16,少年と天体少女
最初から、5年では無理だとわかっていた。
隕石群の衝突と、深刻なエネルギー問題。そんなものを相手にしながら、人類と地球を守る。
到底無理な話だ。単純に条件が厳しすぎる。
これがまだエネルギー問題だけだったなら、何らかの解決方があったように少年は思った。
事を不可能にしたのは、他でもない5年という時間的制限のせいだ。
「……今現状で、なにが使えるんだろ」
少年は、今まで読んできた資料を並べて考える。
データがあれば自動でその通りに機械を作る装置。
マシナリーの製造技術。
超高温プラズマを発生させる装置。
高出力の推進力発生装置がおよそ100機。
いずれは完成する、威力が調整できる爆発物。
こんなものだった。
「……やっぱこれだけじゃ何もできないね」
少年は頭を抱えた。想像力をフルに使っても案が思い浮かばない。
「でも、やらなきゃ。できなきゃダメなんだ」
できなければ、つむぎは自分を信用してくれない。
彼女が、彼女自身を信じられない。
今の地球まま、守ることができない。
「あーもう! 思いつかない!!」
パサリと。
机に突っ伏した少年の手によって資料が落ちた。
「……ん、これは」
思考にふけっていた少年は、拾った資料をみた。
「そういや、最初はこんなの読んでたなぁ……」
パラパラと流し読みする。
少年が手に取ったのは、エネルギーを手にいれる方法が書いてあった資料だ。
火力発電や水力発電、風力発電と、現在では使えない方法ばかりであの時はすぐに読むのをやめた。
だが少年は、今になって真剣にこれを読んだ。
目に留まったのは、「有るだけで使えないエネルギー」という項目だった。
「……地下資源かぁ。確かに使えたら良いだろうけど、無理だよねぇ」
そう言っても、少年は考える。もしこれが使えるというのなら、状況が変わることは間違いない。
潤沢に電力を使えるなら、できることの幅だって広がるのに。
「一彦が消費する電力も含めて、この施設にあるのが10年分の電力か……隕石の方にあんまり使いすぎたら、その後のエネルギー問題の解決前に底をつくよね」
調べてもこの研究が無謀であることがわかるばかりで、進歩がない。
少年は手に持っていた資料を真後ろに放り投げた。
「テル、ちょっといいかしら……って、うっわぁ……すっごい散らかってるわね」
「ん? あぁごめんねアンナ。どうにも考えが浮かばなくて」
アンナは資料の紙が散乱しているその場所を踏まないように、慎重に少年の部屋に入ってきた。
かがんで整理しようとする彼女を、少年は止める。
「汚いけど一応どこになにがあるかは把握してるからね?」
「……そう、なら片付けてやんない」
そういうと、アンナは適当なところに空間を作ってそこに座った。
膝を抱えるようにして座る彼女は、何か言いたげにしているがなかなか言い出そうとはしない。
見られているだけで、少し落ち着かない。
「えっと、何か用かな?」
先を促す少年に、アンナはためらいながら小さく答えた。
「……行きたい場所あるから。連れてって」
「めちゃくちゃ寒い、というか、空気が冷たすぎて痛い」
「……男なのに弱音吐くのやめなさいよ。あたしだって寒いんだから」
あれから小一時間後した頃に少年達は、慎重になりながら外の世界を歩いていた。
防寒具に身を包み、内側には電気を使って熱を発するスーツまで用意して、真っ暗な世界をライトで足元を確認しながら歩いた。
常に凍るような寒さの中で進むのは、想像していたよりも辛い。
正直なところ、かなり無謀なことをしているのはわかっている。
なぜこんな危険を冒してまで外で出たのか。理由は、アンナにあった。
『……アンタの家、連れてって欲しい』
なぜ行きたいのかという理由に関しては、聞いても答えてもらえない以上、よくわからなかった。
ただ、その時のアンナがどうにも思いつめた様子だったから。
そんな理由で研究所を出てきた。
「アンナ、大丈夫? 休憩必要ない?」
「……問題ないわ。着いたら、しっかり休むから」
ならもう少し進もう。少年はそう考えながら、歩みを進めた。
一彦の映像を通して外を見た時、そしてこうして実際に外に出ることで、少年は気づいたことがあった。
あの研究所は、元は母親が働いていた場所だったのだ。
建物の原型がわからないほどに改装されていたため、外に出て地理的な確認を入れないとわからなかった。
つまり、家までの道のりに関しては全く問題がなかった。
なにせ小さな頃、母親を追いかけて何度も往復した道だ。
こうして瓦礫の山の中にあったとしても、間違える訳がない。
そうして記憶を辿って歩くこと数十分。
久しぶりの自分の家にたどり着いた。
「ここだよ」
「……じゃ、開けてくれる?」
少年は促されて、扉を開けた。ライトを向けて中をのぞく。
中は、数か月前に生活したその時のままの形で残っていた。何日も保存食で過ごした部屋には、その跡がある。
家の断熱性が良かったのか、外と比較するとやはりマシな気温のようだ。
「とりあえず、暖房を……ストーブ壊れてないかな」
それでも凍える寒さに変わりはないので、少年は持ってきた燃料をストーブに投入して火をつけた。
心配は杞憂だったようで、やがて暖かい空気が生まれる。
これで1時間もすれば、この部屋も温まるだろう。
「相変わらず、散らかった部屋ね。あの部屋といい、ホント片付ける癖をつけなさいよ」
「……ほら、この部屋に居る時はそんなこと考えてる余裕なかったし」
「じゃあ、この部屋は片付けしてもいいのよね」
「いや、僕がやるよ。真っ暗で足元が見えないから、危ないよ」
「……そう」
少年は、ストーブの放つあたたかな光を頼りに辺りを片付ける。
真っ暗な中、ストーブの近くで目を閉じるアンナから、スースーと規則正しい呼吸が聞こえてきた。
落ち着いたのか、眠りについたようだ。
「……疲れてるんだったら、何で今日来ようとしたんだろ」
少年は自分の上着をアンナにかけて、後でコーヒーでも飲もうとストーブで持ってきた水を温める。
部屋の掃除は思っていた以上に難航した。
あの時の自分は、電気が無くなってからというもの、押し入れからいろんな物を取り出しては時間を潰していたようで、食べ物のゴミ以外にも漫画など、いろんな物が散乱していた。
部屋のゴミの処理がある程度片付いた時、少年は子供の時に読んでいた、ある絵本を見つけた。
「……懐かしいや。僕……というよりも、アンナの方が好きだったな。この絵本」
絵本の名前は、『ぼくらのうちゅうせん』。
星を夢見る小さな少年少女があつまって、風船でできた宇宙船を作る話だ。
たくさんの風船を使って宇宙に飛び立った子供たちは、長い旅の末に1つの星にたどり着き、その欠片を地球に持ち帰るのだ。
今読んでみればなんともツッコミ所の多い話だ。
風船で空を飛べるものか。空気は。食べるものは。 星をどうやって持って帰ったのか。
だけど、あの頃の小さな自分達にとっては、そんなことはどうでもよかったのかもしれない。
『テル、あたし、うちゅうせん作りたい!』
『……そんなこと、ほんとうにできるかな?』
『できるよ!だってテルあたまいいもん! あたしたちで、お星さまもってかえってきて、お母さんたちにプレゼントするの!』
本当に、懐かしい。
あの時は、本当にできると思っていたのに。
「ほんと、あの時はなに考えてたんだろね」
「ん……」
少年の小さな声にアンナが目を覚ました。
申し訳ないと思いながら、お湯で作ったインスタントコーヒーを差し出す。
「はい、家にあったやつだけど。暖まるよ」
「……ありがと。寝てたんだ、アタシ」
「それはもうぐっすり。疲れてるんだね、アンナも」
「……そうかも」
少年はアンナの隣に座って、同じようにコーヒーをすする。
そういえば、最後に自分の家にこうして二人揃ったのは、もう何年も前の話だったように思う。
ただ懐かしいという感じはない。もう二人はあの時よりも大きく成長していて、なんとなく違う気がする。
「なんか、変だね」
少年は、ストーブの暖かい光を見つめながら言う。
アンナ自身も、その感想には同意のようで、小さく「うん」と頷く。
なんとなくだけれども、居心地がいいのだ。
しばらく、そのままコーヒーをすする音だけが流れた。
そしてアンナは、意を決したようにゆっくり口を開いた。
「……ごめんね、テル」
一瞬、少年はなにを言われたか分からなかった。
「それ、なんのことで謝ってるのさ」
「……多分、全部ね」
「……おかしいな、アンナに悪いところなんてあったかな」
「あったのよ。むしろ、いっぱい」
アンナは、思い出すように言う。
「……あんた、昔から頭よかったじゃない?」
「そうだっけ」
「そうよ。あの頃……中学生の頃だったかしら。あんたはいつだってアタシの上にいたもの」
「……全然覚えてないや」
アンナは少しむっとした表情をみせる。
……そうだったんだろうか。分からないところができたら教えてくれたのはアンナだったような。
少年は昔を思い出して疑問を抱く。
実際は、頼られたアンナが必死に勉強しただけなのだが、それが一種の強がりであったことを少年は知るよしもない。
「まぁ、いいわよ。……それで、テルは言うのよ。『アンナと同じ学校にいきたい』って」
「……それは、言ったね。確かに」
それは覚えている。結果的には叶わなかった事だが、本心からそうあって欲しいと思っていた。
アンナは少年の様子を見ながら、頬をかいて苦笑いする。
「悔しいじゃない、そんなの。せっかく頭いいのに、レベル落としてまで一緒になってもらうなんて。……だから、無茶して手の届かないところをうけて……その」
「……そっか」
アンナの言おうとしていることを、少年は理解した。
つまりあの厳しい受験は、他ならぬ自分のためだったのだ。
「言っとくけど、あたしだって本気だったのよ? 天体観測の時間の半分くらい削って勉強したんだから」
「そうやって星に逃げるから、僕が望遠鏡取り上げたんだけどね」
「うるさいわね。確かに失敗したのはあたしだから強く言えないけど……そもそもの原因があんたなんだから。あたし以外に友達作らないからよ」
「……また人のせいにして、僕は関係ないじゃないか。それに、無茶だよ。友達作るなんて」
「そうよ、それ。あんたの悪いとこ」
アンナは指を振って少年の性格を指摘する。
「良いとこいっぱいあるのに無駄に卑屈なのよ、あんた」
「……そんなことないと思う」
「それはテルの規準がおかしいだけ。世の中の常識なんて、もっと低俗なものなんだから」
「……なんか難しいこと言うね。褒められてるのか、貶されてるのかわかんないよ」
「半分半分かしらね。とにかくあんたは考え方を変えるべきなのよ。だから別々の学校になったとき、開き直っていっそ突き放すのもいいかな……って思ったりもしたわ」
少し苦い表情をするアンナを見て少年は少し後悔した。
そんな事を思っていて貰えた相手に、子供みたいに我が儘を言って傷付けたことに違いはないから。
「……なんか、ごめんね」
「……もう良いわよ、別に。……なんでこんなこと話してるんだろ、アタシ。こんな予定じゃなかったのになぁ。もう全部吹っ切れたはずなのに」
そう言ってアンナは立ち上がって、窓際に歩く。
そこにあったのは、小さい天体望遠鏡。
子供にも使えて、本格的に観れるそれをアンナは撫でるように触った。
「これ、覚えてる?テル」
「……忘れるわけないよ」
それは、丁度さっき読んだ絵本の影響で、二人の親にお願いして共同で買って貰ったものだったから。
『宇宙にいくなら、もっといろんな事知らないと、ダメよぉ?』
そう言われて買って貰ったその天体望遠鏡。二人で使い方を覚えて、それからたくさんの事を学んだ。
宇宙の広さだとか、星ってそもそも何なのかだとか。
絵本のようなことは無かったけれど、小さな僕らにとって、それはまるで世界が拡がるようで。
本当に、楽しかった。
「……僕は一人になってからも、ずっと、大切にしてきた」
アンナとの、一番の想い出だったから。
形に残る、大事なものだったから。
「……実はアタシね、コレがずっと欲しかった。だから今日、こうやって取りにきたの。……悔しかったのよね、いつまでもテルの家にあるのに、取りに来れない自分が。謝れない自分が」
あの時仲違いしてから、ずっとあのままだった。
「……アタシってさ。好きか、嫌いかにしか成れないのよ。趣味にしても、何にしても。だから、あんたの事、嫌いになろうとして……やっぱりなれなくて」
ずっと、あの時のまま、綺麗で。
「……やっぱり、あんたの事、ずっと好きだった」
僕らも、あの時と変わらない。
ずっと、そのままだった。
「……変な話よね。友達作れって言ってるあたしが、いざテルがあの子……つむぎと仲良くしてたら、悔しいって思って。自分が言ってることと、感じてることが違って苦しくて。ほんと、情けなかった」
暗い部屋の中、暖かな光が、二人を照らし続けている。
アンナの手が少年の顔に触れる。彼女の顔は、赤い光の中でもわかるくらい、染まっていた。
「……ねぇ。アタシじゃ、駄目かな?」
素直になったアンナは、とても魅力的に見えた。
そうして。しばらくして。
少年はアンナの手をとった。
「……多分、駄目じゃないよ」
しっかりと考えて。
「……だけど、もう少し。もう少しだけ、待って欲しい」
そう答えた。
「……それって、いつまでよ」
むっとした表情で少年を見るアンナ。それすらも魅力的に映る。
けれど、きっとまだ、答えるわけにはいかない。
「……僕が、僕自身を信じられるようになるまで、かな」
今の自分はただの何にもなれない人間だ。
だから、せめて。
やりたいことを成し遂げられるようになって。
それから、彼女の気持ちと向き合いたい。
そう、思うのだ。
アンナは少年のその言葉を聞いて、微笑む。
「……なんとなく、そう言うと思ってたわ」
「怒らないの? こんなこと言っても」
「怒ってるに決まってるでしょ。せっかくあたしがこんなに正直に告白したのに。……でも、真剣に考えてくれてるってことで、許してあげる」
彼女の手が、少年の頬をつねる。
あんまり痛くない。加減されているらしい。
「……いいわ。もう少しだけ、待つ。それは約束したげるわ。でも、わかってるわよね。期限があるって」
「……うん」
少年たちが生き残らなければ、その約束は守られない。
なんとしても、研究を完成させる必要があるのだ。
「……あたし、諦めてやんないから。あんたが持ってきたもの、意地でも完成させてみせるから」
そうして、アンナは決意を込めて言った。
「だから、いい加減、溜め込んだ研究案。全部出しなさいよ」
まるで当たり前だと言わんばかりに、少年の悩みを指摘した。
「……気付いてたんだね」
少年は少し驚いたように言う。同時に、納得もしていた。
他ならぬ彼女なら、と。
「当たり前。何年一緒に居たと思ってるのよ。あんたが何か悩んでることくらい、わかるんだから」
アンナは腕を組んで壁にもたれた。
鼻で笑うようにして、少年の疑問に答える。
「あのねぇ、超高温プラズマだとか、爆発物だとか、そんなものピンポイントで開発依頼を出しておいてそれはないわよ。
本当はだいぶ前から答え出てるんでしょ?」
「それは……」
アンナの言うことに間違いはなかった。
少年には、1つだけ見えているものがあった。
ただ、その結果を受け入れたくなくて、必死に足掻いていたただけだ。
「……テルのことだから、ギリギリまで別の方法がないか、ずっと探してたんでしょうけど。あんた、変なところで優しいから」
躊躇う理由はあった。それすらも彼女は見透かしている。
「悩むくらいなら、あたしに相談しなさい。全部、なにもかも。話してくれなきゃわからないって言ったの、あんたでしょ?」
もし、言ってしまえば、それ以外の方法が無くなるようで怖かった。
相談すれば、相手にも責任が及ぶのが嫌だった。
だけどそれは案外、杞憂だったのかもしれない。
彼女は自分から望んで、その責任を受け入れるだろうから。
アンナの事は、昔から嫌というほど知っていたのに情けない。
「……やっぱダメだね。僕は」
「そうね。でも、それがあんたの良いとこだから。覚えときなさいよ」
一緒に乗り越えてくれる人が居るのなら、きっと大丈夫だ。
少女の手をとりながら、少年はそう思った。




