5,少女の本質と、機械人形
少年がアンナと仲直りをして、1週間が経った。
あの日の出来事以降、アンナは少年が持ってきた提案を1つ1つ、鼻で笑いながらも見当するようになった。
だがそうはいうものの、少年の提案が通ったのは人工太陽の研究のみで、他は全て「実現不可能」ということでお蔵入りとなっている。
それもあったが、もう1つ気になることがあるせいで、少年は地に足がついていないような感覚に襲われていた。
「輝矢少年、せっかくのカレーだというのに、食欲が無いのか?」
遅めの昼食。綾が作ったものを目の前に、少年は考え込んでいた。
綾に声をかけられて、ふっと現実に帰ってくる。
「いえ、そういう訳じゃないです」
「じゃあもっと喜んで食べて欲しいものだな。せっかく少年の大好物を作ったというのに」
「……あの、なんで知ってるんですか」
「大体なんでも知っている、それがお姉さんの魅力だ」
「だから答えになって無いですって……あ、おいしい……」
少年は、どこから調達してきたか疑問に思いつつ、具材がたくさん入ったカレーに手をつけた。
自分好みの甘めの味に調節されていて、少しだけ懐かしい味がした。
少年はそれを食べながら、先日アンナに言われた言葉を思い返していた。
『多分、あの子はあたし達の中で一番、異常よ』
確かにつむぎは、しゃべるのが苦手で少し変な子だと少年は思っていた。
しかし、そう強調するほどでは無いだろうとアンナに伝えると、
『なんていうか……多分もうすぐ、わかると思う』
アンナには詳細は教えてもらえなかった。曖昧にされるとかえって気になって仕方がなかった。
「なんだ、少年。悩み事か?」
「あー、そんなところです。少しだけ、気になることがあるっていうか」
「私に話してみるといい。解決できることがあるかもしれない」
綾のその言葉を意外に思いながら、少年は尋ねる。
「……いいんですか?」
「もちろん。お前らの心のケアは、私の仕事の1つだからな。なんなら、本格的なカウセリングでもしてやろうか?」
「それは遠慮しときます」
なんとなく嫌な予感が頭をよぎった少年は、丁寧に拒否した。
少年は綾に自分が気になっている事を聞いた。
つむぎはいったい、どう異常だというのか。
なぜアンナが言葉を濁すようにしか、答えてくれないのか。
「……なにかあるのかなって、気になったんです」
話を聞き終わった綾は、手を顎にあてて考えるような素振りを見せた。
「……大体は把握した。そうか、つむぎの性格か。アンナが話すのを嫌がるのも、わからないでもない」
「そんなにとまどうような話、なんですか」
綾は困ったような様子のまま答える。
「……そうだな。ともすれば、悪口のようにも聞こえるかもしれない内容だ。それでも、聞くか?」
「……はい、ずっと気になっていたので」
「わかった。ちょっと待ってくれないか。言葉を選ぶ」
少し無言の時間。少年は緊張に水を飲む。
やがて、綾は口にした。
「……『狂信的』といえばいいのだろうか。つむぎの性格は」
「信じ過ぎるってことですか?」
「あぁ。正確には、『信じた相手の言葉は絶対正しい』と思い込むクセだ。それも、異常な程に」
「……それって、そんなに問題なんですか?」
少年は自分が抱いた疑問を聞いてみる。
少年も、自分の母親の言葉は正しいと思って疑わない。
それがおかしいのだろうかと。
「……そうだな、例えばあの子に信頼されている私が『お前なら冷凍保存された人間を助けられる』とつむぎに言ったとする。研究できる環境を用意して、そこに連れてくる。……あとは、想像してくれればわかるだろう」
「……ッ!?」
その一言で綾への嫌悪感を思い出した。
そういえば、綾はこういう人間だった。
「そういうことですか……」
少年は綾を睨む。綾は、つむぎの性格を利用して研究に引き込んでいるのだ。
「そんな目で見ないでくれないか。私もやりたくてやったわけじゃない」
「やり方が汚いんですよ……僕の時もそうでしたけど」
「仕方ないだろ。お前もつむぎも、ここに来たときは死んだような目をしていた。そうする以外にどうしろというんだ」
少年は綾の話に、少し驚いた。
「……つむぎも、そうだったんですか?」
「そうだ。今は目標を持っているからいいが、ちょっと前までは、ふとしたことで塞ぎ込むぐらい、とても不安定だった」
綾が言ったことに、少年は不満ながらも少し納得した。
自分が研究を成功させれば、大切な人を助けられるという境遇は、少年と似ているものがあった。
「必要だったんだよ、あの子も。生きる意味っていうのが」
「……わかりました。教えてくれて、ありがとうございます」
少年は、綾の評価をほんの少しだけ改めた。
つむぎやアンナのいう通り、悪い人ではないかもしれない。
「あぁ。もういいか?」
綾が確認する。少年はまだ、聞きたいことがあった。
「もう1つだけ。アンナが『もうすぐわかる』って言っていた理由。わかりますか」
「もうすぐ……あぁそういうことか。それはな」
綾が説明しようとした時に、ドアが開いた。
つむぎが立っていた。その後ろには、アンナもいた。
「……アヤ。……多分、できた」
つむぎの表情は、いつもの無表情なそれと違って、真剣だった。
「そうか、完成したか。じゃあ今から行こう。少年もついてこい」
「え、どうかしたんですか」
「つむぎの研究が完成した。今からそれを見に行くんだ」
そういって、部屋を出ていこうとする綾。
少年は昼食の残りを片付けて後を追う。
「おそらく、少年の疑問はな。見たほうが早い」
その言葉に、少年は少しの不安を感じた。
みんなについていった少年は、少し前に入ったことのあるつむぎの研究室にいた。
ケーブルで足元を埋め尽くされた部屋。
前に来たときと違うのは、人の形をした機械が、柱に縛られた状態で置いてあることだった。
「これって、もしかして」
「マシナリー。ようするに機械人形よ。今から、つむぎの研究成果がその中に入れられるの。魂の器ね」
アンナの説明は、少年の知っている研究の通りだった。
目の前の機械人形は精巧に作られていて、そこのカプセルに入っている人と違いがわからないほどに、そっくりだった。
「写真をとって、3Dモデルから形成したのよ。できるだけ似せなきゃ、中の人が戸惑うかもしれないから、手は抜いてないわ」
「やっぱアンナって凄いね……こんなの作っちゃうんだから」
「そりゃ、まぁそうだけど」
少年が溢した感想に、少しだけ頬を染めてアンナは答える。
つむぎは、慎重な手つきで装置をマシナリーに取り付けた。
「……あとは、スイッチ押すだけ。……今から……送る」
つむぎの手が震えているのがわかった。怖いのだろうと、少年は思った。
さっきから深呼吸を繰り返しているつむぎを、少年は心のなかで応援した。
やがて、カチッと音がして、スイッチが押された。
転送が始まった。2%、4%と、画面のゲージが右端へと伸びていく。
「……お願い……カズヒコ」
つむぎが、青年の名前を呼ぶ。少年はつむぎの研究が成功するのを祈った。
そして、表示が100%になり。
マシナリーは、その機械の目を開けた。
『ん、あ? なんだぁ? ここ?』
電子の声で、マシナリーはのんきな声を出した。
つむぎは、その声に飛び付くように、機械の手を握った。
「……わかる? ……わたしの、こと」
おそるおそるという感じで、つむぎは訊ねる。
『ん、つむぎじゃないか。久しぶり……って、あれ? 今っていつ? なんで俺、縛られてんの? そこの人達、誰?』
「……よかった。……カズヒコぉ」
『あー、なんかよくわからんが。とりあえず泣くなよ、な?』
少年は、つむぎの研究が成功したことに喜びを感じるとともに、思っていた以上に人間性の強い反応をするマシナリーに驚いた。
彼はなんというか、陽気な性格だった。
アンナはカズヒコと呼ばれる機械人形に話しかける。
「とりあえず、はじめましてね。あたしはアンナ。一彦って呼ばせてもらうけど、いい?」
『あー、よろしく。それはいいんだが、どこだここ? あと、なんか体の反応が若干遅れるんだけど』
「説明は後で。先にその違和感の方だけ調節するから」
『調節? なんだそれ。それより、この拘束解いてくんない?』
「暴走する可能性を考慮してるんだから、もう少し我慢しなさい」
アンナはそう言いながら、マシナリーの背中側にある端末を弄り始めた。
『暴走って、機械じゃあるまいし……え、マジで? 嘘だろ?』
一彦と呼ばれるマシナリーは、自分が機械であることすら気付いていないようだった。
「……いくつか、確認。……大丈夫?」
『あぁ、いいけどよぉ……なんかわけわかんねぇ』
つむぎは、マシナリーに本人の確認ができる質問を重ねていく。
名前、年齢、住所、在籍していた学校。
記憶に関してはまったく問題なさそうに少年には思えたが、つむぎはなかなか質問をやめない。
「……初めて出会ったの、どこ?」
「つむぎとか? 確か、教室だったような気がするが……」
「……声をかけてくれた。……覚えてる?」
「あぁ、確かに覚えているが……なぁ、コレいつまでかかるんだ?」
終わらない質問は、どんどん内容が濃くなっていく。
つむぎがマシナリーを見る目が熱い。
そしてつむぎの言った言葉に、少年は固まった。
「……わたしのこと、好き?」
少年はこの間見たつむぎの表情と同じ、それ以上のものを感じた。
『あ、ちょ、ちょっとまってくれ、何て言った?』
マシナリーの彼も慌てているようだったが、つむぎは止まらない。
「……わたしのこと、好きって、言って?」
『え、えーと、あのさぁ』
マシナリーは動揺を隠せないでいた。
少年はなんだか話が噛み合っていないような違和感を感じた。
『俺は別につむぎのこと、好きとまでは言ったことないぞ?』
「……わかった」
急に空気が冷えた。
つむぎのさっきまでの笑顔が、まるで嘘だったかのように、いつもの無表情に戻った。
そしてなにも言わずに綾のところに歩いてくる。
「……実験、失敗した」
そして、そう言った。
少年はつむぎが何を言ったか理解できなかった。
「そうか。じゃあ後の処理は私に任せて、少し休むといい」
「……うんっ」
つむぎはそのまま研究室を出ていってしまった。
「えーと、この状況はどういう……?」
少年は、どう考えても成功としか思えないこの結果に、つむぎが失敗だといった理由がわからなかった。
「まぁ、予想はついていたからな、驚きはしない。おい、そこの人形。いくつか質問に答えろ」
『人形って……まぁいいか。なんだ?』
綾は、実験に関係がなさそうな質問をする。
「お前は、あの子に1度でも「好き」だと言ったことはあるのか?」
『いや? そんなことはなかったと思うんだが……』
「じゃあ、好みのタイプを聞かれたことは?」
『……そういや、そんなこともあったような。確か、おとなしい女の子って答えた気がするが』
「よし、わかった。アンナ、もういいぞ」
「了解、実験成功ね。拘束解くからちょっと待って」
アンナがマシナリーを拘束を解く間、少年は綾に質問する。
先程のやりとりを見ていた少年には少しだけ、わかったことがあった。
見ればわかる、という意味が。
「あの、もしかして……」
「わかったか。あの子が異常だと言われる理由が」
「多分、ですけど。こういう事だったんですね……」
つむぎは、自分の信じた相手に対して、妄信的過ぎるのだ。
そして、自分の中の理想像を、相手に投影してしまう。
期待をし過ぎて、事実を誤認してしまうほどに。
アンナと綾の言っていた意味が、少年にも理解できた。
「恋愛に関しては余計に、な。ともすれば私達に、人にありがちな事だが、つむぎはそれが強すぎる傾向にある」
「だから実験は失敗じゃなくて、成功。……なんだか、一彦って人が可哀想です」
「まぁ、それは仕方ない。染み付いた性格はどうしようもない。上手く付き合っていくしかないだろうさ」
アンナが拘束を解いたマシナリーは、自分の手を開いたり握ったりして、自分の感覚を確かめていた。
『なぁ、この体って触れた時の……なんつったけ? 触覚? 的なものないのか?』
「さすがに、そこまでは再現できないわよ。我慢して受け入れなさい。あと、今後の事を考えた上で馬力を強く設計してるから、絶対人を殴っちゃダメよ」
『お、おう。気を付ける』
少年が思うよりも彼は状況に適応していた。
少年は疑問を口にする。
「この実験は、これからどうなるんですか。成功だっていっても、つむぎは自分の研究が失敗したって思ってるんじゃ……」
自分が望まない結果に、つむぎはありもしない原因を探し続けてしまうんじゃないだろうかと、少年は思う。
「……つむぎには、すぐに次の研究に取りかかってもらう。私が『成功した』と言えば、つむぎの思い込んだ失敗は成功になるからな。……次の『できる』を提示すれば、あの子はその通りに動く事になる」
「なんか……そういうの、嫌いです。人の性格を利用して、卑怯ですよ」
「……十分、理解している。だが、これは私達の研究所にとって必要なことだ」
「でも、僕は……」
納得のいかない少年を、綾は優しい目で見る。
「少年がそう思ってくれているのなら、助かる。お前が私を責めるのなら、この罪悪感も幾分マシになるというものだ」
綾はどこを見つめる訳でもなく、視線を天井にそらした。
「なんでアイツは、こんなことしかできない私だけを、残したんだろうな……」
研究長である綾は、誰の耳にも届かない小さな声で、そう呟いた。




