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太陽を失った世界で  作者: 飛魚ヨーグレット
13/24

13,少年の意思か、指導者の思惑か

『あなたは、やりたいと思う事をみつけなさい。それが、きっと力になるから』


少年が中学校を卒業した時の事。

唯一仲の良かった友達と仲違いをして沈んでいた少年に、母親はやさしくそう言った。

何を求めるわけでもなくずっと一人でいる少年を、見ていられなくなったのだ。


『……やりたいと思うこと?』

『そう。人にとって、多分、一番大事なこと』


母親は息子の姿を、昔の自分と重ねていた。


『できてしまう』というのは、なつみにとって必ずしも良いというわけでもなかったのだ。

その才能は、なつみに『失敗』を教えてくれはしなかったのだ。

失敗を知らずに生きてきた母親は、自分の過剰なほどの能力故に、いつしか目標を失った。


そして、そんな無気力な彼女を救ったのは、自分の息子の存在だった。


『わたしはね、あなたを守りたい。だから頑張って働くし、こうして傍にいるのよ』


息子が産まれた時、心から『守りたい』と、そう思ったのだ。

それを教えてくれた息子に、笑っていて欲しい。

彼女の初めて持った願望は、なんとも人間らしさに満ちていた。


『それはね、なんだっていいの。あなたが「やりたい」と思ったことは、他人にはなんてことないことかもしれないけれど、それでもあなたにとって一番大切なことだから』


母親は、自分の想いを余すことなく、自分の息子に伝えた。


そしてそれは、無気力だった少年の心に届き、しっかりと言葉として刻まれた。

ただ、その時の少年は自分のやりたいことがわからず。

わからないなりに、こう答えた。


『……じゃあ僕は、母さんともっと一緒にいたい。だから、母さんの代わりに僕が頑張って、母さんは楽して生活するんだ』


母親は息子のその言葉に目を丸くし、そして、今まで生きてきた中で、一番輝いた笑顔を見せた。



どうか、この子の優しさを理解してくれる人に出会えますように。

それがこの子の強さだと、気付いてもらえますように。


母親は、それだけをただ、願った。












一彦が暴走したあの日から、1ヶ月が経った。

研究の進行具合は、少年が新しい案を思い付かないことを除けば概ね順調だった。


『テル、早く使える案を持ってきなさいよ。超高温プラズマの研究、明後日には一段落するわよ?』


昨日アンナからそう聞かされた少年は、焦っていた。

アンナの研究は順調だったが、少年の方は、まる2ヶ月程なんの結果も出せていない。

自分の存在意義がいよいよもってわからなくなっていた。


そして、少年の気がかりはそれだけではなかった。


「つむぎ、どうしてるのかなぁ……」


今まで時々は顔を合わせることがあったつむぎと、まったく会えなくなったのだ。

何度か研究室の近くを覗いてみたものの、部屋のドアは閉ざされていて、閉め出されたちび太が忠犬のように待っていただけだった。

1ヶ月以上も自分の研究室に籠って出てこないつむぎが、少年は気になって仕方なかった。


「気になるか、少年」


リビングのソファで悩んでいた少年の隣に、綾は腰を下ろした。


「……綾さん。この前に過労で倒れたばかりでしょう。歩き回ってて大丈夫なんですか」

「いつの話をしている。もう体調を崩すことは絶対に無い。心配してくれたことには、感謝するがな」


綾は腕を組みながら、自信を持ってそう答えた。

ここ最近、自分への綾の態度が変わったと、少年は感じていた。

少しだけ、苦手では無くなった。


「……つむぎ、どうしてます。ご飯、ちゃんと食べてますか」

「健康状態に関してはなんら問題ない。運んだ食べ物はしっかり食べている」

「……そうですか」


1日3回、綾はつむぎに食べ物を届ける。

何度か運ぶの代わってもらおうとしたが、綾は許してくれなかった。

少年がつむぎの様子を知ろうとしたら、こうやって聞くしかなかったのだ。


「まぁ少年の疑問は、おそらく今日、晴れるだろう」

「? どういうことですか?」

「……と、噂をすれば。来たようだな」


綾が言ったそばで、ドアが開いた。


つむぎだった。


「え、あ、つむぎ!? 今までどうして……」


出てこなかったの?

そう言おうとして、少年は言葉を飲み込んだ。


「……アヤ、できたと思う」


つむぎのいつもの無表情が、そこにはなかった。

ただただ真剣で、必死な様子で。

いつもその瞳を通して見える光が、どこか陰っているように、少年には見えた。


つむぎは、それだけ言って出ていってしまった。

それを追うように、綾は立ち上がった。


「ついてきてくれないか、少年」

「……今の。もしかして、つむぎの研究が完成したんですか?」


綾は首を横に振った。


「……今日の結果はおそらく、つむぎを更に追い詰めることになるだろうな」

「……どういうことですか」


少年が尋ねても、綾は答えなかった。




「この装置、前までなかったよね……?」


つむぎを追って研究室に入った少年は、そこの変わりように驚いていた。

たった1ヶ月。前に見なかった装置が増え、元々配線で足の踏み場もなかった部屋は増えた配線が壁を伝い、まるで何かの巣のような印象へと変わっていた。


「……仕様、アンナに伝えたら、作ってくれるから」

「それにしたって、1ヶ月経ってないよ?」


少年は新しい装置をまじまじと見つめた。

筒形状の装置のようで、パッと見た感じでは、一彦のカプセルに似ている。

少年はなぜか、この間見た夢に出てきたものに似ている気がした。


「この施設には、データさえ有ればそのように作ってくれる便利な装置があるからな。少年の来る前の話だが、アンナがマシナリー研究の派生で作ったものだ」

「アンナって、ホントに凄いですね」

「少年にもそれぐらいの有能さが有ればいいのだが」

「……返す言葉も無いです」


少年は所在なさげに綾から視線をそらした。

自分だけ何もできていないという事実を指摘されて、どうしようもない自分を情けなく思った。


「……綾、準備できた」

「む、そうか。じゃあ始めてくれ」

「……ん、わかった」


つむぎは装置を動かし始めた。

冷凍保存された人間の解凍。

少年は教えられた研究内容を思い返して、その厳しさを考えた。


どう考えても、ひと月で完成する研究ではないと、少年は思う。

ただでさえ、何も情報がない状態での手探りから始まった研究だ。

そしてそれは、どれだけつむぎが優秀であろうと変わらない。

だから、先ほどの綾の意味深な言葉から推測すればわかる。


この実験は失敗する。


「……終わった、綾」

「よし、では確認するぞ」


装置のカプセル部分が開く。そこには、頭や腕などに線が繋がった男の人がいた。

血色は、悪くなかった。まるで寝ているようで、しばらくすると目を覚ましそうな様子だった。

だが、つむぎはその様子を見て首を振った。


「……失敗、した」


そう言ってつむぎは、男性の腕に触れて、様子を確かめ始めた。

状態は普通の人間と変わらない。肌の柔らかさも、顔色も、悪くなかった。


「どう、だめなの?」


少年はつむぎにたずねた。少年にはどういう状態かわからなかった。


「……自発的に呼吸、してない。……心臓は神経を刺激して……無理に、動かしてるだけ……だし」

「つまり、外の力だけで動いてるだけってこと?」

「……うん」


目を開いて瞳孔の動きがないことを確かめると、つむぎはへたりと座り込んだ。

つむぎの力なさげなその様子をみるのが、少年には辛かった。

綾は、そんなつむぎに話しかける。


「どうだ。データはとれたか?」


まるで失敗するのがわかっていたような口振りだった。

実際、綾の言っていた通りの結果になった。


「……うん。……とりあえず、今の装置じゃ、無理」

「それはよかった。次の実験に生かしてくれ」


淡々と、綾は命令を下す。


「……綾、この人、どうなるの……?」


つむぎは綾の袖口を掴んで心配そうな表情をした。

普段が無表情の彼女なだけに、悲痛な感情が伝わってくる。


「まぁ、このまま外に放り出して自然冷凍だろうな。このままにしておくのはエネルギーの無駄遣いというものだ」

「……そう」


綾は冷酷な決断をつむぎに告げる。それもまた、あらかじめ用意していた言葉のようだった。


その後、綾はつむぎの肩を叩いてこう言った。


「よかったじゃないか。一彦の体を使っていたら今頃、もっと後悔していただろう?」


つむぎは、綾から目をそらした。

触れられたくない話題であるかのように。


「それとも、一彦にもとに戻ってもらうのが、怖いか?」


「……っ!?」


つむぎの体が硬直した。少年の目にも、その動揺の度合いがハッキリとわかった。

その小さな瞳に、あきらかな焦りの色が映った。


「……すぐに、研究、するから」

「そうか。では、私達は失礼させてもらおう」


つむぎはすぐに、机にかじりついて研究を再開した。

少年はつむぎの憔悴している様子をみながら、綾に連れ出される形で、研究室を後にした。








「……一彦をもとに戻すのが怖いって、どういうことなんですか」


綾とリビングに戻ってきた少年は、彼女にたずねた。

あの一声で、つむぎの様子が激変した理由が、少年にはわからなかった。


「言葉通りの意味だ。少年ならわかるだろう? 仮に一彦が解凍されたとして、それがつむぎの理想と違っていたらどうなるか」

「それは……そうですけど」


つむぎの狂信的な性格から考えると、「偽者の一彦が生まれた」と思ったとしてもおかしくはない。


「あの子自身も、恐れというものを感じている筈だ。つい先程、人の命をイタズラに扱ったばかりだからな。当然の反応だ」

「……そう、ですよね」


少年の納得がいかない様子を見て、綾は言った。


「まぁ、『今の一彦』に嫌いと言われたのも大きいだろうがな」


一瞬、少年の思考が止まった。


「……今、何て言いました?」

「つむぎが、一彦に嫌いと言われたと言った」


現実には考えられないことだった。


……あの一彦が? 本当に?


様々な可能性が頭に浮かぶ。

だが、少年が行き着いた結論は1つしかなかった。


「何を考えてるんですか!?」


考えられる事の重大さに、少年は怒った。

冷静さを欠いて、綾の言葉が演技染みていることにすら気づかない。


「最近、つむぎと会えなかったのは、それが原因なんですね」

「だろうな。私としては、そちらの方が望ましい」


つむぎは焦っているのだ。

『今の一彦』に『自分の中の一彦』を否定されて。

本物の一彦からの肯定を、救いを求めている。


「他人事みたいに言わないでくださいよ! つむぎが、どれだけ一彦の事を好きで、辛い思いをしたかわかっているんですか!?」

「わかっているつもりだ。だが、私には関係のないことだろう。当事者同士の問題だ。私どころか、少年にも介入する権利はない」

「……っ違います! それをしているのは綾さんでしょう!?」


白々しくそう言い張る綾に、少年は迫る。


「一彦が、そんなこと言うわけないじゃないですか!?」


少年は、一彦を信じていた。

一彦なら、仮に本当につむぎの事が嫌いでも、その言葉どれだけ彼女を傷つけるかわかっている。

そんな事を、一彦がするわけがない。

ならば、そう言わせたのは間違いなく綾なのだと、少年は結論づけた。


「それは、少年の思い込みかもしれないぞ? 一彦は案外そういう奴なのかもしれん」

「惚けるのはやめて下さい。一彦にそんな命令までして、いったいなにがしたいんですか」


答えによっては殴りかかるといわんばかりに激昂した少年を、綾は見下すように言った。

誤解を解こうなどとは、1つも考えない。


「ならば答えてやろう。お前は、つむぎのあの性格を、お前はどう思う?」


少年は、それを問われて少し悩み、答えた。


「確かに、クセのある性格だとは思います。綾さんにとっては、扱いやすいでしょうね。目的が一彦を助けるって一点に集中してますから」

「そうだな。それに意志も強い。だから、一彦の名前をチラつかせながら導いてやれば、それだけで思うように動く優秀な人材になる」


少年は苦い顔をする。

綾の、人の感情を利用しようとする考え方が、少年は大嫌いなのだ。


「だがな、それが今の一彦に逸れていってしまっては、困るんだよ」

「前の、一彦の件ですか」


一彦が暴走したあの日を想像して、少年は言う。


「そうだ。アレを追いかけられても、研究は進みはしない。必要なのは、一彦を蘇らそうとする意志だけだ。必要のない寄り道は、速やかに排除されるべきだろう」

「……そんな理由でつむぎを傷つけるのが、許されると思ってるんですか」

「誰に許しを乞う必要があるというんだ少年は。そんな常識的な話は、この非常識な日常にあるはずがないというのに」


綾の意志は変わらない。

彼女は信念が、それを許さない。


「私の使命は、どんな手を使っても人類を救うことだ。そんなものに構っている暇はありはしない」

「そんなものって……つむぎが辛いこと、わかってるですか」

「そもそも私は全人類の犠牲を元にここに生きている。今更、罪の1つや2つを重ねたところで、変わりはしない。真に辛いというなら、それは今も凍り付いたままの人類の方だろう」


少年は綾の言い分になにも言えなくなった。

確かに、人類の存続と、いち個人の感情なんてものは秤にかけるまでもない。

むしろ自分のこの主張がただのワガママなんだろう。


それがわかっていても、少年は認められなかった。


「僕だけは、絶対に認めません。綾さんのそのやり方は」


その様子を見て、綾は少し笑った。


「……おかしいですか、僕は」

「いや、むしろそうやって悩んでいるお前の方が人間らしいと思ってな」


綾は、少年の肩に手を置いて言う。


「……なんですか」

「私としても、つむぎが悲しむというのは望むところではない。だからな、もしつむぎが悩んでしまったときは、少年が支えてやってほしい。私ではなく、他ならぬ少年がだ」


それから、深々と頭を下げて言った。


「頼む」


綾は、少年にそう言った。


らしくないことを言う。と、少年は思った。

つむぎを支える事は、むしろ望むところだった。

それよりも、気になる事があったのだ。


「そもそも、綾さんが傷つけたんでしょう。なんで僕が……」

「少年でなければならない理由が、そこにあるからだ」

「……なんですか、それ」


綾は答えなかった。ただ、真剣にその秘めた意志を込めて、少年を見つめた。


その様子に、少年は自然と頷いていた。


「綾さん、僕はあなたが、よくわからないです」


非情な手段を使ったと思えば、急に態度を変えたり。

今度は、こんな自分に頭を下げるなんて事までした。

いったいどの彼女が綾なのか、わからない。


「納得はしてません。けど、つむぎを支えることに関してだけなら、僕がやります」


それでも、ほんの少しなら信じていい思ったのは何故なのか。

つむぎやアンナが日頃からそう言っていたからなのか。

それとも、それがこの人の魅力なのか。


『他人を救うか、身内を救うか』というその同じ悩みを共有したからなのかもしれない。


「……つむぎに食事を運ぶ役、僕にもやらせてくださいよ。それじゃないと、会えないんですから」


「……あぁ、頼んだ」


そうして少年は、自分の意思か、綾の思惑か。

自分を支えてきてくれたつむぎを支えると、心に決めた。




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