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太陽を失った世界で  作者: 飛魚ヨーグレット
24/24

24,飛び立ちを前に


夢を、見ている。

ふと少年は、そう思った。


いつも真っ暗な筈の世界が、今日は妙に明るい。

まともに触れれば凍りつくはずの外気も暖かく、見渡す限り草原が広がっていた。


『おーい、輝矢! はやく来いよ!』


自分を呼ぶ声が聞こえる。

いつもと同じ気さくな声なのだが、少し違った。

機械の声ではなく、人の喉を通して発せられた声だ。


『アンタ、ほんとにトロいんだから』

『……テルヤ……遅い』


仕方ないとばかりに、2人が息をつく。

そして2人して、少年を見て笑う。


その後ろから、腕を組みながら現れる女性。


『ふむ……マイペースなヤツだな。少年がそれでは、監督不行き届きとして、私が怒られてしまうな。……アイツに』


そう言って彼女が指差した方向に。

とても懐かしく、柔らかな空気があって。


そこに母親が、居た。


「……っ!?」


夢とわかっていても、泣きそうだった。

意識的に手を爪が食い込むほど握り締めたが、非現実であることを再確認しただけで。

少年はこれが現実ではない事が、酷く残念に思えた。


ゆるふわな髪形と、着なれた白衣姿は昔と変わらない。

そんな彼女がこちらに気づいたように、振り向いた。


我が子を大切に思うその優しい表情で、母親は言う。



『あらあら? その子は、新しいお友達かしらぁ?』



少年の頭の中に、疑問符が浮かぶ。

なんのこと、と言おうとして。


自分の手を握る存在がいる事に気づいた。


「……あれ」


おかしい、と思う。

隣に居た存在が、というだけではない。


手を握られている、ということは分かるのに、その存在が見えない。

この子がどんな子なのか、今どんな表情をしているのか、まったくわからなかった。


「……キミは?」

『ーーーー、ーーー……』


何か話されたような気がしたのに、上手く解釈できない。


こんな子、居ただろうか。

そう疑問に感じるのに、なぜだろうか。


なんとなくだが、自分はこの子をずっと前から知っているように思った。


『ーーーー、ーーーーー』


この子は、何かを伝えようとしている。

必死な様子に合わせて、少年も聞き取ろうとよりいっそう真剣になった。


『ーーーー、ーーーとう』


そして、聞こえた。



ありがとう、と。



「あぁ、そうか。キミは……」


少年がある理解にたどり着くと共に、世界は白く曇り始める。

気づいたころには、みんな何処かへ行ってしまっていた。


夢が終わる。


『ーーーー、ーーー……?』


隣の誰かは、何かを言いながら寂しそうに手を放す。

少年はその子の頭を優しく撫でた。


目が覚める予兆のような、奇妙な浮遊感が少年を覆う。


「なんで、かな」


ふと、少年は。

この子をここに置いていくことに、なにか大きな違和感を感じた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「……ん。……あれ」


夢から覚めた少年は辺りを見回す。

身の回りにはデータを纏めた紙束が散乱していて、見慣れた風景。

普通に自分の部屋だった。


「起きたわね、テル。ちょっとは休めたかしら?」


すぐ近くのアンナに話しかけられて、ようやくどういう状況か思い出した。


「うん。ごめんね、突然ものすごく眠くなっちゃって。今何時?」

「午前4時ってところね」

「……そっか。じゃあ、離陸まであと5時間ってことだね」

「ええ。それにしても、よくこんな状況で寝れるわね」


隕石が降り注ぐ期限は、今日だった。

窓の外を覗いても見えはしないけれど、隕石軍はもうすぐそこまで近づいているのだ。


実行まで残り時間が迫ってきているのを目の前に仮眠をとれる少年を、アンナは半分くらい呆れたように見ていた。

少年は少しだけ悪いことをしたような気分になる。


「……別に良いわよ、今くらい。どうせテルにできることなんて、もう無いもの」


アンナが言うことも確かで、この場、この時における仕事といえるものはほとんど残っていない。

できることといえば、今も動いているシミュレーション結果をじっと待つくらいのものだった。


「それを言うならアンナだって変わらないよね」

「いいのよアタシは、気が立って寝れそうないから。全部終わったら泥みたいに眠るんだから」


今もそう言いながら、端末をチラチラと確認しているアンナからは、相当気になっているのが伺える。

その気持ちは少年にもわかるし、だからこそ突然寝てしまった事を不思議に思った。


「他のみんなは?」

「アタシの把握してる限りでは、そうね。一彦が最後の作業を終えて全速力でこっちに向かってるのと……綾ねえがマシナリーの点呼とって最終確認してるってことかしら」

「……つむぎは?」

「あの子は、声かけても出て来ないわ。一応今日って連絡は入ってるから、離陸までは研究室に籠るんじゃないかしら?」

「……そっか」


あと5時間。その時を境として地上は、大きく姿を変える。

表層を取り去り、少年達の生活圏は地上から宇宙空間へと移っていく。

同時に、今いるこの地球には大量の流星群が降り注ぐだろう。


「時間内にやれることはしたわ。一応確認でシミュレーション走らせてるけど、計算が終わる頃には既に飛び立ってるから、これ自体あんまり意味無いのよね」

「じゃあ、何でそんなことしてるのさ?」

「……うるさいわね。なにかやってないと落ち着かないのよ」


少しだけ恥じる様子で、アンナは少年の肩を押す。

どう答えるかわかった上で茶化すような質問をした少年にそうしたのは、照れ隠しのようなものだった。


それはいいとしても、確かにこの場にいても何もやることが無いのは確かだ。


「時間もあるし、少し研究室を回ろうか。現状の把握もしておきたいし」

「……そうね、そっちの方がよっぽど有意義だわ」


そう言って2人は資料で溢れた部屋を出ていく。

この場で幾重にも積まれたその資料が読まれることは、もうないだろう。






「……なんか話しなさいよ。気が紛れないわ」


廊下を歩きながら、不満そうなアンナの声を聞いた少年は、自分の頭が別の事でいっぱいになっているのを自覚した。


「あ、あぁごめん。少し考え事してた」

「研究のこと、よね?」


アンナの確認に少年は頷く。

結論からいうと、研究は完全に終わることができなかった。


1年前に起きた現場での崩落事故。

その対処に追われたのもあるが、それよりも問題となったのは地質データのサンプリングだった。


5年前、この地球環境を作った大爆発の影響は、想像を大きく上回っていた。

その状況に対応するため少年は急遽、計測箇所を2倍に増やした。

もちろんそんな時間の余裕があるわけなく、全ての地域を地球から切り離すことができると確証を持てない状況にあった。


「せめて後1年あれば、ちゃんと飛び立てたのかなって思って」

「……そんなこと言っても、できない事はできないわよ。アタシ達に与えられたのは5年っていう期間だけで、その中で完成までこぎつけなきゃいけなかったんだから、むしろ上等でしょ?」


何度も繰り返されたその会話。

だがアンナは、そんな少年の弱音ともとれる言葉に、決して呆れることはなかった。

むしろ励ますように、そっと横で微笑む。


「アタシ達は、最善と思う選択をずっと続けてきたの。その事は誰にも否定できないし、させないわ。その結果、例え失敗だったとしても、きっとアタシは後悔しない」


少年の手に力がこもる。

確かに少年にも、やれることはやったという自信はあった。


だが、それが結果に繋がるか。

それがわからない。


「『結果を出せ』か……」

「懐かしいわね、綾ねぇの口癖。最近はあんまり言わなくなったけど……そうだ」


少年がここに来た当初、綾と会う度に言われていた言葉。

そういえば、と思い出したようにアンナは言う。


「あの言葉、今思い返したら別の意味だったんじゃないかしら」

「……どういうこと?」

「結果を出すにしても、綾ねぇは1度も何をしろとは言ってこなかったのよね。最低限やるべき事を示しただけで、絶対にやれとは言わなかったのよ」

「……そういえば、そうかも」


少年がこれまでの綾とのやり取りを思い出しても、確かに1度もそう言われたことはなかった。

残した結果で今後がどうなるか、という事は嫌というほど聞かされたが、その話を聞いて動き出したのは自分達だ。


母親の命をその引き合いに出されたこともあったが、それは少年を焚き付ける為の方便で、今ならそう言った理由もよくわかっていた。

今の少年が知る綾ならそんなことはしない、と思う。


「でも、それがどうして意味が違うってことに?」

「……要はできることを考えて、とにかく形にしろってことだったんじゃないかしら。それこそ極端な話、地球と人類を諦めて宇宙船に逃げても、結果を残したことになるもの」

「それは流石に曲解し過ぎじゃ……?」


少年の反応に、アンナは真面目な顔をして首を横に振る。


「最初の頃……テルの来る前の話ね。その時は的確に指示出してくれてたんだけど、隕石軍の襲来が問題になってから曖昧な指示が多くなった気がするの。なんていうか、やること全部が後々役に立つかもしれない、そんな開発が増えたわ」


例えば、データ通りに物を自動生成する機械。

例えば、つむぎがしていたマシナリー研究のサポート。


開発済みのその技術は、どれも今となっては無ければならないものだが、そもそもの話、その当時は絶対に必要という訳ではなかったはずだ。


「だからわかるの。この研究は、妥協点も結果も、全部アタシ達に決めさせたんだって。綾ねぇがアタシ達を信じてくれたから、全ての開発を任せてくれたんだって」


少年はアンナの言葉を否定できなかった。

確かに綾の話を思い返すと、そのような事を端々で感じとれてはいたのだ。


「そんな中で、アタシ達は一切の妥協もせず、最善と思う方法を選び続けてきたわ。むしろここまでできた人間がどこに居たっていうのかしらね」


アンナの自信に満ち溢れたその様子に気を持ち直すが、なおも何処か落ち着かない。

何度も最善を歩んで来たと思っていても、それが産み出す結果に、自分は納得できるのだろうか。


「まぁ……それはそうかも知れないけど。でも、失敗したらどうなるかって考えると、ね」

「……そんなの、わかんないわよ」


少年のその気持ちが、アンナには痛いほどわかっていた。

5年間、身を粉にして働いた挙げ句に失敗して死ぬなんて、そんなものは絶対に許せる訳がない。

そう考えながらも、彼女はあえて開き直ったように言った。


「……もし、仮にだけど。この研究が失敗して、アタシ達みんな死んじゃうってことになったら……その時は、そうね。一緒に後悔して、絶望して。一緒に運命を呪って……それで、一緒に地獄に落ちましょ」


少年の手をとりながら、微笑んでそう言ったアンナ。

その様子は、最後まで同じ気持ちで居てくれている幼馴染のもので。


「……本当に、キミがパートナーで良かったよ」

「……今さら何を言ってるんだか」


彼女が隣に居なければ、今の自分はなかっただろうと。

そんな気がしてならないのだ。





ーーーーーーーーーーーーーーーー





「……好き放題言ってくれるものだ。私にそんな気があるわけないだろう」


今しがたマシナリーの点呼にキリがついたばかりの綾は、淹れたばかりの珈琲をすすりながら、1人呟いていた。

帰り道に少年達の会話が聞こえたものの、雰囲気的に割り込むのはどうかと思い、仕方なく壁にもたれ掛かる。


「都合の良い解釈をし過ぎだな。これでは、私が善人のようだ」


綾は自分が、どちらかと言えば悪に分類されるということを自覚していた。

言葉を使い、立場を使い、果ては弱みを握ってでも結果を求めて人を動かす。

そこに在るのは薄情な心と使命感ばかりで、言ってみればただの丸投げでもあるのだが、少年達はどうも良い方に解釈するのが好きらしい。


「……何事も適材適所。いや、適才・・適所と言うべきか。どっちでもいい、要はできる者がやればいい」


そう言った意味では、少年達にはなんとも相応しい仕事か割り振られていたように思う。


輝矢には、研究案を閃き立案する才能を。

アンナには、それを物として形にする才能を。

一彦には、人を導き、繋がりを強固にする才能を。

そして、つむぎには人体に対する理解力という才能を。


それぞれが違う才能を持ち、それが上手く噛み合った結果が今のこの現状だ。

そう言った意味では『最善』と口々にいうアンナも分からなくはない。


「素晴らしい。ここに至るまで一切の妥協を許さなかった事といい、決めた事を実際に形にしたことといい。期待していた以上であることは間違いないな」


そうやって1人称賛を呟く綾だが、その顔にあるのは自嘲的な笑みだった。


彼女にはまだ、自分の有用性というものが分からなかった。


「ならばこそ私の才能というのは、何処にあったというのだろうか」


かつての彼女の師である東藤なつみ、つまるところ輝矢少年の母は、自分の身よりも優先して綾を研究所へ残した。

今も冷凍カプセルで眠り続けている彼女は、その身を犠牲にしてまで、何を期待して自分を指導者としたのか。

そして、この場において本当に自分が残ったことが正しかったのか、その答えはまだ出ていない。


「……むぅ、苦いな」


眠気覚ましにと強気で口にした無糖の珈琲だったが、綾には少し合わなかった。これならまだ、つむぎのように砂糖の粒が残るほど甘くした方が飲めたかもしれない。


綾はどう処理したものかと思い辺りを見回し、たった今帰還したばかりの存在に気がつき、声をかけた。


「ちょうどいい、代わりに飲んでくれないか。一彦」

「……久しぶりに帰って来た労働者に、開口一番嫌味が出るなんて、アンタくらいのもんだろうよ……しかも飲みさしって、あのなぁ」


呟く一彦を、綾は楽しい玩具でも見つけたかのような笑みを見せる。

こんなやり取りをできる時点で、一彦自体の精神状態には問題ないことは把握できた。


「なに、心だけでも労ってやろうと思ってな」

「いらんわ、そんなもん! さっき帰ってきたら死ぬほど言われたんだぞ。『お父さん、お帰り!!』って、なんで全員あんなに元気なんだよ、意味わかんねぇ」

「それはお前が『親』だからだろう」

「だからそれは、あくまで登録情報の話であってだな……駄目だこの話はやめよう。話題的にこっちが不利過ぎる」


諦めたように肩を落とす一彦をみながら、綾は彼が帰還した時の様子を想像する。

マシナリーの子である200を越える個体達に囲まれ、嬉々として迎えられる。

それ自体は良いにしても、基本は親が大好きな子供たちの集まりだ。

その内の何割が全力で一彦相手に飛び付いたか、それを考えると親として登録されたのが自分ではなくてよかったと綾は思う。


「まぁ、自分の体が機械でよかったって思うのはこの時くらいだろうな……っと、それより点呼とらなくていいのか?」

「必要ない。もうお前の班以外は点呼が終わっている。なら、お前が帰って来た時点でそれも終わりだ」

「いや、まぁそういう事になるけどよ……随分適当だな?」

「お前は仲間を置いてくる様な人間でもないだろう。それよりも……この時間は貴重だ。何でもないこの空白の時間がな」


今まで多くの仕事をやり遂げてきて、今後としてもやることは山積みではある。

だが、ふとした時に何故か産まれるこの『何もしなくてもよくて、何も出来ない時間』が、綾は好きだった。


「この先、私達の運命がどうなるか分からないが……どのような結末を迎えたところで、こんな時間はもう、2度とは来ないだろう」

「……俺は全然落ち着かねぇけどな、この後の事を考えたら」

「それは無駄というものだ。今この時だけは、何をしたところで結果は変わらない。心配をするだけ精神を削るなら、いっそ何もしない方がいい」


こんな空白の時間は、何をしようと許される。

眠りこけていようが、友人と会話を楽しんでいようが。

過去を振りかえっていようが、未来に想いを馳せようが。


そんなあらゆる自由が許容される時間が、今なのだ。


「……もっとも、退屈などという贅沢を受ける価値が、私にあるのか分からないが」

「あのなぁ、急に卑屈になるのやめろよ……アンタは自分にしか出来ない事をずっとやってきたろ」

「どうだかな。結局のところ私の役割など、誰にもできる作業の寄せ集めだ。私である必然性はなかった」


確かに綾は、推進力発生機のメンテナンスを中心に、この場にいる誰もが出来ない作業を行っていた。

だがそれは、あくまでも自分にその役割をこなす時間があったからで、この作業に向いた人材というのは、過去に山程居たはずだ。


いわば綾は、一見して自分にしか出来ないように思える作業を通して『できる人間』を演じていたに過ぎない。


「自分でも女々しいとは思っているが……まだ私は、納得できてない。私の唯一性は、いったい何処にある」

「……そんなに、何かができることが大切なのか」

「私にとってはそれが全てだ。この上無く、な」


『できる』事に拘り続ける綾。

一彦にはその理由というものが理解できなかった。


「なんていうか、アンタの良いところってのはそういう所じゃないと思うんだがな」

「……? どういう意味だ」

「……いや、何でもない。説明するにも、俺もよくわからん」


綾は不満そうな目を向け、一彦は後ろ頭をかく。


「まぁ要するにだ。アンタがいなけりゃ、少なくともこんな状況にはなってない……というか、なんだろな。想像できないんだよ、他の人間が、アンタのその位置に立ってるのが」

「……感覚的な話をされても、よくわからんな」

「だな。忘れてくれ」


そう言って2人は、黙りこんで思考にふける。

結局のところ、2人ともこのやり取り自体に意味があったかも分からなかった。


「あれ、一彦だ。おかえり、随分早かったね」

「綾ねぇも点呼お疲れ。二人ともこんな所でどうしたのよ?」


先程まで廊下で寄り添うように会話していた輝矢とアンナが、この場に気付いたようで、黙ったままの2人に声をかけた。


「ふむ……まぁ、暇だったからな。一彦相手に少し遊んでいたところだ」

「……そっちの一彦が凄い不服そうな顔してるんだけど」

「綾ねぇが楽しそうだから良いでしょ。それより、2人とも暇なら一緒に決起会しましょ!」

「そうそう、あんまり豪勢にできる訳じゃないけど、気合い入れるには良いかなって。さっきアンナと話してたんだ」


決起会と聞いて綾は少し考えた後、頷いた。

少年達が楽しそうにしているところに水を差すつもりは無かったし、そんな時間の使い方も悪くないと思ったからだ。


「先に行っててくれ。私も用意したらすぐに行こう」

「ほんと!? じゃあ、待ってるからね!!」


嬉しそうなアンナが輝矢少年を引っ張っていく様子を、残された2人は微笑ましい様子で眺めた。


「じゃあ、そろそろ行ってこいよ。俺の相手ばっかりしてても仕方ないだろ」

「……ん? 一彦は来ないのか?」

「俺はいいや、飲み食いできねぇし。長旅で疲れてるからちょっと寝かせてくれ」


先程まで外に出ていた一彦には、確かに疲れが見えた。

体が機械である以上疲労というものは存在しないのだが、体がメンテナンスを求めれば眠くもなるし、電池が切れそうなら空腹を感じるようになっている。


ある意味それは危険一歩手前のサインであるため、綾としても止めるつもりは無かった。


「なら、残り4時間ほどゆっくり眠るといい。呼び止めて悪かったな」

「あぁ、それじゃあ……」

「だが、最後に1つだけ聞かせてくれ」


そう言って帰ろうとする一彦を、綾は呼び止めた。

先程の綾とは違い、真剣な目で綾は問う。


「お前らマシナリーは、本当・・に死なないのか?」


綾の言葉に、一彦はすぐに答えなかった。

適当に答えることができない、大切な話だからだ。


「……どうだろうな、それは」


実際のところ、一彦もそのあたりは悩んでいるところではあった。

マシナリーの全員・・が無事、ということがあるのか。

それだけは、彼にもわからない。


「俺に関しては、大丈夫だろ。今も寝たきりの俺の体が、もう自分のモンじゃないって理解してるからな。だが、他の連中はわからない」


「だろうな。自分が機械であると本心で納得しているのは、おそらくお前だけだ」


「……一度狂った身じゃねぇと、流石にわかんねぇよな」


一彦は自分の手を握って感触を確かめる。

彼らマシナリーは、日々『自分が人間ではない』という違和感と戦ってきた。

その違和感に耐えきれず暴走したことがある一彦にとって、人格崩壊という問題は決して無視できるものではない。


「俺らマシナリーが今この時点で暴走していないのは、それ以上の問題を全員で共有して、見たくない現実から目をそらしているからだ。だからこの先どんな事があるか、正直想像がつかない」


マシナリーの思考プログラムは、思考傾向をコピー元の人間のデータから再現しているものの、その実は『優先度』の羅列にある。

今は自分が機械であるという事実を『人類の危機』という問題で覆い隠しているが、その表層が取り払われ、真の問題を直視した時の彼らがどうなるかは、わからない。


「……そうか。ならば、この先注意しなくてはならない問題だな。環境を整える事に成功しても、その後の人材が居ないのであればこの計画は失敗に終わる」


綾が懸念していた問題だが、予想通り一彦に尋ねたところで確証は得られなかった。

同時に、危険な橋を渡り続けている事を再認識した。


「……せめて、お前は死んでくれるなよ。マシナリーの指揮者が消えるというのもそうだが……今後のつむぎのモチベーションは人類の存続に直結する」


綾の言葉を聞いて、苦い顔をする一彦。

彼は機械の後ろ手を振りながら、去り際に一言残した。


「死ぬつもりは無ぇし……の俺が消えたところで、つむぎは何とも思わないだろ」


彼の残した言葉は、重たくこの場に漂った。

いっそ換気でもすれば綺麗さっぱり消えてくれるのだろうが、密閉されたこの建物ではそれもできない。


綾は一彦が曲がり角から消えるのを確認して、独り呟く。


「……アイツでも、間違えることはあるのだな」


綾はかつてつむぎに対して行った仕打ちを思い出していた。

今思い返せば、ただ場を掻き回しただけだな、と苦笑する。


当時のつむぎは一彦を信じ過ぎる故に、研究の寄り道を繰り返していた。

それこそ、自らが望む一彦を作り出してしまう程に。


一彦はそれを矯正するため、つむぎに対して酷く当たり『機械の一彦は、一彦ではない』と思い込ませようとした。


けれども、彼は知らない。

彼女という存在は、それほど弱くはないということを。


「つむぎの信じた者が……アイツでよかった」


彼女の思い込みが的を射ていた今。

狂っている様に思えた彼女は、誰よりも冷静だった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーー





『……進行度 92%』


無機質な音声が響く。


遅々として進まない処理を、彼女は真剣に見つめていた。



……ここは、寒かった。



誰もいない、ということがこれだけ辛いということを知らなかった。

まるで自分以外の全てが時を止めたかのようにも思える。

ただ冷えきった孤独感だけが、彼女の心を端を凍らせていった。



「……やっと……ここまで」



それでも、彼女は戦いを続けていた。

一瞬たりともモニターから目を離さず、微かな異常すら見逃すつもりは無かった。


『……大丈夫だ、助けてやる。お前も、お前の友達も、全部』


思い出す度に、心は温もりを取り戻した。

それどころか激しく熱をもったそれは、胸を焦がし、自らに頑張れとはやし立てる。


『僕が信じる『つむぎ』を、信じてくれないかな?』


もしあの言葉がなければ、本当に凍えていたかもしれない。

自分を信じることができず、諦めていたかもしれない。



だからこそ、目の前にある成果は必ず芽吹く。



今の彼女はただ、そう確信していた。

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