガシッと遠慮なく抱き寄せた。
「嶋!」
小学校からの同級生である男子、嶋だった。
「文化祭のライブでさ、俺らのバンドでこいつが歌ってくれんだよなー!」
「ええええ!? なっちゃんが歌うの!?」
私はさらに大きな声を出して驚いてしまった。
たしかに、なっちゃんがすごく歌が上手いということは、中学の時に一緒にカラオケに行った男子たちが口を揃えて言っているのを聞いたことがある。
ただ、私自身は彼の歌を直接聴いたことは一度もないのだ。
あ。もしかしてこの前、嶋がなっちゃんに必死に頼み込んでいたのって、この件だったのかな?
「てか話すの超久しぶりじゃん、井原! お前ら、相変わらずまだ仲いいんだな!」
嶋はなっちゃんの肩を組みながら、ニカッと笑ってなっちゃんと私を見る。
「ね!嶋とはしばらくクラス一緒になってないもんね」と笑って返す。
ふと、プレハブの奥に視線を移す。
ピアノの前に座り、静かに楽譜に目を落としている女の子の姿があった。
長くて艶やかな、綺麗な黒髪のストレートヘア。
凛とした大人びた横顔。
(誰だろう?)
今まで一度も見たことのない顔だ。
高校から新しく入ってきた一年生かな。
それとも、すごく大人っぽいから先輩だろうか。
(……髪、まっすぐで綺麗だなあ)
自分の言うことを聞かない猫っ毛の天パと比べて、純粋に羨ましく思いながら、思わず見惚れてしまっていた。
「めぐー、行くよー」
先に行っていたサックスパートの同期から声がかかりハッとする。
「あっ、ごめん行かなきゃ! バイバーイ!」
私は慌ただしく手を振り、みんなの背中を小走りで追いかけた。
◇
「いっち、に! いっち、に!」
リズムを合わせて、みんなで他愛のない会話を交わしながらジョギングで汗を流す。
心地よい初夏の風を切って走るうちに、心も体もすっきりとリフレッシュしていくのを感じた。
(なっちゃんの歌かあ……楽しみすぎる!)
走りながらも、私の頭の中はさっきのプレハブで聞いた話のことでいっぱいだった。
今まで一度も聴いたことのない、彼の歌声。
一体、どんな曲を歌うんだろう。
純粋なワクワクとした期待で、胸の奥が高鳴るのを感じていた。




