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サクラサケ!  作者: tkkosa
PR
11/12

第10話


 小百合さんが亡くなってから1ヶ月が経ちました。9月も終わりに差し掛かって、季節

は夏から秋に移ろうとしています。

 あれ以来、私は管理人さんとの距離が少し開いてしまいました(えっ、近づいたのでは)。

 いえ、お互いに気を遣ってしまうんです。私は管理人さんへ、管理人さんは私に気を遣

われてるのではないかという意識から(あぁ、なるほど)。

 管理人さんの部屋でお酒を飲む機会もずいぶん減りました。

 最初は管理人さんが小百合さんの葬儀で家を留守にしている数日間が開いたんですが、

その後もどこか遠慮してしまって3日ごとぐらいのペースになってます(前はほぼ毎日だ

ったんですが、そうですか)。

 管理人さんはよく小百合さんとの話を聞かせてくれるようになりました。私はそれを聞

きながら、毎度のように泣いてしまいます。管理人さんは「気にしなくていい」と言って

くれますが、私にはうまくそれが出来ません。私が管理人さんだったら、と考えるだけで

怖くなってしまいます。

 なのに、あれ以来、私の前で一切涙を見せなくなった管理人さんはとても強い人だと思

いました(気丈としてるのは分かりますからね)。

 泣きたいに決まってるんです、叫びたいくらいに泣きたいはずなんです、でも管理人さ

んはそれをしません。

「管理人さん、泣きたくなったりしないんですか」

「うぅん・・・正直、ありますよ」

「なら、なんで我慢するんですか」

「小百合がね、私の笑ってる顔が特に好きだと言ってくれてたんです。だから、彼女のこ

とで泣くことを彼女は望んでいないと思うんです。きっと、彼女は私に笑っていてもらい

たいと思ってるはずなので」

 強いです・・・管理人さん(ですね、はい)。



「ねぇ、もしさ、恋人がいなくなったら誉はどうする」

 会社帰り、一緒に食事に行ったときに誉に質問してみました。

「俺はどうするだろうな・・・とりあえず、とことん悲しむと思う」

「その後、次の恋にすぐいけるかな」

「うぅん・・・時間が経てば、そうなるんじゃないかな」

 管理人さんも時間が経てば、次の恋にいけるんでしょうか(さぁ、こればっかりは人そ

れぞれでしょうし)。

「なぁ、今言ったのってさ、管理人さんのことだろ」

「えっ・・・うん、そう」

 誉には今回のことは話しました、大まかにですが(1度飲んでますしね、一緒に)。

 はい、「また一緒に飲みたい」とも言われてたんですが、今回のことがあって未だに実現

はできずにいます(お互いに気遣ってますしね)。

「お前はどうなの、もしも恋人がいなくなったら」

「私は・・・結構引きずると思う、次にいけるか分かんないかも」

 管理人さんはどっちなんでしょうか、私と誉の。同じ文学系だから誉の意見でしょうか、

それとも私の方でしょうか(真相やいかに、というところです)。

「あんまり入っていかない方がいいと思うぞ、管理人さんは自分の中で踏ん切りつけると

思うし」

「うん、分かってる」

 とは言っても、気にしないといったら嘘になります。小百合さんを想い続けたのが16

年、なら次にいくまでにも同じぐらい掛かるのか、もっとなのか。



「彼女は料理が上手でした、よく私の好きな大根の煮物を作ってくれたものです」

 管理人さんが今日も小百合さんの話を聞かせてくれました。その話を聞くたびに小百合

さんがどれだけ素敵な人だったのかが分かっていき、それが逆に悲しかったりもします(も

ういないわけですからね、はい)。

「管理人さん、一つ聞いてもいいですか」

「はい、何でしょうか」

「この先、どうするんですか」

 管理人さんは元々は社会人でした、出版社の担当の仕事をしていたそうです。大学を卒

業して就職、小百合さんも一般企業のOLをしていたそうです。しかし、小百合さんの事

故が起こってから、まもなくして管理人さんは仕事を辞めました。いつ容態が変化するか

分からない状況のため、時間が不規則な仕事を続けられなかったらしいです(出版社は特

にですからね)。そして、休日もしっかり取れて、時間もある程度はっきりと決まっている

今の仕事を始めました。

 ただ、小百合さんがいなくなった今・・・管理人さんが管理人を続ける理由がなくなっ

てしまいました。

「そうですね・・・私も考えてるところなんですが、また自分のやりたい仕事をやろうか

どうかということを」

「私は・・・・・・(口ごもるさくら)」

「どうしました、宮前さん」

「いえ、何でもないです」

 管理人さんにここにいてほしいです、そう言いたかったけど言えませんでした。これか

らもずっとこうして管理人さんとお酒を飲みながら喋っていたいです、それが本音なんで

す(はい、分かります)。

 でも、管理人さんには管理人さんの人生があるわけで、私がそれをダメにしてしまうよ

うにはできません(さくらさん・・・・・・)。

 管理人さんはまた出版社に戻るかもしれないし、また恋をするかもしれないし、その人

と幸せになるかもしれません。だから、私がここに引きとめることは管理人さんにとって

は良いことではないと思います(・・・・・・ここにきて、大人な意見)。



「それでさ〜、クライアントの1人が下ネタばっか言ってきてぇ。リーダーも絵里奈さん

も完全に引いてたよ、その場はもちろん愛想笑いしてたけどさ」

「うん・・・そう」

 10月1日、この日は私の仕事が早く終わったので誉の家に夜ご飯を作りに来ました(お

っ、手料理ですか、いいですね)。

 「男は料理で堕ちる」って言いますからね、これで誉のハートを私に釘づけにしてやり

ますよ(それ、ちなみに料理が美味しかったらの話ですよ)。

 何言ってるんですか、私が料理で失敗したことなんかないですよ〜だ(・・・・・・折

角、大人になったと思ったのに)。

 大人で〜す、さくらしゃんは大人でぇ〜すっ、キャハハハ(もういいです・・・多くは

望みませんから)。

「帰りにさ、絵里奈さんと「最悪だよね、あのジジイ」とか言って、リーダーには「笑っ

とけばいいんだよ、あんなの」って言われたんだけどさ」

「うん・・・そう」

 ジューッ、やった、完成です(こっ、これは・・・見違えるような出来栄え)。

 ハンバーグぐらい楽勝ですよ、さくらの手にかかれば(これまで見てきた悲惨な料理か

らすれば、別人が作ったかのようです)。

 あれは朝っぱらで時間ないし、頭が起ききってないっていうのがあるんですよ、時間さ

えもらえればこのぐらいはなんじゃらほいです(そうだったのか・・・ただの料理下手だ

と思ってました)。

 言ったでしょ、「やれば出来る子、さくらさん」って(いえ、1回も聞いてません)。

「どうかな、それなりに自信あるんだけど」

「うん、美味しいよ」

「ホントに、よかった、ありがとう」

 モグモグ・・・おぉ、これは我ながら完璧だ(やりましたね、さくらさん)。

 誉も全部残さず食べてくれました、わらわは満足じゃ(前半と後半の時代設定がおかし

いですよ)。

 チャプチャプ〜、チャプチャプ〜、お皿洗ってチャプチャプ〜(オリジナル即興ソング、

放送中)。

「ね〜え、今日さぁ、泊まってこうかなぁ(甘えてみるさくら)」

「ごめん、明日までに提出する書類があって、今日やんないといけないんだ」

「・・・・・・そうなんだ」

 なんだよ、思いきって甘えてみたのに(すねないの、同じ職場なんだから分かるでしょ)。

「手伝うよ、なんか出来ることないかな」

「あぁ、いいよ、悪いから」

「・・・・・・じゃあ、私は今日ここにご飯作りに来ただけじゃん。もっとさ、いろいろ

喋ったり、ふざけたりとかしたいんだよ」

「・・・・・・ごめん」

 分かってます、自分が嫌なこと言ってるのぐらい。

 でも、一緒にいたいときにいたいし、楽しく過ごしたいんです(・・・・・・さくらさ

ん)。

「帰る・・・じゃあね」

「ちょっと待って、待てったら」

 私は誉の静止を聞かずに出てってしまいました・・・嫌な女です(落ち込まないで、ケ

ンカぐらい誰でもしますから)。

 同僚なんだから分かってあげないといけないのに、気持ちは正直で素直なんです(分か

りますよ、はい)。



 私はそのまま自宅へ帰らず、管理人さんのいる101号室に行きました。このイライラ

を誰かに聞いてもらいたくて、管理人さんとヤケ酒しようと思って。

 ピンポーン、ピンポーン(101号室に響くインターホンの音)。

 あれ、出てこないな(いつもならもう出てるのに、トイレですかね)。

 ガチャッ、キィ〜、えっ(あっ、開きましたよ・・・あれっ、この見た感じ還暦ぐらい

の老人は一体)。

「どうかしましたか、こんな時間に」

「あっ、いえ・・・えぇと」

 この人、誰ですか(さぁ、見たこともないです)。

 私、違う部屋のインターホン押したんですか(いえ、確かに101号室です)。

 じゃあ、どうして知らない人が・・・管理人さんのお父さんとかですかね(あぁ、その

線ならありえます)。

「すいません、管理人さんはいますか」

「管理人は私ですが・・・どうかしましたか」

 管理人は私ですが、って・・・どういうことですか(さぁ、さっぱり)。

 まさか、竜宮城でもらった玉手箱でこんなふうになってしまったとかですか(ないです、

ここは現実です)。

 なら、この人が嘘つきってことですか(いや、そんなふうにも見えませんが)。

「ここって、管理人室ですよね」

「はい、そうですよ・・・あっ、もしかして、ご存知じゃないとかでしょうか」

「えっ」

「本日付けで新しくこちらの管理人になりました、よろしくお願いします」

 新しく、って・・・えっ、何が何だか分からなくなってきました(私も分かりかねてま

す、でも言ってることに嘘はないことは間違いないと思います)。

「マンションの入口のところの掲示板に貼ってあったんですが、見ていただけてなかった

ようで。今日からになりますが、以前も別のところで管理人業務をしていたので慣れては

います」

「あっ・・・はぁ(状況を飲み込めないさくら)」

「ところで、どういったご用件でしょうか」

「えぇっと・・・新しい管理人さん、ですよね」

「はい、そうですよ」

「それじゃあ、昨日までいた管理人さんは」

「さぁ、そこまでは分かりませんが」

「・・・・・・もう、ここにはいないってことですか」

「はい、そうなりますね」

 いない、って・・・いない、って・・・いない、って(頭の中がこんがらがってるさく

ら)。

「どこに行ったか知りませんか、昨日までいた管理人さん」

「いえ、引き継ぎで顔は合わせましたが、さすがに行き先までは・・・・・・」

「何か言ってませんでしたか、仕事をどうするとか」

「いえ、ただ引き継ぎをしただけなので・・・・・・」

「そうですか・・・すいませんでした」

 キィ〜、ガチャッ(101号室の扉が閉まる)。

 なんで、なんで、なんでですか・・・なんで、管理人さんがいなくなっちゃったんです

か(すいません、それは分かりません)。

 一昨日も一緒に飲んでたんですよ、そんなこと何も言ってませんでしたよ(そのとき、

管理人さんは何か言ってませんでしたか)。

 えっ、何だろう・・・酔ってたしな、結構(ささいなことでもいいです、何か)。

 あっ・・・私が帰るときに「ありがとうございました」って言ってました、いつもは「ま

た飲みましょうね」みたいに言うのに(それじゃないですか、きっと)。

 そんな、あれが別れの言葉っていうんですか(詳しい理由は分かりませんが・・・きっ

と、管理人さんなりの感謝の言葉だったのでは)。

 そんなの分かりませんよ、ちゃんと言ってくれないと(おそらく、きちんと言うことは

止めたかったのでは)。

 どうしてですか、どうして説明してくれないんですか(しんみりした別れはしたくない

とか、何も言わずに去りたかったとか)。

 そんなの勝手すぎです、こっちの気持ちを全然考えてないじゃないですか(・・・・・・

汲み取ってあげてください、管理人さんの決断を)。

 イヤです、こんなお別れなんか絶対イヤですっ・・・ウェ〜ン、ウェ〜ン(さくらさん・・・

泣いてしまいました)。

 イヤだぁ、管理人さんとお別れなんかイヤだよぉ・・・ウェ〜ン、ウェ〜ン(さくらさ

ん・・・そっとしといてあげよう)。



「さくら、どうしたの」

「えっ、あっ、はい、どうしました」

「どうしました、じゃないでしょ。何をボ〜ッとしてんの、集中しなさい」

「はい・・・すいません」

 翌日のフロートアップ、私は仕事に集中できませんでした。

 どうして、管理人さんは私に何も言ってくれなかったんでしょう、何も相談してくれな

かったんでしょう。

 当たり前ですが、泣いてるだけでは何も生まれませんでした。かといって、考えても自

分の納得できる答えは浮かびません。

 この3ヶ月くらいの間で私と管理人さんには、普通の「住人と管理人」という枠を大き

く越えられる関係が築けてたはずです。一言も言わずに出てってしまうなんて、管理人さ

んにというより自分に腹が立ちます。管理人さんにとって、きっと私は頼れる存在じゃな

かったということなんです(さくらさん、自分を責めないでください)。

 そんなこと言われたって無理です、仕事も思うように手につきません(余計な心配をか

けたくなかったんですよ、管理人さんは)。

 させてくださいよ、私は管理人さんの心配もしちゃいけないんですか(そうじゃないで

す、自分のことでさくらさんを巻き込みたくなかったんですよ)。

 そんなのナシです、私は管理人さんに何でも話してきたはずです(もちろん、さくらさ

んの意見も分かります・・・同時に、管理人さんの意思も分かってあげましょう)。

 うぅ・・・イヤだ、絶対にイヤですっ(さくらさん・・・・・・)。

「宮前さん、何かあったの」

「えっ・・・いえ、何もありませんよ」

 会議が終わって自分のデスクに戻ると、絵里奈さんが声をかけてくれました。

「なんか、目のあたりに泣いたような跡があるから大丈夫かなって思って」

「何でもありません、ちょっと映画観て感動しちゃっただけなんです」

「そう・・・もし、なんかあるようなら言ってね」

「はい、ありがとうございます」

 私は作り笑いをしました、そんな自分が管理人さんのように思えてしまいました。本当

は大丈夫じゃないくせに、頑張ってそこにいるくせに、嘘の自分をそこに立たせてるよう

に。

 多分、管理人さんも誰かに話したかったんじゃないかと思うと、私は余計に悲しくなり

ました。私が管理人さんのそれになってあげられないのが悔しいと感じてしょうがありま

せんでした。



 その日の帰り、私は誉から食事に誘われました。昨日のことを申し訳なく思って、話を

する場をということで(そうそう、こちらもね)。

「ごめんな、昨日は・・・俺のせいだ、謝るよ」

「うぅん、いいの、気にしないで」

 今日の私を見て、その落ち込みが自分のせいだと誉は思っていたそうです(あぁ、富士

はそう捉えるでしょうね)。

 正直、私の中では昨日の誉とのことは少しぐらいにしか残ってませんでした。

「そうか・・・そんなことがあったんだ」

「うん、だから昨日のことは気にしないで」

 私は誉に管理人さんがいなくなったことを話しました。私に元気がないのが誉のせいじ

ゃないことを伝えるのと、誰かに聞いてもらいたいということで。

「なんで、いなくなっちゃったんだろう・・・もう、一緒にお酒飲んだり、愚痴を言った

りできないじゃん」

 あれが私の1日の楽しみだったのに、これじゃ不完全燃焼になっちゃうよ。

「俺がいるじゃんか、俺が毎日酒飲んでやるし、毎日愚痴聞いてやるよ」

「うん・・・そうだね(しょぼんとしたままのさくら)」

「・・・・・・俺じゃダメみたいだな」

「えっ」

「今日、俺といても全然笑わないし、全然楽しそうじゃない。俺が代わりになるって言っ

ても、表情の一つも変わらないし」

「そんなことないよ、嬉しいよ(笑顔を見せるさくら)」

「無理して笑うなよ、そっちの方がこっちは辛いよ」

「そんなことないって言ってるじゃん、ちゃんと笑ってるよ」

「どんだけお前の笑顔見てきたと思ってんの、それが本物かどうかぐらい一目で分かるよ」

「・・・・・・(言葉がなくなり、笑顔もなくなるさくら)」

「お前の中で、俺より管理人さんの方が大事になってるんじゃないの」

「何言ってんのよ、そんなこと言わないでよ」

「俺がもしいなくなったら、お前は今よりも悲しむのかな(目の色が変わってきた富士)」

「バカなこと言わないでよ、ふざけないで(怒りを表面に出し始めるさくら)」

「大真面目だよ、お前は俺よりも管理人さんを求めてるん・・・バシッ(あっ・・・さく

らさん)」

 気づいたときには手を押さえてました、私は誉の頬を強く叩いてました。

「どうして、そんなこと言うのよ・・・いっつも意地悪なこと言われてきたけど、そんな

こと言うやつだとは思わなかった(涙目で、力強い目で、訴えるように言うさくら)」

「悪い・・・今日は帰る」

 誉はそそくさと店を出て行き、残された私は泣きそうになるのを必死にこらえてました。

本当はそこで思いきり泣きたかったけど、周りのお客さんの視線が集まってたので耐えま

した。


 結局、私はオーダーした料理をほとんど残したまま、店を出て帰りました。

 頭の中は悲しみでいっぱいになって、自分を保っていさせるのが精一杯でした。

 トゥルリンッ、トゥルリンッ(メールを受信しました、メールを受信しました)。

 メール・・・誉からだ、クリック(受信メール、開封)。

「さっきはごめん、言いすぎた・・・でも、俺が言ったことは自分の本心だ、嘘はない。

さくらは俺よりも管理人さんのことを求めてると思う。それが違うと思うなら、きっとお

前は自分の気持ちに気づいてないだけだ。だから・・・距離を置こう、俺たち。1回よく

考えてみてほしい、さくらの中でキチンと答えを出してみてくれないか。それでも、俺の

ところに来てくれるのなら、俺はそれを待ってる」

 誉からのメールを読みながら、血の気がスッと引くのが分かりました。

 自分は何をしてるんだろう、こんなことしたかったわけじゃないのに・・・そう思いな

がら。

 もう何も考えられない、もう何も考えたくなんかない(さくらさん・・・・・・)。

「あっ・・・・・・」

 気づくと、私は自宅マンションの101号室の前にいました。インターホンを押そうと

して、右手の人差し指を伸ばしてる自分がそこにいました。悲しみで溢れそうになってる

今の自分が管理人さんを自然と求めて。

 それが悲しくて、たまらなくなって、私はその場で膝をかかえて泣き崩れました。誉に

あんなに言われたのに、そんなこと言わないでとか言ったくせに、管理人さんのところに

来てる自分がイヤで仕方なくて(さくらさん・・・もう、見てるのも辛いです)。



 それ以来、私は誉と距離を置いた日々を過ごすことになりました。会社の後に食事にも

行かないし、デートにも行かないし、誉の部屋にも行かない日々。

 会社の中では何変わりなく接していたので、周りにそれを気づかれることはありません

でしたが。

 すぐに誉に近づくことはしませんでした、というよりも出来ませんでした。都合のいい

ように、また誉のところに寄ることは違うと思ったし、向こうもそれは望んでなかったの

で。誉に言われたように、自分の心の中を1度整理してみようと思ってます(さくらさん、

辛いでしょうが頑張ってください)。

 はい、あんまり作者さんとトークできなくてすいません(いいんです、そんなことは気

にしないで)。

「あっ・・・まぁた、買い忘れたよ」

 ちぇっ、スッテケテッテッテ〜ッ(あれ、家に帰ったきたところなのにお出かけですか)。

 ビール買うの忘れてました、冷蔵庫に2本しかないのは分かってたんですが(多いです

よね、お酒の買い忘れ、夜ご飯はちゃんと買って帰るのに)。

 はい・・・なんだか、慣れなくて(どうしました、急に沈んじゃって)。

 まだ、101号室で管理人さんと毎日のように飲んでいたことが身体に染み付いてて。

お酒は管理人さんが用意してくれてるって、無意識のうちにインプットされてるんです(あ

ぁ・・・なるほど)。

「今日もお疲れサマンサ、乾杯っ」

 独りきりの部屋での「誰かいる風のエアー乾杯」、空しいかぎりです(傍目から見ても空

しいです・・・・・・)。

 会社の人たちとたまに飲みに行くことはあっても数えるぐらいの機会だし、誉とも会っ

てないので毎日飲みに付き合ってくれる人もいません(はい、そうなりますね)。

 管理人さんがいてくれたら・・・正直、部屋飲みの日はいつもそう思ってしまいます。

 そう思っては、管理人さんと過ごした楽しい時間を思い起こして、自分を悲しくさせて

しまうんです(さくらさん・・・もう、いいんじゃないでしょうか)。

 でも・・・それじゃあ、私は(もう充分苦しんだでしょ、素直になってください)。

 私が選ぶのは・・・みんなが幸せになれる答えじゃないんですよ(いいんです、1番側

にいてもらいたい人を選んでください)。

 それなら・・・それなら、私は答えを導き出せるかもしれません(はい、さくらさんの

思うままにお願いします)。


          ☆


 ところかわりまして、こちらは静岡県の河津町でございます(おや、またずいぶんと遠

くに)。

 只今の時刻は12時すぎ、この時間は昼ご飯の時間帯なのでお客さんの入りも少なくな

ります(お客さんの入り・・・まさか)。

 こんにちは、丹乍幸四郎でございます(どうも、こんにちは・・・って、管理人さん、

一体ここで何を)。

 あぁ、実は今は実家に戻ってきて、八百屋の手伝いをしているんです(それで、その格

好・・・そういえば、八百屋って言ってましたね)。

 両親も還暦を超えているので、いずれは1人息子の私がここを継ぐかどうかということ

になるので、良い機会と思って静岡に帰ることにしたんです(そうだったんですか、なる

ほど)。

「幸四郎くん、今日のおすすめは何かね」

「あぁ、はい、トマトとナスがいいですよ」

「そうかい、じゃあ2つずついいかな」

「はい、毎度ありがとうございます」

 自営業とはいっても、小さな店なので常連さんがほとんどになります(みたいですね、

良い雰囲気です)。

 私が生まれる前から来ていただいてる方が多いので、子供の頃からよくしていただいて

る人たちなんです(いいですね、こういうお店)。

 そうだ、作者さん、宮前さんは元気にしていますか(あぁ・・・身体は元気ですが、心

が少し問題でして)。

 えっ、何か病気でも(いえ、実は管理人さんがいなくなってから落ち込みぎみになって

いて)。

 そうなんですか・・・心配ですね(いつものような夫婦漫才ばりの掛け合いも全くない

し、さくらさんらしさが抜けてる感じなんです)。

 あの元気があってこその宮前さんですしね(管理人さん、どうして急にいなくなったり

したんですか)。

「幸ちゃん、ちょっとおつかい行って来てもらえんかな」

「あぁ、いいよ」

 すいません、よかったら出掛けながら話しませんか(はい、いいですよ・・・幸ちゃん、

って呼ばれてるんですね)。

 もういい年なんですが、親からしたら時間が経とうとも子供は子供みたいで(あぁ、そ

うみたいですね)。


 ヒュ〜ッ、ピュ〜ッ、ヒュ〜ッ(海から吹いてくる秋風)。

 いや〜、もうすっかり秋ですね(ですね、風が冷たくなってきました)。

 宮前さんと楽しく飲んでいた頃が懐かしく思えます、夜でも暑かったですからね(はい、

ちょうど夏の3ヶ月間でしたからね)。

 この今井浜も夏は気持ちのいい浜風が吹くんですよ、冬はその逆なんですけどね(眺め

もいいですね、夏場は最高でしょうね)。

 そうですね、自然もありますし、楽しめるところもたくさんありますし、いいですよ(う

んうん・・・そういえば、さっきの続きなんですが)。

 はい、どういった質問でしたっけ(管理人さんが黙って去って行った理由についてです)。

 あぁ、それにつきましてはですね(はいはい、どうぞ)。

 私もいろいろ悩んだんです、大きなことがありましたから(あぁ・・・はい)。

 悩みに悩んだ結果として、私は・・・・・・(どうしました、管理人さん・・・えっ)。

 どうして・・・どうしてですか(いえ・・・私にもさっぱり)。

「どうして、こんなところにいるんですか・・・宮前さん」

「・・・・・・管理人さん、見〜っけ」

 宮前さん・・・なぜ、静岡まで(もしかして、さくらさん・・・・・・)。

 スタスタ、トコトコ、スタスタ、トコトコ(お互いに近づいていく2人)。

「どうして、ここにいるんですか」

「探したんですよ、前にいた会社の部署に電話かけたら管理人さんと仲が良かった人とち

ょうどつながって、事情を伝えたら静岡にいることを教えてくれました」

「それで、静岡まで来たんですか」

「はい、仕事柄、電車や新幹線の移動は慣れてるから楽勝でしたよ」

 私を探して、静岡まで来たのですか(その重みの分が管理人さんがいなくなったさくら

さんの気持ちですよ)。

「よく、ここが分かりましたね」

「管理人さんの家に行ったら、お母さんが教えてくれました。上がって待っててって言わ

れたんですけど、ちょっと外を歩いてますって言って。そしたら、管理人さんがこの公園

が好きでよく来てるって言われて」

「実家まで行ったんですか」

「はい、とっても優しそうな両親ですね。管理人さんの性格がそうなったのがよく分かり

ました」

 まぁ、1人っ子ですから親の血をそのまま引き継いだようなものですからね。

「管理人さん、ずるいです。なんで、いきなりいなくなったりしたんですか」

「あぁ・・・私なりにいろいろ考えて悩みまして、実家に帰って家業を継ぐことを選んだ

んです。見たと思いますが、両親も年も年なので継ぐのならそろそろというところでした

し。そういう中で過去を引きずったまま、未練たらしく生きていくのはやめようと思いま

した。またここから新しい道が始まる、0からのスタートだと。いや・・・違いますね、

正確には1からのスタートです。もちろん、小百合のことは忘れることはありません、か

けがえのないものとして私の中に残っています。それに、実家にいるという時点で、0か

らとは言えませんしね」

「新しいスタートを切るにあたって、これまでのものをリセットしたかったんです。宮前

さんだけでなく、周囲の環境そのものを切ってみたかったんです。だから、ごく親しい2

人ほどにしか告げずに静岡に帰ることを決めました。心苦しい部分もありましたが、それ

だけのことをしなければ次に進めないと思って。私はそんなに強い人間ではないんです、

私の勝手を許してください」

 今になって苦しさが出てきています、私のところまでこうして来てくれた宮前さんを前

にして。

「私は・・・私は管理人さんのその「ごく親しい人」には入れなかったんですか」

「いえ、そんなことありません。ただ、短すぎたのかもしれません、宮前さんと親しくな

れたのは3ヶ月ほどでしたから」

「それじゃあ、少ないですか・・・私は管理人さんのこと、すごく大事な人だと思ってた

んですよ」

「・・・・・・申し訳ありません、単なる私の勝手にすぎないんです」

 宮前さんの言葉の一つ一つが胸に刺さります、彼女を傷つけてしまったと思うと。

「・・・・・・いえ、いいんです。こうして、また管理人さんと会えたし・・・なにより、

理由が聞けてよかったです」

「すいません、お詫びといってはなんですが私に出来ることがあれば何でもしますよ」

「何でも、ですか」

「はい、私に出来ることなら」

 そう言うと、宮前さんはその場で考え始めました。


 やがて、考えがついたらしく、宮前さんからそれを告げられました。

「管理人さん、今日よかったら一緒に飲んでもらえませんか」

「・・・・・・そんなことでいいんですか」

「その代わり、管理人さんがいなかった2ヶ月分の愚痴を言いたい放題にぶちまけますか

ら覚悟してくださいよ」

「いいですよ、久しぶりに楽しく飲みましょうか」

 私も宮前さんと一緒に飲むのは楽しかったですから、こっちに帰って来て少し物足りな

さも感じていましたし。

「じゃあ、明日も一緒に飲んでもらえませんか」

「おや、今日は泊まっていかれるんですか」

「はい、いいですか、明日も」

「いいですよ、それはもちろん」

 宮前さんはいつも私を楽しませてくれましたから、それをこちらの都合で勝手に遮る形

になってしまったのを申し訳なく思ってましたし。

「じゃあ・・・明後日も一緒に飲んでもらえませんか」

「明後日・・・明日も泊まっていかれるんですか」

「はい、明後日もいいですか」

「いいですよ、いくらでもお付き合いしますよ」

 2泊3日ですか、有給でも取ったのでしょうか(いえ、そういうことじゃないと思いま

す)。

 えっ、それはどういったことでしょう(聞いてあげてください、さくらさんからの言葉

で)。

「じゃあ・・・この先、ずっと一緒に飲んでまらえませんか」

「・・・・・・ずっと、ですか」

「はい、ずっと」

 これは・・・一体、どういった意味合いの言葉なのでしょう。

「そうは言われましても、私はここにいることを決めましたし、宮前さんには仕事がある

でしょう」

「仕事は辞めます、そのつもりで有給使って来ましたから」

「・・・・・・辞めて、どうするんですか」

「そうだなぁ・・・八百屋さんの花嫁にでもなろっかなぁ」

 うまく意味が呑みこめません・・・私をからかってでもいるのでしょうか。

「富士くんがいるじゃないですか、彼はどうするんですか」

「・・・・・・別れてきちゃいました、誉と」

「別れた、って・・・どうしたっていうんですか、宮前さん」

「管理人さんが出てってから私が上の空でいることが多くなって、それでケンカしちゃっ

たんです。お前は俺よりも管理人さんのことを求めてる、って。それで距離を置くことに

なったんです、ちゃんと自分の中で気持ちを整理するために。私なりに一生懸命悩みまし

た、時間もかけたし、頭もすっごく遣って。そうやって出した答えなんです、悔いはない

し、精神的にはすがすがしい気分です」

「管理人さんは私にとって大切な人です。管理人さんと一緒にお酒を飲める時間が私にと

って何より大切な時間です。でも、できれば私はもっと管理人さんと一緒にいたいです。

ずっと・・・ずっと、一緒にいてくれませんか」

「・・・・・・(しばらく、言葉のない時間が続く)」

 どうすれば・・・どうすれば、私はいいのでしょう(素直になってください、さくらさ

んはありのままをぶつけてきたんですから)。

 素直に・・・私のありのままの気持ちとは一体どういうことなのでしょうか(考えてく

ださい・・・時間はかかってもいいから、はっきり答えを出してあげてください)。


 私が目をつむって考えてる間、2つの秋風が私と宮前さんを冷たくしていきました。

「宮前さん、八百屋に嫁ぐには克服してもらわないといけないことがあります」

「克服・・・何ですか、それ」

「仕事的に朝が早いので、毎日早朝に起きてもらうことになります」

「大丈夫です、管理人さんが毎日起こしてくれますから」

「なるほど・・・次にですが、人情次第というぐらいにお客さんとの掛け合いが大切にな

ります」

「大丈夫です、それなら大得意ですから(人の心の中に入るのなら、右に出る者はそうそ

うなし)」

「そうですね・・・次にですが、私のことを好きになってもらわないといけません」

「大丈夫です、管理人さんのこと好きですから」

「・・・・・・最後に、私が宮前さんのことを好きでないといけません」

「大丈夫です、管理人さんは結構私のこと好きなはずですから」

「すごい自信ですね、それはまた」

「じゃあ、間違ってるって言うんですか」

「・・・・・・いえ、そうでもありません」

 そこで一旦会話が途切れると、何がおかしいのかも分からないまま2人でクスクスと笑

いました。

「行きましょうか、ここにいつまでもいると冷えてしまいますので」

「はい、そうですね」

 私と宮前さんはスタスタ、トコトコと歩き出しました。

 思えば、こうやって隣で歩くことも初めてで新鮮に感じれました。

「管理人さん、手つないでもいいですか」

「・・・・・・いいですよ、つなぎましょう」

 握った手は冷たく、握り続けてる間にじんわりと温かみが身体へ伝わってきました。そ

れがこの先の宮前さんとの日々ではないかと仮想して、私はフフッと笑みを浮かべました。

「あっ、管理人さん、なんで笑ってるんですか」

「いえ、何でもありません・・・それに、私はもう管理人ではありませんよ」

「私にとって、管理人さんは管理人さんなんですよ。いいから、もったいぶらずに教えて

くださいよ〜」

「教えませんよ、聞いても大したことないですし」

「教えてくださいったらぁ、ケチンボ」

 瞬間、宮前さんのことがとても愛おしく思えました。私はその感情を大切にしたいと思

いました。



今回で本編の全10話を終了しました。

次回更新のエピローグでラストとなります。

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