3,望まぬ再会に
「久しぶり、アンナ」
「……テルッ!?」
思わぬ形で再会した二人。
少年はどう接していいかわからずに目を合わせずにいた。
星が持っていってしまった、唯一の友達。
仲違いをしたままこれまでなんの連絡も取らずに過ごしてきたため、その反応も当然だった。
「……だから綾ねえ、なんにも教えてくれなかったんだ」
アンナは呟く。力無いその声は、この再会を望んではいなかったのだと、少年が理解するには十分だった。
「なんでよりにもよってテル、あんたなのよ……あーもう、愛想良くして損した」
髪をくしゃっとするようにして苛立ちを露にするアンナを、少年はある種冷めた目で見ていた。
「……さっきとずいぶん、態度が変わったね」
「当たり前じゃない。アンタ相手になんで気を使わないといけないのよ。……アンタが昔に言ったこと、あたしまだ忘れてない」
そう言って少年に厳しい目を向けるアンナ。
それを見て、少年は昔を思い出していく。
彼女は昔、それこそ少年が物心ついた時から一緒だったときからの友達だった。
やることなす事、いつも一緒。遊ぶ時も、勉強する時も。
親ぐるみの関係だったためか、お互いはまるで家族のように接していた。
その2人が仲違いした理由。
それは、ただの高校受験だった。
当時仲の良かった2人は、一緒の高校に受験した。これからも続くと思っていた2人の関係は、そこで阻まれた。
アンナが受験に失敗したのだ。
少年はその時『星なんか見てるから』と、アンナを責めた。
「あれは、アンナが悪かった。僕は悪くない」
「知らない。あんなこと言って星を馬鹿にしたのはテルよ」
アンナにとって大好きな星を馬鹿にされるのは、自分を責められるよりも嫌いなのだが、少年にはそれが理解できない。
故に、関係を取り戻すことはできず。
今の今まで、顔を会わせることはなかった。
「……テルが、あたしの研究パートナーになるわけ?」
「わからない。でも役割的には、多分」
落胆の声を吐き出すアンナに、少年は曖昧な態度で接した。
閃きを提供する側と、開発者。
自然と接する機会が多くなるはずの2人だが、お互いに顔を合わせたくはなかった。
「……最低限、必要な会話はしてあげる。ホントは関わりたくも無いけど、あたしも子供じゃないし。自分の立場くらい理解してる」
「……偉そうに」
「偉いから言ってんの。この研究所のシステム管理、天体の観測と機械の開発まで、誰がやってると思ってんの? テルのタダ飯食らいにしかならないような胡散臭い役割と、どっちが大事かわかる?」
これでもかと自分の有能さを並べたてるアンナ。
それが正論なだけに何も言えない少年は、深いため息をついた。
「……君も、綾さんみたいなこと言うんだね」
「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。綾ねえの事、あたしは尊敬してるもの」
皮肉だらけの言葉をアンナは、少年の意図と違う取り方で受け止めた。
正直、今の少年には苛立ち以外、何もなかった。
母親をあんな風に扱う綾を、それを許容する彼女を、許せなかった。
「悔しかったら結果を出しなさい。それまであたしは、テル、アンタを絶対認めない」
「別にいいよ。僕自信、そんな才能あるなんて思ってないから」
アンナは少年のその態度が気に入らないとばかりに、嫌な顔を見せる。
「……アンタのそういうところ、大嫌い」
「僕もアンナのその、正しいならなんでも言ってもいいって思ってるところ、嫌いだ」
「なっ……!?」
少年は部屋を出ていくことにした。これ以上ここにいると、言わなくてもいい事を言ってしまいそうだった。
「……なんなのよ、やればできるクセに」
アンナの呟きに少年は、気付かないフリをした。
「なんなんだよ……!? なんでここまで言われなきゃ駄目なんだ!?」
少年は一人になると、堪えていた愚痴を吐き出した。
口にしなければ耐えられそうにない苛立ちが、少年の胸のなかを刺して悲鳴を上げる。
「くそっ、くそっ! ああ……」
苛立ちをぶつけるかのように、少年は何度も壁を殴りつける。
自分を痛め付けることに意味などないのだが、今の少年はそんな事を考えられるほど冷静ではなかった。
仲違いをしていたとはいえ、アンナは少年にとって唯一の友達だった。
その彼女は、綾の味方をした。
それが少年には受け入れられなかった。
「ちょっとでも期待して……馬鹿みたいだ」
なんと、女々しい。
その考え方が、自分が嫌になる。
確かに何年も顔を会わせることはなかった。
その間に、彼女の考え方が変わっていてもおかしくはない。
それでも彼女には綾を否定してほしかった。
少年の母親をあんな風に扱う綾を、間違っていると言ってほしかった。
「あぁ、くそぉ……痛い」
少年は少しして拳の痛みに、壁を殴りつけるのを止めた。
皮が捲れて、赤くなった関節部分が痛む。
だがそれよりも胸の辺り、大事な部分の方が、ずっと痛かった。
「……どう、したの?」
胸を押さえて座り込んでいた少年に、控えめな声をかけられた。
覗き込むようにしていたのは、つむぎだった。
頭に上った血が、急激に降りた。
「……あ、あぁごめん。……大丈夫、落ち着いた」
少し怖がりながら声をかけてきたつむぎに、少年は向き直った。
彼女は何かの資料を抱えて、少年の言葉に頭を傾げた。
少年にとってつむぎはここで唯一、気を許せそうな相手だったから、こんなことで嫌われたくはなかった。
「アンナに、会ったんだけど……ちょっと喧嘩しただけなんだ」
優しく、怖がられないように慎重に話す少年。
つむぎは少年の傷ついた拳を見るなり、その丸い目を見開いた。
「……来て」
少年のその手を、両手を使って掴むつむぎ。
彼女の急な行動に、少年は驚きを隠せない。
「え、なに?」
「……いいから」
つむぎに手を引っ張られて、少年はすぐ近くの部屋に連れていかれた。
……また、怒られるのだろうか。
混乱する頭で、少年はそんな事を思っていた。
だが、少年が想像していたような事はなかった。
「……これで、大丈夫」
「あ、ありがとう……」
連れてこられた部屋で、少年はつむぎに治療を受けた。
怪我をした理由が情けないものだったので1度断ったものの、うむを言わせぬつむぎの様子におされてしまった。
少年は軽く包帯で巻かれた自分の拳を見つめて、馬鹿なことをしたと反省した。
「……はい。これ」
「えっと、うん。ありがとう」
つむぎに渡されたコーヒーを少年はとりあえず手に取り、辺りを見回す。
二人が今いるこの部屋は、機械の配線がところせましと地面を張っているような、いかにも研究室然とした場所だった。
少年は、そこで自分の部屋のように落ち着いているつむぎを見て疑問を持った。
「ここで、研究してるの?」
「……うん」
「へぇ……どんな研究?」
「えっと……?」
あいかわらず首を傾げるつむぎ。
話すのが下手な彼女に話してもらってもわからないと思った少年は、研究机の上にある本を手に取った。
仕様書らしいその本を読みながら、もらったコーヒーに口をつけた。
……めちゃくちゃ甘かった。
「複製人間の研究……へぇ」
この機械を何に使うか、というのは少年にも理解ができた。
『冷凍人間の脳に直接信号を撃ち込んで、帰って来た脳波を計測、解析して完全コピーする』
凄い研究だった。
人格データをそのまま機械の肉体に埋め込むというものらしい。
「じゃあ、そこのカプセルみたいなのって……」
「……人。見る?」
覗いてみると、体の至るところに信号を撃ち込む線が貼り付けられた男の人がいた。
すらっとした体形で、芸能人にいたような青年だ。
「この人は?」
「……大事な、ひと」
普段は無表情なつむぎは、この時小さな笑みを浮かべていた。
手を広げてガラス越しに触れようとするつむぎの様子は、かわいらしい女の子のものだった。
恋というものに疎い少年にも、彼女がこの人が好きなのだとわかった。
「つむぎは、この人を助けたいの?」
「……うんっ」
健気だなと、少年は思う。
同時に、気の遠い話だとも思った。
この装置ではきっと、青年を本当の意味では救うことができない。
なにせ複製ということは、そういうことなのだ。
つむぎもそれは、わかっているだろう。
それでもこの研究が完成したら、他の研究に派生するかもしれない。その為に頑張っているのだろう。
きっと、つむぎの研究は無駄にならない。なってほしくない。
しばらくして、つむぎは口を開いた。
「……アンナが、作った」
「この機械を? 全部?」
「……うん。機械、わからないから。……お願いした。こんなの、作ってって」
少年は回りの機械を眺めた。
そして、あれだけ自分を有能だと言ったアンナの言葉がわかった。
「……これ」
少年はつむぎの指差す所を見る。
操作ボタンにはひとつひとつ、丁寧に付箋メモが貼られていた。『ひらく』『閉じる』といった、細かいところまで、全部分かりやすいように。
「……アンナは、凄い」
「うん、凄いね。これだけできるんだから」
「……凄くて、星が大好きで、優しい」
つむぎが何を言いたいのか、少年には理解できた。
「……知ってるよ、アンナが凄いのも、馬鹿みたいに星が好きなのも……優しいことも」
アンナには良いところがたくさんあることは、わかっている。
少年がそう言うと、つむぎは首を傾げた。
「……知りあい?」
「あ、うん。えっとね」
何も知らないつむぎに少年は、昔友達だったこと、喧嘩をしてそれ以来会っていなかったことを話した。
相槌をうちながらつむぎは、話を聞き終わった後、自信を持って言った。
「……大丈夫。……絶対、仲直りできるから」
「なんでそんなに自信あるの?」
「……アンナ、だから」
「なんなのそれ……」
呟いて、少年は思った。もしも昔のように仲良く、一緒に星空を眺められたら。
星ひとつひとつを指差して、2人しか知らない名前をつけたりできたら。
それはきっと、楽しいだろう。
「できるかな、仲直り」
不安そうにそう言った少年の頭を、つむぎの手が優しく撫でた。
「なに?」
「……されたら、嬉しいから」
「なるほど、確かに」
無表情なまま覗き込むつむぎ。
少年はしばらく、そうやって撫でられるままでいた。
「さてと。とりあえず、読もう」
リビングに戻ってきた少年は、つむぎに教えてもらった資料室から持ってきた、山のような本をひたすらに読み始めた。
目標は、アンナに馬鹿にされない研究案を見つけること。
「……何でもいい、少しでも」
少しでも実現の可能性のありそうな研究文献があれば、全てに目を通す。
そうやってしらみ潰しに探すことしか、どうせ今は出来ないのだから。
「風力……は、ダメだ。風車が機能してないし。地熱も……ダメ。建設なんて現状じゃ無理だ。というか、エネルギー源の問題だけ解決しても意味ないし……」
少年はとりあえず、エネルギー源の問題と5年後の隕石の2つに絞って考えることにした。他の研究は後回しにする。
『微振動によるエネルギー回収』
『浮力と水力を用いた発電』
『人力発電の限界』
実用的なものも有れば、不可能だと判明した研究もある。
だが、どれも今の地球を照らすには全然足りない。
「次は……ん? 『人工太陽の精製』?」
少年は気になって、集中して目を通す。
どうも、高濃縮したガスとエネルギーを集めて、超高熱プラズマを打ち込むというものらしい。
そうすることで得られるエネルギーは、普通の発電の比ではないと、そう書いてあった。
「ほう、人工太陽か……」
急にかけられた声に、少年の肩が跳ねた。
「え、ちょ……あれ、綾さん!?なんで居るんですか!?」
突然読んでいた本を抜き取られた少年は焦った。今日会うことはないと思っていた相手がすぐ近くに立っていたのだ。
「なに、用事が早く片付いたものでな。それにしても少年、なかなか目の付け所がいいじゃないか」
「……いや、でも無理でしょ。どうやって作るんですか、超高熱プラズマなんて」
少年が諦めるようにそう言うと、綾はそれを諭すように否定した。
「実在しているなら、無理なんてものはない。少しでも可能性のあるものを形にするのが研究者だ。違うか?」
「いや、そりゃそうですけど……」
さも当然ともいうように話す綾に、少年は言葉を濁らせる。
「ま、私も無理かもしれないとは思うがな」
「やっぱ無理なんじゃないですか」
「いや、不可能というわけではなく物理的な問題だ。確かに実現できれば、世界に光を取り戻すことが出来てエネルギー源も悩むことはない。それを浮かべる方法が思い付かないのだよ。
可能性でいうなら、ゼロではないという話だ」
「……太陽の精製は、できるんですか」
綾は腕を組みながら答える。
「できるだろうさ、ここには天才が3人もいるんだ」
「僕と、つむぎと……アンナですか」
「ああそうだ。私は、お前らに期待している」
真剣にこちらを見てくる綾から、少年は目をそらした。
正直なところ、少年にはそんな事を出来るなんて自信が、まったくなかった。
「……僕に関しては、過信だと思いますよ」
「やってみなければわかるまい。なんだったらその人工太陽、空に浮かべてみろ。少年の頭ならできるかもしれん」
「だから無茶言わないでくださいって!」
「……知るか、どうせ私にはなにもできん」
綾は吐き出すようにそう言った。
なんとなく重い空気を感じて、少年は黙る。
少し間をおいて、綾は台所に向かった。
「そこのテーブル、あけておけよ。晩飯の邪魔だ」
「あ……はい。わかりました」
「……あと、少年に課題を1つ追加だ。早いうちに、アンナと仲直りするように」
少年はあっけにとられた表情を見せる。
まだそんな事は、1度も話していないのに。
「……なんで知ってるんですか、喧嘩してるの」
「大体なんでも知っているのが、お姉さんの魅力だ」
相変わらずつかめない性格に接して、少年は綾への苦手意識を再確認した。
晩御飯にはみんな集まるのが決まりらしかった。
アンナは何も言葉を発することなく食事をすませ、部屋の角に固まった資料の山を見て、「……ふーん」と興味無さげに部屋を出ていった。




