第二話:いざ町へ
さて、クローネたちの手を取った望未は、フィーディアに見送られる形で、クローネとともに迷宮の外に出ていた。
「森の中にあったんですね」
異世界に来たとはいえ、現時点では洞窟(のような迷宮)以外知らない望未である。
「ところで、実戦経験は……無いよね」
「すみません。あるのは知識ばかりで、体が思うように動いてくれるかどうかは……」
しかも、この身長だから、リオンから与えられた武器もまともに使えそうにない。
ちなみに、望未が己の身長を把握したのは、フィーディアが迷宮内の鏡がある場所まで連れてって、その姿を確認したためだ。
ただ、変化していたのは身長だけではなく、髪も黒からーーいや、黒に見えないこともないのだが、黒みがかった紺色の髪に変化していたので、そのことにも驚きはしたが。
「しかも、初心者に優しくないモンスターが大量に居るとことか……あいつの罪が、また一つ増えたな」
本人の知らないところで、望未をフィーディアの迷宮に行かせたこと以外、ダメ出しというかクローネの怒りの矛先が向けられるリオン。
「あ、あの、クローネさん。早速、何か近づいて来たんですけど……」
「え? ……ああ、本当だ」
望未の言葉に、最初は首を傾げたクローネも、本当に来たモンスターを冷静に倒す。
(もしかして、この子……)
望未の持っているだろう能力の一片を垣間見たクローネは、顔を顰める。
(このままだと、ヤバい、よね)
自分も地位や能力などからヤバいと言えばヤバいが、彼女は自分と同じか、それ以上に知られてはいけない存在なのではなかろうか。
そして、何よりーー
「本っ当に、無理難題を押し付けて来やがる」
自分の居る場所が安全だと思って、彼女を送り出したつもりか。
ーーその逆だろう?
彼女が送り出されたのは、世界で一番安全にして、危険な場所。
何も知らないような子を、送り込んで良いはずがない。
「あの、クローネさん?」
だが、彼女はそのことを知らないのだ。
だったら、最低でも身を守る術を与えるべきではないのだろうか。
「いや、何でもない」
クローネの様子に、一抹の不安を抱く望未だが、今は何をするにしても彼を信じるしかない。
「とりあえず、戦闘になったら、君は下手に動かないこと。良いね?」
「はい」
クローネの言葉に、望未は頷く。
彼女とて、今の自分が足手纏いなのは理解しているし、下手に動いて、モンスターの餌などにもなりたくない。
(大丈夫、大丈夫……)
ドクンドクン、と鼓動が速くなっていく。
この森を抜けるまで、クローネは望未を守りながらの戦闘になるだろうし、望未は望未で足手纏いにならないように、尚且つ敵やモンスターなどに見つからないようにしないといけない。
けれど、そんな二人の都合を相手が理解してくれるはずもなくーー
「クローネさん、次が来ます!」
「っ、」
即座に掛かった反応から声を上げる望未に、クローネがすぐさま周囲を警戒する。
望未の、まだはっきりとしたわけではない能力を信用したわけではないが、先程のこともあるため、用心しないわけには行かなかった。
『キシャァァァァアアアア!!!!』
そして、少しだけ待った後、ようやく現れたモンスターに、その姿を認めたクローネはじんわりと汗を浮かべる。
「おいおい……こんな奴、居たか?」
完全に、ではないが、クローネは迷宮の周りにある環境やそこに棲息しているモンスターたちに関しては、ある程度把握していた。
だが、目の前に居るのは、クローネの(この周辺に関する)記憶にも無ければ、本来は棲息してないはずのモンスター。
「まあ、いいや。何で居るのかは知らないけど、運が悪かったな」
クローネの周りにいろんな色の玉や球、弾が浮かんだかと思えば、表情一つ変えずに腕を真上に上げ、思いっきり振り下ろしたことを合図にしたかのようにーー放つ。
「やっぱ、この程度じゃ倒れないか」
モンスターの状態を瞬時に把握し、ふむ、と思案するクローネ。
「だったら、これはどうだ?」
念のためにと所持していた剣を抜き、構える。
クローネの場合、普段の戦闘だと魔法がメインなだけで、別に剣で戦えないわけではない。
まあ、どちらにしても、現在進行形で対峙しているモンスターは可哀想でしかないのだが。
「恨むならーーって、言っても無駄か」
魔法を付与した剣でモンスターの身体を傷つけるが、モンスターにはそんなにダメージは無いらしい。
『グルルル……』
「やれやれ。どんな目に遭っても、恨まないでよ?」
小さく口角を上げたクローネに、対峙していたモンスターは初めて後退した。
今になって、クローネが相手にしてはいけない存在なのだと、本能的に察したのだ。
「だって、こっちにはーー守らないといけない子が居るからね」
望未に向けられていた優しそうな目ではなく、冷たいような目をクローネはモンスターに向ける。
「“雷電の爪”」
静かに、クローネが口にした鋭い爪の形をした雷魔法が放たれる。
「ーーッツ!?」
物理的にも見えるクローネの魔法がモンスターに当たったことで、その威力故か、爆風が彼らから距離を取っていたはずの望未の居た場所にまで吹き抜けてくる。
そして、クローネの無事を確かめるかのように、望未が目を向ければーー
「ったく。本っ当、何でこんな所に居るんだよ」
まるで何も無かったかのように、クローネは立っているし、モンスターはその場に倒れており、起き上がる様子も無い。
(一体、何が……)
自分の方へと吹き抜けてきた風を受けて、一瞬その場から目を離してはいたものの、その直前にクローネが対峙していたモンスターに何かしたのは、望未にも分かった。ーーそれが、この世界に来て、最初に見た魔法であることも。
「……」
「ほら、行くよ」
いろいろな状況が起きたことで、容量超過で動けずにいた望未に、いつの間にか納剣したクローネが声を掛ける。
「倒した、んですか?」
「いや、こいつは今、気を失ってるだけ」
どうやら、倒しきったわけではないらしい。
「だから、あいつが気絶してる間に逃げるよ」
にっこりと笑みを浮かべてそう言ったクローネに、謎の圧力を受けた望未は、こくこくと無言で頷いた。
☆★☆
「よし、何とか来れたな」
「これが、異世界最初の町……」
クローネの横で、目の前に広がる光景に内心わくわくとする望未。
どうやら、村より少し大きい程度の町に、「近くに森があるんだから、大都市じゃないのは当たり前か」という意見よりも、「初めて見た異世界最初の町」という気持ちの方が上回ったらしい。
「このまま転移魔法で王都とかに行っても良いけど……どうする?」
町に目を輝かせる望未の様子を考えて、クローネが彼女に確認する。
この町から目的地まで、のんびりと目指しても良いが、望未のことや後々のことを考えると、早めに目指しておいた方が良いに越したことはない。
「正直な所、私はまだ、いろいろとよく分かっていないし、これからどうするべきなのかも分かっていないので、クローネさんが特に急いでいなければ、少しずつ色々と見て学びたいです」
リオンからは「ある少女を助けてくれ」とは言われたが、それまでの過程については何も言われていない。
つまり、何をしようと望未の自由なのだが、何せ自分の知る世界では無いため、何が正解で何が不正解なのかは、これから見極めていくしかない。
「そっか。じゃあ、のんびりと行こうか」
クローネとしても、特に焦るような道程ではないので、まずは町にあった宿屋に向かう。
部屋あるかなー、と呟いている辺り、宿屋に泊まるのは決定事項らしい。
「とりあえず、部屋を確保できたら、君の分の旅支度をしないとね」
「クローネさんの分は……」
「んー、本来なら君を助けた後は、とりあえず家に連れ帰ってから、色々話そうとは思ってたんだけどさ。ここからだと、家とは結構距離があるし、無理に転移でもして、転移酔いされても大変だからね」
「まあ、あれもこれも、あのバカがこの子をフィーディアの迷宮になんて送らなかったら……」とクローネは先程思ったことを取り消すかのように、ぶつぶつと呟くが、果たしてそれが良いのか悪いのか、望未には聞こえなかった。
「そ、そうだったんですか」
クローネから放たれるの不穏な空気を感じつつ、とりあえず望未はそう返す。
「それに僕は冒険者だから、必要となる準備も君よりは掛からないと思うよ」
カバンなど、今は目に見えて分かるようなものは持っていないクローネだが、それは単にカバンを持ち歩かなくとも、剣さえあれば大丈夫な実力がある彼だからこそ出来ることだ。
そんなクローネの台詞に、これから必要となりそうなものを思い浮かべていた望未は、ふと思う。
「あの、お金はどうしましょうか……?」
「ん? あー……」
望未に問われ、クローネもその問題に気付く。
望未の生活に必要な物を買うにしても、彼女にはこの世界での金銭の類は一銭もなく、現時点ではクローネが出すしかない。
「ま、僕が出すよ。後々返してくれれば良いしさ」
「ですが……」
「一銭も持たない子が何言ってるの。こういう時こそ、大人の言うことを聞いておきなさい」
望未は申し訳なさもあって、顔を下に向けるが、今この場にフィーディアが居れば、『クローネが大人とか(笑)』と弄り、彼からは「実際に大人だしな」と正論で返されることだろう。
「それじゃ、まずは服からだね」
かなり目立ってるから、何着か買って着替えよう、というクローネの台詞で、望未はようやく目立っていることに気付くーー否、気付いていながら、目を逸らしていた。
容姿は変えてくれたのに、服装はそのままとか、これ如何に。
とはいえ、ぶかぶかの服を引き摺りながらも着続けるわけには行かないので、上半身に来ていた分をワンピースみたいにしているわけなのだが。
「そう、ですね……」
元から着ていた服に関しては、身体が元の大きさに戻ったら着ればいいだけなので、今はサイズのあった服を手に入れなければならない。
とにもかくにも、まず二人は服屋に向かうのだった。




