21,少年の意志
時は、少年の成人から更に1年が経った。
あいも変わらず飛び回るような忙しさに、少年達は追われるようにして働いている。
そんな中に割り込んで来たのは、予定外の連絡だった。
「ん? あれ、一彦帰って来たみたい」
「……おかしいわね。ちょっとテル、予定見せて」
「えっと……はい、コレ」
少年が差し出した作業の予定表をみながら、アンナは言う。
「やっぱり変ね。このタイミングには帰ってこないはずよ。何かあったのかしら」
少年達は戸惑うように首を傾げた。
一彦は現地で指示を出すという役割上、めったな事では帰ってこないようになっている。
頻繁にここに帰ってくる人がいるのは、取得した地質データを運ぶついでに、彼を含めた他の人間に予備バッテリーを運ぶ為なのだ。
疑問に思って少年達は研究を中断し、帰って来た一彦を迎えにいった。
入り口で一彦は、壁にもたれかかるように座っていた。
「よ、よぉ。元気してたか。俺は……その、見た通りだ」
気さくな声を出す一彦。
だが、その態度とは真逆に、体は満身創痍だった。
ぶらりと揺れる右腕。反対側の方は、途中で千切れている。
そこから配線が血管のように垂れ下がっていた。
「……悪い、俺の失敗だ」
隕石群の襲来まで残り1年と少し。
ここまで順調だった企画に、大きな亀裂が入った。
一彦が帰って来た直後、少年とアンナは一彦を修理できるように部屋に運び込んだ。
すぐさま製作機に、腕の複製作業を開始させる。
「とりあえず、外で何があったか話す。修理は並行してくれ、時間が惜しい」
「時間が惜しいって……いったい何が?」
一彦は苦い顔をしながら、現状を話す。
「爆破を指定されていた地点、そこが崩れた。何人かは地面に埋まったまま出てこない」
「なんですって!?」
すぐさまアンナは一彦へ端末を接続し、そこから映像記録を取り出した。
だがその映像は、一瞬言葉を失うほど、あまりにも衝撃的だった。
「……ウソ」
「……これは、酷いね」
一彦視点のその映像からわかるのは、爆破予定地点での崩落の様子だった。
そこで埋もれていく、多くの人が映っていた。
「俺は……みんな指揮していたからな。一番被害を受けたのは、中で作業していた人だ」
今は豊富になった地質データから研究は進行し、作業自体が調査から移行している。
彼らは今、計算で判明した爆破予定地点を掘り進めておく削岩作業を行っていたのだ。
「もしかして……もっと細かい所まで地層が変化していたの……?」
地球が太陽から離れてしまった元凶である、大爆発。
それが想定していた以上に影響を及ぼしている可能性があるかもしれない。
アンナは急いで現場付近のデータを引き出した。
サンプリングしたデータに不備が無いか、1から見直すのだ。
一彦は後悔するように、報告を続けた。
「……全員で、38人。みんな、生き埋め状態だ」
「そんなに……」
少年はその事実に絶句する。
それは単純に、予定していた作業かずれ込むという理由だけではないのだ。
その事実が引き起こす危険を想定すると、そんな小さい被害で済むとは到底思えない。
「……ほんとに、ヤバいよ。これは」
全員、機械の身体である以上めったな事では死なないだろう。
だが実際は、それ以上に恐ろしいことになっている。
真っ暗な土の中、普通の人間ならとうに死んでいる状況で、彼らは身動き1つ取れない状態を強いられている。
そんな状態、果たして狂わずにいられるだろうか……?
「一応、念のため全員に待機命令を出してきたんだが……よかったか」
「……それは正しい判断だったと思う。二次災害……連鎖的に人格崩壊が起きたら、それこそ立て直すのが難しくなるから」
「あぁ。だが、あまり時間はない。我慢できずに救助を始めるやつもいるだろうが……何より、生き埋めになってるやつらを思うとな」
完成した一彦の腕を付け替えながら、少年は無口になった。
38人の救助。それにどれだけの労力と時間を要するのか。
新しく人数を増やす方が良いのか。
現実的な判断を迫られて、考えることそのものが嫌になる。
「……俺は、助けてやりたい。もしこのまま見捨てたら、やりきれない。士気も、随分と下がるだろうしな」
「僕だってそうだよ。……でも、この作業がどれくらいのロスになるか想像がつかない」
ただでさえ時間に余裕はないのだ。
被るマイナスがまったくの未知数で、判断のつけようがない。
「……テル、これ見て」
アンナはモニターを少年に向ける。
等間隔にサンプリングされた地質データ、その丁度間に×印がついている。
「そこが今回の崩落した地点。地層が正常なら、この間隔のサンプリングで十分安全が確保できたはず、だったのよ」
「つまり最初の爆発で、地層が影響を受けてるってこと?」
深刻そうに頷くアンナ。
それを見て少年は俯いた。
この結果からわかることは、分析を最初からやり直さなければならず、それには地質調査を再度行う必要があるということ。
元からギリギリだった企画なのだ。そんな時間が残されているだろうか。
「被害を少なく見積り過ぎたわ……悔しい。イライラする、なんでそんなことも想定できなかったのかしら……」
「それは僕だって……駄目だ、悔やんでる暇すら無いよ。今は目の前の問題を片付けなくちゃ」
そう言って少年は思考にふける。
「必要な作業は……とても多いね、これは」
事故現場で生き埋めになった、38人の救出。
地質調査のやり直しと、そこからの爆破地点の分析。
地層の件で起こりうる問題の想定もしなければならないし、もちろん予定していた作業も遅れる訳にはいかない。
少年は悩む。到底そんなことをできる時間は残されてはいない。
当然、改善する手立てを考えるのは少年で。
ーーそして、その作業に優先順位をつけるなら。
「……テル?」
心配そうに声をかけるアンナに、少年は小さく吐き出す。
「……僕、今すごく、自分が嫌になってるよ。こんな事を考えてしまう自分が、本当に嫌だ」
「……アタシも。どれだけ考えても、酷いことしか思い付かないの」
口に出すのを躊躇っているということは、少年とアンナの意見は同じのはずだ。
ーー生き埋めになった人達を見棄てて、代わりを用意する。
残酷な案しか、思い付かない。
救出で使う時間と結果とが、あまりにも釣り合っていないのだ。
それで到達すべき目標である人類の存続に失敗すれば、それこそ本末転倒だ。
一彦も少年達の躊躇うような様子から、薄々思っていたことに確信を持った。
「……そうか。結論は出たな」
「うん。僕自身、納得できないことだけど……」
「なら、ここからは別行動だ。悪いが、それを認めることが俺にはできない」
一彦はそう言うと、修理が終わった腕を確認して立ち上がる。
少年はそれをあっけにとられた表情で見た。
「驚くこともないだろ。別に意外な行動って訳じゃない」
「でも……そうだね。ある意味1番、一彦らしい……かな」
「あぁ。どうしても止めたいってなら、お前が命令してくれ。そんなら、俺は従わないといけなくなる」
そんなことを言われると、少年は何も言えなくなる。
助けたいという想いは、少年も一彦と変わらないのだから。
「……悪い。言い方、卑怯だよな」
「ううん。ここでハッキリと言えない、僕が悪いよ」
今の企画の指揮は、少年がとっている。
許可するのも禁止するのも、少年の決断次第。
だがここにきて、少年は迷っていた。
「……これは、俺ら、マシナリーの話なんだがな」
一彦は、ゆっくりと語り始める。
それはとても真面目な、身の上話だ。
「みんな、一人一人が、いろんな悩みを抱えてんだよ。
自分の家族のどうなってるか知りたい、だとか。
一生懸命働いてて、意味あるのか、とかな」
もちろん、意味あるぜ?と一彦はフォロー入れながら話す。
茶化すような話し方だが、とても真剣だった。
「だがな。それとは別に、必ず全員が1度は悩んだことがある。それはな、『自分は生きているのか』って事だ」
それは少年も相談される上で、何度も受け止めてきた悩みだ。
彼らは全員がマシナリー。複製された機械の体。
本当の自分は別にいて、その別の自分の為に、今まで働いてきているのだ。
「実感が無いわけだ。苦しい労働環境に置かれて、見返りがあるかもわからない。いいように使われてるって言われれば、多分それが一番しっくりくる」
だけどな、と一彦は続ける。
「それでも、みんな頑張っていられる。それは、お前がここにいて、帰って来た全員を、人間扱いしてくれるからだ」
「僕が……?」
少年は突然自分の話になったことを疑問に思う。
だが少年にとってそんな些細な事でも、一彦達は違う。
「俺らには、治癒力がない。
味覚も嗅覚も、触覚すらも。
だから、無茶をする。怪我もする。
中には、自分が怪我をしたことすら気付かないヤツだっている」
先ほど治ったばかりの腕を撫でながら、一彦は言う。
「そんな時にお前と会うと、自分を思い出す事ができるってな。
この施設に帰ってきたいって、そんな奴が多いんだよ」
「そう、なんだ……」
少年がしてきた事、それがどれだけの影響を与えてきたのか、それが結果として正しく出ていたこと。
それを少年は、少し嬉しかった。
「これまで2年と少し、俺らがやってきたのは、お互いに励ましあって、1つの目標を遂げる為の途方もない努力だ。
そこで築かれた友情やら信頼だとかは多分、お前が想像している以上に大きいもんだ」
だから、と。
「だから俺は、お前のその頼みを聞く訳にはいかない。アイツらにお前からのその命令を、伝えたくない」
この上なく真剣な目をした一彦が、そう言いきった。
少年は自分の考えがあまりにも浅かった事に嫌になり、視線を下にして俯いた。
「……テル」
アンナは少年に声をかけようと肩に触れる。
だがなんて言えばいいのか、それがわからない。
単純に崩落された人間を複製すればいいなんて、そんな話では無かった。
その命令がどれだけの信頼を裏切るか、それがわかっていなかった。
「俺らは『生きてる』。少なくとも、そうやって思い込む事で平静を保っていられる。もちろん替えの人間なんて、それこそ元の自分でも成れる訳がない」
築いてきた2年という経験や信頼。
それを使い捨てるという行動が、相手にとってどれだけ辛いものか、理解していなかった。
相手は一人の人間であるということに、目をつぶろうとしていた。
「俺は『みんなを支えてやる』って、そう決めた。だから、助けてやるのも俺の仕事なんだよ」
そうきっぱり言える一彦を、少年は素直に凄いと思った。
「だから頼むわ。俺がみんなを助け出す、その許可をくれ」
一彦の目が、少年とアンナを見据える。
少年が躊躇している間に、アンナは現実的な判断を口にする。
「……そうね、一彦の言うことも理解できるわ。アタシもそんな感情面を考慮してなかった。このまま複製なんてしても、全員が全員、その現実を受け入れられるとは思えないし……最悪、人格崩壊なんてことも考えられるわね」
そう言ってアンナ指を2本立てる。
「選択肢は2つ。
ひとつは、一彦の主張通り崩落に巻き込まれたみんなを助けるか。
もしくはもうひとつ、一彦も含めた全ての人間の人格データを初期化するか……ね」
「全ての……人間を?」
アンナの提案する案を、少年は聞き返した。
「……そうね、助けないと決めた場合の対処よ。救わなかったことで反感を買うなら、事故そのものの記憶を全員から取り除けばいいわ……アタシ達はその事実を隠したまま、新しいみんなと作業を再開するの」
つまりアンナがこう言っている。
全員を助けるか、全員を殺すか。
「そんな……」
「少なくともどちらかを選ぶ必要があるわ。そして、どちらが生み出す結果も飲み込まなきゃいけないの」
みんなを助け出して、企画の遅れを受け入れるか。
全員を殺して、新しく人間を作るか。
「アンナは……?」
「……ダメ。答えは有るけど、控えさせてもらうわ」
どうして、と視線で訴えた少年に、アンナは答える。
「アタシは……テルの意見が知りたいの。ここでアタシが答えて、流されない自信はある?」
「……ごめん、無い」
事実、少年の考えは2つの選択肢の中で揺れている。
少しでも賛成票が片寄れば、流れで実行してしまうほどだ。
「……少し時間、くれるかな」
「あぁ……だが、あんまり長く待ってもいられない。できれば今決めてくれ」
確かに、今も苦しんでいる状態の人が居る以上、決断は早い方が良い。
少年は考える。
自分が握っているのは、紛れもなく人間の命だ。
これを救うも殺すも自分次第。だが、救うなら大きなリスクを負うことになる。
今後の事を考えるなら見棄てるのが妥当のこの状況。
少年はここでその決断をするのが、指揮者として正しい。
……何を躊躇っているのだろう。
ここで見棄てるだけで、大きなリスクが回避できるのだ。
新しく作られたみんなと一緒に、この地球を守ることができる。
もちろんやることは多いけれど、諦めなければ必ず成功する。
そうして救われた世界で、生きていられる。
ただ。
今のみんなを全員見捨てて、殺して。
少し悲しくて。自分を嫌悪して。
そうして、多くの犠牲を許容して生まれた世界に残る。
だけ。
満足できるだろうか。
きっとしてしまうだろう。
悩んで出した答えなら、後悔はしないだろう。
責任だって、今の自分なら受け入れられる。
だから、間違いではないのだ。
きっと、みんなもわかってくれる。
支えてだって、くれるだろう。
想像してみる。
案外、それは容易だった。
みんなが認めてくれる。
口々に「仕方ない」と、肩を叩いて励ましてくれる。
そんな中で生きていく。
アンナが。
つむぎが。
一彦が。
綾が。
そんな想像がーーーーーー
「……嫌だ」
無意識に、そう口にしていた。
1つだけ。許容できない。
想像した世界。
笑っていなかった。
アンナも、つむぎも、一彦も、綾も。
自分でさえも。
自分が一番欲しいものが、そこにはなかった。
「……駄目だ。僕は一彦を、止められない。止めたくないよ」
あるいは綾なら、正しい決断を下せたのかもしれない。
人の命を犠牲にする決断。
それがどれほどの責任を持つかということを、この立場になって初めて知った。
「こんな事、やりたくないよ」
やりたくない。
少年がそう思うなら、その裏には真逆の意思がある。
「僕らの為に頑張ってくれてる人達を、犠牲にはできないよ」
例え、企画にどれだけの遅れが発生したとしても、それだけは許容できない。
少年が少年である以上、認める訳にはいかない。
『あなたは、やりたいと思う事をみつけなさい。それが、きっと力になるから』
あの言葉を、信じるんだ。
「……みんなを助けよう」
少年は自分の意志で、そう口にした。
悩み抜いて出したその決断。
言ってしまった無責任な言葉。
2人の反応が気になって、少年は顔を上げる。
「言わせちまった感はあるが……そうか。ありがとうな」
「さて、やるわよ! 他でもない指揮者の命令だもの!」
少年が見た2人の顔は、嬉しそうだった。




