20,綺麗事の理由
企画が開始されてから、およそ2年が経過した。
本来の地球なら季節が二周回った頃なのだが、外の世界は相も変わらず凍り付いたまま。
世界はまるで時が止まったようで、ただ隕石という死を待つだけのようだった。
ただ、それを大人しく受け入れるわけではなく。
「テル! 1ヶ月分の作業スケジュールできた?」
「あー、もうちょっとかかるかも。今日中にはなんとか……」
「もうっ、早くしないと作業が空きになる子が出てくるじゃない!」
あわただしく動き続ける姿が、研究室にはあった。
「んなこと言ったってこのソフト、使い方覚えるだけでも時間かかるんだよ」
「あたしの作ったプログラムに文句あるわけ?」
「違うよ! 悔しいけど、僕自身の能力の問題だ」
「だったら、無駄口を叩く暇があるなら手を動かしたら? あたしはあんた発案の研究で忙しいんだから」
「言われなくてもわかってるよ! うるさいなぁ……」
地道な行程を通して、少年達は生存の可能性を模索する。
諦めない姿勢だけは絶対に見せなかった。
「……あのぉ~、輝矢くんっていますか?」
研究室の外から少年呼ぶ声がした。
待っていたのは機械の女の子。一彦の友達だった。
「どうしたの?」
「えーと、指示通りに補給しに帰ってきたんですけど、座っても充電が始まらなくて……どうも調子が悪いみたいなんです」
彼女は遠慮がちに少年を訪ねてきた。
2年という時間が過ぎた今、こんな状況も珍しくは無くなっていた。
一彦の友達は、マシナリーの身体を人数にすると随分増えた。
だが、今の彼は現地で指示をする大事な役割を果たしている。
アンナは少年提案の研究で忙しく、つむぎは研究室から顔を出す事自体が珍しい。
よって必然的に、施設に戻ってきた人の面倒をみるのは、少年の仕事になっていた。
「充電機の不調か……わかった。じゃあ、先に行って待っててくれるかな? キリがついたら必ず、僕も行くから」
「……はいっ! ありがとうございます!」
機械の女の子が嬉しそうに場を離れるのを見送って、少年はアンナに声をかける。
「ということなんだけど、行ってきて良いかな」
「……なんであの子にはそんな優しい対応なのよ。……あたしに対しては適当なクセに」
アンナは不機嫌そうな様子だが、それはいつもの事なので少年は気にしない。
「ある意味、アンナだからこそ適当なんだけどね」
「ふん。……早く行ってきなさいよ。1分1秒が惜しい状況には変わりないんだから、ちゃちゃっと帰ってきなさい」
照れ臭さを隠す様に、アンナは机に向き直る。
「わかった。作業スケジュールは帰ってきたら終わらせるよ」
「……あたしのご飯も作るのも、あんたの仕事なんだから」
「……鬼だなぁ」
何時に寝れるかを想像しながら、少年はため息をつく。
気持ちで負けてはいけないと思い、気合いを入れるように身体に力をいれた。
「行ってくるよ」
後ろを向いたまま手を振るアンナを見ていると、楽な距離感ってこの事なんだろうと、少年は思う。
少年は覚えた通りの手順で、マシナリーの充電台をメンテナンスする。
隣では先程の女の子が、作業の手を横から覗き込んでいる。
「……んー。どうも部品の寿命みたいだ。毎日使ってると消耗が早いみたいだね」
「えっと、治りそうですか?」
「うん、とりあえず新しい部品と交換すれば問題ないと思う」
そう言って少年は、自動作成機で必要な部品の検索をかける。
アンナが作ったこの便利な機械も、2年の内に使い方を覚えた。
データがあればその通りに作成してくれる、なんて便利なものだと今は思う。
ふと、隣の女の子の手を見て、注文を1つ増やした。
「すいません。忙しいのに、迷惑をかけてしまって……」
「あ、いや全然。こういうのは僕の仕事だから、気にしなくてもいいよ」
「えっと……はい」
少しそうやって話していると、部品が完成する。
出来上がった部品と古い部品を取り替えて、蓋をする。
その時に少し指を挟んだりして、笑われた。
「……あの、輝矢さんって、なんでそんなに頑張れるんですか?」
女の子を充電台に座らせる時に、ふと問いかけられた。
なぜそんなことを聞くのかと首を傾げた少年に、女の子は慌てた様子になる。
「その、凄く大変なのに……楽しそうなのが、なんでかなって思って」
「楽しそう? んー……確かに、そうかもね。体力的にしんどいとは思うけど、辛くはないから」
少年は2年間という期間を少し思い出す。
企画が開始してからというもの、あまりのやることの多さに暇を感じた事がない。
データの整理や、追加の研究の発案、スケジュールの決定。それに加えてこういった仕事など、やることを数えるとキリがない。
それでも上手くこなせているのは、やはりというか、捉え方が変わったからだろう。
「……すごいと思います。私なんて疲れるはずなんて無いのに、ダメになっちゃいます」
沈むような声で、機械の女の子は語り出す。
機械の身体だからこそ抱く不安。
少年はその言葉の重さを、少しでも理解してあげたいと思う。
「……ホントはこんな事、言っちゃダメだと思うんです。でも、私は……とっても怖いです。こんなことしたって、無駄なんじゃないかって」
少年にもそれは想像できた。
今、彼女が感じているものは、どうしようもない理不尽から産まれる無力感だ。
「……みんな、すごいと思います。未来の為に頑張るって、はりきって仕事してる。……でもその、みんなが言う未来の中に、私達って、いないじゃないですか」
彼女が機械である以上、その悩みはついてまわる。
自分ではない『本当の自分』のための努力。
いつか生き返るかもしれない『別の自分』のため。
それは、今の彼女自身には戻ってくることのない実感なのだから。
「なんの為に頑張ってるんだろうなって。ときどき、不安になります」
実感の伴わない努力は、苦痛なのだ。
例えば、5年という期間を身を粉にして働いた末に得られる見返りが、本当に何も無いとしたら。
誰でも嫌になるに決まっている。
少年はそう考えると、辛いだろうなと思う。
「……ごめんなさい。輝矢さん達がしていることを否定したい訳じゃ無くて……その」
「ううん。言いたいことは凄くわかるよ。そう考えてしまうのは、むしろ当然じゃないかな」
女の子が、えっという風に驚く。
それもそうだ。彼女自身は、そんな弱い自分を責められると思っていた。
それが返ってきたのは、同情する言葉だったのだから。
「頑張った実感って、凄く大事だと思うよ? だって、それがなきゃ何の為に辛い努力しないといけないのか、わからないもんね」
「あ、あの……」
「でも、だからこそ。考え方を、見る角度を変えてみるのもいいと思う」
少年は戸惑う彼女に対して、優しく諭すように語り出す。
「キミは、何の為に頑張ってる? 建前でもなんでもいいから、思い付くこと言ってみて」
「え、えっと……地球のため、とか……助かりたいから?」
「うん、その目的は間違ってないと思う。でもそれって、きっと『今のキミ』には何にも返ってこないよね。だから、見るところをもっと、身近に置いて欲しいんだ」
何を言っているかわからないという表情で、彼女は少年をみる。
「頑張る理由なんて、以外とそこらに転がってるって僕は思う。例えば、そうだね。僕が言うのもおかしいというか、偉そうな話かもしれないけど……」
少年は彼女の手をとる。
その手は、辛い労働でついた傷でボロボロだった。
「キミがこんなになるまで、本気で働いてくれてる。それだけで僕は、嬉しいって感じるよ」
過度な力仕事を想像させる彼女の手を見て、少年は正直にそう思う。
少年の企画を信じて働いてくれているからこそ産まれるもの。
この傷は、間違いなく彼女の頑張りの証だ。
「それに……柏田さん、だったよね」
「……は、はい」
「ここで働いてるとね、結構いろんな話を聞くんだよ。柏田さんはどんな仕事も元気に、声を出して頑張ってるって。それを見てると頑張らないとって、思うんだってさ」
「え、えぇ? それ、本当ですか?」
疑う様子の彼女に、少年は頷く。
「もちろん、それは僕も思う。そんな風に嬉しい話が聞けたら、もっと頑張らないとって、そう思うよ?」
「で、でも私、そんなつもりじゃ……ただ、そうでもしないと続かないっていうか……」
「だとしても、キミが与えてる影響っていうのは、良いものだと思うな」
彼女は無理にでも元気に働くことで、自分を奮い立たせている。
それを彼女の美点と言わずして、なにを良いというのか。
「僕はね、僕の周りの人達、全員の助けになりたくて頑張ってるんだ。それが少しでも助けになったら嬉しいと思うし、もう少し無理してでもやりたいって思えるんだ」
だからこそ、彼女の頑張りは嬉しい。
例え迷いながらでも、ついてきてくれるというのは、少年の後押しになるのだ。
「小さな事かもしれないけど、頑張る理由ってそんなもので良いと思う。周りの為に頑張って、それで何かが届くなら。悪くないと思わない?」
彼女は、少年の言葉を噛み砕くように、思考を巡らせる。
やがて理解したように、小さく頷いた。
「なんというか、輝矢さんってお人よしですね。言ってること綺麗過ぎて、私そんな風に考えられないなぁ」
「そうだね、よく言われる。でも、キミに相談を持ちかけられて、真面目に向き合わないとって思ったんだ」
「はい、参考になりました。ありがとうございます」
視点を変えてみる。
少年のような綺麗な動機はないけれど、無駄じゃないということだけはわかった。
そう考えた彼女は、決心が決まったように充電台に深く座り直す。
これから短い充電と睡眠の後、また外で働くのだ。
「あっ、あの! 寝る前に1つだけ!」
「? なにかな?」
彼女は充電の前に少年にストップをかけた。
「寝てしまったら、お礼言えないと思って……その、腕の事、ありがとうございます」
「……うん、どうも」
少しだけ驚き、お休み、とそう言って少年は充電台を起動する。
先程までわたわたしていた彼女の首がカクリと力を失って、休眠モードに入った。
「……まぁ、隠しておくつもりはなかったんだけどね」
自動作成機から、行程完了の音が鳴った。
出てきたのは、たった今完成したばかりの彼女腕。
傷だらけのままでは可哀想だと、新しいものを発注していた。
彼女のボロボロの腕を外し、新調したものを取り付ける。
少年が先程のメンテナンスで挟んだ指は、もう赤みがひいている。
だが、機械の身体はこうはいかないのだ。
「みんな頑張ってくれるなら、僕だって……」
これが少しでも助けになるなら、そう思って作業をしていた。
「……ふむ、律儀なものだな」
入り口付近から、しばらくぶりに聞く声がした。
前回帰ってきてから3ヶ月だろうか、随分と外で作業をしていたのだろう。
「お帰りなさい、綾さん」
「あぁ、元気そうだな。少年」
先程まで外に出ていたのか、帰って来たばかりの綾の鼻先は赤かった。
リビングで、少年はカップスープを綾に手渡す。
「とりあえずコレ、暖まりますよ」
「助かる。外は火も凍るような寒さだったからな、暖かいものを飲むのも難しかった」
よほど嬉しかったのか、綾はろくに冷まさずに飲もうとした。
もちろん、やけどした。
その様子を見ながら少年は、綾の作業の進捗が気になった。
「どうですか、外の方は」
「ふむ……進行具合でいうなら、3割といったところか。ひとまず、一段落ついたところだ」
彼女は外に出向き、いろいろな場所で保管されているはずの高性能推進力発生装置の点検を行っている。
その数は100。残り2年と少しで7割を点検しなければならない計算になる。
「そうですか。……3割かぁ」
「まぁそう悲観するものではないぞ、少年。始めなんて1台の修繕に半年かかったんだ。馴れれば案外できるものさ」
堂々とそう言い切る彼女には、それだけ説得力もあった。
それより、と彼女は話を変える。
「これから、少し時間があるか」
「んー、正直なところ忙しいです。やることいろいろ残って……」
「なら、指導者命令だ。付き合え」
そんな勝手なという少年の視線は、うむを言わせない綾の雰囲気には通用しない。
彼女は座ったソファの後ろから一本、重そうなビンを引き出した。
「……なんですか、それ」
「世が世なら、一生口にすることの無いような一本だ。丁度、今日少年は成人だったな?」
「一応そうですけど。なんで知ってるんですか」
「だいたいなんでも知っているのがお姉さんの魅力だと言っただろう。ほら、入れ物持ってこい」
コップを要求されて、仕方なしに少年は二人分の入れ物を持っていく。
自分の分は、少し小さい物にした。
「空きっ腹に飲むと、胃をやりますよ」
「問題ない。保存食もバカにはできんぐらいには酒にあうものだ」
そういって魚の缶詰などを取り出す。
お酒といい保存食といい、外では綾も、案外自由に動いているようだ。
少年が対面に座ると、綾はコップになみなみとお酒をついだ。
「とりあえず。ほれ、乾杯」
「……僕、飲んだこと無いんですけどね」
そう言って少しだけ口に含む。
匂いとかそういうものが、いつも口にする物とは根本的に異なっていた。
喉か熱を持ったまま治らない。
「……苦い」
「ハハっ、少年もまだまだ子供いうことだな。……それにしても、これは旨い」
「僕はそっちの魚の方がよっぽど美味しいです」
口に残る苦みのせいか、無駄に味の濃い缶詰魚が美味しく感じられた。
お酒のおかげでそう思えるなら、案外飲むというのも悪くないかもしれない。
「……近況、聞かせてもらえるか」
「えぇ。ざっくりとですけど、3ヶ月分の作業量について話します」
少年は綾が留守にしていた間にあった出来事を話す。
といっても内容は前の報告から変わらず、一彦達マシナリー組が持ってきた地質データから最適な爆破地点を計測している段階だ。
大部分を語りきったころには、少年のコップは空になっていた。
「……っとまぁ、こんな感じです。爆弾設置はもしものことを考えて、最後に回してます」
「ふむ、予定を前後しているが許容範囲か。2年経った今でも人格崩壊を起こした個体がいないというのは、大きいな」
企画がスタートしてから随分と時が過ぎたが、未だに故障者はいない。
みんなが頑張ってくれているのか、一彦の存在があるからなのか。
どちらにしても、ありがたい事だ。
「……逆に、好調だから予定通りであるとも言えます。このままいけば大丈夫と、安心するのは早いですね。実際、悩み相談なんてものも、ここ最近増えましたし」
「だろうな。だが今日のお前の対応を見ていると、心配も杞憂に思えるがな」
綾がコップの中身を一気にあおる。
動作そのものが、なんだか大人っぽく見えた。
「……綾さん」
なんとなく、そんな綾に聞きたいことができた。
「なんだ、少年。相談事か」
「まぁそんなとこです」
「フフッ、1度はカウンセリングを断られたというのに。随分と素直になったものだ。……何が聞きたい?」
コップを上から掴むようにして中身を混ぜる綾。
こころなしか、嬉しそうに見えなくもない。
「そんな大層なことでも無いんですけどね。
僕って、本当にみんなの為に頑張れてるのかって思うんです」
綾にしたのは、ちょっとした質問だった。
さらっと言ってしまった割に、いろいろな考えが混ざっていたような気がしてならない。
誤魔化すように、綾がついだ酒を飲み干した。
「今日もそうです。綺麗事を並べ立てて、腕を治してあげて。本当は、しっかり働いて欲しいっていう理由なのに。それが……」
「ふむ、なるほどな。過剰に善人と見られるのが嫌なのだな、少年は」
綾の言葉は的を射ている。
少年は私欲を優先している自分が、表側は良識者と思われているのが不安なのだ。
「……私のところにも、補給を済ませた者から評判は届いている。少しだが、帰る度に何処か治してもらえる、なんて話だ」
噂になるほどだったとは思わず、少年は少し驚く。
「私から……第3者からの視点では、良いことだと思うがな」
「どうして、そう思います」
「少なくとも、誰の気分を害した訳ではないだろう。害意が有るわけでもなし。だったらやってることも正しいと見られるべきだ」
「……そんなものですかね」
「人の扱いでいうなら、私の方がよっぽど罪に問われるべきだと思うがな」
ニヤリと笑う綾をみて、少年も少し笑う。
最近は彼女の自虐も、軽く受け流すくらいには考え方に違いが出た。
それでもまだ曇ったままの何かが、胸のなかを漂っている。
「まだ、納得がいっていないようだな」
「……はい」
少年のその反応をみて、綾は少しだけ真剣さを込めて話す。
「そうだな……少年、お前は自分の行動の理由を考えた事があるか?」
「理由、ですか。それは……やりたい、やらなきゃって思ったからとかじゃないですか」
「ふむ、まぁ大概はそんなところだろう。人は、そういった根本的なもので自分の行動を決定する。行動原理というものだ」
それはわかる、と少年は頷く。
わからないのは「やりたい」と「やらなきゃ」のどちらなのか、ということだ。
「何でも知っている私と言えど、残念ながらその答えだけは持ち合わせていない。少年の気持ちがわかるのは、少年以外には居ない」
「……それは、そうですよね」
聞いても仕方ない事だとは思っていた。
それでも、何かはっきり線を引く規準があるならと思ったのだ。
そう思って落胆する少年に綾は、だが、と切り出した。
「どちらか、と割りきる必要はないのでないか、私はそう思う」
「……割りきる必要が、ない?」
「そうだ。何も理由が1つである必要はないだろう」
コイツだ、と綾は自分のコップを指して言う。
そこには先程注がれたお酒が、なみなみと入っている。
「私が『飲みたい』という理由だけで行動を起こすなら、この場で少年と向かいあっている必要はないはずだ。だが、そうなっている理由は他に『楽しみたい』という願望があるからだろう?」
「……それで今迷惑してるの、僕なんですけどね」
そう言いながらも、少年は納得させられていた。
同時に、少し許されているような気にもなった。
「元来、人というものは自分の思いもしない行動を取れないものだ。だから少年のその行動は、そういった幾つかの願望を満たすために産まれた合理的なものと考えるべきだろう」
機械の女の子の腕を見たとき、自分はどう思っただろうか。
『もっと働いて欲しい』だろうか。
『治してあげたい』だろうか。
あるいは、もっといろんな思いがあったのだろうか。
「……僕、わがままなんですかね」
「ああ、そうだな。だが、欲張りであることを、私は悪いことだとは思わない。得たいもの、やりたいことがあるなら全てやってしまえばいい。活力がそこから得られる以上、それは大事なものだ」
「全部、かぁ」
綾のその言葉は、理想的なものに思える。
自分もそんな風に居られたら、そう考えてしまう。
「悪いな、少し私見も入ってしまった。話半分に聞き流してくれて構わない」
「いえ、随分いろいろと受け入れられそうな気がしました。今の言葉、もう少し考えてみようと思います」
「……そうか。では、悩むがいい。それは決して悪いことではないのだからな」
少年は自分のやりたいことを思い出す。
みんなで未来を勝ち取るということ。
アンナと一緒に研究をしたい。
一彦と、その友達を助けてあげたい。
そして、自分を支えてくれた。
つむぎのことを支えてあげたい。
「残念ながら、私が少年の為にしてやれることは少ない。だが、相談事くらいならいくらでも聞いてやる」
「……ええ、頼りにさせてもらいます」
二人はそれから、他愛のない話をした。
どうでもいいことから、多少愚痴になるような事まで。
蓋をしていたものがゆるゆると溢れるように。
ふと少年は、とろけるような眠気を感じた。
気がつけば随分と飲んでいたようだった。
「……ん……?」
最後の方は、何を言っていたか覚えていない。
「ふむ。ようやく眠ったか」
綾は一息ついた後、のこり1杯だけになったお酒を飲み干した。
入れ物は途中でいつの間にか入れ替わっており、最後の方では、綾は少年側にあったはずの小さいコップで飲んでいた。
「さて、こんなものでいいか? アンナ」
綾は、半開きになっていたドアに話かける。
部屋に入ってきた少女は、持ってきた布団を少年に被せた。
その手つきは雑な割に、随分と優しかった。
「……不満か?」
「ううん。……ただ、途中からアタシの愚痴ばっかりで、ちょっとイラッとした」
「それは仕方のない事だ。一緒にいる時間が長いほど、相手に完璧を求めたくなるものだからな」
「……まぁ、そうよね」
アンナは小さく頷いて、少年の髪を撫でる。
誕生日すら睡眠時間削ろうとする少年が、アンナは心配だった。
だから、綾を呼び戻してでも今日だけは寝てほしかったのだ。
「それにしても、お前ら二人は本当に面倒だな」
「……だってテル、アタシの前じゃ強がるし。どうにもならないじゃない」
「許してやれ、男というものはそういうモノだ。少年だって意地を張りたい時もあるだろう」
綾が少年を飲み誘ったのには、理由が複数あった。
ひとつは、自分の休息の為。
そしてもうひとつは、少年のガス抜きをアンナに頼まれたからだ。
「……まったく、これだけ好かれ、愛されているというのに。早く少年は、悩むだけ無駄なのだと気付くべきだな」
「……ほんとよ。バカなんだから」
そう言いながら頬を緩ませるアンナを見ながら、綾はコップを片付ける。
この時間、綾にもなかなか貴重な時間であったようにも思えた。
綾は眠った少年に語るように話しかける。
「行動には、それに伴う理由がある。それは1つではなく、それぞれが入り交じった望みの塊みたいなものだ」
アンナが綾に、少年の息抜きを頼んだように。
また、それに綾が応じようと思ったように。
「重ねた思いが多ければ良いとは言わんが……その1つ1つを構成するものが、人の思いに溢れているものなら。それがましてや、綺麗事ばかりだったとしても……」
いいや、むしろ。だからこそ。
「私はそれを、とても美しいものだと、そう思う」
ーーーそれは、とても尊いものなのだから。
次に少年が目を覚ましたのは、翌日の午後1時。
彼の溜め込んだ仕事が綺麗に無くなっていた。
その理由が容易に想像できた少年は、当の本人が既に外に行ってしまった事を知り。
なんともいえない、妙な嬉しさに包まれていた。




