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太陽を失った世界で  作者: 飛魚ヨーグレット
7/24

7,結論の出た問題と、指導者

『あらあら、輝矢。こんなところまで、いったいどうしたのぉ?』


幼い少年は、いつまで経っても帰って来ない母親のもとに、一人でやってきた。

外は日が傾いており、すでに子供が出歩く時間帯ではない。


研究所の入り口で警備員にあっさりと掴まえられて、母親が迎えに来た。

『必ず帰るから、おうちで待っててって言ったでしょ?』

『だって……』

少年はぐすりと鼻をすする。

母親に会えた安心感と、怒られたことで、涙が出そうになる。


『もう、ほら、泣かないの』

『……お母さんいないと、たのしくない。ごはんも、おいしくない』


母親としても、息子のその様子はつらいものがあった。


『んー、どうしようかしら。……ここで待つ?』

こくりと少年は頷く。さすがに中には入れられないため、母親も後ろ髪をひかれる思いだった。




『大丈夫かしらぁ、あの子……』

『なんだ、息子か?』


同僚の女性が、少年の母親に話しかける。


『そうなの、来ちゃったのよねぇ……うちの息子ちょっと、子供っぽいところが抜けなくてぇ。そこが可愛いところでもあるんだけどぉ』


頬に指を当てながら言う母親に、同僚の女性は肩をすくめた。


『まぁ、そういうところは親譲りってところだろうな』

『息子がママに似てくるってのも、複雑な気分よねぇ』


研究に戻るも、母親の目は何度もドアをちらちらと見ることを繰り返していた。

相当気になっているのだというのが、同僚の女性にもわかった。


『お前、もう帰ったらどうだ?』

『えー、だってぇ。私いないとダメでしょお?』

『確かに良くはないな。なにか失敗をした時にお前が居ないと困る。だが、心ここにあらずの状態のお前は、正直役に立たない』

『……いいのぉ?』


同僚の女性は鼻で笑う。


『早く帰って、息子に晩御飯でも作ってやれ。丁度私も休みが欲しかったんだ』

『……ありがとぉ!』


母親の顔がぱっと明るくなった。この辺が、子供らしいというのだと女性は思う。


『あのねぇ、うちの息子、甘いカレーが大好きなの、作ってあげるとパッと笑顔になるのよ? それでね!?』

『あぁもう、息子の自慢はいいからさっさと帰れ! 面倒くさいな!』

『はぁーい! 輝矢ママ、帰りまぁーす!』

『……ったく、とんだ親バカだ』


外に出ていく少年の母親と、そこで待っていた少年。

仲良く手を繋いで帰る二人を見送りながら、同僚の女性は呟いた。

『……無邪気というのも、羨ましくはあるな』



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「……で、研究の進捗はどうなんだ?」

「あ、えっとですね……」


昼ご飯に、綾の作った甘いカレーを食べながら、少年は現状を報告した。


「……というわけ、なんですけど」

「お前が来て1ヶ月だが……遅いな」


綾の苦い顔を見て、少年は申し訳ない気持ちになった。

毎日のように実現不可能な夢を語ることを続けたが、研究はまだほとんど進んではいなかった。


「……綾さん。僕、自分が天才なんて間違いだと思うんです」

「知るか。弱音を吐く暇があるなら、なにか考えろ。お前のアイデアには、お前の母親の命だってかかっているんだからな」

「……はい」

「期限はいつまでもあるわけじゃない。わかるな?」


少年は頷く。綾は不機嫌な様子だった。


「じゃあもう何も言わん。結果を出せ」

「……わかってます。僕だって、母さんを助けたいんですから」


その様子を横目に綾は、少年が使い終わった食器を片付ける。


「……どうせ、わたしには何も出来ない」

少年に聞こえない声で、綾は呟いた。





「……綾さんに怒られたよ」


少年は次の提案をするついでに、アンナにあったことを話していた。


「ま、しょうがないといえばそうよね。実際なーんにもできてないわけだし?」

「うーん……」


釈然としない態度の少年に、アンナは気づいた。


「なに? なにか言いたいことあるなら、言いなさいよ」

「いや……うん。ごめん、気分悪くするかもしれないけどいい?」

「かまわないわよ。あんたが思ってること、だいたい分かるし」

「……えっと、ね」


少年は、自分が思うことをアンナに打ち明けた。


「……綾さんって、なんなの」


なぜ、綾はこんなできるかもわからない事が、自分にできると言い張るのか。

なぜ、理不尽ともいえるこの研究で、出来ないことを責められなければならないのか。


いってみれば、ただの愚痴だった。

その言葉にアンナは腕を組んで答える。


「あんた、助けてもらった身のクセに割りと反抗的ね」

「別に助けてって言った訳じゃないし。だいたい、綾さん自身は何をやってるのさ。研究テーマとか、聞いたことないんだけど」

「……はぁ」


呆れにため息をつくアンナは、少しだけ考えて少年の質問に答える。


「綾ねえは、研究者じゃないわ。指導者っていえばいいのかしら」

「え、そうなの?」

「昔は知らないけど、今は少なくとも研究をしてない」

「……じゃあ、綾さんはいつもなにしてるの?」


昼時と夜の2回、綾はその時以外はどこかに行っていて、顔を会わせること自体珍しい。


「……ちょうどいいわ、会いに行くわよ」

「えっと、今?」

「そうよ、綾ねえのやってることはある意味一番大事だし。あんたも知っといたほうがいいと思うわ。ほら、立って」

「あ、ちょっと、待ってって!」


少年はアンナに手を引かれて部屋を出た。



アンナが少年を連れてきたのは、研究所の中でも離れにある部屋の前だった。

普段使うことがない場所なので、少年もここには初めて来る。


「なんか懐かしい感じ、小学校の飼育檻の匂い臭いがする」

「入ったらわかるわよ」


アンナに背中を押されて、少年は部屋に入った。


「……あ、なるほど」


少年は、先程の予想が当たっていたことに気付く。

同時にあっけにとられてもいた。


中は生き物の鳴き声で溢れていて、ちょっとした屋内牧場のようになっていた。

牛や豚、鶏といった動物が、部屋に作られた柵の中にいる。


「なんで、こんなところが……」


しばらくこの場所の様子を見ていると、大きな犬が走ってきた。 少年のまわりをぐるりと一周して、足元にすり寄る。


少年は、この犬に見覚えがあった。


「この犬、もしかして……ちび太?」

「そう。あんたが拾ってきて、なぜかあたしが飼うことになった子よ」

「うわぁ、懐かしいなぁ……元気だった?」


少年はちび太を撫でる。

人懐っこいちび太は「クゥー」と喉から声を出して気持ちよさそうにしている。


「もうチビって言うには大きすぎるけどね」

「ははっ、確かに。そっかぁ、ちび太も生きてたんだぁ」


少年がちび太と遊んでいると、それに気づいた綾が来た。

いつものキッチリした服装ではなく、茶色く袖の長い、農作業をするような服だった。


「なんだお前ら。なにか用か?」

「あ、綾ねえ。活動報告書、持ってきたの。ついでにテルにもここを見せとこうと思って」

「そうか、紹介してやれ。その間に読ませてもらう」


綾はそういうと、アンナに渡された資料を読み始めた。


「アンナ、ここってどういう施設なの?」

「そうねぇ。まぁ、見ての通りって感じ。人間以外の生物の保護っていえばいいのかしら」

「……この研究所に、そんな余裕あるの?」

「ギリギリってとこ。でも、人にとって絶滅したら困る動物もいるのよ。酷い話だけど、ここにいる動物は大半が食用ね」

「そっかコレ……なるほど」


少年は納得した。


ここの屋内牧場は『食料問題の解決』に直接関係している。

エネルギー問題、隕石の回避。

それが叶った時に食べるものがなくならないようにということだろう。


「あっちの方には、野菜の畑とかもあるわよ。全部綾ねえが世話してる。というか、あたし達が食べてる物全般、ここから採れたものだし」

「……だから、綾さんの料理には卵とか野菜が出てくるんだ」

「ま、そゆこと。あんたはもう少し、綾ねえに守られてることを自覚するべきね」


少年は今までの疑問に納得した。

確かにこれだけ手間のかかる事をしているなら、研究に参加出来なくても当然だった。

むしろ、掃除や料理までやっていることが信じられないくらいだった。


「でもこの子、ちび太だけは、特別に世話してもらってるの」


アンナがちび太の頭を撫でる。


「前の飼い主は、他の家に引き取られることを祈って捨てたんでしょうけど、今はね。なんていうか、この子を生かせないようじゃこの先なにも出来ないみたいで、見捨てられないのよね……」


ちび太を見つめるその目は、複雑な色を含んでいた。


「……なんか、わかるような気がする」

「あら、そう?」


変に中途半端だと、逆にやる気が出ないのはよくあることだと少年は思う。


「でも、愛着があるってのが一番の理由なのよね。考えが纏まらない時とか、こうやって会いにくるの」


「輝矢少年も、時々来るといい。なにか刺激になるかもしれんぞ? 」


綾は、読んだぞと言って、報告書を丸めてちび太に与える。

ちび太は嬉しそうに足で弾いて遊び始めた。


「綾さん、聞いてもいいですか?」

「ん、なんだ?」

「綾さんが、ちび太を生かしてる理由です」


少年の言葉に、綾の態度が真剣なものに変わる。


「なるほど、いつもの私の思想とずれていると?」


少年は頷く。綾は、少しだけ考えた後に答えた。


「……まぁ、いうならばアニマルセラピーってやつだ。実際、なにもやってない少年よりは役に立って……」

「本当に、それだけですか?」

「……そうか」

綾は、少年の問いかけに答えようとして少し黙る。


少ない食料で済むとはいえ、余裕の少ないこの施設で飼うというのだ。

無駄と、吐き出してしまえばそれで終わりの話だ。

現実主義な綾が許すとは少年には思えなかった。


「少年の目には、悪魔かなにかのように見えているようだな。私は」


少年は頷いた。それに綾は微妙に、つらそうな顔をする。


「少年のそれは、決して間違いはではないさ。私は、人類の存続に必要とあらば、なんだって切り捨てるつもりでいる」

「なら、ちび太はどうして?」


綾は、答えることを渋っているように少年には見えた。



「……輝矢少年、もしお前の前に『結論の出た問題』が提示されたら、どうする」



「……結論の出た問題、ですか」


少年は、突然の返しに疑問を抱く。

だが、どうも答えないと進まないようだった。


「それは、その結論通りに答えを出す、と思いますけど」

「だろうな、それが普通だ。模範解答が用意されているなら、そのまま書き写してしまえばいい……そうだな、この室内牧場もまた『結論の出た問題』のいい例だな」


少年にもそれはわかった。この部屋をこのまま残すことができれば、やがて訪れる食料問題は解決したと言える。


けれども、それがちび太というただの犬を生かすことに繋がるようには思えない。

変な言い回しで誤魔化そうとしているのではないだろうか。


「……質問の答えになってませんよ?」

「いや、それが答えだ」


綾は、口にすることを躊躇うように、言った。


「人類を生かすために、必要な存在なんだ。例え、この施設の外の人全員を犠牲にしても、だ」


少年は綾のその言葉に引っ掛かりを感じた。


「……わかりませんね」


そもそも、これだけの施設が整っているというのに、少年を含めた4人しか生存していないというのが、おかしいのだ。

人手が足りないと言ったのは、他でもない綾だ。


「ちび太にそれだけの……外にいた大勢の人よりも、価値があるっていうんですか?」

「あぁ、そうだ」

「……意味がわからないです」



「わからなくてもいい。なぜなら、私も知らないのだからな」



「知らないって……なんですかそれ」

「……話せるのはここまでだ。これ以上はアンナにもつむぎにも話したことはない」


そこで話しを切ると、綾は着替える為に自分の部屋に行ってしまった。

少年は理解できない言い分に、不満を感じた。


「あの人の考えてることが、僕にはわからないよ」


少年は、足元で紙の玉と遊ぶちび太を覗きこんだ。

いたって普通の犬であるちび太が研究にどう影響するか、まったく想像がつかない。


「そうね、あたしもわからないわ。綾……いえ、人の考えてることを完璧に理解するのは難しいもの。……ただ、綾ねえの言葉は、多分正しいわよ」

「……どうして?」

「綾ねえが言ってきた事は今まで1度も、間違ってきたことないもの。あたしも、こうすればこうなるって教えられて、それでここまで技術が育てられたのよ」

「……そっか」


実際にそれで結果を出しているのなら、少年は文句を言えない。

ただ少年は、ちび太を含む自分達の命が外にいた人達の命よりも重いという事実が、しばらく頭に残っていた。







自分の部屋に戻った綾は、深く息を吐いて椅子に座り込んだ。


「悪魔、か……そうだな。違いない」


綾はハッと軽く笑った。


他の人をすぺて犠牲にしてまで生き残っている彼女は、ただ自分が指名されたという、それだけでここにいるのだ。


自分のできない事を命令して、反抗するなら弱みを握る。

それはただの普通の人間にもできることだ。


「なぜ、私なんだ……?」


机に置いてある書類を睨む。

『人類生存プロジェクト』と書かれたその書類は、綾によってしわができるほど何度も読み込まれていた。



『地球規模の危機を回避するため、以下の人員を研究所に迎える。

・加嶋 アンナ

・狂輪 つむぎ

また、指導者を「川崎 綾」とし、除く全ての人員は、凍結処理をするものとする』



次のページ以降は、綾がすべきことが書かれている。

その中にはアンナのペット、つまりちび太を飼えという指示も記載されていた。


『ーー以上をもって、プロジェクトは完結する。

プロジェクト発案者:東藤 なつみ』


「……何故なんだ? なぁ、輝矢ママ」


人類生存という『結論の出た問題』を前に、綾は呟いた。



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