11,指導者と『後処理の天才』
川崎 綾は、とある資産家の娘として産まれた。
『あなたは、この家を継ぐ為に産まれてきたの』
両親はただ一人だけ産まれた彼女に期待し、養育費として多大なお金を使った。
優秀な人材に育つように。いずれは自分達の後継者として恥じない、特別な存在になるために。
実際に彼女は、そう言い聞かされて育ってきた。
だがその彼女は、育つにつれだんだんと両親に目を放されていった。
『なんで、あなたは何もできないの?』
彼女には、何においても才能が無かったのだ。
それも、圧倒的に。
努力しても、人並み。優秀と言われることなど1度もなく。
その事実は、まもなく両親の期待を裏切ることなった。
『もういい、お前には期待をしないことにした』
私立の中学校の入試に失敗した彼女に、両親は告げた。
それでも彼女は、形のある結果を残すために必死に努力した。
親の期待には少なからず、自分を愛してくれる気持ちがこもっていたから。
それにすがり付いてでも『できる』ようにならなければ。
そう思って、努力を重ねた。
そして中学校、高等学校と時が流れ。
ある時彼女は、超名門の大学への進学権を得た。
それは、彼女の努力が実った証拠であり、両親の期待を浴びるに相応しい結果だった。
「これで、喜んでもらえるのだろうか」
今まで1度として褒めて貰ったことの無い綾は、合格という事実を知ってそう呟いた。
同時に、皮膚の中から飛び出してきそうな喜びが湧いてきた。
綾は両親に一刻も早く、このことを伝えたかった。
だがそれが叶う日は、永遠に来なかった。
『御両親は、交通事故でお亡くなりになられました』
家を任せていた者にそう言われた綾は、両親の突然の死を前に後悔ばかりが浮かんだ。
両親の期待にただの1度も応えられなかった自分を責め。
同時に、自分がなぜ頑張っていたのかわからなくなった。
『できる』ということに、価値を見出だせなくなった。
「今の私に、生きている意味があるのだろうか」
両親の経営していた会社は綾が未熟であったことから、両親の次に偉かった者に渡った。
綾の手元に残ったのは、両親が残した遺産と名門大学への入学権だけ。
愚直に努力してきた彼女は、自分の得た進学という権利を棄てることもできず、ただ流されるままに入学した。
だが、今までのように努力することができないでいた。
「やはり駄目だな、私は」
やがてそれが、彼女の口癖になった。
誰かの為に努力してきた綾には、自分の為の努力ができなかった。
与えられたままに従えばいいという彼女の常識は、そこには無かったのだ。
それでも彼女は、自分の価値を知りたかった。
『できる』という事の必要性を、正当に評価して欲しかった。
そんな時、綾は、ある女性に出会った。
『あらあらぁ? こんなところに一人でぇ、何の用かしらぁ?』
雰囲気がふわふわしていて、不思議な魅力をもった女性だった。
綾が教室を間違えて入ったそこは、その女性が個別に与えられた部屋だったのだ。
「……すまない、教室を間違えた」
綾は焦り、謝って立ち去ろうとする。
その時、研究室に息を切らせた白衣の男が、ドアを勢いよく開いて入ってきた。
『すまない! 東藤なつみはここにいるか!? 緊急だ!!』
『あらあらぁ、今日はお客さんが多いのねぇ』
緩そうな話し方は変わらないものの、彼女の雰囲気がピリピリとしたものに変わった。
綾にはなぜか、その様子が自分の両親の姿と重なって見えた。
『案内しなさい』
白衣の男と彼女は、走って外へ出ていった。
綾は彼女達の後ろを追いかけた。
自分の求める答えが見つかるかもしれない。
そんな予感に、自然に体が動いた。
後を追ってたどり着いたのは、ある研究室だった。
『マシナリー研究の試作機が、人格崩壊で暴れだした』
扉は固く閉ざされ、中からは大きな破砕音が響いてきた。
既に避難は済んでいるらしく、閉じ込められているマシナリーだけが暴れているようだった。
『まかせなさぁい。ぜぇったい、入ってきちゃダメよぉ?』
そして彼女は、そんな危ない研究室の中に体1つで入っていった。
「お、おい、危ないだろ! なに考えてるんだ!?」
『これで安心。東藤なつみに出来ないことは無いんだ』
女性一人だけに任せきって安心する研究者達。
綾はこの場の常識を疑った。
肩にかけた鞄を下ろし、綾はドアに向かった。
『ちょっと、君! 何をするんだ!?』
「ふざけるな、私はお前らとは違う!」
明らかに異常な事態で、他人任せにする者達。
我満ならなくなった綾は、ドアを開け放った。
だが、綾が想像していた光景はそこにはなかった。
彼女の目に映ったのは、既に休眠状態となったマシナリーと、東藤なつみの姿だった。
『あらあらぁ、ダメって言ったのにぃ』
ふわふわとした雰囲気に戻った彼女は振り向き、研究室を出てきた。
そして、白衣の男の隣を通り過ぎる時に、一言だけ告げた。
『作り出したのなら、責任を持って面倒みなさい?』
空気が凍った。この場の誰もが、それだけで言葉を失う。
東藤なつみは、そんな空気を残したままこの場から立ち去った。
完全に彼女が見えなくなり、次第にがやがやとした話し声が戻ってきた。
『全員、聞いたか!?』
『あぁ、この研究は被験者の人格を守る必要があるんだな!?』
『急いで取りかかるわよ!』
いまだに状況が飲み込めない綾は、近くにいた白衣の男に話しかけた。
『彼女は異常対策課だよ。「後処理の天才」って呼ばれてる。僕らは彼女が居るからこそ、自由な研究を行うことができるんだ』
そう聞いた綾は、東藤なつみが去って行った方を見つめ、呟いた。
「格好いい……」
綾は、今まで悩んできたのが馬鹿らしくなった。
『できる』ということの価値なんてどうでもいい。
東藤なつみは、ただそれだけで格好よかったのだ。
綾は、急いで彼女の後を追いかけた。
息を切らせて、ひたすらに走る。
彼女の部屋の前で、ようやく呼び止めることができた。
『あらあらぁ、あなたはさっきの……』
「……頼みが、ある」
あんたの元で働かせてくれ。
綾は、彼女にそう言った。
東藤なつみを一言で例えるなら「ものぐさな天才」だった。
何も異常の無い日は、ただお菓子を食べて紅茶を飲むだけ。
異常が起きた場合のみ、人が変わったかの様に持ち前の才能を使ってどんな問題も解決した。
いわゆる、どんなことでも『できる』人間だった。
「なつみ。お前は、研究に参加しないのか?」
綾は1度だけ、なぜやる気を出さないのか聞いてみた。
彼女が本気を出せば世界の技術がどれだけ進歩するか、そう思ったからだ。
『えー。だってぇ、自分の回りがおかしくなったらぁ、嫌じゃなぁい?』
だが、彼女はそう言って自分から自発的に働くことは全く無かった。
彼女は、環境が大きく変化する事を嫌っていた。
大学を卒業しても彼女の元で働いていた綾は、すっかり自分の仕事になってしまった部屋の掃除をしながら思う。
これでなつみには子供もいるというのだから、人生とはわからないものだと。
『あ、そぉそぉ。わたしぃ、転勤させられることになったのぉ』
そう言って彼女が差し出した転勤先の情報を見て、綾は聞いた。
「本格的な研究所なんだな。……これは、私も一緒に行けるのか?」
『もちろんねぇ。わたし綾のこと大好きだしぃ、一緒じゃないなら断っちゃおうとおもってぇ』
「……それは。なんというか、嬉しいな」
ここまでなつみに必要とされると、助手をしていることを誇りに思った。
こうして二人は、一緒に指定された研究所で働くこととなった。
研究所での仕事が始まり、新しい環境にも慣れ始めた頃のことだった。
『……綾。今すぐ、親族のところに挨拶に行ってきなさい』
「……理由は分からないが、わかった。5日程休みをくれないか」
突然のことに綾は驚いたものの、すぐに行動を起こした。
二人の中で、指示には迅速に従うという約束があったからだ。
綾は指示通りに、遠くに住む親族の元に向かった。
両親は既に居なくとも、久しぶりに祖父母と会えたのは嬉しかった。
『……どうも、あの跡取りの投資先に、怪しい噂がある』
その時祖父から聞いたことを、綾は自分には関係ないと、さほど気にすることはなかった。
実際、もう関わることができないことだった。
その日は親族の家に泊まり。
そして、あの事故が起きた。
「……なんなんだ、これは」
朝に、太陽が昇らない。
始めは、時計の見間違えだと思った。
だが、違った。
『昨日発生した謎の大爆発の影響により……』
かろうじて繋がったラジオが、告げていた。
地球が太陽の軌道上から離れてしまったと。
内容が馬鹿げていた。
だが、昇らない太陽と急激に下がり始めた気温から、綾は信じざるを得なかった。
なぜこんなことが。
そう考えたとき、綾に1つの疑問が浮かんだ。
『もしかして、知っていたのか……!?』
事件となつみの指示のタイミング。
急に人が変わったかのように真剣に振る舞った彼女が、何も知っていない訳が無かった。
綾は、なつみに会わなければならないと思った。
あらゆる手を使って、綾はなつみのいる研究所へと向かった。
日付の感覚も分からなくなるほどの苦労をし、ようやくたどり着いたそこには、通い馴れた研究所は姿を変えていた。
まるで、何か別の目的の為に作られた施設のようだった。
『おかえりなさい、綾。待ってたわぁ』
中から出てきたのは、今まで見たこともないほどにやつれた、なつみの姿だった。
あのふわふわとした雰囲気は、欠片も感じられなかった。
「お前、もしかして……寝てないのか?」
『えーとねぇ~? いろいろ切羽つまっちゃってねぇ……』
意識も朦朧としてるのか、普段よりも緩い口調で話す。
『やっぱぁ、寝ずに作業するの向いてないなぁ、わたしぃ』
「そんなことはいい、何があった? 何を知ってるんだ!?」
綾は、なつみに問う。この状況を知っている彼女に、聞きたいことは山ほどあった。
だが、なつみは首を横にふった。
『ごめんねぇ、教えてる余裕ないのよぉ』
「なんだよ、それ! しっかり教えてくれないと……」
綾の言葉は、途中で途切れた。
なつみが、彼女の体を抱き締めたことによって。
なぜかそれが、自分の母親に抱き締められたようだと、綾には感じられた。
『……休暇、楽しめたぁ?』
「……あぁ、とても。帰ってくるのが大変だったがな」
『そっかぁ。これから、つらい事を任せることになるけど、ごめんねぇ』
「……そこに、お前は居るのか?」
なつみは無言で、綾の瞳をみつめた。
それが答えなのだと、綾は感じた。
なつみは、研究所の入口を指差した。
おとなしそうで無表情な女の子と、犬を抱いた気の強そうな少女が、こちらを覗いていた。
『あの子達のこと、お願いね?』
「……お前の子供はどうした」
綾は聞いた。なつみには輝矢という男の子がいたはずだ。
あの中にはあの少年は居なかった。
『……半年。親の与えられる精一杯の特別扱いかなぁ』
「……そうか」
綾の貯金を勝手に使い、僅かそれだけの燃料を送り届けたらしい。
綾は、彼女の勝手を責めなかった。
あれだけ心酔していた子供すら、なつみは切り捨てたのだ。
綾はそれで、彼女の覚悟がどれだけのものか理解した。
『それじゃあ……』
なつみは、懐から取り出した一冊の書類。
『人類生存プロジェクト』と書かれたそれを、綾に手渡した。
『次は、太陽が登った頃に、起こしてねぇ』
なつみは、糸が切れたかのように地面に崩れ落ちた。
綾が抱き起こすと、彼女は規則正しい呼吸をして、まるで子供のように眠りについていた。
「……あぁ、任された」
こうして綾は、指導者という立場としてこれから先を過ごすこととなった。
それから4ヶ月程の時が過ぎた。
綾は、気まぐれで観測室へと足を踏み入れた。
暗く幻想的なこの部屋の雰囲気を、綾は気に入っていた。
なつみの体は、綾の手で冷凍処理が施され、カプセルで眠っている。
あのまま寝かせておけば、一日もすれば目を覚ましていただろう。
だが、綾は『救いの手順』の指示通り、彼女を扱った。
自分の恩師を殺したようなものだった。
悪魔のやることだとも思った。
それでも、ただならぬ彼女が、綾を信じてそう命じたのだ。
努力の結果が産んだのがその信用なら、綾にはそれを守る義務と、意思がある。
「他ならぬ、あいつの指示だ。間違う事などありはしない」
綾は自らの価値をそこに見出だした。
例えあの二人にとっての悪人になろうが、この手順を守ってみせると、綾はそう決意した。
「たまには星を見るというのも、いいものだな」
天体望遠鏡を覗きながら、小さく呟く。
『うちの子の友達がねぇ、星をみるのが大好きでぇ。一緒に見てたら、わたしも好きなっちゃってぇ』
そういって仕事の合間に空を覗いていたなつみの事を、綾は思い出さずにいられなかった。
「……ん、なんだあれは」
その時、綾の目に映ったのは、寂しげに光る小さな星の光だった。
今までの綾の知識には無いものだった。
今まで観測出来なかったほどの小さな星だろうか、そう思って覗いていると、それが金の粉のように小さく煌めいた。
なぜか、嫌な汗が流れた。
急いで解析を済ませた綾は、その最悪の事態を前に叫んだ。
「……ふ、ふざけるなぁ!!」
解析結果は、あの星屑達が、5年後に流星群のように地球に降り注ぐという事実を、綾に告げた。
太陽を作るという奇跡に手を伸ばすだけでも精一杯の綾達に、新たな問題が降りかかった。
それは、なつみの想定していた『救いの手順』には書いていない。
『結論の出た問題』の、例外だった。
「できるわけが……私に、できるわけが……」
そう俯いた時に、綾はなつみの言葉を思い出した。
『次は、太陽が登った頃に、起こしてねぇ』
綾の中には、まだ絶望していない自分がいた。
信用して任された以上、その信用には絶対に報いなければならない。
「まだ、諦める訳には、いかない」
綾は、問題の解決を、同時進行で止める決意をした。
太陽を作ること、いずれ降り注ぐ隕石の回避。
この大規模で不可能に思える問題を覆すような奇跡を、なつみという存在抜きで起こすのだ。
陳腐な発想力では、意味が無い。
「なにが、足りない……現状を覆すためには……」
綾は、一晩じっくりと考えた。
そうして思い付いたのは、明らかに人員が足りないという当たり前なことだった。
この研究所には、太陽を作り出すという研究を遂行するための、最低限の人員しかいないのだ。
つまり、下手に隕石回避の開発に着手すると、今度は太陽の研究が間に合わなくなる。
なつみの発案した『救いの手順』から外れてしまうのだ。
「どこかに、生きている優秀な人材は……」
そう考えたときに、ある言葉が綾の頭をよぎった。
『……半年。親の与えられる精一杯の特別扱いかなぁ』
綾はすぐに、外に出る準備を始めた。
あの時の言葉が本当なら、なつみの息子はまだ、生きている可能性がある。
彼女の息子にもしも、受け継がれた才能があるなら。
こんな無茶も、通してしまえるかもしれない。
「いや、信じるしかないな。強迫してでも、引き入れてやる」
『救いの手順』を満たし、隕石も回避する。
そんな難題に立ち向かう指導者の戦いが、始まった。
「やってやる……私はだって、『できる』んだ」
綾は真っ暗で凍りついた世界に、踏み出していった。




