2.観測室の天体女子
「……テルヤ、起きて」
「ん……あ。え?」
少年はつむぎに揺り起こされて目を覚ました。
昨日と変わらず、真っ白な天井が目に映る。
……やっぱり、夢じゃなかった
「……?」
目の前で、覗き混む少女……つむぎを見ながら、少年は現状を再確認した。
昨日少年は、あのまましばらく母親の前で座り込んでいて、何をしたらいいのかもわからず、仕方なく前に使ったベッドに寝に帰ったのだ。
現実味の無い話を聞いて、夢であればいいのにと、そう思ったのを覚えている。
「……ごはん。持ってきた」
「あ、ありがとう」
少年はつむぎが持ってきたパンとスープを見てお腹をならす。
結局昨日は、あまり食べていない。
「……私も、ここで」
1つの机を挟んで、2人は朝食をとる。
無言の朝食ではあるものの、ちょっと前まで独りで食べていた少年からすると奇妙な感覚だった。
友達すらろくにいなかった少年にとって、それはなぜか美味しく感じられた。
「僕は、これからどうしたらいいのかな」
なんとなく言ってみた言葉に、つむぎは首を傾げる。
「ごめん言ってなかったよね。僕、今日からここで働くことになったんだけど……」
「……大丈夫。アヤに聞いてる」
「そっか、君も研究員だったね」
少年は疑問に思う。つむぎはどう見ても自分と同じか、年下。年齢的には高校生ぐらいのはずだというのに、研究員なのかと。
そう考えると、少年はつむぎの事が少し気になった。
「君も、何かの才能があるの?」
「……?」
「あ、うん。わかった」
少女は話をするのが苦手だということを少年は思い出した。
仕方ないので、多分すごい子なのだろうと解釈する。
「とりあえず何かしないと。やっぱり、綾さんに聞いた方がいいのかな。……あの人苦手だ」
ガタッと。
急に立ち上がったつむぎは、真剣に少年を見つめた。
「……大丈夫、アヤは、いい人」
そのあと小さく、ごちそうさまと言って部屋を出ていった。
……怒ってた……わけじゃなさそうだった?
どちらかというと、分かってほしいという口調だったように少年は思った。
結局つむぎからは、ほとんど何も聞けなかった。
朝食を終えて本格的に動かなければならなくなった少年は、とりあえずこの建物の中を歩くことにした。
綾に会ったら、何をすればいいか聞けばいい。
そう思って探索をするものの、歩けど歩けど、そこにあるのは通路、部屋。通路、部屋。
綾どころか誰ともすれ違わない。
この建物が大きすぎるのか。
「ん、ここは……リビングかな」
この部屋だけは他とは違って、堅苦しい感じではなかった。
テーブルや椅子、台所があり、くつろぐ為だけにある部屋だった。
当たり前だが、テレビは無かった。そもそもテレビ局すら凍結して動いていないのだから、当然だ。
居心地が良さそうな場所だと辺りを見回していると、食台と思われる所に、分厚い資料と一緒に『輝矢少年へ』と書き置きがあった。
「書き置き……僕に?」
少年はさらっと内容をさらう。
『この資料はよく読んでおくように。あと、昼時になったら冷蔵庫の弁当を観測室に持っていけ。私は今日一日席をはずす』
「……僕がこの部屋にたどり着けない可能性とか、考えなかったのかな」
それでも、少年は少し安心した。
正直な話、綾と顔を会わせるとなると萎縮してしまうと思っていた。
ご丁寧にも、その観測室までの道のりはメモされている。
「コレ、とりあえず読もう」
手元の資料を手に取って、少年は読み始めた。
まとめると、資料の内容は2つだった。
現在の地球の状態と、改善すべき点。
前半は昨日聞いたことと大体同じ内容で、問題はその後の内容だ。
「……無茶だ、規模が大きすぎるよ」
少年は、最低限やり遂げなければならない研究という欄を遠い目で眺めた。
雲を掴むような話、なんて簡単なものじゃなかった。
・太陽の軌道上に戻る方法、もしくは、失った太陽の代わりになるエネルギー源の研究
・冷凍保存された人間の蘇生
・予測では5年後に到来する、巨大隕石群への対策
・上記の問題が解決された後の、食糧問題への対策
少年はどれも自分には不可能なように思えた。
「なんなんだよ、巨大隕石群って……」
時間ならいくらでもあるという考えは早々に消えた。
実質5年という制限時間が設けられたようで、ただでさえ無いに等しい可能性が更に無くなった。
「そっかこの星、今でも爆発の衝撃で動いてるんだ」
ひたすらに直線運動を続けるこの地球は、このままでは大量の浮遊した岩屑に突っ込むと書いてある。
「……てっきり、地球に光を取り戻せとかそんなのだと思ってたよ。それだけでもできる気がしないけど……こんなの僕にどうしろっていうんだ」
太陽の軌道上に戻る方法というのも、現実的ではない。
現在、予想以上に遠く離れた所を地球は漂っており、太陽がどこにあるかも定かではないらしい。
それに、仮に太陽の位置がわかったところで、等速度で動き続けるこの地球を元の位置に戻そうとするなら、もとの大爆発に倍する衝撃を与える必要がある。
1度目で地球の半分を吹っ飛ばしたというのに、2度目があるわけがない。
「それで、今の地球がこれだもんね」
少年は断熱窓越しに外を覗いてみる。
そもそも、凍り付き死に溢れたこの世界で、それだけのエネルギーを集めることは、現状不可能だ。
「……はぁ」
少年は困った。解法があるわけがない問題、だが解けなければ母親は助からない。
地球をどうにかすることは不可能かもしれないが、母親は助かるかもしれないのだ。
なら、やるしかない。
そんなことを考えている内に、少年は空腹を感じた。
「……もう、昼かぁ」
早い時間の流れを感じる。
少年は一旦考えるのを止めて、手紙に書かれていた通りに冷蔵庫から弁当箱を取り出して部屋を出た。
今の時間帯であっても、少年は誰ともすれ違わなかった。
……もしかしたら、研究員自体の人数が少ないのかもしれない。
少年が抱えている弁当箱は一人で食べるには大きい。きっとここに誰かがいるのだろうと少年は思った。
「ここだよね……お、おぉ」
指定された通り観測室と呼ばれる部屋に来た少年は、その部屋のスケールに思わず声が出た。
天体望遠鏡だった。それも見上げなければならないほど大きいもので、天井はドーム型の断熱ガラスを通して真っ暗な空が覗いていた。
光源が1つもないこの世界。
裸眼でも輝いていて見える沢山の星が、部屋の幻想的なイメージを強く感じさせる。
少年も昔、小さな望遠鏡を持っていたので、思わず心が踊った。
「凄いなぁ……この部屋」
「……おーい、こっちこっち」
「ちょ、えっなに!?」
満天の星空に感動しながら望遠鏡の回りを歩いていた少年は、急に聞こえた声に、小躍りするようにその場から逃げた。
天体望遠鏡の下の小さな空間から出た細い腕が、こちらを呼ぶように手を振っていた。
「アンタ、綾ねえの言ってた新しい子だったわね。こんな状態でごめんだけど、お昼ご飯もらえない? すっごいお腹空いたんだけど、手が離せなくて」
籠っていても聞こえるほど明るい、女の子の声だった。
「あ、えっと、はい」
少年はとりあえず持ってきた弁当箱を手に掴ませた。
「あんがと。気が利くじゃない、おしぼりも一緒なんて」
「えっと、うん。入ってたし」
話しやすそうな人で安心した少年は、その近くで腰を下ろした。
つむぎと綾を除けば、初めて人と出会った。
「……何をしてるの?」
「メンテナンス。この子、最近になって画像処理機構の調子がすこぶる悪いのよねぇ。なんでかしら……」
この子というのは、天体望遠鏡のことだろうかと少年は解釈する。
カチャカチャと音がするので、おそらく何か機械をいじる作業をしているのだろう。
「んー、いいや。食べながら考えよ。ねぇ、アンタも食べなよ、コレどう見ても二人分だしさ」
「あ、じゃあ」
弁当箱は分解できたようで、少年は1段分を分けてもらった。中身はサンドイッチだった。普通においしい。
けれども、ツナサンドはわかるが、たまごサンドの具はどこから調達してきたのだろうと、少年は疑問に思った。
足元から「綾ねえわかってるぅ!」と喜ぶ声が聞こえるあたり、この女の子の好物なのだろう。
しばらく外の星空を眺めながら食べていると、天体望遠鏡の下から話しかけられた。
「……そういえばさぁー、アンタつい最近まで外で生活してたらしいじゃない? 今までどうやって生きてたのよ」
世間話でもするかのように、女の子は問いかけてきた。
確かにそれは気になる話かもしれない。
普通ならば、どんな人間だって生きていられない過酷な世界なのだから。
「どうやってって……家を閉めきって、暖房つけて、じっとしてた」
「じっとしてたって……それでよく、食糧も燃料も半年以上もったわね。アンタの家、ガソリンスタンドとスーパーマーケットのハイブリッドとか何かなわけ?」
「いや別にそういう訳じゃ……」
少年は答えにためらう。
理由として言うには情けない内容だ。
単純に、重度の引きこもりだっただけで。
友達がおらず、高校を中退して引きこもり気味だった少年は、家を出ていく事すら嫌で、乾麺などの食糧を買いだめしていた。
素直に話すのは恥ずかしい話だ。
事実として、今この場でそれを話すと、女の子は笑い始めた。
「凄いわねぇ、あんたの話。けど、燃料とかはどうしたのよ?」
「えっと、僕にもよく分からないんだけど……届いた」
しばらく無言の後「は?」という声が聞こえてくる。
実際少年も、届いた時はそんな感じだった。
全ての元凶であるあの大爆発事故の直後、なぜか、燃料が大量のポリタンクで少年の家に届けられた。
しばらく家のなかはオイル臭かったけれど、あれが無ければ少年はとうの昔に凍りついていた。
「……不思議。でも、それなら生きてるのもわかるわ」
そう言って納得する女の子に、少年は疑問を投げ掛けた。
「質問なんだけど、今でも外で生きてるのって、どれくらい珍しいの?」
「ん? 珍しいもなにも、外に生存者なんていないわよ」
「……それ、本当に?」
「ほんと。あたしも、あんたの話を聞いたときはてっきり綾ねえの冗談かと……この施設だって、真空ポットみたいにして熱をにがさないようにして……」
少年が驚きに声を失うと、女の子は丁寧に教えてくれた。
外の世界に、生存者が居ないことを。
「この施設の中だってアタシ達と綾ねえとつむぎ以外はいないの。だからつむぎの仕事は、生物担当。凍った人達を助ける研究ってわけ」
「……そんな」
少年は更に困惑した。この研究所に人が少ないこと自体はなんとなく予想していた少年だが、さすがに頭を抱えた。
なぜこの研究所は、少年を含めてたった四人で、宇宙規模の問題を解決しようとしているのか。
いくらなんでも馬鹿げていると、手が震えた。
あまりの馬鹿さ加減に、髪を少しむしった。
「馬鹿じゃないのか……いくらなんでも……」
女の子は、少年が荒れていることに気付く。
「……あー、なんか話題変えた方が良さげ?……じゃあ」
そんな軽い問題じゃないだろうと考える少年はしかし、その後の言葉に思考を止めた。
「星とか、好き?」
少年の記憶に染み付いたものが、その言葉に過剰に反応した。さっきまでの考えは何処かに消えて、思いふける。
「昔は、好きだったかな。今は……見る分には好きだと思う」
真上に広がる星空を見上げながら、少年はそっと口にする。本音をいうなら、少し嫌いだった。
「理由は、なんで?」
女の子は少し遠慮がちな声で聞いてくる。少年は記憶に浸るように、思い出そうとする。
少年がもっと小さな頃は、毎日のように夜の空を追いかけていた。その時に唯一、仲の良かった友達と一緒に。
「星が、持ってちゃったんだ。僕の友達」
少年とその友達は、ある日の喧嘩を境に会わなくなった。その友達が少年よりも星が好きだった。
そんな理由で、少年は星のイメージを悪く捉えてしまう。
「……ふぅん、よくわかんないけど。あたしは、星が大好き」
静かな星空の下で、女の子の声はよく通った。
少年は天体望遠鏡に背を持たせかけて、空を眺める。真昼の星空には、冬にも関わらず夏の正座が見えた。
よく考えれば、こんなに暗くても今は正午だった。
「この今の地球も、大好き。手が届かないと思ってた星達に、本当に手が届くかもしれないんだから」
「……いやいや、それは言い過ぎでしょ」
そう言って少年は否定するが、女の子は「それは昔の話」と、切り捨てる。
「あたし調べてみたんだけど、今の地球ってずっと同じ速度で動いてるでしょ? で、この軌道なら、いずれは夏の第三角のちょうど真ん中辺りを通るの! それで、100年もすればその間の星に本当に届くんだから!!」
「それは、いいね……」
心底楽しそうに星の話をする女の子に、少年は相槌をうつ。
……なんで、こんなに話してるんだろ
少年は疑問に思った。初対面の相手に対して、いつもの自分ならここまで話さない。
記憶を揺さぶる女の子の声、尋常ならざる星への思い。
そこで少年は思い至った。
「デネブ、アルタイル、ベガ。全てが別々に遠くにあるのに、それが同じように輝いてるのが好きだった」
「……っ!?」
女の子が息を飲むのが、少年にはわかった。
「夏の大三角の話。ただの受け売りだよ。そうだよね?」
「そのセリフ、アンタもしかして……!?」
天体望遠鏡の下から、タンクトップ姿の女の子が出てきた。
髪を短くした機能性重視の姿に、少年はいくらも見覚えがあった。
「久しぶり、アンナ」
「……テルッ!?」
何年間と会うことのなかった二人は、互いに思ってもみない形で再会することになった。




