第三話:服選びと決意と
「どうですかね?」
「どうって言われてもなぁ」
「可愛い」や「お似合いです」だとか言う店員の言葉を無視して、服をいくつか試着してみた望未はクローネに尋ねるが、はっきり言って女物の服なんか実はよく分かっていない彼である。何とも微妙な返事が返ってきた。
もし、この場に居たのがフィーディアなら役に立ったのかもしれないが、実際にこの場に居るのはクローネであり、望未としては、今の所この世界で唯一頼れる存在であるクローネに、意見や判断を仰ぎたかったのだ。
「んー、つか君みたいな髪色と目なら、こういう緑とかでも合うんじゃないか?」
今、望未が着ているのは赤系統の服なのだが、軽く周囲を見たクローネが持ってきたのは白や緑、ベージュ系統の服。
「この世界で服を選ぶなら、動きやすさ重視にしておけ」とクローネから言われたものの、そんな彼が持ってきた服は、望未が転移してくる前から見慣れた服。
「君の場合、黒も似合うかもしれないけど、それはもう少し大きくなってからの方が良いと思うよ」
クローネの意見に、望未は唸る。
クローネは女物の服はよく分かってないが、その人に似合いそうな色やファッションを見たりするのは、きっと得意なのだろう。
「別に、それ全部買っても良いんだからな?」
「いやいやいや!」
クローネの発言に、望未は即座に首を横に振る。
服は何着あっても困らないが、値札を確認してみれば、五桁はあるーー万単位を示すような数字に、望未の顔は何とも言えない表情になる。
(いくら買ってもらえるとはいえ、ここが異世界であり、貨幣価値や通貨とかが違うとはいえ、それでも万単位はヤバいって!)
そんな望未の内心なぞ露知らず、クローネはクローネで望未の持っている服の値段を確認する。
「あー、そういうことか」
そもそも、金銭面を気にしていた望未である。きっと今も元の世界の価値に当てはめてしまっているせいで、五桁の値段に唸っているのだろう。
自分と違って女の子なのだから、値段など気にせず好きな服を選べばいいのに、と思うクローネだが、女の子は女の子でも望未は『十七』の女の子である。
だが、彼女の性格上、買ってもらえるという嬉しさよりも、申し訳なさが先に来るのだろう。
「じゃあ、こっちとこっちだけな」
「え」
緑とベージュの服だけ望未の手から取ると、クローネは店員に会計を頼む。
「あの……」
「どうしても気になるなら、さっさと自分で稼いで返せ」
望未に視線だけ向けながら、クローネは銀貨と銅貨で支払いを終わらせる。
とりあえず、すぐに着ることを伝えたためか、店員が値札を外し、渡された望未は緑の服に着替える。
「着替え終わったのなら行くよ」
ありがとうございました、と頭を下げる店員に見送られる形で、二人は店を出る。
「違和感は無いか?」
「特にありませんが」
「そっちの世界でどうだったのかは分からないが、この世界では、服で肌が赤くなったりすることがあるから気をつけろよ」
服を買う前に言うべきだったけどな、とクローネは言うが、望未は今の自分の姿を見下ろす。
「この際だから聞いておくが、アレルギーとかは無いよな?」
「いえ、特には」
「なら、いい」
本当に確認するだけだったらしく、その後の会話は特に無かった。
(それにしても、服の件といい、アレルギーについてといい……)
世界観以外は元の世界とそっくりだな、と望未は思う。
「あの、クローネさん」
「何、どうかした?」
「次はどこに向かうんですか?」
「宿屋行って、部屋確保。その後は時間も時間だから飯」
クローネ曰く、もうそろそろ昼らしい。
ちなみに、クローネたちが望未を見つけた時は朝方だったらしく、一仕事を終えたクローネは仮眠を取ろうとしていたところらしい。
「すみません……私、そこまで全然気が回らなくて」
「気にしなくていいよ。ちょっとやそっと寝ないだけで、倒れるような身体はしてないから」
それに、とクローネは続ける。
「どう考えたって、現状は君の方が大変だろうが。僕のことまで気にすることが出来なくて、当たり前だっつーの」
「クローネさん……」
クローネに言われて、望未は他者に気を使えなくなるほど、無意識に自分のことで一杯一杯だったらしい。
「まあ、そんなことを一々気にしていたら、この先やっていけないし」
違う? とクローネに目を向けられた望未は首を横に振る。
「クローネさんの言う通りです。細かいことを気にしていたら、何も出来ません」
望未の言葉に、クローネは返答はしなかったが、笑みだけ向ける。
「よし、それじゃあ行くか」
「はい!」
再度歩き出したクローネを追いかけるかのように、望未も歩き出すのだった。
☆★☆
ーー夜。
「……」
ぼんやりと中空を見つめる。
宿屋にてーークローネが望未に気を使ったのかどうかは分からないがーー、二部屋取ったうちの一部屋で、望未は休んでいた。
ちらりと部屋にある鏡に目を向ける。
「本当、何でこうなったんだろう?」
今日一日、この姿で出歩いていたわけだが、自分の身体故か目線にさえ慣れれば、そんなに問題ではない。
身長について、クローネはそのうち戻るとは言っていたが、それがいつなのかは言っていない。
しかも、気になるのは身長だけではない。髪色についてもだ。この世界に来る前の黒髪は、今では黒混じりの紺色の髪に変化している。
「……本当、どこに居るの……っ」
思わず、そんな呟きが出てしまう。
一緒にこの世界に来たはずなのに、気付けば隣に彼は居らず、見つけてくれたクローネたちにも確認してみれば、知らない上に居なかったと言われてしまった。
しかも、こんな見た目になってしまった以上、名前だけであの場に居た望未であることが証明できるはずがない。彼ーー常磐幸希の知る『久遠望未』は、同年代で黒髪黒眼の少女なのだから。
「っ、」
戻れないからと、二人でならーー二人一緒なら、という理由で、リオンからの頼みも引き受けたというのに。
(何で、私は一人なんだろう?)
その疑問ばかりが、頭を過ぎる。
「こ、っくん……」
正しく発音は出来ないものの、泣きそうになる前に彼の名前を口にする。
「絶対に、また会わないと。絶対に」
そのためにも、と親指で流れそうになっていた涙を拭い、望未は決意に満ちた目で壁の向こう側にあるクローネの部屋を見つめる。
そして、深呼吸し、部屋を出て、きっちり鍵を閉める。
「クローネさん」
望未が隣室の扉を軽くノックすれば、いかにも面倒くさそうな表情をしながら、クローネが顔を出す。
「どうした? 自由にしてて良いって言ったと思ったけど」
「はい、確かに言われました。でも、お話ししたいことがあるので、こうして来ました」
話ね……、とクローネは思いつつ、望未に部屋に入るように言う。
「で、話って?」
「いきなりで申し訳ありませんが、私に剣と魔法の扱い方について、教えてください!」
単刀直入に、今にも土下座しそうな勢いで、望未は頭を下げる。
「用件は分かった。でも、どうしてそうなった?」
「神様の頼み事を達成するためと、もう一人の友人を捜すためです」
「友人……ああ、君が目覚めたときに聞いてきた子のことか」
「はい」
間を置くことなく返事をした望未に、クローネは溜め息を吐いた。
(あの野郎。やっぱ、やりやがったな)
内心、リオンへの好感度的なものをどんどん下降させていきながらも、異世界人が知識以外のサポートも無しに、見知らぬ世界で上手くやっていけると思ってるのか、とクローネは表に出さないながらも、悪態をつく。
「クローネさんに迷惑を掛けることは、重々承知しています。けど、私には知識しかない以上、実践に付き合ってもらえる人が必要なんです」
今のところ、望未には知り合いがクローネしかいない上に、表向きは彼の『娘』という設定で行動中だ。
「ですから、お願いします。剣と魔法を私に教えてください」
「気持ちは分かるけど、僕は迷宮管理者でずっと一緒に居ることは……」
「それなら、そのことも私に教えてください! 迷宮のこともダンジョンのことも」
必死に訴えてくる望未に、クローネは困った顔をするが、その後に優しい雰囲気を消し、真面目な顔をして告げる。
「口では何とも言えるよね。剣と魔法はともかく、迷宮やダンジョンについては、みんなが知っていること以外は教えられない」
「っ、それで構いません。私は今、護身できる力とかが欲しいんです」
クローネから初めて向けられた冷たさのようなものに怯みながらも、望未はそう返す。
「うん、分かってる。でも、僕にも教えられることと教えられないことがあるから、教えられないことについては一応、コーチを見繕っといてあげる」
「ありがとうございます!」
「はいはい、夜だから騒がない」
思いっきり頭を下げて礼を言う望未に、クローネは宥める。
「けど、本当にありがとうございました」
最後にもう一度だけと頭を下げる望未に、対応するのに面倒くさくなったのか、「お前、もう部屋に戻れ」と部屋から追い出しに掛かる。
「ああ、そうだ」
「何ですか?」
「遅いよりは幾分マシだろうから、明日から始めるぞ。特訓」
「分かりました」
気合いを入れて、部屋に戻っていく望未に、溜め息を吐いてクローネ自身も部屋へと引っ込む。
「ーーリオンの野郎、マジで一回ぶん殴る」
その呪詛じみた呟きを知ってか知らずか、何かを感じ取ったかのようにびくりと肩を揺らすリオンのことなんて知る由もなく、望未は望未でベッドへと横たわる。
異世界生活の初日のこの日、隣に居るはずの幸希が居らず、まさかの一人ぼっちスタートにも等しい始まり方をした望未。
今の自分が頼れるのは、現在進行形でともに行動中のクローネ(たち)なわけだが、彼には剣と魔法の扱い方を教えてもらうという約束をしてもらえた。
「待っててね。絶対に会いに行くから」
たとえ、どれだけの時間が掛かろうと、望未は諦めるつもりはない。
ーーだから、無事に会えますように。
リオンが引き合わせてくれることを期待しつつ、望未はそっと目を閉じた。




