22,守るため
「いい? まずは現状の確認からよ」
少年とアンナ、一彦の3人はリビングの机を睨んでいる。
そこには小さく縮小された地形図が印刷された紙が広がっていた。
「まず、この場所。ここが今回の事故の場所ね」
アンナが指さした地点に、少年はチェックをつける。
直線距離でいうと研究施設から、10000分の1の縮尺で16センチほど。
約160kmの位置に、事故原場はあった。
「……ここから、そこまで遠いわけじゃないのかな?」
「ああ。俺ら機械からすれば、1日あれば充分たどり着ける距離だな。……まぁ、それも体が快調ならって話だが」
一彦は自分の機械の身体を指してそう言った。
事故が起きてから約2日ほどで、彼はこの場に負傷した身体をひきずって帰って来たという。
つまり、地中に埋もれた人たちはそれだけの時間、苦痛に耐えているということになる。
アンナは親指の爪を噛みながら思考にふける。
「救出に要する時間の目処が経たないのよね……その後のことを考えるなら、心のケアも視野に入れないとダメだから……」
「……うーん。どうすればいいんだろ」
もし、自分が生き埋めになったとしたらと考えてみる。
なにが欲しいだろうか。
食糧? 飲み物? いや、それは今回は必要ない。
少し考えて、そういえば、と少年は思い返す。
「ねぇ。確か、マシナリーのみんなって定期的に通信してるんだよね? メッセージのやり取りとか何かで」
「ええ。それがどうしたの?」
「単純に、生き埋めになってる人に『今から助ける』って伝えられたら、だいぶ違うんじゃないかなって」
今みんなが欲しいのは、希望じゃないだろうか。
気休め程度かもしれないが、それでも随分マシにはなると少年は考える。
だが、少年の意見にアンナは首を横に振った。
「ダメね。流石に地中深くまでは詳細な情報を送れないわ。……よくて、そこにいるって反応が送れるくらいよ」
「やっぱり駄目かぁ……いやでも、反応が近付いてるってことを知覚できるってだけでも違うかも」
少年の言葉に、一彦は同意するように頷く。
「埋まってる奴らにとっては、ちょっとの変化でも欲しいハズだ。それに気付いて救難信号でも送ってもらえれば、救助もだいぶ楽になるだろ」
「……確かにそうね。現状、生き埋めの人たちにできることって、それくらいかしら」
この話はここまで、とアンナは一息つく。
そして問題は、と腕を組んで悩んだ。
「救出だけに時間を使うって訳にもいかないってことなのよね……」
彼女の言う通り、今の少年達に時間の余裕はいっさい無い。
なにせ、想定外に起きた事故だ。
今からその原因の確認をしなければならないし、そこから企画へ与える影響の想定と、方針の再確認もある。
もともとつむぎへ、研究に集中するための時間をあげる為に計画した企画だ。
ただでさえ密度が高かったそれが今、作業量を増して大きくのし掛かっている。
「……あの時、結構深くまで掘り進んでたからな。実際に見てきた俺自身も、救出にどれほど時間がかかるか、正直わからん」
浅い場所とはいえ、一彦も巻き込まれた人間だ。
その彼が言うのだから、救出が難航するのは明らかだろう。
「生き埋めになってない奴らだって、結構負傷してる。むしろ、俺は足が無事なだけ軽症だった方だ」
一彦いわく、無事な人は少ないのだという。
今現在、負傷した人たちは次々と運びこまれてきている。
あとで手伝いに行かないと、彼らだけでは治療もままならないだろう。
「正直な話、全員を救出に向かわせるのは現実的じゃないわ。いくらこちらが危機的状況っていっても、企画自体を完全にストップさせることはできないの」
「……わかってるよ。被害のシミュレーションも早いことやらなきゃ。間に合わないと、どうにもならない」
いい?と、アンナは手元の紙に今の目標を書き込みながら話す。
わかりやすく、2つに纏められていた。
「まず、埋もれた人の救出よ。
コレをすれば、少なくとも減った人員は取り戻せるわ。
問題は、彼らの事を考えてなるべく早くに救出しなければならないことと、それに要する時間の予測が立たないこと。
下手すれば月単位の時間が必要になるわね」
アンナがそこに『急務』と書いて赤ペンで丸をつけた。
そして、もう1つの目標を指す。
「そして、地下情報のサンプリングの作業。
今回の事でわかった、想定外の爆発の影響を調べなきゃいけないの。
こっちもなるべく早くに手をつけたいのよね。
計算もしなきゃいけないし、何より最終達成目標はこっちなんだから」
そう言いながら、アンナはこちらにも『急務』と書き足す。
「……そっちにも書くんだ」
「当たり前よ、どっちも遅れると後に響くんだから。……そして、これが一番の問題ね」
人員不足、と大きく書かれる。
「いい? そもそもの問題として、今の人数じゃどっちも手をつけられないの。負傷者を全員修理して、それでようやく片方ができるかってくらいよ」
「……つまり、新しい人を作らないと駄目になったってことだね」
少年の言葉に、アンナは頷く。
救出の為に必要な人材を、外から運び込むことになるのだ。
その時、それを聞いた一彦が微妙に不安そうな顔をした。
「……悪いがその案、少し考えた方がいいと思うぞ」
「えっと、どういう理由で?」
「信頼的な問題だ。わかるだろ、お前らも」
一彦は言葉を濁すことなくそう言う。
確かに、それは無視できない事だと少年も思った。
交遊関係がある人は既にあらかた作ってしまっていて、もう居ないのだ。
「今までの2年、俺らが手を借りてきたのは、浅くとも繋がりがあった奴らだ。人材を増やすことになってきた時も、優先してそれは守ってきた」
「……そうね。みんなが企画の内容に納得して協力してくれたのは、そういう背景があるもの」
少しでもその人の人格が見えていたからこそ、協力の要請もできたし、制御という枷を軽く出来ていた。
だがその繋がりの終点まで来てしまった今では、以降の追加人材は赤の他人。
要するに、どんな人が来るかわからないのだ。
「もちろん、危険な環境で働く事がたった1度なんてわけないだろ? そんな場所で知らない人と協力しろって言われても、余計な不安が増えるだけだ。それにだな……」
「最悪、反乱を起こす事だってありえる、とか?」
「……まぁ、そういうことだ。実際あったからな、そういうの」
少年の言葉に一彦は苦い顔で頷いた。
ただ、反乱といっても仕事をボイコットしたり、身内の様子が気になって勝手に持ち場を離れたり、といった小さな事だったが。
それでももともとは、奴隷扱いと大差無いほどの危険で苦しい仕事だ。
やり遂げたところで見返りが有るわけでもなく、そんなものを他人に押し付けられたら、誰だって思うことがあるはず。
「……制御項目も、もう少し詰めておいた方がいいだろうな」
あれだけ制御という枷をを嫌っていた一彦が、真面目な様子でそう言うということは、つまり本当に必要なことなのだろう。
「……人によって、制御の度合いを調節しないといけないってことね。ということは、今までみたいな量産体制なんて無理だわ」
「でも、一人一人なんて……とてもじゃないけど無理だよ。時間が足りない」
資源だって余裕があるわけではないから、作ったのが例え悪人だとしても、それをポイと棄てる訳にはいかない。
産まれてしまった以上、絶対に手伝ってもらわなければならないのだ。
「厳しいかもしれないが、俺にとってここは絶対に譲れない最重要項目だ。あんな危ない原場で知らない奴に命預けるのは、正直俺だってゴメンだ」
「……あんたがそう言うなら、わかったわ。私達じゃ現場のことはわからないもの」
「ということは、量産の線も考えない方がいいね。……だとしたら、どうしようコレ」
少年は頭を捻って考える。
救出に特化した重機、もしくはみんなの体を掘削に適したスタイルに改造。
パッと思い付くものはどれも現実味がなくて、上手くいく想像ができない。
ただ1つ、全員が無視をしている可能性を除いて。
「手詰まり……かな。アンナは?」
「駄目ね。みんな無事に救出しようって事になると、現場の様子もわからないもの。対応力を考えると量産以外の選択肢がないわ」
「……結局、俺の予想通りってことか。……んじゃま、仕方ないか」
一彦はそう言って話を切ると、立ち上がった。
アンナは早々に結論をつけようとする一彦を睨む。
「あんたの考えてるそれ、脚下よ。ダメ」
「……時間が無ぇんだ。代案が思い付かないなら、もうやることは1つだろ。俺が増えればいい話だ」
同一人物の複製を大量に作る。
唯一とも思える打開策、その方法を一彦は口にした。
「今の状況で信用のある人材を増やす事と、手間をかけない事を考えるなら、そりゃもうコレしかないだろ?」
「何言ってるのよ!? アンタ、あの時のこと忘れたわけじゃないわよね!?」
「だからこそ、だろ。逆に言えば、耐えきったって事だ」
一彦は1度、精神崩壊のギリギリまで足を踏み入れた事がある。
つむぎが一彦を複製した時。
彼は自分が複数居ること、そしてその自分の心が操られた事を認識し、壊れた。
「あれからいろいろ考えたんだよ。なんで自分が2人になるだけで、あんな暴走しちまったんだろってな」
「それは人の精神が、自分という存在が複数居ることを許容できないからよ。産み出された自分の、その存在意味を無くすから……」
「しばらくそう言われて納得してたんだが……最近思った。それは違うかもしれねぇってな」
「……え、どういうこと?」
一彦の言葉に、少年とアンナは疑うような目を向ける。
「あー、なんだ。説明が難しいんだが……自分が複数居ることが許せないから狂う。そんな単純な理由で狂ってたら、そもそもこの俺自身が作られた時点でアウトなんじゃねぇの?」
一彦は普段から疑問に思っていた。
なぜつむぎに作られた自分がダメで、いまだに眠り続ける自分が大丈夫なのか。
もしその差が狂った理由それなのだとしたら、いったい何なのか、と。
「確かに、それは僕も気になってた。寝てるから大丈夫なんて、かなり適当に考えてたけど……」
「じゃあ一彦。アンタはその理由に心当たりがあるわけ?」
「あるっていうか、今の俺達の状況がそのまま理由だ。そんなこと考えてる暇がない」
考えを巡らせる2人に、一彦ははっきりと告げる。
「要するに、優先順位の問題だ。やりたいこと、やらなきゃいけないことが有るから、現実を見てる余裕がない。多分、それだけだ」
「何よそれ……いや、でも可能性はあるわ……構造的にも、理屈的にも」
一彦が言ったその事実に、アンナは思い当たるところはあった。
もともと、人の精神を行動の基準として動いているとはいえ、採用されているのは優先順位からなる行動だ。
アンナがそういう風に設計したのだから、ありえない話ではない。
「……じゃあ何よ。つまり、アンタが壊れてないのって、そういう使命感からってこと? 生きてる目的果たしたら、アンタ死ぬの?」
「んー、俺に限っては無いだろ。もう産まれて何年も経ってるからな、自分ってものをしっかり持ってる。今なら元の俺が起きても何とも思わねぇわ」
「……要するに、一彦みたいに機械としての自分を確立しているか、やるべきことが有るなら、大丈夫ってこと?」
「……多分な。他の奴らも、似たようなもんだろ」
一彦の言うことはつまり
・自分が唯一の存在であるという認識の確立
・使命感があること
このどちらかを満たしていれば、少なくとも狂うことは無いということだ。
「……前につむぎのところで暴れたのは、単純に作られた意味が分からなかったからだ。複製された理由に俺が納得しなかったことが原因だろうな」
「つまり複製、それも大量生産されるのに納得する理由があれば……」
「とりあえずの人員不足は解消されるだろ。救出も地質サンプリングも、平行して進められる」
一彦の提案は、現状の問題を解決するには非常に魅力的だった。
時間とコストを考えるなら間違いなく理想と言っていいように思える。
アンナは、他の方法よりも現実的だと判断すると、疑うような目を一彦に向けた。
「……本当でしょうね? 大丈夫って確信があるのよね?」
「嘘はついてねぇよ。それで故障なんてしてたら、無駄な時間使うだけだ。自分から首を絞めるようなマネしねぇって」
「……リスク。それもめちゃくちゃ大きいそれを、アンタは背負う覚悟があるのね?」
「もちろんだ」
アンナはしばらく一彦の目を見詰めた後、ふぅ、と息をついて首を振った。
「テル、判断は任せるわ。悔しいけど、アタシにはこのバカに意見できる反発材料が無い。本人がどれだけ怯えてても、やるって言うんだから」
ちらっと、半目で一彦の腕を見ながらアンナは言う。
彼の機械の体は感情に正直で、先程から震えを隠せていない。
「……マジで、よくできた不便な体だよなぁ」
「アタシが作ったのよ、当然じゃない」
イタズラっぽくそう言うアンナに、一彦は溜息をついた。
その一彦に、少年は尋ねる。
「やっぱり、怖いんだね」
「……あぁ。大口叩いといてコレだ。できることなら避けたいって、今でもそう思ってる」
震える腕を抑えるように、一彦は自分の腕を握る。
「だが、違う。俺は『ここでみんなを救えない』方が、もっと怖い。何もしなかったら、俺は自分を許せなくなる」
少年は思う。
一彦は自分よりもずっと強い。
今こうして話している時だって、一彦の目は決意に満ちている。
「……だから、やらせてくれ。頼む」
どうにか、一彦の負担を減らすことができないだろうか。
そんな事を考えていると、1つだけ思いついた事があった。
「わかったよ、一彦」
「……良いのか?」
「うん。ただ、1つだけ条件付きだけどね」
そう言って少年は、一彦の手を握った。
いまだ震えるそれを感じながら、少年は言う。
「やるのは、一彦だけじゃない。僕もだ」
「……え」
「……どういうことだ」
アンナが少年の言葉に息を飲む。
一彦も理解できないという目を向けた。
「1人より、2人の方が負担が軽いんじゃないかなぁって。ほら、同じ気持ちを共有できる人が居るといないとでは大分違うと思うんだ」
少年の言葉に、一彦は少し納得して頷く。
「……確かに、お前の言う通りかもな。実際、今までも人の繋がりを支えにやってきた奴は確かにいた……けどよ。いいのか?」
「うん。そもそも、一彦ばっかり辛いのは駄目かなぁって思って。人格が崩壊する条件が一彦の言う通りなら、僕にだって耐えられるよ。『やりたいこと』なら、いくらでもあるから」
「そうか。なら、俺としても心強いんだが……」
ちらっと、一彦はアンナの方を見る。
明らかに納得していないであろう態度が、ありありと伺えた。
「ダメよ。そればっかりはアタシが認めない」
「なんでさ? それで安定感が増すならよっぽど良いと思うけど」
「だってテルは、この企画の指揮者なのよ!? 綾ねえが居ない今、万が一にもテルに何かあったら……それに……」
少年に対して思ってる言葉が、ハッキリ出てこない。
出せないのかもしれない、とアンナは思った。
「テルは……アンタは……」
自分のやりたいことを見つけてから、確かに少年は変わった。
確かに、それは成長だと思う。
頼りがいもできたし、子供っぽさもいくらか収まった。
だがそれは同時に、危うくなったようにも感じられた。
「……怖いのよ。急に大人ぶって、できるって言い張って。無理な事に命賭けてるんじゃないかって……思うのよ」
「そう、かな」
泣きそうな様子で小さく頷くアンナを見て、少年は最近になって彼女が妙に小さく見えるようになったのを感じていた。
「アンナがそう感じるのは多分、今までの僕が頼りなかったからだと思う。でも、わかって欲しいな」
「意味わかんない……じゃあ!? アタシだって協力するわよ!?」
「んー、それはちょっと。駄目かなぁ」
「なんでよ!? テルがよくてアタシがダメな理由は!?」
怒鳴るようにそう言うアンナに、少年はジッと目を見て答える。
「単純だよ。『僕がアンナを守りたい』から。それだけ」
アンナは。
少しして一彦がいることを思い出し、頬を赤く染めて視線ををそらした。
「な、なにそれ。そ、そんなのアタシだって……」
「あのさ……もし仮にアンナも合わせて、3人が外で働くことになったとするよ」
もしもの話を、少年はアンナに伝える。
自分達が複製され、外の作業を始めたとしたら。
その時は、この3人が様々な場所で仕事を始めるだろう。
少年はそれが少し怖かった。
「そうしたら、守りたい人がいろんな所で危ない目に会ってるって状況がずっと続くはずなんだ。その状況で、僕が平常心で居れると思う?」
「そんなの、アタシからしても一緒よ!? テルが危ない目に合うのよ……ほっとけないじゃない」
「いや、もし機械の体に何か起きた場合の事を考えると、アンナがここに居てくれる方がいいな」
帰ってくるたびにアンナの顔を見れば、やらなければならないことを思い出せるだろう。
アンナがここ待っていてくれるというそれだけでまともでいれる気がする、と少年は思う。
「あとこの僕自身が精神が壊れたとしても、アンナがそうなるより損害が少ない。僕はどう逆立ちしてもアンナの代わりにはなれないけど、アンナはしっかりしてるから大丈夫」
「そんなことない! テルにしかできないことだってたくさん有るんだから!!」
少年は笑う。
アンナがそうまで言って止めてくれるのは嬉しかった。
純粋な優しさ、それが彼女の魅力だ。
ーーーーだからこそ、行かせられない。
「……いいかい。僕はとてもわがままなんだ」
少年はアンナに優しく言い聞かした。
みんなを助けたい。
つむぎに研究の時間をあげたい。信じてもらいたい。
今この場で、自分を心配してくれているアンナを守りたい。
その全部が、自分で望んだものだから。
「けどね、ただ望むだけじゃいけない。全部守ろうとしたら、それを成すだけの行動を起こせなきゃいけない。
そうじゃないと、それはただのわがままのままだからね」
全部を背負うと決めたなら、全てを成し遂げる意志が必要で。
そして少年は、ずいぶん前にその覚悟を決めていた。
「……僕はもう決めたんだよ。これ以上1つの妥協だって認めない。企画が遅れることも、アンナが無茶することも嫌なんだ」
「な……なによ、それ」
納得しないアンナに、少年は強く言い聞かす。
「僕が頑張る理由、奪わないで欲しい」
「なによ……それ……あたしだって……」
アンナは言葉を失うように俯いた。
何を言っても少年の意志を変えられそうにないと、そんな気がした。
「……あぁもう!! なんなのよアンタ達、バカなの!?」
しばらくして、苛立ちを押さえられないアンナは怒鳴る。
「おう!? 俺も入ってんのかそれ?」
「当たり前よ! 自分が言ってること、2人ともわかってないでしょ!?」
「ちょ、やめ、アンナ痛いから!」
アンナは気持ちをぶつけるように、強く握った手で少年を胸を叩く。
「アンタら、待たされる側の気持ち想像したことないでしょ!? 無茶ばっかりしようとして、心配するこっちの身にもなったらどう!?」
「……えっと、うん」
「嘘ばっかり! わからないわけないでしょ!?」
少年は図星をつかれたように怯む。
確かにその事は、見ないようにしてきた事だった。
今までずっと、都合よく自分が解決することだけを考えてきた。
「守られてばっかりで……そんなので、アタシが喜ぶって思ってるなら、ホントにバカよ……」
「……ごめん、アンナ」
彼女の気持ちは、想像すればすぐにわかった。
きっと逆の立場なら自分はきっと、心配で気が気じゃない。
「でも、それでも僕がやらなきゃいけないと思う。心配でもなんでも、アンナを危ない目に会わせたくないから」
「……ホントに、バカ」
アンナは額を押し付けるように少年に寄りかかった。
もし他に現状を打開できる方法があるなら、こんな手段は取らなかったのにと、少年は思う。
本当に方法がないのだろうか。
そう悩んでいた少年に。
「……方法……ある……と思う……」
細く小さな声がかけられた。
「……つむぎ?」
少年は驚く。
振り向いたところに立っていたのは、いつもの無表情な少女。
彼女は犬のちび太を連れて、入り口に立っていた。
他の2人にしても同様で、めったに研究室から出て来ないつむぎの出現に驚く。
「どういうこと。テルが無茶しないでいい方法があるの?」
「……多分。……今、できた」
そう言ってつむぎは、白衣の胸ポケットから小さいメモリーカードを取り出して、アンナに渡した。
「これが? 人格データの主記憶メモリじゃない」
手に取った物をみたアンナは、疑問をつむぎに伝える。
「……人工の……人格データ、作った。……同じような物、いくらでも作れる」
アンナは再びメモリーカードに目を向ける。
信じられない物を見たかのように、目を見開いていた。
「そんな……できたって簡単に言えるものじゃないわよ」
手もとの端末でデータ確認したアンナは感嘆の声をもらす。
データの羅列をみたところ、確かにこれなら起動するだろうと、アンナは目の前の現実を認めた。
「えっと、アンナ。それ動くの?」
「信じられないけど……そうね。ただ、人格データはあっても本人の記憶が真っ白よ。まるで産まれたての赤ちゃんみたいに、自分の体の情報すら持ってない」
一彦がその言葉に思いあたるように、反応した。
「……なるほど。記憶が無ければ自分というものが無い。それなら、人格崩壊も起きないってことだな」
「でも、大丈夫かしら。同じ性格が複数いると、それはそれで異常が起きないとも言い切れないわよ?」
その一言につむぎは小さく答える。
「……大丈夫。……みんなの、子供……みたいなもの」
「……なるほど、そういう事ね。なんとなく理解したわ」
子供。親の性格、容姿を引き継ぐ存在。つまり。
「ランダムに人格データの交配したのね。なんてこと考えるのかしら、アンタって子は」
人格データから産み出された新たな人格データ。
人格から子供を作るシステムを、つむぎは作り出したのだ。
一種、狂喜的にも思える技術に、アンナ思考を巡らせる。
やがて思い至ったように提案をした。
「生き埋めになった人達の救出、この子達に任せましょう」
まっさらな記憶の人格データ。
そこにアンナは可能性を見出だした。
「……大丈夫なのか? 現場指揮をとる俺としては不安だらけなんだが」
「そこは親のデータを信用するしかないわね。その代わり、これなら自己の唯一性も保たれるから、人格崩壊のリスクだって格段に下がるわ」
「……産まれたばかり……だから……単純なこと、しか……できない、けど」
「本当に大丈夫かよ……」
一彦の渋る様子をみて、アンナはつむぎに訊ねる。
「つむぎ。アンタ、人格データの中身まで完璧に理解してるのよね?」
「……うん……?」
つむぎはなぜそんな事を聞くのかという様子で首を傾げる。
「なら性格で人格をより分けるなんてこと、できる?」
「……できる。……というか、やった」
つむぎが端末を操作する。
どうも、サーバーの方に保存されているらしい。
「……えっと……なにこれ」
それを確認したアンナが、呆れるように言った。
「どうしたの、アンナ?」
「……いえ、なんというか。つむぎの中では理解できてるんだろうけど、凄く抽象的的というか、定量的というか。天然の天才らしいものを感じたわ」
その画面を少年も確認する。
そこには、こんな事が書いてあった。
『・やさしい 50.0
・つよい 28.3
・おっとり 12.4
・その他 30.0』
「こ、これは……」
さすがの少年でもこれは苦笑いを隠せない。
これがもしつむぎの人格データをなら『おっとり 50.0 天然 50.0』とでも書いてあるんじゃないだろうか。
「足しても100にならないし、その他のうちわけとかも結構気になる……」
「……?」
少年の呟きに再び首を傾げるつむぎ。
そして、何かに気がついたように話し出した。
「……人間の要素。……だいたいみっつで……決まる」
「そういうもの……なのかしらね。まぁいいわ、これってデータから得たその人の性格なのよね?」
つむぎが小さく頷く。
それをみてアンナは、少年に端末を渡した。
「テル、今からアンタが選びなさい。数はそうね……300は欲しいわね」
「え、300も!? っていうかなんで僕が? こういうのって、一緒に働く一彦が選ぶものじゃ……」
「俺はこんな細かいこと、流石にパスだな。お前がやってくれ、俺は早く現地に戻らないと駄目だからな」
それに、と一彦は続ける。
「お前が選んだなら、文句はない。遠慮なくやってくれ」
「一彦……わかった。こっちは任せてよ」
これだけ信用されているなら、答えたいと少年は思ってしまう。
その様子を見た一彦は満足そうに頷いた。
「とりあえず、これで人数問題解決っていうことでいいわね?」
「あぁそうだな。なら俺の方は先に現場に戻るぞ。負傷者の搬送も、全部終わった訳じゃないからな」
一彦は振り向いて部屋を出て行こうとする。
すると、つむぎは引き留めるようにその腕を掴んだ。
「なんだ、つむぎ?」
「……カズヒコ。えっと……あの……」
少しだけ躊躇うようにした後、つむぎはその手を放す。
代わりに、ポケットから何かを取り出した。
「……これ、つけて。……絶対」
「お、おう。わかった……なんだ、これ」
差し出されたのは、何かのメモリだろうか。
人差し指の乗るほどの大きさのそれを、一彦は不思議そうに眺めていた。
「……じゃあ……研究……もどる」
無表情な彼女は一彦にメモリを手渡すと、そのままちび太を連れて部屋を出ていってしまった。
なにか台風でも過ぎていったかのような気持ちで、3人は同時に目をあわせる。
「なんだったんだ、アレ」
「……さぁ。それより、さっき渡されたのってなに?」
一彦は手に乗せた小さいメモリに、再び目線を落とす。
「……わっかんねぇ、なんだコレ」
「アタシがみるから、ちょっと貸しなさい」
そう言って一彦の手からメモリを奪う。
「この形状……マシナリーの拡張機能をつける時のメモリよ」
「つーことは、なんだ。それ付けると俺、なんかできるようになるのか?」
「多分。ただ、中身なんなのかさっぱりね。一応マシナリーにはそういった拡張要素があったんだけど、使うことなんて無かったから……」
その形状からして、身近にある端末では中身が覗けないのだ。
アンナはそのメモリをじっと見つめて、少し考えた。
「……アタシが思うに、付けておいて良いものだと思うわ」
「中身がわからないのに?」
「あの子の事だから、まさか一彦に害があるものじゃないでしょ。それにサイズからみるに、大した機能も追加できないと思う。せいぜい心理状態をモニターするとか、その程度ね」
「……なんか生活覗かれてるみたいだが……まぁ邪魔にならないならいいか」
一彦はアンナにそのメモリを取り付けてもらった。
装着した後、手を握るような素振りをしながら、首を傾げた。
「特に変わった気もしないが……まぁいい、戻るぞ俺は」
「ええ。こっちも量産ができ次第、現場に向かわせるわ。あと、予備のバッテリーは全部持っていきなさい」
一彦は後ろを向いたまま、治ったばかりの手を振って出ていった。
残された二人は、同時に息をついた。
「……えっと、300人……だよね?」
「ええ、人格データの選定作業は全部任せるわ」
少年はこれからの作業を想像して気が遠くなるのを感じた。
手動でやるということは、それだけ集中しなければならない。
勿論、適当にやるわけにはいかないわけで。
「さっきチラッと覗いた感じ、候補の数5桁だったのは?」
「選り取りみどりじゃない。じゃ、明日までにはリストアップよろしく」
「……りょ、了解」
思わず弱音が出そうになる。
時間が惜しいということがわかっているだけに、文句を言える状況じゃないのはわかっていた。
「……それにしても、よかったわね」
「……? なに?」
「なにって……そりゃ、つむぎよ」
話題が変わったことで聞き返した少年に、アンナは腕を組んで答える。
「人のこと心配できるぐらいには大丈夫だったってハナシ。あの子最近ずっと一人だったから、安心したのよ」
「あー。そういえば、そうだね」
「なに、その煮え切らない感じ」
「いやその、心配はしてるんだけどね……」
釈然としない態度のアンナを見ながら、少年は思う。
人の感情に敏感なちび太が1日の大半をつむぎと一緒に過ごしているということから、少なくともつむぎが毎日辛い想いをしていることは想像がついていた。
だがこうした状況になっても、不思議と安心というより、そうなのかという気持ちが大きいのはなぜだろうか。
「なんだろ。今のつむぎなら大丈夫かなって」
「……どういう意味?」
「もし辛くて耐えられないなら、一彦か僕か、アンナか……今のつむぎなら、相談しに来てくれるって思えるから」
正直なところ、誰よりも自分を頼ってくれれば一番嬉しいのにと少年は思う。
だが、つむぎはそんな様子を見せない。
少年が食事を届ける時も、つむぎは無口でありながらその内に信念を持っているように思えた。
「だから大丈夫だよ。僕やアンナが想像するよりもつむぎは強い。それこそ僕の助けが無くてもやっていけるくらいに」
アンナはなんとなくそんな少年の声が、昔の卑屈だった少年の時のものに似ている気がした。
少し迷う素振りを見せたあと、彼女は少年の手をとった。
「その……テルにはアタシがいるから」
「……え?」
「っ、なんでもない! さぁ、作業再開よ! やることは山積みなんだから!!」
恥ずかしさを隠すように、飛び退くアンナ。
一呼吸おいて、彼女は笑顔を少年に向けた。
「できることは全部やるって、そう決めたんでしょ?」
「……そうだね。僕には僕のできることをやらなきゃ」
彼女といると、気がつけば自分の中で散らばった気持ちが整理されて、必要と不必要の一線が引かれている。
そんな事も含めて本当に大事な存在だと、一緒にいると感じる。
「助けるよ、みんなを」
だから、彼女に心配されない案が出てきてくれて、本当に良かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……これで……いいの、かな……?」
その頃、自分の研究室に帰った少女は自分の行いを思い返していた。
「……大丈夫……問題ない、はず」
研究は完璧で、心配する必要はない。
何度もテストを繰り返して、どうすれば人格崩壊するかをつむぎは理解した。
あの環境なら、人選さえしっかりすれば問題ない。
「ウー、ワンワン!!」
「……ありがとう……役に……立てたの、ちびのおかげ」
つむぎは無表情のまま、ちび太の頭を撫でる。
感情に敏感という話は、どうやら本当だったらしい。
あの時、突然ちび太が外に飛び出していなければ、結果的に一彦と輝矢は無理をすることになっていた。
そこに駆けつけられたのは、アンナの気持ちに反応したこの小さな相棒のおかげだった。
「……大きな目的あれば……いいのは、そう。……おしい」
確かに一彦が言ったことは、一部真理をついていた。
ただ、間違っていたことが1つ。
その間違いが産む結果が怖くて、慌ててつむぎは声をかけた。
「……目的を……達成したら、壊れる」
いくつも実験を繰り返してわかった現実。
優先事項とは重なるだけで、塗りつぶして入れ換えるものではない。
解決が続けばいずれ、表層には崩壊という結果が顔を出す。
結果として、二人は最後に壊れていただろう。
「……役に……立てた」
時間をくれると、輝矢に言われてから気づいたことがある。
そもそも時間あるなら、指示された人の解凍を急ぐ理由がないのだと。
つまり輝矢を信じたから、やりたい事をする時間がある。
「……守られる……だけは、いやだから」
「……クゥン?」
不思議そうに頭を傾けるちび太の顔をぐにぐにと触れながら、つむぎは思う。
「……できるように、なりたい」
自分が弱いから、みんな無茶をする。
みんな優しいから、死ぬかもしれない事を自分のためにしてくれる。
本当は24時間、一彦の思考と精神状態をモニタリングしていたい。
今も危ない目にあっている彼が、心配で仕方がないのだ。
「……でも……やりたいこと、あるから」
一彦に渡したメモリは、この研究最後の自分のわがまま。
寄り道はきっとこれっきりだ。
人格データの理解が終わった今、やるべきことが目の前にあるから。
「ぜったい……繋げて、みせる」
少女が強い意思を持って見上げる先は、延命用の冷凍カプセル。
見ればそのふわふわとしたやわらかい雰囲気が伝わってくる、白衣をきた女性。
『自分をここに連れてきた天才』が、今もそこで眠り続けていた。




