17,企画
「……い……カズ……コ」
涙混じりの声が、一彦の意識の端で聞こえた。
おかしいな、と思った。ついさっきまで、学校の授業を受けていたはずなのに。
真っ暗な中で、自分の名前を呼ぶ声が聞こえたのだ。
(……そうか、校舎、潰れちまったのか)
しばらく考えて、一彦は自分の置かれた環境を正しく認識した。
原因不明、突然の爆風と衝撃波によって崩壊した校舎。
自分達は運よく、瓦礫との間にできた空間の中にいるようだった。
「……お願い…けて…カズヒコ」
目の前の少女は、必死に青年の名前を呼ぶ。
一彦はそれを見ながら、自分のこみかみの部分に手を触れた。
ぬめりとした感触。生々しい鉄の匂い。
自分が助からないのだと理解するのには、時間はいらなかった。
「……お願い……お願い」
少女には目立った怪我はなく、擦り傷がいくつかの箇所にある程度。
上手く庇えたことに安堵すると同時に、体から命が抜けていく感覚がした。
流れ出す血は、止めようが無い。
(……こりゃ駄目だな)
意思に反して満足に動こうとしない体が、自分の無力を感じさせる。
もっとも動いたところで、生き埋めになった今を打開できるとは到底思えないのだが。
「……助けて……カズヒコ」
(……っ!?)
感情に痺れが走った。
動かない体に反して、自分は諦めが悪かったらしい。
(……なにが、駄目だよ)
目の前で悲しんでいる少女がいて、なにもしてやれないなんて。
……自分らしくない。自分じゃない。
「……つ……むぎ」
「……! カズヒコ!」
まだ、声なら出る。
動かない体がもどかしい。いっそ、別の体があれば。
そんな夢みたいなことを考えてしまう程には、精神的に追い詰められていた。
「……諦め…るな、つむぎ」
「……」
黙って自分の手を握る少女に語るのは。
覚悟なのか、夢なのか。
それとも、ただの妄想なのか。
「……大丈夫だ、助けてやる。お前も、お前の友達も、全部」
その言葉を最後に、一彦の意識が揺らめく。
真っ暗な、深さのわからない眠りにつこうとしている中で。
「……信じろ……絶対に」
「……うんっ」
自分は何がしたかったのだろうか。
こんな気休めの嘘までついて、意味があったのだろうか。
「……助け……る」
救えて、ないじゃないか。
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「……よし、準備できたよね」
「えぇ。これなら充分、綾ねえにも伝わると思うわ」
少年達は作製した資料を見て、ふうと息をついた。
先日の一件から、二人で意見を共有して作ったこれからの企画案だった。
「……本当に、大丈夫かな」
「テル、不安?」
「……うん。すごく」
実際にこうして形になることで、なんとも言えないもの不安がこみ上げてくる。
確かに自分は、最善の選択肢を組み上げたはずだ。
それなのに、何度も読み返して完成だと思っていても、まだ不完全かもしれないという不安がある。
「……しっかりしなさいよ。あんたの企画、あたしも一緒に考えたんだから。自信持ちなさい」
「そんなこと言っといて、アンナも怖いの?」
アンナは少年の手をとったが、その手もまた震えていた。
「うるさいわね……今になって言うのおかしいかもしれないけど、この企画、あたしはやっぱり賛成したくない」
少年の目を、彼女は真っ直ぐ見つめる。
その様子からは、少年を心配していることが伝わってくる。
「……何度も言ったかも知れないけど、これが最善なんだ」
「でも、これじゃテルの負担が大きすぎる。それに、実際どうなるかわからないのよ?」
「なら、僕はなおさらアンナにはやってほしくないかな」
「あんた、またそんなことを……」
食い下がるアンナの肩をつかんで、少年は言う。
「これはね、僕のわがままなんだよ。つむぎの手を借りたくないっていう。だからアンナに協力してもらうことはあっても、危険な目にあって欲しくない。僕が、嫌なんだ」
「……そんなの、アタシだって一緒よ。あんたに無理してほしくない」
「気持ちは嬉しいよ。けどこの計画を実行するには、アンナの頭は良すぎるから」
「……」
少年がそう言うと、アンナは口を閉じた。
企画案通りなら、この役目は少年でなければならないのだ。
「大丈夫、僕のことなら心配いらないよ」
「……根拠もないこと言わないでよ」
「無いわけじゃないよ?」
少年は自信を持って言った。
「僕はもう、自分のやりたいことを見つけたから」
その時の少年は、とてもいい顔をしているようにアンナは思った。
少年はアンナと一緒に、綾が来るのを待つ。
企画内容が認められるように、彼女を説得する為だった。
「……ふむ、少年。なかなかいい目をしているじゃないか。まるで人が変わったようだ」
リビングとして使っている部屋に来た綾は、少年を見て言った。
「綾さんに、僕達が考えた企画案を見てもらおうと思って。内容が内容なので、実行する前に、綾さんに許可を頂きたいんです」
これをと、少年は作成した企画書を渡す。
受け取った綾は、少年と隣にいるアンナに目をやって、フッと笑った。
「アンナ、今回の報告書は充実しているようだな」
「ええ。あたしが嫉妬するくらい、テルが本気だったもの。次から次に研究案を持ってくるものだから」
少年が溜め込んだ研究案は、アンナにとってどれもが一考の余地があるものだった。
実現可能か、そうでないかの微妙なラインにあるものがほとんどで、時間をかけて吟味しなければならなかった。
そんな議論を企画が纏まるまで延々、繰り返した。
「……まるで100人と話してるみたいだったわよ」
「なるほど、わかった。しっかりと読ませてもらおう」
綾は近くのソファーに深く座って読み始める。
そして少し目を通すと、気がついたように綾は言った。
「これは、一彦にも聞いてもらうべきだな。……丁度この近辺を探索しているようだ。呼んできてくれないか、アンナ」
「わかったわ、綾ねえ」
アンナが一彦を連れてくるまでの時間で、綾は企画書を読む。
1度、2度と、読み終わっても重ねて読み返した。
「……ふむ」
どこか疑うようなその様子を、少年は緊張しながら見ていた。
今すぐに破り捨てられてもおかしくない、そう思いながら。
「……輝矢少年。これは、少年が考えたのか」
企画書からチラと目を移すように、綾は少年を見据えた。
「はい。大部分の道筋は」
「……そうか」
そしてまた、フッと笑う。
「……似ているな。やり方が」
少年は綾のこぼしたその一言が、とても気になった。
「それって……どういう……」
「綾ねぇ、一彦連れてきたわよ」
「おう、帰って来たぜ。 なんか重大発表らしいな?」
帰って来たばかりの一彦は、軽いノリでそんなことを言った。
なんとなく尋ねるタイミングを逃した少年は、口を閉じる。
二人が帰って来たことを確認した綾は、立ち上がった。
「では、これより会議を始めるとしよう。……だが、その前に聞いておこうか」
綾は、少年とアンナの二人を見ながら問う。
「これは、冗談で言っている訳では無いんだな?」
「……はい。少なくとも、僕とアンナは」
少年は真面目にそう答える。
それほどまでに、馬鹿みたいな内容なのだから。
「僕はこの地球を、破壊しようと思います」
少年の言葉に、事情を知らない一彦だけが驚く。
「……え、どういう事だよ。地球を破壊するって」
少年は一彦に分かりやすく伝わるよう、説明を加えた。
「破壊、というより、切り離すって言った方がいいかもしれないね。現在の地球の歪んだ形状を利用して、意味のある地上だけを空に飛ばすんだ。それで、隕石群をかわそうと思う。丁度、母さんの作った高性能な推進力機が有るからね」
物質は大きく重たいものほど、大きな重力を持つ。
なら、その特性を利用して、自分達のいない、より重力の強い地上へと隕石を流し落としてやればいい。
これが、少年が考えた隕石の回避方法だった。
「想像つきにくいんだが、つまりどういうことだ?」
「そうだね……僕たちが月みたく地球の周りを回るって言ったらわかる?」
「あー、なんとなく理解した。けど仮にできたとして、そんなことで何とかなるのか?」
「そこは、アンナ次第というか。できるって言ってたから」
そう言って、少年はアンナに目をやった。
彼女は腰に手を当てて自信を持って答える。
「あたしが推進力機の制御部分を担当するんだから、何とかしてみせるわ。とりあえず、物理的な観点でいうなら、可能な範囲よ。他にいろいろ出てきた企画よりも、何倍も現実的なんだから」
「へぇー。あんたがそう言うなら、多分そうなんだろうな」
アンナの言葉に、一彦は納得したように腕を組んだ。
その一連の流れを見ていた綾は、またフッと笑った。
「面白い。守りたいものを守るために、その対象を破壊するか。なんとも矛盾しているが、手段はともかく目的は変わらないというわけだな。……続けてくれ」
綾は先の説明を促す。聞きたいことは有るが、と言わんばかりのその態度を、少年は汲み取った。
そのために、綾には先に企画書を渡したのだから。
「……そうだね。丁度いいから、名前を月にしようか。その月を、4つほど作ろうと思う。小さくしないと隕石被害が出るかもしれないからね。……これで、とりあえず隕石の回避は何とかなると思う。後は、エネルギーの問題だね」
現在、問題の解決が急務なのは2つ。
・隕石の回避
・エネルギーの入手経路
前半はこれで片付いたと考えてもいいが、そこで後半の問題がネックとなってくる。
大陸を動かし続ける程の莫大なエネルギーが必要になるなら、いくら推進機のエネルギー効率がいいとはいえ、研究所10年分のエネルギーなどすぐに使い果たしてしまうだろう。
そこで、少年はこう考えた。
「取り残した地球そのものを、エネルギー供給源にしようと思うんだ」
地上そのものを、太陽に変えればいい、と。
何を言っているのか、とばかりに一彦は首を傾げる。
「そんなことできるのか? 太陽を地球に? マジで?」
「……いやほんと、突拍子もない話だとは思うけどね。できない話じゃないと思う。今の地球には、地中には存在するだけで抽出できない地下資源がたくさんあるんだ。
その表面である地表は、僕たちが陸地として空に持っていくから、あとは剥き出しになったそこにアンナの作る超高温プラズマで火を入れるだけになるはずなんだよ」
「……なんか、うまくイメージできないんだが」
「そうね……分かりやすく説明するなら、こんな感じね」
アンナは紙に、星や人の絵を描いて説明を加える。
「へぇ……小さい太陽系作るようなもんか」
一彦はそれで理解したように、なるほどと頷く。
あまり上手くないアンナの絵を少年は少し笑った。
「……なによ」
「いやいや、何でもないよ?」
不服そうなアンナから誤魔化すように視線を外す少年。そこで綾の真剣な目を見て、気を引き締め直す。
「……太陽を産み出すことできたら、地上に温度の変化が生まれます。水力、風力、太陽光。今まで凍結していた施設は、再び動き始めるでしょうね。もっとも、重力とかいろいろ変化がおきるんで、今まで通り正常に動くとは思いませんけど」
「……ふむ」
綾はたっぷりと時間をかけた後、少年に問う。
「つまり、地上……いや、この場合は地球の内部か。それを使い捨てる、そういうことだな」
「……はい。そうとってもらっても構いません」
「そうか。なら、それを前提にして聞かせてもらうとしよう」
綾は先ほどから書き込むようにしていた企画書を指して言う。
今まで無視されてきた数々の疑問点が、綾に指摘されるのだ。
「技術的な次元の話は、残念ながら私にはわからない。アンナが実現可能だと言ったのなら、できるのだろう。だから私が今からするのは、この企画が成される為の条件、それと、その後の人類が生存できるかという点への質問だが……」
綾は、少年の目を見る。
少しの動揺すら見抜こうとするその瞳を、少年は見返す。
「驚いたな。輝矢少年、お前はあれだけ拘っていた『全人類を救う』ことを、諦めたのか」
「……っ!?」
綾の指摘に、少年は驚く。綾に知られているとは思わなかった。
それは、先日のアンナと天体望遠鏡を取りに行った時に、自分以外に初めて話したはずだったのだから。
『……テルのことだから、ギリギリまで別の方法がないか、ずっと探してたんでしょうけど。あんた、変なところで優しいから』
少年が企画にもたついていた理由。
アンナにはその時に正直に話したのだが。
もしやと思ってアンナを見ると、彼女は首を横に振った。
「……なんで知っているんですか、綾さん」
「ふむ……どうにも私は散らかった部屋と縁があるようでな。その中から必要な情報を抜き出すことには馴れているのだよ」
「……なるほど、理解しました」
自分の部屋に勝手に入ったのだ、この人は。
「許可も無しに部屋に入ったことに関しては悪いと思っている。しかし、指導者として管理を任せられてる以上、進捗の把握も必要でな。許せ」
まったく悪びれる様子の無い綾を見て、少年はため息をつく。
「まぁそういう経緯で、少年はその路線で話を持ってくると思っていたのだよ。いったい、どういう心境の移り変わりだ?」
「……いえ。単純に不可能って、そう判断しただけですよ」
「だが、少年は諦めていなかっただろう。私が知りたいのは、そうなった経緯だ」
綾はどこまでも見透かしたような問いを投げ掛ける。
「……怒りませんか?」
「内容にもよるが、安心しろ。私自身、あまり褒められた人間ではないからな」
「そうですか」
少年はそれに対して、正直に答えた。
「……僕は、本当は他人の命なんて、どうでもいいと思っていたみたいです。守りたかったのは、多分、自分なんだって」
思っていたこと、そのままの言葉だった。
「……ほう」
綾が興味深そうに、少年の言葉を聞く。
「全ての人を守りたい。始めはそう思っていたんです。でもそれは僕の本当じゃなくて、そうありたいっていう、ただの理想……だったんだと思います」
自分のやりたいこと。それは、どこまでも正義で正しいものと、信じていたかった。
だから、全人類を守るなんて、実現不可能な無茶をしようとしていた。
けれどそれは、違ったのだ。
『……わたし……わからない。……みんなのこと、信じていいのか……テルヤのことも……わたしの……ことも』
つむぎを、信じさせてあげたい。
『……あたし、諦めてやんないから。あんたが持ってきたもの、意地でも完成させてみせるから』
アンナの期待に答えたい。一緒に1つの事がしたい。
それらの想いは、自分の思う正しさなんてものよりも、ずっと魅力的で。
つまり彼女達に、気づかされたのだ。
自分が何をしたいか。どう在りたいか。
「僕はただ、自分の手の届く範囲でなら、大切な人達が幸せでいて欲しい。その幸せを守りたい。それだけなんだって、思ったんです」
少年は、そう言い切った。
綾はフッと苦笑し、アンナは頬を染めて他を眺める。
だが、なぜか一彦は一人、なんともいえない表情を浮かべていた。
「……少年のそれは、随分と身勝手な主張だな。身内の幸福の為に、大勢の人類が死んでも構わないという訳か」
「そうです。身内の幸せの為なら、他人なんてどうなってもいい。そう考えることは、間違ってますか?」
綾は少年の言葉を聞くと、ある種納得した様子を見せた。
それに、と少年は続ける。
「僕はその人達も犠牲にするつもりはないですからね」
「……どういう事だ」
「全ての人を助ける、その条件に足りないのは、『土地と食料』ですから。それが解決できたのなら、どんどん解凍を始めればいいんですよ」
「……まるで、そのどちらもが用意できるような口振りだな」
「はい。というか、なってもらわないと困りますから。本当に地球が使い捨てになりますからね」
怪訝な表情をする綾に、少年は問いかける。
「もし地球の地下資源を太陽として使った場合、その資源が何年もつか、綾さん、気になってたと思うんです」
「……確かに、聞こうとは思っていた。だが、それがどう関係する」
「どう、というか、凄い関係あってですね……」
少年は、アンナと話し合って出た結論を告げる。
「……100年、もたないんですよ。資源が」
「……なんだと?」
計算で弾き出された、資源の限界だった。
どう効率よくやりくりしても、90年ともう少し。
それだけしか、地球は太陽の形を保っていられないのだ。
綾はふざけるな、と言いたげな様子で少年に問う。
「自分達が生き延びて、未来を捨ててもいいと、そう思っているのか? そして私がそれを認めるとでも?」
「いや、そういう訳じゃないんですよ。単純に、エネルギーを使い果たしたその場所なら、飛んでいた土地を下ろしても大丈夫なんじゃないかなって。そもそも地球から飛び立つのが、これから100年、あるかもしれない隕石の回避を目的にしてるんですから」
少年は、5年後の隕石群が、それから先も無いとは思っていない。
なにせ、地球は宇宙を直線的に飛び続けているのだ。
その都度回避できるよう、対策を講じておく意味は充分にある。
「……人工太陽で解決していたはずのエネルギー問題はどうする。まさかそのままという訳ではないだろうな」
「それに関しては他にアテがあります。とりあえず、地球が100年もつこと、そのことに大きな意味がある」
少年はアンナの方を見て、尋ねる。
「100年あればたどり着ける星。それが在るんだよね? アンナ」
使い果たして太陽の代わりになるもの。それは、星だった。
「……本当なのか」
綾から確認をされたアンナは頷く。
「ええ。光量も表面温度も、離れてしまった太陽と遜色ない星よ。きっとそこまでたどり着けたなら、何とかなるわ」
「……なるほど、新しい星か。……確かにそれなら」
綾は顎に手をあて、少し考える仕草をみせる。
「というかテル、アンタよくあんな小言みたいな事覚えてたわね」
アンナは不思議そうに少年を見る。
「まぁ、うん。僕は記憶力がいいからね」
少年は、少し笑った。少し誤魔化してしまったが、本当は少し違う。
『この今の地球も、大好き。手が届かないと思ってた星達に、本当に手が届くかもしれないんだから』
『あたしたちで、お星さまもってかえってきて、お母さんたちにプレゼントするの!』
目の前で嬉しそうに覗き込んでくるアンナとの約束と、少し似ているなと、思っていただけなのだから。
「……100年後ってなると実際は、多分僕らは寿命で死んでると思うんですけどね。だから、未来のことは未来の人に任せることになります」
綾はそれを聞きしばらく考えた後、答えた。
「……正直、驚いたな。ここまで企画が詰められているとは思っていなかった。……しかし、その話はこちらの企画書には書かれていなかったのだが」
「話を有利に進めようと思って。綾さんはこんな非人道的な内容だと、頭ごなしに否定しそうだったんで、直接話したかったんです」
その言葉を聞いて、綾は目を点にした。
「……ははっ、そうかそうか」
確かにこの研究通りに事を進めるなら、土地が確保されるまでの100年間を人類のほとんどが凍り付いたままに過ごすことになる。
少年の目一杯皮肉を込めた言葉に、綾は笑うしかなかった。
実際綾は、悪人に成りきれないのだ。
「……馬鹿か、少年は。私は少年が、いつになったら全人類を救うなんて戯れ言を撤回するのか、気が気ではなかったというのに」
「期待に添えなくて、どうもすみませんね?」
「うむ、想像と違う答えが出てくるというのも、研究にはよくあることだ」
その言葉は、実に楽しそうな色を含んでいた。
綾は、姿勢を正し真剣な態度になる。
「……つむぎの研究時間を稼ぎつつ、これだけの結果を出すか。……いいだろう。これだけ詰められた企画だ、おそらく私に口を出すところは無い。少年達の熱意も込みで、『私は』許可しよう」
綾のその言葉に、少年達二人は喜ぶ。
だが、まだ話は終わっていない。
綾が含みを持たせたところ。そこに大きな問題が残っている。
「私は、ですか」
「そうだ。もう一人、この場に居るじゃないか。一番反対しそうな奴が。なぁ、一彦?」
そういって、彼女は一彦の方を見る。
今まで黙っていた一彦は、少し考えてから、少年を見た。
「俺も正直、技術的なとこはサッパリだけどよ。……俺が思うにこの企画、相当大規模なはずだよな」
一彦の声がいつになく真面目だった。
「……うん。一彦の考えてる通りだよ。これは僕ら四人の手じゃ、何年たっても終わらない」
「だろうな。俺だけが外で仕事したって意味がねぇよな」
少年は小さく頷く。
一彦の言う通り、この企画では外の仕事が多すぎる。
一人では、足りないのだ。
「……だからよ、もし。俺が想像してることと、同じなら……」
一彦は、少年を見つめる。
その目は、少年が今まで見た中でも一番、怖かった。
「……絶対、認めねぇ」
一彦は、機械の手を握り締めて、そう口にした。




