12,一人と一機の必然性
「どうしてこの中に、輝矢の名前が無いんだ?」
一彦は、それを聞いて目を伏せた綾を見て、理由を察した。
東藤 輝矢の名前と、隕石について。
そのどれもに、1つも言及していない『救いの手順』という書類を見れば、一彦には自然と答えが出た。
「輝矢はあんたの独断で、ここに呼んだんだな」
「……そうだ。少年はいわば、状況の変化への補填。それも、成るかわからないギャンブル枠なんだよ」
綾は、自嘲するように小さく笑った。
「これでわかっただろう。つむぎやアンナが信じる『間違わない指導者』は、ただの偶像であるということが」
「……この手順が、本当かどうかわからないだろ」
「本当だ。私と違ってアイツは……東藤なつみは、本当の意味で『間違わない』人間だ。それは長く隣に居た私が、一番よく知っている」
綾はそう言って、一彦の言葉を切り捨てた。
話の切り口を失った一彦は、何も言えなくなった。
「……はぁ」
一彦のその様子を見た綾もまた、落胆していた。
やはり、こんなことを教えたところで意味は無かったのだと。
誰も自分を理解できるわけが、なかったのだと。
「もういい、やめだ。時間の無駄だ」
「……」
一彦がなにか言いたげにしているのを横目に、綾は先程息絶えた動物の処理を始める。
「コイツを運ぶのを手伝え。いくらか時間が無駄になったのは、お前のせいでもあるんだからな……」
そう言って、綾は立ち上がり。
急に体に力が入らなくなって、倒れこんだ。
『お、おい! どうしたんだよ!?』
一彦は倒れこんだ綾を急いで起こした。
「呼吸はあるが……意識は、ねぇな。くそっ、なんなんだよ!?」
苦しそうに息をする彼女の様子に、一彦は叫ぶ。
そのまま綾を抱え、部屋の隅にある彼女の部屋に向かった。
「クソッ! とりあえず寝かせて、つむぎを呼んで来ねぇと!」
一彦は綾の部屋と思わしきドアを開き、その環境に驚いた。
「……だめだな、ここは」
その場は、おおよそ人の住む場所ではなかった。
動物の解体所、そのもののような部屋だった。
床は生き物の血が固まって黒ずんでおり、淀んだ空気がたちこめている。
その隅にぽつんと置いてあるベッドだけが、場違いのように生活感を放っていた。
「……大丈夫。……過労と……あとは栄養不足だと思う」
「そうか……なら、心配ないんだな」
うっすらと意識が戻った綾の耳に、二人の会話が聞こえた。
「……あ……起きた」
目を覚ました綾に、つむぎが気づいた。
「……今、何時だ」
「夜の12時だな。アンタが倒れてから、四時間ってところか」
綾はそれを聞いて、飛び起きた。
無駄な時間を過ごしてしまった。そんな様子だった。
「いいから寝てろよ。アレ読んで、やることはやって来たからな。それに、誰にも言ってねぇし」
「……そうか」
綾はその言葉を聞いて落ち着いた様子で、あらためて自分が寝ている場所を確認した。
どうやら、リビングのソファに寝かされていたようだった。
「つむぎ。とりあえず消化のいいもの、作ってきてくれ」
「……うんっ」
つむぎは、小走りで外に出ていった。
体よくつむぎを追い出した一彦は、綾に話しかける。
「とりあえず、死ななくて何よりだ」
「馬鹿言うな。さすがの私も、自分を死まで追い込むことはしない」
「よく言うぜ。あんな病原菌がうじゃうじゃしてそうな部屋で生活しといて」
その言葉に綾は俯く。
あんな、動物の寄り付かない部屋など見られたくは無かった。
「……つむぎを、止めてきてくれないか。私はコレで充分だ」
そういって綾は、側にかけてあった自分の上着から、固形型の食糧を取り出した。
「やっぱりな。たまには、普通の飯も食ったらどうだ……というか、食え」
「何を食べようが私の勝手だろう。口を出すな」
「そういう言葉は、迷惑かけた人間の言うことじゃないだろ。食べないってなら、俺と、つむぎが怒るぞ」
「……脅しにもならんな」
心配混じりにそう言われると、皮肉ぐらいしか綾に返せる言葉はなかった。
『それにしても驚いたよ。アンタ、いつも長袖だから気づかなかった』
一彦は、率直に感じた事を言った。
綾の腕は、不健康と言える程に細かったのだ。
運ぼうとして担いだ時に、初めて気がついた。
「……これは、仕方ないことだ。輝矢が加わったなら、余裕のない現状では誰かがマイナスになるしかない。食が満足できないことを理由に、研究を遅らせられるのも困る」
「それで、自分が損するってか。自己犠牲もいいとこだ」
「私にできることは、あいつらを最大限に働かせるということだけだからな」
綾は、そういって俯く。
そうして少し時間をかけた後で、一彦に聞いた。
「もし、お前が私の立場なら。どうしていた」
「……どうだろうな。もしかしたらアンタと同じ事をしてたかもしれない。わかんねぇよ、俺も解決策思い付かねぇから」
「……そうか、同じか」
綾は、ため息に似た言葉を吐き出した。
東藤なつみが信じた自分は、他人と同じで、この場においても特別になれない。
ただ、無力さを痛感した。
「けどな、アンタの立場に俺が居たんじゃ、多分この危機はどうにもできないと思う」
一彦が言ったその言葉に、綾は反応した。
「……まるで、私でなければならない理由があるような言い方だな」
「有るんじゃないのか? 俺は知らないが」
「真剣に聞いているんだ、適当言うな。ふざけているのか」
「いや、そんなことはないぞ」
自信ありとばかりに、一彦は言い切った。
「アンタには、アンタにしか出来ないことがある」
綾は、目を見開いた。
自分にしか出来ないこと。それは彼女がずっと求めていたものだったからだ。
「……根拠は、どこにある」
「根拠っつーか、考えてたんだよ。アンタのその話が、正しいって前提の話なんだが」
「聞かせろ」
綾は話すように促す。自分の欲しい答えがわかるならと、一彦を急かした。
「じゃあまず、再確認なんだが。輝矢の母親は、間違いをしない天才って認識でいいんだな」
綾は頷いた。それをみて一彦は続ける。
「なら聞くが、その天才がアンタの立場にいないのは、どうしてだ?」
それは、綾が悩んでいたことだった。
一彦の言う通り、綾が普通の人間であるというなら、選ばれる必然性などどう考えてもありはしない。
「知るか。そんなもの、こっちが知りたいくらいだ」
「だよなぁ。というか、ぶっちゃけた話、マシナリーの体に納められたのも、普通の人間である俺の必要性がない。あのタイミングで輝矢の母親がマシナリーになってしまえば、大半の疑問は解決するだろ?」
「……お前の言いたいことはわかる。だが、そうもいかない事情もあるんだ」
実際のマシナリーという肉体は、人間ほどの脳の働きは期待できない。
あくまでも、個々の人間の思考プロセスを読み取って、その通りに動く機械に過ぎないのだ。
「例えそうだとしても、本人がどう考えていたかぐらい、わかるんじゃないのか?」
「……もし、それを覚えていたらの話だがな。一部の記憶欠損はお前にも有るだろう」
一彦は生前の記憶を思い出す。
確かに、そこには多くの穴が空いていた。
「……そうか。そうだな、俺も自分がどういう経緯で助かったのか覚えてねぇしな」
「そういうことだ。もしかしたらマシナリーに成ったアイツは、『ただのものぐさな凡人』かもしれない。そんな可能性のために、貴重な資源を使うわけにはいかない」
そう言い放った綾に、一彦は言った。
「なら、その貴重な資源を使って産まれた俺は、それだけの価値のある人間になるわけだ」
自信を持って一彦は続ける。
「じゃあ俺である必要性はなんだ? 友達が多い? 人と仲良くなるのが上手い? そんなこと、輝矢の母親が知ってるわけないだろ。だとしたら、残るのはなんだ」
綾は、それを聞いて思い当たることが1つしかなかった。
それは、つむぎの友達であったこと。
『大方、つむぎから直接聞いたんだろうが、そんなことはどうでもいい。確かなことは、俺は「つむぎに大きな影響を与える人間」だということだ』
一彦は、自分の仕事は2つあるという。
1つは、人間には不可能である外の力仕事。
そして2つめ、つむぎに影響を与える人間として。
その為に、自分が産まれたのだと。
「そしてそれは、アンタにも言える事だ。アンタでないといけない理由が、どこかに必ずあるはずなんだよ」
綾の中で、その言葉が何度も繰り返された。
今まで存在するのかも分からなかったそれを。
この男は「ある」と断言したのだ。
綾は、今までふわふわと漂っていた自分が、地に足をつけたような感覚を得た。
「暴論、というわけでも無さそうだな……だが、例えそうだとしても、私がしていることは間違いなく『間違っている』だろう」
「そんなことわからねぇだろう。というか、俺は東藤なつみを知らない立場から同じ事をしたって答えたが、もし知ってたらどう考えてたかわからないぞ?」
そう言われて、綾の中に思い出されたものがあった。
『これで安心。東藤なつみに出来ないことは無いんだ』
そう言って自分から何をすることも無かった、白衣の研究生達。
「……ぁ」
綾は想像した。もし自分の立場にあの人間達が立っていたのなら、どうなったのかを。
「そもそも責任ねぇんだよ、アンタには。ただ、輝矢を加えて軌道修正しただけだ。それの何処が悪い?」
「だが、その影響で死ぬ予定でない動物が……」
「そんなもん仕方ないだろ、生物なんて予想のつくもんでもないからな。それに、たかが一種類だ。まだ大丈夫だろう? とりあえず、俺が言いたいのはな……」
一彦はしっかりと綾の目をみて言った。
「なんでもなんでも、自分のせいって卑屈になるな。アンタだって必要な存在なんだから、もっと自分を大切にしろって事だ」
綾は、その言葉を聞いて目を伏せた。
自分の存在が必要であると、そう言われたのだ。
例え仮説だとしても、その一言は心にきた。
「……無理なことを、言うんじゃ……ない。そんなことをしていたら……なにもかも足りなくなるんだよ」
「だったらその分アイツらを急かせばいい。というか、その為に俺らが居るんじゃないのか?」
「……そんなことが、本当にできるのか?」
「それは……できるかは分からないが、やらなきゃ助からないぜ? 俺ら」
「……なるほどな」
綾がそう言って、黙った。
しばらくそうした後で、一彦が話した。
「俺、思うんだが。アンタ、そうやって本音言ってる方が良いぞ?」
「……なんの話だ」
「いや、単純に態度の話だ。こっちのアンタの方が、苦労してるみたいで手伝ってやりたくなる」
「まるで、弱い人間で居ろと言われているようだが」
「そういう訳じゃない。アイツらは絶対、脅したりしなくても自分の意思で動いてくれる。アンタが頼んだことならきっと」
綾は、自分の間違いがそこであるということを一彦に指摘されて、どうすればいいかわからなくなった。
そして、いつもなら絶対に言わないことを口にした。
「……なら、お前も。私がお願いすれば、動いてくれるのか?」
一彦は、一瞬きょとんとした表情を見せて、その後に歯を見せてにやりと笑った。
「まぁ、俺は機械だしな。ご主人の命令ならなんだって聞くぜ?」
「……まったく調子のいい。便利なやつだな」
綾は、一呼吸置いて、言った。
「頼む。協力してくれ。私はまだ、諦めたくはないんだ」
その言葉を待っていたとばかりに、一彦は笑った。
「ははっ、良いぜ! 俺、アンタのそういう諦めないところ好きだわ!」
無駄にハイテンションな一彦をみて、綾もまた影響を受けたように、できる気がしてきた。
「だが、いったいどうするんだ。急かすといっても、どうすればいい」
「あーそれなんだが、一応考えはある。少しやり方が汚いんだが、いいか?」
一彦は後ろ頭をかきながら聞いてみる。
「いいもなにも、そのやり方を聞かないとわからないぞ、私は」
「言うと止められそうでな……頼む、許可をくれ」
綾は迷ったが、真剣な目でそう聞く一彦を信じることにした。
「……いいだろう。そもそもこのままいけば全てを失うんだ。だったら、お前に任せる」
「わかった。……と、ちょうど来たみたいだな」
「……アヤ。……おかゆ、作ってきた」
つむぎが、できたてのおかゆを持って部屋に入ってきた。
「ありがたく頂くぞ。……うむ、おいしい」
綾はつむぎから受け取ったおかゆを食べ、感想を言う。
内心、一彦が何をするか気が気ではなかったが。
「……よかった」
そう言って、心底嬉しそうにするつむぎに。
「つむぎ、ちょっといいか」
「……どうしたの?」
一彦は、つむぎと目を合わせて、真剣な目で。
「俺は、お前が大嫌いだ」
そう、口にした。
「……?」
首を傾げるつむぎをじっと見つめ、一彦は続ける。
「お前、ずっと邪魔だったんだよ。こっちは用が無いってのにちょこちょこついてきてよ。お陰で付き合ってるって勘違いされて彼女はできねぇし。話はつまんねぇし、いっつも暗いし」
つむぎは、きょとんとした表情で、答えた。
「……でも、カズヒコ。……守ってくれるって」
あくまで純粋なつむぎ。
一彦は良心との呵責に抵抗を感じたが、ここで言わなければならないことがある。
「は? なんだそれ。今の俺にはわからねぇな?」
「……?」
また首を傾げるつむぎ。
だが、一彦の見つめる瞳の先にある光が、1つ消えたのがわかった。
「……そう」
つむぎは、そう言って部屋を出ていった。
「一彦、お前は何がしたいんだ。これが意味の無いことなら、私はお前を許さないぞ」
その様子を黙って見守っていた綾は、口を開いた。
「あぁもちろんあるぞ。これでつむぎは『機械の一彦』には執着しなくなっただろう。俺を複製するとか、横道逸れすぎだしな。……それに」
一彦は、一呼吸おいて答えた。
「つむぎが沈んでるのを見て、黙っていないやつがいるだろう?」
その頃。
自分の部屋で眠っていた輝矢は、突然に目を覚ました。
「ハァ、ハァ……」
背中は嫌な汗でべっとりして気持ち悪い。
空気を飲み込み、呼吸を落ち着けながら、少年は夢の内容を思い出していた。
嫌な夢だった。
自分は透明の箱に閉じ込められ、動けない。
そんな自分を、順番に訪れる人が覗き。
そして、言うのだ。
『私は、アンタが嫌い』
最初はアンナだった。続いて、一彦。綾。
みんながそう言って、自分を置いていき。
そして、凍りついていった。
「やめて。やめてよ……」
少年は無力にも、筒の中で見ていることしかできない。
『輝矢、何もできないあなたが悪いの』
そう言った母親もまた、凍りついた。
それすら、見ることしかできない。
最後に訪れたのは、大人しそうな少女。
その子は少年の目をみて言った。
「……わたし、……あなたのこと……」
ーーーーーーーー大嫌い。
目の前で凍りついた少女を見て、少年は絶望した。
こんなに近くにいても、救ってあげられない。
あれだけ支えてもらっておいて、自分にはなにもできない。
そもそも自分は必要とされていない。
無価値な人間なんだろうか。
そこで、夢は終わった。
「……嫌だ……嫌だよ」
少年は、頭を抱え震えた。
悪夢が記憶にびっしりとこびりつき、それがいずれ現実になるかもしれないということに、震えた。
おかしなほど高いハードルに、プレッシャーに、押し潰されそうだった。
「……嫌だよ」
ただ、そう繰り返した。




