19,それぞれの決意
「みんな、俺の友達だ」
少年とアンナは、突然の光景に驚きを隠せない。
そこにあるのは、数え切れないほどのマシナリーの体。
「とりあえず、一人一人紹介してくか。その方が覚えやすいだろうしな」
一彦は、二人が目の前の光景を理解できない内に、それぞれの紹介を始めた。
「この一番前の奴は正信って名前だ。同期でバスケ部、リーダー気質のいい奴だ。んで、コイツが加奈子。俺の部活のマネージャーだな。気さくでみんなを奮い立たせるのが上手かった。で、コイツが……」
「ちょ、ちょっと待って一彦! アタシの理解が追い付かない!」
アンナは一彦に待ったをかける。
少年も、突然のこの状況に説明が欲しかった。
「とりあえず聞くけど……この子たちは全員、アンタが?」
「おう。一人一人、俺の家の近所から連れてきて……っと、そうか」
説明足らずであることを理解した一彦は、なるべくわかりやすいように説明する。
一彦は、指示された資源回収の仕事とは別に行動を起こしていた。
それは『友達を機械化』することだった。
「もう人格インストールは済んでる。充電さえしちまえば、目覚めるだろな」
「……いつから、こんな事してたのよ」
「俺がマシナリーとして目覚めてすぐだ。お前に予備バッテリーの携帯が認められてからは、特に集中してやってた」
「……あのさ、アタシ言ってたわよね。稼働したての時は初期不良が起きやすいから無理しないでって」
アンナは露骨に不機嫌さを声に含ませる。
「けどよ、結果的に無駄じゃなかっただろ?」
「……ええ。アンタの友達ってことならコミュニケーションもとりやすいし、人格的にも頼れる人でしょうから。正直、めちゃくちゃ助かったとも思ってるんだけど。
……ほんと、癪に触るわ。なんでアタシの周りの人間は、こうも自分の身の安全に無頓着なのかしら」
それからブツブツと独り言を始め自分の世界に入ったアンナを横目に、少年は一彦に話しかける。
「凄いよ一彦。いや、もちろん集めてきただけじゃなくて。複製までやって、一彦が頭良いなんて知らなかったよ」
「ん? いや、違う違う。俺のココにな、マニュアルだっけ? それがあったから読んだだけだ。なんせ自分の事みたいなもんだからな」
一彦は機械の頭部を指差して言う。
「まぁ、それでもわかんねぇとこは、施設のデータベースに直接接続して引っ張り出したんだけどな」
「それでも凄いよ一彦。僕にそんな行動力無いもん」
「ま、それも俺の取り柄だ」
少年はそう言いながらも、いくつか疑問があった。
その煮えきらない様子見た一彦は、先を促す。
「なんでも聞いてくれ、輝矢。いろいろ、気になることがあるんだろ」
「……うん。何個かあるよ」
少し躊躇うように、少年は尋ねる。
「なんで、こんなことしたのかなって。あ、いや、悪いことしたって訳じゃなくて、むしろ助かってるんだけど……
ただ、理由がわからなくて。なんでみんなの体を作ったのかも、なんでそれを隠してたのかも」
遠慮がちに聞いてくる少年を前に、一彦は少し笑った。
不思議そうにその様子を見る少年に、一彦は答える。
「コイツらは俺の友達だって言っただろ? そんで、コイツらみんなつむぎの友達でもあるわけだ」
自宅に居るとき以外一彦にペッタリと着いてくるつむぎは、当然、一彦の周りにいる友達とも馴染んだ。
つまり、一彦の友達は、つむぎの友達でもある。
交友関係の数で言うなら、一彦とつむぎは大差ないのだ。
『……大丈夫だ、助けてやる。お前も、お前の友達も、全部』
つまり、なんとかしてやらないといけない訳で。
「約束しちまったんだよな、つむぎと。だから、会わせてやりたかった……んだが、どうにもビビっちまった」
一彦は自分の手をぐっと握る。
それは1度ボロボロに壊れて、アンナに取り替えて貰ったものだった。
激しい労働のせいか、取り替えた頃よりもかなり劣化しているのがわかる。
「この体が、こんな辛いもんだとは思って無かったんだ。だからもしコイツらを起動しちまったら、俺みたいに辛い思いして、壊れるやつが出てくるんじゃねぇかって。
そしたら、つむぎだって傷つくかもしれねぇ」
助けた相手が目の前で壊れる。それがもし、自分の研究の結果だとしたら。
あの優しい少女なら、間違いなく自分を責めるだろう。
「どうせ人の手が足りなくなるのは分かってたんだ。いざ必要になった時のためにと思って回収してたんだけどな。……死にそうになったあの時から、俺はどうしたらいいかわからなくなった。だから、隠してた」
少年は合点がいった様子で頷く。一彦なりの葛藤があった。それだけで充分だった。
一彦はそれを見て、少年に笑いかけた。
「ま、今のお前を見てて間違ってるって気付いたんだけどな」
「……? どういうこと?」
「みんな、ずっと弱いままじゃないって思わされたんだよ」
一彦は今まで、ただ守っているだけで良いと思っていた。だが少年の成長を見て、考え方を改めたのだ。
「『手伝ってやる』って、そう言ってやればよかったんだな」
人は、転ばなければ強くなれない。
そんな大事なことを、一彦は忘れていた。
「……俺な、人に嫌われんの苦手なんだよ。だから人の顔色伺って、人の苦労とか全部背負って、当たり障りないこと言って誤魔化してきた」
ゆえに人の強さを気付くことができなかった。
それが、一彦の本質であり、弱さだった。
「……俺も、強くならないと駄目だ。だからよ、輝矢」
一呼吸。たっぷりとその時間を使い。
「俺に、いや、俺達に。お前の背負おうとしてるもの、任せてくれねぇか!?」
少年に向かって深く頭を下げて、一彦は言った。
「俺は、コイツらに言ってやらなくちゃならねぇ。『守りたいものは、全部自分で守れ』って。『支えてやるから』って、伝えなくちゃならねぇ!! だから、抱えてる辛いもん全部、俺達に預けてくれ!!」
そう言いながら、一彦は思っていた。
それだけではなく自分もまた、成長しなければならないのだと。
人と本当の意味で向き合う覚悟が必要なのだ、と。
「……うん、分かった、任せるよ。一彦と、みんなに」
少年は、一彦のその覚悟に全てを任せることにした。
きっと彼はうまく成し遂げてくれる。
今の一彦には、その信頼があった。
「きっとみんな、辛い思いをすると思う。けど、一番その気持ちを分かってあげられるのは一彦だと思う。だから、お願いするよ。僕、いや、僕達を助けて欲しい」
「……おう、任せろ! 俺は必ずやってみせる!」
晴れやかな表情で、一彦はそう答えた。
その表情には一切の悩みを感じさせはしない。
剥き出しの本質が、彼の強さを強調するようだった。
その様子を傍観していた綾は、この場の人間に問いかけた。
「話は終わったようだな?」
「……そうですね。話は、さっきの通りです」
「うむ、実に綺麗にハマったものだ。私も嬉しく思う」
そう言って綾はいつものように、フッと笑う。
だが、目はまるで保護者であるかのように優しかった。
……本当は心配してくれていただろうか。
そう思えるほど、だった。
「それでは、これからの話を進めよう。まずは、役割分担についてだが……その前に」
綾は一彦の方を見て、尋ねる。
「一彦、お前の友達に農業、酪農の心得を持つ者はいるか?」
「ん? あぁ、丁度いるぜ? 農学部で、実家が農家のやつが」
「では、最優先で電源をまわせ。私はこの会議が終わり次第、そいつに仕事を押し付けることにする」
その言葉に、アンナは嬉しそうな反応をする。
「……え、綾ねえ! もしかして!?」
「あぁ。私も研究者の端くれだ。参加させてもらうとしよう」
「やった!! 綾ねえと一緒に研究できるんだ!!」
アンナは跳び跳ねるように喜んだ。
少年もその言葉には驚いた。
いつもの綾から、指導者の立ち位置を変えるつもりはないというイメージを持っていたからだ。
「なんだ少年。なにか不満があるのか?」
「い、いえ。ただ、少し驚いてしまって。ということは、アンナのいう通り、一緒に研究することになるんですか?」
「そうだ……と、言いたいところだが、私にはやることがある。この企画を成すには必要なことだ。もはや確定事項だが……」
綾はそう言って、ある資料を持ち出した。
それは、少年の母親が作った『高性能推進力発生装置』の仕様書だった。
「合計100台。これら全てが正常に動作するか、確める必要がある。一台たりとも初期不良を出してはならないからな」
確かに、それは必要な事だ。
万が一、1つでも想定通り動かなければ全ての計画が破綻するほど、大切な行程であるには違いない。
「……そうですね。でも、それを綾さんがやる必要あるんですか? 一彦の友達にちょっと機械に詳しい人がいたら、外で作業してもらった方がいいと思うんですけど」
「それは厳しいだろう。アンナ、この仕様書に目を通したか?」
「……ええ。正直、中身が複雑過ぎて、まだ全部把握しきれてないわ」
そう言って、アンナは苦い顔をする。
少年はアンナならわかると思っていただけに、驚きだった。
「テルの研究が優先だから、好奇心半分で少ししか読んでないけど、かなり難解なように感じたわね」
「アンナでも……理解するのそんなに難しいものなんだ」
「一日中読み続けて、1週間……いえ、10日はかかるわ。それでアタシも分かるようになると思う」
「だそうだ。つまり、現状この内部構造を理解しているのは、『半年以上理解しようと読み続けた』私一人、ということになる」
綾は、同じような資料をもう1つ取り出す。そちらの方は、ひどく擦りきれていた。
何度も繰り返し読まれた形跡がうかがえた。
それは、少年の母親に渡された資料に含まれていた内容だった。
「少年。なぜ、この装置が100台それぞれバラバラな場所に保管されているか、わかるか?」
「それは……いろいろな工場で作られたから、じゃないですか? 数が数ですから」
「その通り。この装置は、お前の母親によって設計され、他の研究所によって別々に作られたものだ。
今頃、完成させた各研究所の職員が、その場で凍結処理されているだろう」
少年はその状況を想像した。
いわばこれは、あらゆる研究者の残してくれた希望だ。
そのありがたみを、今になって理解した。
「……いろんな人が、手伝ってくれたんですね」
「あぁ。だがその際、私にもこの仕様書が渡されたのだが……内容が難解過ぎた。いくつかの研究所からは、完成報告が上がってきていない。
だから私は近日中に、急いで外に出なくてはならない」
「綾ねぇ、そんなの無茶よ! アタシも手伝うから!!」
アンナは声を上げて訴える。
ある意味彼女の反応は当然の事でもある。
各地にある、手におえるかもわからない推進力発生機、100台の点検と開発引き継ぎ。
あまり仕事量に無理を感じたアンナはそう言ったが、綾は首を横に振った。
「却下だ。私も5年でどこまで出来るか分からないが、お前にはもっと時間が無いはずだ。人形達が得てきた地質データの解析もそうだが、その他の研究に関しても、頼れるのはお前しかいない」
「それでも、綾ねぇが辛いじゃない! 外はあんなに寒いのに!!」
「辛いだけで、死にはしないさ。無理をしない程度に戻ってくるから安心しろ。……それにな」
綾の目に、しっかりとしたものが灯っていた。
「せっかくの『私にしか出来ない』仕事だ。奪わないでくれ」
少年は、その言葉に何か重いものが含まれているのを感じた。
アンナもその意志の強さに、なにも言えなくなった。
「……私がここにいる時間も、恐らくは少なくなるだろう。5年のうち何日居れるか。いろいろ心配ではあるがな……お前らの食生活、生活リズムを管理する者が居なくなるわけだからな」
「……そんなの、心配されなくても何とかするわよ。いつまでも子供扱いしなくてもいいわ」
「ふむ、そうだな。では任せるとしよう」
綾は、そうして全員に向き直った。
「では、各自の役割について、もう一度確認するぞ」
そう言って、一人一人、ポジションが決められる。
まず、アンナだ。
「人形達が持ってくる地質データの解析と、必要に応じた追加の研究を任せる。この企画の主軸になるのはお前だ。体を壊さないよう、充分に注意しろ」
次は、一彦。
「お前は、機械人形のリーダーとして、纏め役を任せる。全員の面倒をみろとは言わんが、なるべく故障者を出すな。それと、まだ人員が足りないようなら、追加しても構わん。ここにある10年分のエネルギーを、5年で使いきってみせろ」
そして、輝矢。
「この企画、詰められてはいるものの、想定外の事態が起きる可能性は充分にある。その都度、お前の発想力でなんとかしろ。あとは、二人の補助を頼む。つむぎが無理をしないように監視するのも忘れるな」
それぞれの役割がはっきりした状態で、綾は姿勢を正した。
「これは最終決定だ。以後、各自は役割を全うするように。
だが、決して失敗は許されない。
つむぎの手を借りないと決めた以上、一人でも失敗するということは、人類そのものを殺す事だと肝に命じろ」
綾は全員の顔を眺め、そう断言した。
少年は唾を深く飲み込む。
今から、全てが始まる。これからは、引き返すことはない。
たとえ間違っていても、もう後戻りは出来ないのだから。
だからこの企画で、可能な限り最善の結果を残すのだ。
「それでは、始めるとしようか。この研究を、人類最後の研究にしない為に。全員で未来を勝ち取ってみせよう」
白衣を翻してそう言う綾を前に。
それぞれは違う想いで決意を新たにしていた。
少年は、みんなとの約束を守るために。
機械青年は、全員の支えになるために。
天体少女は、これから始まる研究の日々に想いを巡らせながら。
そして、この場を覗き見るように立っていた、無口な少女も、また……
ーーーーーーーーーーーーーー
「……アヤ」
その日の夜。
「……どうだ。少しは、落ち着いたか」
「……うん」
あれから、何度か泣いた。
『約束しちまったんだよな、つむぎと。だから、会わせてやりたかった』
嬉しくて。
「僕が望むのは……成りたいと思うのは、問題を解決して、みんなとの約束を守ることなんだ」
嬉しくて。
『守りたいものは、全部自分で守れ』
『支えてやるから』
そして、悔しくて。
「……わたし、ね」
つむぎの中で、何かが灯った。
それは、ちょっとやそっとじゃ消えはしない。
「……やりたいこと、……あるっ」
ーーー決意だった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
物語に一区切りがついたという事で、現在(5月16日)過去の物語と今の物語で、文章力や原稿の違いが顕著になってきた為、物語に支障のない程度に改稿しようと考えています。
なるべく早くに次を投稿できるよう、頑張ります。
※6月16日、全ての話において改稿が終了しました。次話の作成に取りかかっておりますので、よろしくお願いいたします。




