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幼馴染

 日曜日の朝、美樹が家まで迎えに来た。一緒に買い物に行く約束はしていたが時間などは一切決めていなかったからだろう。

 しかし、朝早く来ることは予想してなかった。いつもの休日のように少しゆっくりめの時間に起きて、リビングに朝ごはんを食べに行くと美樹がいて、俺の両親とコーヒーを飲みながら談笑しているのだから少し驚いた。母は美樹にコーヒー以外にも朝ごはんを勧めたらしいが美樹は食べて来ていて断ったらしく、現在の目の前の状況に収まったらしい。

 最初は少し驚いたがお互いの家でご飯を食べたりだとかは、月に数回はあるので、慣れた光景ではある。母と美樹は仲がよく普段から俺の知らないところでも会ってお茶をしたりして、本当の娘のように溺愛している。

 俺は美樹の隣の席に座り、用意されていた朝ごはんを母の好奇の目にさらされながらもすばやく食べ終え、部屋に戻り身支度を整え、美樹を連れて家を出た。玄関で何かを期待しているような笑顔で見送る母には疲れと呆れを感じた。美樹は愛想笑いを浮かべているようにも、楽しんでいるようにも見えた。

 二人で並んで近くの駅まで自転車で行き、その道中で電車で1時間半程離れたところにある大きな市街地まで足を伸ばすことにした。普段は遠いこともあってあまり行く機会はない。時刻表も見ずに家を出たので駅で30分以上電車待ちをするという状況になったが、その状況も意味なく面白くなってきてお互いに顔を見合わせて笑い、駅の椅子に座って話していたらすぐに時間が経った。電車の中でも話が尽きることはなかった。

 思い返してみれば美樹と二人だけでどこかに出かけるというのはかなり久しぶりな気もした。昔はよく美樹の家族と合同で遠出したりだとか、二人で出かけたりだとかしていたのにいつの間にかほとんどしなくなっていった。


 市街地に到着したときにはお昼前になっていて、少し早いが昼ご飯を食べることにした。

 しかし、何を食べるかで街を歩きながら相談していたら、少しモメることになった。

「ねえ、あそこのハンバーガーでいいじゃん、純平」

「せっかくここまで来たんだし、もうちょっといいもの食べようぜ」

「いいものって何よ? 言っとくけど、私、今日はプレゼント買わなきゃだし、高いのイヤだよ?」

「分かってるって。俺もそんなに高いもの食べるつもりはないって」

「とりあえず、私はハンバーガーか牛丼がいい」

 美樹は立ち止まって拗ねてるような仕草をした。俺も釣られて立ち止まり辺りを見渡した。

「じゃあさ、あそこの店のランチはどう? セットで650円って書いてるし、ハンバーガー食べるのと値段は大差ないだろ?」

 店の前まで行き、美樹とメニューの看板を確認する。

「まあ、これくらいならいっか……」

 美樹もしぶしぶ納得したらしく、二人で店に入った。内装はおしゃれでデートをするには雰囲気のいい店に感じた。夜にはお酒も出す小洒落た居酒屋になるようだ。

 席に案内され美樹と二人で悩みながら注文した。料理が来るまではこんなメニューもあるんだとメニューを見ながらあまり大声にならないようにはしゃぎ、料理が届くとお互いに少しずつ交換しながら食べた。

 そして、食後のサービスのコーヒーを飲みながらこれからの予定を話すことにした。

「で、本題なんだけど、圭太には何を渡す予定なの?」

「えっと、パーカーかロンティーにしようかなって」

「そこまで決まってるんだったらさ、自分で選べばいいじゃん。俺が付いて来た意味あるの?」

 俺はわざとらしく肩をすくめてみせる。

「あるある、大ありだって!! だって、純平と圭太って、よくこの服がいいとかって盛り上がったりしてるじゃん? それに似たような格好よくしてるし……」

 圭太とは雑誌を見て話したり、一緒に買い物に行くと、服の好みが驚くほど似ている。持っている服や着合わせの好みも似ていて、たまにほぼ同じ服装をしていることもあるくらいだ。

「まあ、そうだけどさ。あいつならお前が選んだものならなんでも喜ぶんじゃないかな?」

「そうかもしれないけど……というか、そうだと思う」

 美樹は頭の中でシミュレーションして、その圭太のリアクションが想像の範疇を超えないだろうことに思い当たり、少し目が泳ぐ。

「でもね、あげるからには、やっぱり圭太の欲しいもので喜ばせたいじゃん?」

「じゃあ、俺は何をしたらいいんですかね?」

 美樹は明らかに「何を言ってるの?」と今にも言いそうな顔で見てくる。付き合いが長いと顔や仕草で言いたい事がなんとなく分かる。おそらく、美樹は全部俺に任せる気で買い物に付き合わせたのだろう。

 だから、俺の言葉に戸惑い少しの間真剣に悩んでいた。

「じゃあ、私がいいなって思うの選ぶから、それが圭太の好みに合うか、純平に判定してもらうってのはどうかな?」

「まあ、それくらいならな。結局は“美樹”が選ぶことになるんだし」

 わざとプレッシャーをかけるような言い方をすると、美樹も少し呆れた顔を向けてくる。

「じゃあ、それでお願い。てかさ、もうちょっとかわいい幼馴染に協力的でもいいんじゃないかな?」

「はあ? ものすごー……く、協力的だろ」

「そうですねー」

 ここで耐え切れなくなって二人同時に吹き出した。コーヒーをすすり、また笑い出しそうな気持ちを静める。

「でさ、手伝ってもらうお礼なんだけどさ……」

「なになに? 何かくれるの?」

「ここの店奢るくらいでいい?」

 伝票をひらひらさせながら美樹が言ってくる。

「まあ、払ってくれるなら、遠慮なくそうしてもらうよ」

 ここで、俺はどうも引っかかることに思い当たった。

「あのさ、一つ聞きたいことがあるんだけど」

「ん? なんでしょうか? 純平君?」

 学校の先生風に美樹が尋ねてきたので、俺も調子を合わせた。

「はい。もしかして、最初昼ご飯にハンバーガーとか牛丼がいいって言ってたのは、最初から奢ること前提に少しでも安上がりにしようと考えてたからじゃないですよね? 美樹さん」

「ははは……バレた? まあ、この店も安いから反対しなかったんだけどね」

「おいおい、まじか」

「まあ、いいじゃん」

 美樹は舌を少し出し、心底楽しそうな笑顔を向けてきた。その顔を見たらこれ以上細かいことは言わないでおこうと思った。その後、どういう風に店を回るかを簡単に決めて美樹の奢りで会計をすませて店を出た。


 しかし、店を出てからが大変だった。なかなか思うようなものが見つからなかったのだ。百貨店に入ってる店から、アーケード街の小さなテナントを含めかなりの数を回った。

 ある店の店員からは、一緒に選んでる姿が恋人同士だと勘違いされ、「仲のいいカップルですね」なんて言われたりもした。俺も美樹も軽いノリで、「仲いいでしょ? いつもこんな感じなんですよ」と腕を組んで冗談っぽく言っていた。

 今までも小さいころから何度も色々な人たちに勘違いされてきたので、角を立てないあしらい方は十分心得ていた。

 同級生とか身近な人相手にはきっちり否定しないと面倒な噂になるが、今回の店員のようなまた会う可能性があまりない人に対しては否定しないでその場の流れで行動する方がいいことを経験として把握していた。そのほうが相手も深入りしてこないし、変な気を使わずに接客してくれるたりするので都合がいいのだ。

 そんなこんなで何件目か忘れたが、俺も個人的に欲しいくらいお洒落なパーカーを見つけて、美樹はそれを買い、ラッピングしてもらっていた。

 目当ての買い物は済んだが、せっかくなのでもう少し散策してから帰ることにした。

 小物や雑貨を見て美樹は目を輝かせ、本屋では俺が面白そうな小説を探していたら、どこからか美樹は変な本を見つけては見せに来て笑いあったりした。音楽の試聴コーナーで一緒に試聴して盛り上がったり、美樹の少し見るだけという試着込みのアパレルショップ巡りもした。美樹が試着室で試着している間の周りの視線は何度経験しても慣れないとあらためて思った。

 一日歩き回ったのと、はしゃぎすぎで疲れたので、カフェで少し休んでから帰ることにした。

「ああ……疲れた……」

「純平さあ、年寄りくさいよ?」

「そうは言うけどな、今日だけでどんだけ歩いたと思ってるんだよ」

「たしかに。でも、なんかすごい楽しかったよね」

「そうだね。そういや、こうやって休みの日に二人だけでブラブラするのっていつぶりだっけ?」

「うーん……たぶん小学校以来じゃない? 中学に上がってからはお互い部活やらなんやらで予定合わなくなったし」

 思い返してみれば中学校になってからは部活で休みの日も練習に行っていた。それに男と女だとか、誰かと付き合うとかそういうことに敏感な時期に入り、二人だけで出かけるということになんとなく抵抗を覚えて、どちらからともなく誘わなくなっていった。しかし、お互いの家族間の交流はその間も活発で、お互いによく家を行き来する仲ではあった。中3になってからは俺に初めて彼女ができたりと、美樹との関係が少し遠くなった時期もあった。

「久しぶりなのに全然久しぶりな気がしないのはなんでだろうな?」

「まあ、純平とは毎日のように顔合わせてるし、学校の行きの電車とかはよく一緒だしね」

「そうだな。そう考えたら新鮮味はまったくないわな」

「それはちょっと言い方悪くない?」

 美樹はふてくされたような表情を浮かべたが、その顔がおかしくて思わず笑ってしまった。美樹も釣られて笑い出した。

「でもさ、純平。圭太には冗談半分でデートしてくるって言ったけど、なんだか本当のデートみたいじゃなかった?」

 今日一日を振り返ったら、美樹との関係を知らない人が見たら明らかにデートだ。

「デートみたいというか、まんまデートだよな」

「ああ、たしかに」

 このやり取りでまた楽しくなってきて今日のことを振り返りながら、俺はコーヒーを美樹は紅茶を飲みながら話に花を咲かせ、辺りが暗くなってきたので続きは帰りの電車の中に場所を移して話しながら帰った。


 俺と美樹は幼いころからいつも一緒にいた。初めて会ったのは幼稚園で何するにも一緒にしていた。幼稚園の先生も二人一組で扱うほどだった。

 長い時間一緒にいたのでお互いのことを誰よりも分かって理解している。おそらく、お互いの親よりもお互いの性格だとか細かいクセとか知っている。

 だから、お互いに気を遣わないでいられる分、他の人といる時より素になれて、楽で居心地がいいのだ。


 だからこそ、俺と美樹は恋人という関係には発展しなかった。


 お互いを家族か兄妹くらいにしか思えなかったのだ。つまりは、近すぎたのだ。

 同級生とか周囲はいつくっついても不思議じゃないと思っていたり、お互いの両親はそうなることを望んでるような節があり、やきもきさせたりしているのも気付いてはいる。

 だけど、俺と美樹は幼馴染という関係であり続けたのだ。

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