8,機械人形と自分
「やっと帰ってこれたな……外ってのは広いもんだ」
凍りついた世界から帰還してきたマシナリーは、外で回収してきた物を地面に置いて座り込む。
「っと……これでいいんだっけか? あー疲れた」
床が抜けるんじゃないかと思われるほど重たいそれは、綾いわく輝矢の閃きを刺激するために必要なものらしい。
「……腹、減ったな」
そう言って一彦は、自分の体を充電台に座らせる。
充電を開始すると徐々に満たされていくバッテリーが、一彦に心地のいい満腹感を感じさせた。
「……なんか、人じゃないみたいだよな。実際そうなんだが」
定期メンテナンスをしなければ疲れを感じ、充電をしなければ空腹に襲われる。
安全装置と称されて取り付けられたその機能は、一彦の欲求を上書きしていった。
「……思ってた以上に厳しいぞ、コレ。常識が歪む」
最近は食べ物を、食べ物と認識できなくなった。
少しずつ人間味を無くしていく自分に、一彦は不安感じていた。
「ま、マシな方か。意思をガン無視で強制労働させられるよりは……ははっ、やっぱ無理だ、そりゃ怖えぇ」
機械の体に自我すら上書きされるかもしれないという恐怖に、一彦は自分を納得させることができなかった。
作られた機械の顔に、乾いた笑いが浮かんだ。
自動ドアが開いて、綾が現れる。
出迎えに来た彼女は、微妙におかしい様子の一彦に気付いた。
「帰ったきたか、一彦。……なにかおかしいことでもあるのか?」
「あぁ、いやなんでもない。それより、これなんなんだ?。一機担いだだけで積載重量ギリギリで、運ぶの苦労したんだよ」
地面に置いた、なにかの装置だと思われる物を指して、一彦は聞いた。
ぱっと見た感じ、飛行機のジェットエンジンのような形状をしていた。
その大きさは、一彦の背丈を3倍にしてもまだ足りないほどだ。
「なに、アンナ頼まれてな。『バカな研究者達が作った装置の中に、役に立ちそうな物があるなら持ってきて欲しい』だと」
「それで俺は、こんなデカいミサイルみたいなものを運ばされたのか……」
一彦は道中の苦労を思い出して溜息をついた。
足場が瓦礫だらけの外をコレだけ重いものを担いで歩くというのは、想像以上に神経のいる作業だった。
『ま、どういう役に立つのかってのは俺にはわからないな。それよ、1つだけ聞きたいことがあるんだが』
「なんだ?」
「あの研究所で物色してたら、こんなものが見つかった」
そう言って一彦は、1枚の写真を取り出した。
そこに写っていたものに、綾は少し動揺した。
綾と輝矢の母が、一緒に写っている写真だった。
「なんであの研究所に、あんたがいるんだ? それに、一緒に写っている女の人。めちゃくちゃ輝矢に似てる」
妙に感の鋭い一彦に、綾は苦い表情をみせる。
「……そいつを寄越せ」
「やっぱり、なんか隠してるんだな。なら、これはアイツの為にも聞く必要がある。それが聞けるまでは……」
「いいから。寄越せ」
綾がそう言うと、一彦の腕は意識に反して、写真を差し出した。
「……マジか」
意志を無視して動いた体に、一彦は驚きを通りすぎた感情に包まれる。
一彦の体は、綾という人間からの命令には、逆らえないようになっていたのだ。
一彦は、自分という意志という絶対領域にすら、干渉されてしまった。
綾は、受け取った写真をあらためて見て、胸ポケットにしまった。
「ふん。お前は、なにも知らなくていい。今のは忘れろ」
「……でもアイツは、母親のことを知りたがってーー」
「記憶を、消してやってもいいんだぞ?」
容赦なく告げられたその言葉に、一彦は言葉を失った。
「……くそぉ」
なにも言えなかった。
これ以上、自分の中を弄られるのには、一彦には耐えられない。
綾はその様子をみながら、問いかける。
「ついでに聞いておこうか、一彦。お前、指示にないタイミングで頻繁に外に出入りしているようだが、何をしている?」
うつむいていた一彦は、綾に目をやる。
「……気づいてたのか」
「管理人として当然だろう。で、どうなんだ?」
「言いたくない……それだけは、どうしても」
真剣な目で睨み返す一彦に、綾は脅すように言った。
「言わなければ、命令してやってもいいんだが?」
「……だったら、その前に潰すぞ。俺のノドを」
「そうか……」
一彦は確固たる意思でそう答える。
それだけは、どんなに脅されても言うつもりは無かった。
綾は、少し考える素振りを見せて、やがて納得したように頷いた。
「……とりあえずはいいだろう。見逃してやる。だがな、覚えておけ一彦。お前の体を動かすにはエネルギーがいる。決して無駄なことには使うな。いいな?」
「……チッ」
しぶしぶ承諾する一彦を見て、綾は少しだけ迷っているようにも見えた。
綾のその様子が、一彦に疑問を抱かせる。
「あんたは、なんでそんな悪人面をしようとするんだ?」
「……なんのことだ」
「とぼけないでくれ。昔っから人の心情を読むのが得意だったから、だいたいわかる」
「……」
綾は何も答えなかった。代わりに、痛いほどの視線を向けた。
『悪い、立ち入った質問だった……眠いから、もう話しかけないでくれ』
「……そうか、ゆっくり休むといい」
そういうと、一彦は自己メンテナンスという名の睡眠に落ちていった。
「私だって、好きでやってるわけじゃ……ない」
力ない言葉が、部屋の中で消えていった。
「ん、なんだ。もう朝か……」
メンテナンスから目覚めた一彦は、自分の体が思い通りに動く事を確認する。
再起動からの点検作業。アンナからやるように何度も言われてきたことだ。
「毎回、寝たら一瞬で朝だもんなぁ……夢の1つでもみれりゃいいんだが」
一彦は愚痴に似た言葉を呟く。
機械の体ではそういったものを見ることはできず、それが一彦によりいっそう、自分が機械であることを自覚させるのだ。
「よし、行くか……」
異常が無いことを確認した一彦は、イスの形をした充電台から立ち上がる。
今日は輝矢達に研究所の様子と、持ってきた装置の説明する日だった。
「うわぁ、なんか大きいねこれ……」
「……出力も凄いわ。これに書いてある通りに動くなら、何かに使えるかもしれないわね」
輝矢は見たままの感想を言い、アンナは一彦が取ってきた仕様書を読んで感心していた。
「あっちでデータを探ってみたんだが、どうもコイツ、同じものが後100機はあるらしい。保存場所はバラバラだったが」
「100機って……それなら、下手すると大陸1つ浮かすこともできるかも」
「そんなに凄いの!? これ!」
「え、えぇ……正直、驚きだわ。そこまで期待してなかったもの。あんな失敗するような研究者がこんなものを作れたなんて……いったいどうやって動かしているのかしら」
アンナが手袋を使って装甲を取り外し、壊れない程度に中を弄り始めた。
(これ、もしかしたら輝矢の母親と、ここの研究長が作ったかもしれないんだよな)
興味ありげに覗き込む少年を見ながら、一彦は思う。
一彦はそれ口に出すことはしなかったが、代わりに別の事を聞いた。
「輝矢、お前の親は、なんの研究者だったんだ?」
「え、母さんのこと? えっと、どうだったかな……教えてもらったことないかも。綾さんが言うには、地球をこんなにした研究者って……あ、そっか」
少年はあらためて、目の前の装置を見た。
「これ、母さんが作ったかもしれないんだね」
一彦はそれを聞いて意外だと思った。
「知ってたのか? 驚かないのか?」
「うん。綾さんが言ってた、母さんはバカな研究者の一人だったって。もしそうだったらいいなぁ」
一彦から見た少年は、なぜかとても嬉しそうに見えた。
「なんでそんな嬉しそうなんだ?」
「え? だってさ、もし母さんが作ったのなら、少なくとも母さんが悪意をもってあの爆発を起こした訳じゃないでしょ?」
仕様書のあるページを指して少年は言う。
そこにはしっかりと『実験が失敗した時の保健』と書いてあった。
確かに用途としては、間違いなかった。
「母さん、よく言ってたんだ。『自分は、実験に失敗した時にそこにいなくちゃいけない』って。きっと、そういう役職だったんだよ」
「そうなのか。親の潔白が証明されたから嬉しいのか?」
「んー、それもあるんだけどね。単純に、母さんの研究を引き継げたみたいで、嬉しいんだよ」
少年は装置を見て、少し楽しそうにする。
「僕のやりたいことって、これなのかなぁ」
「そうね。テル、あんたマザコンだものね」
「茶化さないでよ、アンナ……」
「良いじゃねぇか、親を大事に思うってのはいいことだ」
「ほら、一彦だってそう言ってる!」
「別に、悪いなんていってないでしょ!」
軽く言い合って、笑う。
少年達と話をするのは、一彦にとって楽しいことだった。
この時だけは、人として笑うことができている。
一彦には、なによりも貴重な時間だ。
「あ、そうだ一彦。あんたの体、ここ1ヶ月様子をみたけど初期不良も無いみたいだし、そろそろ遠出しても構わないわよ」
「いいのか?」
「ええ、そのかわり予備バッテリーをいくつか持っていくこと。外で機能停止されたら、回収大変なんだから」
『あぁ、気を付ける』
実はだいぶ前からエネルギー容量のギリギリまで出歩いていたが、それは口に出さない。
予備バッテリーの携帯許可が出たことは、嬉しいことだった。
それからしばらくの間、少年達は他愛のない話をした。
一彦がそろそろ引き上げようと腰を上げた時、輝矢が言う。
「つむぎとも、こうやって話せたらいいのにね」
その言葉にぴくりと、一彦は反応する。
「仕方ないわよ、あの子は話すの苦手だし。それに今は、ずっと自分の研究室からでてこないもの。研究に集中したいのよ、多分」
「うーん……」
『……俺は正直、あいつとどう接したらいいかわからない』
一彦は感じている気持ちを話す。
そう言われて、少年は申し訳ない気持ちになった。
「ごめん、考えなしに言っちゃった……」
『いや、いい。これは俺の問題だからな、気にするな』
一彦が作られてから今まで、つむぎとまともに接する機会が無かったというのもあるが、それを踏まえても関係はいいものではなかった。
雑用のついでに顔をあわせることはあっても、他人か、それ以下の人間に接するような感じだった。
互いに、歩み寄る気がまったく無い。
「まぁ、その内なんとかするから、気にするな」
「う、うん……」
少年は、少し語気が強くなった一彦に、少し戸惑った。
その事に、当の本人は気付いていなかった。
帰りの廊下で一彦は、つむぎの事で少し思い出したことがあった。
「そういや、あいつ。話すのは苦手なのに、自分一人だと寂しがる面倒な性格だったよな……」
同じ学校だったときは、そう言われて付きまとわれていた。
輝矢達も会っていないというのに、1ヶ月も一人でいるのか、そう思うと少し気になった。
そう考えると、自然と足がつむぎの研究室に向く。
帰るついでに覗いて行く気持ちでそこに近付いた。
すると、その部屋から話し声が聞こえてきた。
「…………と、……き?」
「……ッ!?」
一彦の体が硬直した。
彼の直感が、歩み寄ることを、この先を知ることを、恐れていた。
知ってしまうと、自分は壊れてしまうのだと。
そんな予感が渦を巻いて、どす黒く胸に沈む。
「綾、だよな……話してるのは……」
一彦は、確認するかのように、そうであってほしいという希望を呟く。
なんのことはない。ドアを開ければ、綾とつむぎが話しているだけだ。
そんな希望を抱いて。
そして一彦は、その希望が嘘じゃないという事実が欲しくて。
ドアを開いて、中を覗いた。
「……わたしのこと、好き?」
そして、一彦の目に映ったのは、恍惚な目で見つめているつむぎと。
『あぁ、大好きだ』
その瞳を見つめ返す、自分と同じ姿をした人形だった。
「……は、ははっ、ありえねぇよ」
一彦は乾いた笑いで否定する。
「あんな自分」は、存在する訳がない。
体を縛られている『もう一人の自分』を見て、呟く。
「あれは、俺じゃない。俺は……」
「……わたしのこと、好き?」
『あぁ、大好きだ』
二人は繰り返し確認しあう。
「……違うだろ、お前。そうじゃないだろ」
だが一彦の認識は、自分と同じ体で同じ声を発するそれが、同じ「自分」であるといってきかない。
あれは、違う体に入れられた自分なのだと。意識の底からの確信が沸き上がってくる。
「……わたしのこと、好き?」
『あぁ、大好きだ』
「やめろよ、なぁ」
見ているのが、聞いているのが、耐えられなかった。
あの自分はつむぎに、自分の一番触れられたくないところを、弄ぶように、握りしめられている。
心の中がドロドロにかき混ぜられて、胃の中に押し込まれるような最悪の不快感が、一彦を襲う。
「……わたしのこと、好き?」
『あぁ、大好きだ』
「……夢だろ。そうなんだろ?」
そう言うも、目の前の悪夢は消えてくれない。
それもそのはず。
目の前のこれが現実であることを、自分の体が知っていた。
「……わたしも、大好き」
『俺も、大好きだ』
……殺してくれ。
そう言っているように思った。
「あ、ああ、あああアアアアアアァァァァァァァ!!」
悪夢だろうが、なんであろうが。
機械の体は、夢をみることは出来ない。




