23,期限まで残り、3ヶ月
「……寒いな」
太陽を失った外の世界というのは、生物が生きるには厳しすぎる。
ここ数年間を外で暮らしてきた彼女にとって、文字通り死ぬほど体験してきた事実だった。
「む……おそらくこれで正常に動作するだろう」
実験的に電力を供給して、綾は装置の動作を確認する。
これで何台目だろうかと予定を確認する。
「90台……か。ふむ、この作業にもずいぶんと馴れたものだ」
彼女は自分の成し遂げてきた作業量に満足するように息を吐いた。
マスク越しに吐き出されたそれは、過酷な環境ではすぐに凍りつく。
「期限から見るに……1ヶ月は余裕ができるな。ははっ、私もなかなかやるじゃないか」
綾のやるべき『推進力発生装置』の点検と、その修理。
気がつけば全体の9割の作業は終わっていたことに、綾は達成感を感じずにはいられない。
当初は1台に一月もかけていた作業も今なら5日あれば終えることができるのだから、軽く感動してしまう。
『お、完了ですね! じゃあ運送開始してもいいですか?』
「構わない。設置場所の詳しい座標はわかるな?」
『もっちろん! 任せて下さいよ!』
綾に話しかける明るい声の主は、機械の片腕を回して張り切り始めた。
彼は綾の手伝いとして、主に運送や身の回りの世話をする役目を任されている『新型』のマシナリーだった。
彼は独特な明るい性格と従順な性格の持ち主で、綾にとって非常に都合のいい人格をしていた。
『よっと。うわぁ、これ重いなぁ!』
「どれだけ遅くなってもいい、慎重に運んでくれ」
綾は彼にそう指示すると、着用しているスーツの残りバッテリーを確認する。
残り2割を切っているエネルギーを見て、研究所へ戻るかどうか一瞬迷った。が、それはやめる。
もともと自分が外で作業しているのは、推進力発生装置を設置する場所に近いからだ。
それらを運搬する手間がもう少し軽ければ、研究所での作業を選んでいただろう。
「もっとも、あんな暖かい空間に帰ってしまっては、もう外に出れる気がしない」
綾は自分の手を握って呟く。
この指が寒さに耐えられるのも、常に内側のスーツを通してエネルギーを熱に変換しているからだ。
バッテリーが切れたなら、綾の体は容易く凍りついてしまうだろう。
「……あまりのんびりもしていられない、か」
しばらく休んで悩んだ結果、予備のバッテリーと取り替えて次の目標へ向かうことを決めた。
あちらの方はまだギリギリといった様子だから、自分の手も必要になるはずだ。
そんな事を考えながら腰を落ち着けていると、外から元気な声が駆けこんでくる。
どうやら外で出待ちをしていた別の開拓班に、装置を預けてきたようだった。
『綾ねえさ~ん! 次行きます? それとも一旦研究所戻ります?』
「継続だ。残り全てを点検するまでは帰るつもりはない」
そう宣言しながら、綾は自分自身言い聞かせるように覚悟を決めさせた。
移動も含め、残りに要する時間は2ヶ月と少し。
その間に全ての作業を終わらせるのだ。
『了~解ですっ! じゃあ、他の人にバッテリーの替えの配達依頼しときます!』
そうしてブツブツと通信を始めた彼を見ながら、綾はその精巧に作られた人格に感心していた。
反応や性格、クセにいたるまでどう見ても人間にしか見えないのだが、これでも人工的に産まれたデータらしい。
輝矢とアンナが立案した計画の大幅な変更を今の目の前にいる彼自身が伝えてきた時には、流石に度肝を抜かれた。
「当初の予定からどれだけ離れたら気が済むのだろうか、輝矢少年は……」
想像すると頭が重くなるを感じた綾だったが、正直なところ彼女は受け入れる以外の選択肢が無かった。
どうせ自分にできることは、ただの1つに限られていたのだから。
『あの、綾ねえさん。大丈夫なんですか?』
「……少し考え事をしていただけだ。心配には及ばない」
心配に思ったのか、マシナリーの彼は綾に語りかけてくる。
綾は首をふって適当に返事をした。
『だったらいいんですけど……綾ねえさん、平気な顔をして無理するでしょ。ちょっと気になったんです』
「まったく……お前は一彦みたいな事を言うのだな」
確かに前にそうして一彦に怒られたが、それ以来は自分を大切にしているつもりだった。
実際何度も研究所へと休みに帰っているし、体調を崩さない程度に食事も取っている。
「ん……?」
そうして考えていると、ふと疑問が1つ浮かんだ。
なぜこの彼が、自分の性格を知っているのだろうか。
「一彦に聞いたのか、私が無理をしていたと」
『いいえ? ただ何となくそう思ったというか……アレ、おっかしいなぁ。なんでそう思ったんでしょう?』
「なるほど、大した理由は無しか……ふふ。まったく、おかしな話だ」
彼は心底不思議そうに首を傾げている。
その様子を眺めながら、綾は微笑を浮かべた。
『アンタには、アンタにしか出来ないことがある』
綾を変えたあの一言。
さっきの彼の様子はまるで、あの時の話を実際に体験してきたかのようだと、綾は思った。
「さて、無駄話もここまでだ。次の目標に向かうとしよう」
全ての作業が終わったなら、また少年と共に酒を飲みたいと思いながら、綾は再び動き出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
一方の研究所。
こちらは未だ、飛び回るような忙しさに追われていた。
「テル! 昨日頼んでたデータの整理は終わってる!?」
「なんとかできてるよ。みる?」
「ええ、全部紙に印刷して持ってきて! あと電子ファイルの方も転送を……」
「もうできてるよ、はいコレ」
アンナは少年の方に振り向きもせず、受け取った紙束をベラベラとすごい勢いで読みはじめた。
2人は二年前の崩落事故以降を、こうして慌ただしい様子で過ごしている。
寄り添うレベルで洗練されたチームワークは、もはや誰にも真似できるものではないものとなっていた。
「……そうね。このデータだと、ここが問題になりそうだわ」
「うん、僕もそう思う。だからこういう解決法で……」
少年が告げた要点だけの改善案。
それが実現に足るものと即座に判断し、アンナが了承する。
「なら、いつも通りにお願い」
「通達と指示だね。任されたよ」
去り際に少年は、アンナの机に乗っているメモリを回収する。
マシナリー軍による前日分の報告データが入ったそれを、少年は翌日までに全て纏めあげ、アンナに提出するといういつもの流れだった。
「そうそう。綾ねえが後ひと月ほどで戻ってくるそうよ。連絡があったわ」
「うん、僕もこのあいだ資材運搬の子が帰って来た時に聞いた。うれしい報告だよ」
工期まで残り1ヶ月。
やるべき作業はまだまだ残っているのだから、一人の手が増えるということは非常に大きい。
帰ってくるなり別の仕事を任せることになるだろうという理由で、少し心苦しい気もしているが。
アンナはうれしい報告という少年の言葉に、深く頷いた。
「そうね、これでテルのおいしくない料理を食べなくて済むわ」
「……毎日満足そうに食べながら、何言ってるんだか」
2人ははそう言いながらクスッと笑う。
こんな冗談も、2人にとっては大切な触れ合いだった。
「……綾さんは、自分の仕事を全部終わらせたんだね」
「ええ。あんな過酷な状況で、一人で、全部」
「なら、僕らも綾さんの後に続かないとね」
「……なに当たり前なこと言ってんのよ」
彼女のやれやれと言わんばかりの態度に、少年は自分のやるべき事を再確認していた。
カーンカーンと。鉄が打ち付けられるような音が聞こえる。
少年は鳴り響く音を聞きながら、その場の作業を眺めていた。
「輝矢か。久しぶりだな?」
「わぁ! 一彦、帰ってきてたんだ!」
少年に声をかけてきた一彦に、少年は嬉しそうに返事をした。
「あぁ、現場監督……いや、親的な意味で来ないとならなくなってな」
「ごめんね、変なこと押し付けちゃって。でもほんと、一彦がそんな感じの立ち位置になってくれて助かってるよ。何か不都合とかない?」
「やめろって。必要なことだったってだけの話だろ。……まぁなんだ、300人も義理の子供がいるってのは今でも違和感なんだけどよ」
一彦はその機械の手で、自らの頭をガシガシと掻く。
彼が『親』と呼ばれている理由は、新型のマシナリーにある。
今もこうして、少年の眺める先で働いている彼らにも、量産当初にはある問題があった。
「僕もまさか、起動に親情報がいるなんて思わなかったんだよ」
人工の人格データには、なぜか親情報の入力が必須条件だった。
彼らは異なる人格から産まれた新しい人格データだ。
それなら、単純に交配元の二人を登録すればいいようにも思えたが、そうもいかない事情もある。
親となる人格データの数も限りがある以上、数を揃えるなら子供の人格データから更に子供、つまり孫世代すら選択肢として選んでいたからだ。
「親と子が同じタイミングで産まれるって、普通におかしいかなって思って……そういうの上手く対処できるの一彦しかいないだろうなぁと」
「おかげで始めは全然収集つかなかったけどな。すっげぇ苦労したぞ」
流石に異なる世代の人間が同じ年齢で親子関係というのはおかしいと、急遽すべての親を一彦に一任した。
おかげで自分の事を『お父さん』と呼ぶ軍団が現場に来たことで、軽くトラブルになったとは、本人の談だ。
「あの時はかなり驚いたけどな。最近はその意味もわかってきた」
一彦は優しい目をしながら、現場の子供を眺める。
「多分だが親って存在が、子供にとって必要なもんだと思う。あいつらが絶対の信頼を中心に置くのは、どうも俺みたいなんだよ」
だからこそ、一彦は時々こうして現場を渡り歩く。
精神的支柱として、彼らの方が親を必要としているからだ。
「俺としてもまぁ、そんな悪い気はしてねぇけどな。みんなそれぞれ個人差はあるが、いいやつばっかだ」
「それは単純に親がいいからじゃない?」
「照れること言ってくれるな、まぁ当たり前な事だが」
自信ありげにそう言う一彦に、少年は笑う。
「……それでも、まぁ、なんだ。お前の人選には感謝してる」
「なに? 急にどうしたのさ?」
「いや、マジで真剣に選んでくれたんだなって、あいつらに関わってると思っただけだ」
「そりゃ、まぁ。ちょっと時間かけちゃったけど」
「だが結果的に正しい判断だった。それだけは俺にも言える」
新型のマシナリーを量産するときの話だ。
300人の人格データの選択を、あの時少年は一晩で済ます予定だった。
だが切迫した状況の中、結果的に少年は半月もかけて人選を行ったのだ。
おかげでマシナリー救出作業は予定よりも随分遅れた。
あの後に彼らの手によって救出されたマシナリー達が、揃って人格を崩壊させていなかったのは、奇跡とも言えるだろう。
「……なんかね、適当に選んじゃダメな気がして。人間であることには変わりないから」
命令に従順なだけの人だけを選ぶなら半日とかからなかったハズだ。
それでも少年はそうしなかった。
いろんな人がいるからこそ、人で。
それは、なにか少し違う気がしたのだ。
「おかげで俺は、一人一人の性格に合わせて対応しないといけなくなったワケだ」
「……ごめんね、凄い負担かけてると思う」
少年が申し訳なく言った事に対して、一彦は機械の首を横に振る。
「いいや、それは悪くない。むしろその選択こそ正解だったと俺は思うぞ」
「んー、ほんとにそう思う?」
「ああ。むしろ、あいつら元気過ぎてどうにも……」
『お父さん、どこぉ!? 聞きたいことあるんだけどぉ!!』
一彦の言葉を遮るように、元気な女の子の声が聞こえてくる。
「あんのバカ……うるせえっつってんのによぉ」
『返事ないなら、勝手にすすめるからねぇ!!』
「うっさい黙ってろ!! すぐ行くからよ!!」
肩をすくめて「見りゃわかるだろ?」という一彦をみて、本当の事なのだと理解する。
彼らは自分から進んで、問題に取り組む姿勢をとっていた。
「ったく……仕方ねぇ。悪いけどよ、もう戻るわ」
「うん。僕も拡張工事の様子を見に来ただけだから、もう戻らないと」
「そうか。まぁ、まだやること残ってるからな」
一彦は少年と同じように、建設途中の施設を眺める。
それは、今の計画が終わった際に人間が暮らす場所だった。
計画が成就すると、今自分達が過ごしている環境を保つのは難しくなる。
大気圧から重力に至るまで、あらゆる事象が今の常識と変わる。
いわばあの建物は、人類を環境から守るシェルターとも言えるだろう。
「俺な、最近思うことがある。急に変な話で悪いけどよ」
少年は一彦の方をみた。
彼の視線は、作業中のマシナリー達を確かに捉えている。
「心には形があるんじゃないかって、そう思う」
「心に、形?」
少年は首を傾げる。
一彦にしては、珍しく抽象的な話だった。
「あぁ。一人一人、違った形を持ってる。いびつだったり、丸かったり、角張ってたり。人ってのは多分、そんな心の形を他人のものと合わせて、繋がりってのを作ってる」
それぞれ違う形のものが、互いの隙間を埋め合うようにして息づき、脈をうつ。
そこに感情や相性が作用して、関係が産まれる。
「だが、その心の形ってのは奇妙でな。どうも自分に対してはとことん尖ってやがる。それこそ、心を1つを殺せるくらいにな」
少年もそれを聞いて、そうかもしれないと感じた。
少し前、自分が一人だった頃の事だ。
あの時はいつだって、自分の事を考えると傷付いて痛むものがあった。
もしかしたらあの痛みは、自分自身を刺す痛みだったのだろうか。
そう考えると、あれはマシナリーの人格崩壊に似たものだ。
同じ人格が2人いれば、互いに自分の心を突き刺し合うのかもしれない。
「なんか変に詩的なこというね。どうしたの?」
「俺もわからん。ただ、あいつらと関わってると不思議とそういう気がしてくるんだよ。なんていうか、理屈じゃねぇなって。だが、コレが多分真実だ」
一彦は少年の方をみる。
その機械の目は真剣そのものだった。
「お前もしかして、最初からわかってたんじゃねぇの?」
「……えっと、何を?」
少年は一彦の言葉を聞いて首を傾げた。
さっぱりわからないという態度の少年に、一彦は後ろ頭を掻く。
「ま、そんな顔するヤツが狙ってやれるわけもねぇか」
少年はただ必要と感じたから、真剣に人を選んだだけだった。
自分の直感がたまたまいい方向に転んだに過ぎないのだから、狙うも何もないのにと、少年は思う。
ポカンとした少年に、一彦は少し笑った表情をみせた。
「……またどうしようもなくなったら、お前の直感を信じるのも悪くないかもな?」
「ちょっと、買い被り過ぎだってば!」
慌てて否定する少年だが、一彦の方はそう思ってはいない。
これでも一彦には人を見極める才がある。
彼には少年に何か、輝くものがあるように思えているのだ。
『ねぇーえ!? お父さんまぁだ!?』
遠くから大きな声が聞こえてくる。
なんだか少年も、一彦を引き留めているのが心苦しい気がしてきた。
「えっと……呼んでるよ?」
「あぁ。すまん、長話しちまったな」
「ううん、久しぶりに話が出来て楽しかった」
一彦は現場に戻ろうとする。
そして思い出したように、少年に言った。
「お前は、もう少し自分を信じろ。俺にはそのなんとなくが、いざって時の解決の道筋になる気がする」
一彦がそう言うと同時に、外から連絡路のドアが開かれる。
待ちきれないといった様子の女の子が、不満そうに顔を膨らませていた。
「じゃあな」と一言を残して、一彦は女の子に手を引かれていった。
『ねぇ、お母さんはどうしたの?』
「……あいつなら今も研究室に籠りきりだろうよ。それよりどうした?」
『うん! あのねあのね! お願いされてた仕事終わった!!』
迎えに来た女の子と一緒に、研究所を出ていく一彦。
少年は複雑な気持ちになりながら見送った。
残り期限はあと3ヶ月。
もうすぐ、予定していたタイムリミットが来る。
「……間に合うのかな」
現状から考えると、間に合うかどうかは五分五分といったところだと少年は思う。
だが期限に間に合わなければ、地球の引力に引かれた大量の流星群が地上に降り注ぎ、巻き込まれた自分達は間違いなく死ぬ。
人類が再生する可能性は、完全に消えるだろう。
その事態を回避するために、自分達は地上ごと持って逃げるのだ。
「……間違ってなかったのかな」
自分が建てた企画が常識的に考えると正しくないことはわかっていた。
人類の存続のためとはいっても、多くの事から逃げ出す事に変わりはない。
時間、資源、場所。
充分とは言えないこの状況でやれることは全てやってきたつもりだ。
けれど、逃げ出した現場にはそんな理由で回収できなかった人達が大勢いる。
もしかしたら救えたかもしれないその多くの命を巻き添えに、少年は自分の手で火をつける。
結果得られるのは、この先100年の安全の保障。
引き換えとして自分には、償いきれない罪が降りかかるだろう。
「耐えられる、かな……」
「……ホント、バカね」
弱音を吐く少年の手が、そっと握られる。
いつの間にか側にいた彼女が、一回り小さい手から確かな温もりを感じさせる。
その様子で、少年はアンナの言いたい事がわかった。
「そうだね。またキミに怒られる」
今の自分は一人じゃない。
だから一人で抱え込む必要はない。
責任は全部、全員で背負うのだから。
「……成功させよう」
強く握り返される手が、返事の代わりだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
残り期限は3ヶ月。
もうできることは少ないと、無表情な少女は思う。
「……間に合う、かな」
時間の余裕がないのは、あちらも、こちらも。
きっと完成するのはギリギリになるだろう。
「……できる、はず。……だから」
自分は信じられている。
輝矢に。アンナに。一彦に。綾に。
だから。
「……お願い……答えて……」
目の前の研究成果に、何度もメッセージを送る。
どうか、この言葉が届いていますようにと。
少女はただ、切に願った。




