14,積み重なる罪悪感
「つむぎ。ご飯、持ってきたよ」
綾との話し合いから、少し日が経った。
ここ最近は毎日のように、少年は綾に作ってもらった昼食をつむぎの元へと届けた。
「よかった、ちゃんと朝ご飯は食べてるんだね」
「……」
つむぎは、無言で机にかじりついて、研究を進めている。
まともに睡眠すらとっていない、それは少し様子をみていればわかった。
……頑張っている。それはわかる、けど。
朝食分の空になったまま放置されている食器を片付けながら、 少年はつむぎを支えるということの難しさを考えていた。
毎日のようにつむぎが無茶をしていることわかっていたものの、あまりの必死さにそれを止めていいものか分からなかったのだ。
つむぎはまるで、研究そのものを拠り所としているようで、下手に触れると壊れそうなほどに、危うい。
「疲れたら、ちゃんと休むんだよ。いい?」
「……ん」
だから少年には、こんなことを話しかけるぐらいしかできなかった。
少年は以前、一彦になぜつむぎに嫌いだと言ったのかを聞いてみた。が、返ってきたのは予想通りの言葉だった。
『……すまん。それは言うなって、綾に命令されてんだよ』
機械である一彦は仕様上、人間の命令には逆らえないように設定されている。あらかじめ綾が釘をさしたのだと考えれば、合点がいった。
『けど、信じてくれ。俺は欠片も、そんなこと思ってない』
一彦のその言葉を、少年は疑わなかった。
つむぎを追い込んで研究に集中させる為に、綾がつかせた嘘なのだと思った。
綾という人間がわからない。
傷付けたのは間違いなく彼女であるはずなのに、支えてやれと少年に頭を下げる。
少年はそれが気にくわなかった。
だが根底にある目標を前に、完全に否定することもできないでいた。
単純だ。人類の生存と、一人の悩み。天秤にかけるまでもないからだ。
常識に照らし合わせるのなら、綾の行動は一部正しいともいえる。
つむぎの研究の正否が人類の存続に直結する問題なのだ。
「研究内容がもっと簡単だったら、無理する必要もなかったんだけどなぁ」
「なにあんた。研究内容まだ迷ってるの?」
独り言をつぶやいた少年に、アンナが話しかける。
ちょうど、研究案の話し合いをしていたところだった。
「あぁうん、まぁそんな感じかな」
「なに、その煮え切らない返事。それよりも早く新しい案をよこしなさいよ、こっちはやること無くて困ってるんだけど」
腕を組んだアンナが少年をにらむ。
少年は、少し前に思いついていたことを話してみた。
「ん~じゃあ、もの凄い威力の爆発物とかどうかな」
「……それが、どこの役にたつのよ」
「ほら、隕石にぶつけたら、衝突を回避できるかもしれないよね」
「……どれだけ規模大きくしないといけないのよ。それに、無駄だと思うけど」
アンナが言う無駄という意味はわかる。
仮に隕石を粉々にできたところで、地球の重力によってその破片が降り注ぐことには変わりないのだ。
隕石の数も未知数。大量のそれらをすべて撃ち落とすことすら、困難であることに違いはない。
解決するにも、根本的に対処の方法を間違えている。
「一応聞いておきたいんだけど、どれくらいの規模の爆発なら起こせるかな」
「そうね。正直なところ、こっちの研究はやったことないから何とも言えないけど、数を揃えれれば過去の大爆発の半分ぐらいなら再現できるんじゃないかしら」
「……相変わらず、アンナって凄いね」
できる事と、できない事の線引きがしっかりしている。
それに少年は驚嘆しながら、少し考えて決めた。
「その研究、お願いできないかな」
「本当にそれでいいの? 時間勿体なくない?」
訝しげな目を向けながら、アンナは少年に確認をする。
明確な目標を持たずに次を決めることに疑問を感じたのだろう。
「ここで僕の優柔不断でアンナの研究を止めることの方が、もっと時間の無駄だよ。それに、爆発物に関してはあった方が選択の幅が増えるから助かるし」
明確に状況を打開する方法は思いつかないが、なにか切っ掛けになるかもしれない。
そんなもっともらしい理由をつけて、少年は注文をつける。
「それと、できれば爆発の規模を調節できるようにしてくれないかな」
アンナはしばらく考える。
やがて少年の目を見詰めて、納得したように答えた。
「……わかった。多分、資源が足りないと思うから、一彦にずっと外で働いてもらうことになるけど構わない?」
「うん、問題ないと思う。頼んだよ」
少年は新しい研究をアンナに任せた。
進んでいく研究。その未来が理想とは離れていくのを感じながら。
これ以上迷っていると、本格的に間に合わなくなることくらい、少年にはわかっていた。
それからまた、少し日が経った。
アンナは新しい研究に集中するために、自分の部屋を出ることが少なくなった。
一彦は研究の資材集めとして外に出ていることの方が多く、つむぎはいまだ研究室に籠って出てこない。
これだけ広い施設だというのに、ひどく空間を持て余しているように少年は思った。
これで何度目かわからないほど、つむぎに食事を運んできた少年は、久しぶりにつむぎに声をかけられた。
「……テルヤ。……多分、できたと思う」
「そっか。綾さん呼んでくるね」
「……ううん。今回は、呼ばない」
少年は、いつものようにつむぎが装置を操作しているのを見て思う。
今回も失敗なのだろう、と。
何度か実験に付き合ってきたから、なんとなくわかるようになっていた。
「……ダメだった」
結果は予想通り。つむぎは無表情なまま呟いた。
少年たちはまた、一人の命を犠牲にした。
その事実はたとえ人類の生存に関わる重要な研究であっても、つむぎの身に責任として積み重なっていくことに変わりはない。
「つむぎ、気にしないで。次はきっと、成功するから」
「……ん」
被検体となった人は後日、外に出ていく一彦の手によって外へと運び出される。
そして、次の凍り付いた人が連れてこられる。
そうやってまた新しい人を犠牲にするのだ。
「必要な犠牲だから、つむぎは気にしないで」
「……ん」
不思議だった。つむぎの罪悪感を軽くしようと思えば、こんな汚い言葉も簡単に口から出てくる。
もちろん心から思っていることではないのだけれど、優先順位を考えたら他人の命よりも大事な言葉に思う。思ってしまう。
自分はそんなに毒のある性格だっただろうか。
「……少し……寝るから」
「うん、おやすみ。なにかあったら、いつでも呼んでね」
「……ん」
実験に失敗するごとに、つむぎからは強い後悔が伝わってくる。
それが少年の心を、深く叩いた。
最近は気がつけば、つむぎの事を考える。
どうしたら、つむぎの研究が成功するのか。
どうしたら、罪悪感を背負い続けるつむぎの負担を軽くできるのか。
どうしたら、自分にもっと話しかけてくれるのか。
……バカみたいだ。これじゃまるで。
少年はこの日の夜も、その事を考えながら眠ろうとしていた。
そろそろ眠りにつこうとした時、少年はふと聞こえた声に目を覚ました。
なぜかこんな時間に、ちび太の鳴き声が聞こえるのだ。
「……ウー、……ワン!ワン!」
「なんで、今鳴いてるんだろ。しかも、結構必死だし……」
少年はその鳴き声をぼんやりと聞いていたが、その聞こえてくる方向が施設の入り口からだと気付くと、裸足のまま飛び出した。
「もしかして、つむぎ……!?」
急いで入り口にたどり着くと、そこには外に出ていこうとするつむぎと、その足元で服に噛みついて離さないちび太がいた。
「つむぎ、なにしてるのさ!?」
「……!?」
小さな体をビクリと反応させて、つむぎは驚く。
彼女が背負っているのは、人間だ。
実験で蘇生に失敗したその人を、つむぎは外に運び出そうとしていた。
少年が感じた嫌な予感は、当たっていた。
「そんな格好で……死んじゃうよ!?」
「……で……も」
「ッふざけないで!!」
少年の喉から、自分でも驚くほど大きな声が出た。
つむぎはおそらく、自分の責任を強く感じていたから、せめて自分で運び出したいと思ったのだろう。
だが、外は想像も出来ないような極寒の闇だ。出ていったところで、生身の人間が帰ってこれる保証はどこにもない。
「気持ちはわかるけど、それだけはやめてよ。ほんとに、怖いよ……」
「……わたしの……せいだから」
「だったら!!……せめて、僕にも相談してよ!!」
少年は、自分が情けなく思った。
つむぎはどれだけ思い詰めようと、自分を頼ってはくれないのだ。
それがただ、とても悲しかった。
「……ご……めん」
つむぎは、その場にへたりこんだ。
少年もつむぎと同じ視線になるように座る。
今までこんな怒り方をしたことがなかったから、つむぎにとって怖かったのかもしれない。
「お願いだよ、つむぎ。なにか思い詰めたら、なんでもいいから、僕に言ってよ」
少年はつむぎにしっかりと伝わるように、慎重に話した。
「僕は、そんなに頼りないかな?」
「……!?」
つむぎは目を見開く。
そして、申し訳なさそうに目をそらした。
「なんだっていいんだ。そうだね、確かに僕は頼りないかもしれないけどね。一緒に悩むことくらいは、できるよ?」
「……うん」
それから、しばらくは無言の時間が過ぎていった。
慰めるようにして寄り添うちび太の頭を、つむぎは撫で始めた。
「……テルヤ?」
「なに?」
やがて、つむぎは意を決したように少年の目を見た。
その瞳にはいまにも流れ出しそうな、涙が溜まっていた。
「……アヤも……カズヒコも、嘘つき……なのかな」
堪えていた筈のつむぎの瞳から、一筋の涙が流れた。
今までつむぎからは絶対に口にしなかった、疑念の言葉と共に。
「……テルヤも……そう?」
それが身を引き裂くようにして溢れた、つむぎの心の欠片であるように、少年には思えた。
しばらく更新頻度上げます。頑張ります。




