終末の前夜
美樹はさらに学校を週明けまで休んだ。事故で制服が汚れたり破れたりしてしまったので、新しい制服を注文していたのだが届いてなかったので、安静を兼ねて休むことにしていたのだ。
そして、2月13日……
美樹は久しぶりに学校に登校することになった。朝早くに美樹から今日から学校に行くと電話をもらい、付き添って欲しいと頼まれた。登下校は美樹の体のこともあるので美樹の母親が車ですることになった。
学校に着くと、美樹の姿は他の生徒からの視線を集めた。顔には大きなガーゼ、ギブスをした右腕を釣って、左足と左手の見えてる部分は包帯だらけで右足も痛々しい痣と擦り傷だらけで、足を引きずるようにゆっくり歩いているのだから仕方ない。俺は美樹の鞄を持ち、美樹の左手と手をつなぎ、気を遣いながら横を同じ速度でゆっくり歩いていた。
美樹は病院からは片側だけ松葉杖を持つことを勧められたが、左手の傷のせいで松葉杖を支える手が痛くて上手く力が入らないことと、いざという時に左手が使えないのが怖いということで何も持たないでゆっくり歩くことを選択した。
美樹と美樹の母親はまず職員室に向かい関係する先生に挨拶と現状の説明をしていた。その間、俺も自分の担任の先生に呼ばれ事情を聞かれ、そのときに放課後の授業を早退させてもらうことも話した。このことは俺の親にも説明して了承済みだ。
美樹は美樹の担任の先生と教頭、保険医に保健室登校にするのか、教室で授業を受けるのか美樹に選ばせた。美樹は教室を選択したようで、先生がフォローをどうするかの話し合いをしていた。
そして、話がまとまったようで、美樹の母親が深く頭を先生に下げていた。そして、俺に「後のことは純ちゃんに任せるね」と心配そうな顔のまま先に職員室を出て先に帰っていった。
俺は美樹のクラスの担任とも話をした。美樹のことで困ったり何かあったら連絡をくれることになった。
そして、職員室を出て美樹のクラスに向かった。廊下でも美樹は好奇の目にさらされた。周りで何かコソコソ言われていたけど、美樹は「仕方ないよね」って笑って深く気にしないようにしていた。
階段にさしかかり左手と手すりを器用に使いゆっくりだけど一人で上っていった。そのへんは美樹の部屋が自宅の2階にあり、何度も上り下りをしているうちに身につけた技術なのだろう。美樹のクラスがある2階まで上りきり、少し疲れた表情を浮かべながらも「純平みたいに教室が4階じゃなくてよかったよ」と言えるぐらいの余裕はあった。
教室に入ると美樹を心配するクラスメイトの輪が美樹の席の周りにできた。商業科だけあって女子ばっかりで少し気圧された。クラスメイトの中でも美樹と特に親しそうな子が「手伝えることや手がいるときは言って?」と美樹に声をかけ、美樹も「そのときはよろしくね」と笑顔で答えていた。
俺からも美樹のことをお願いしたら、クラスメイトたちの興味が俺の方に向いた。「彼氏変わった?」とか「美樹とはどんな関係なの?」など、色々話が飛び交って愛想笑いしていたら予鈴がなったので、逃げるように自分の教室に向かった。
今、俺のクラスでは俺と圭太の噂で裏で持ちきりになっている。前日まで仲良かった二人が翌日からまともに口も聞かず、さらには一人は顔に怪我をしてきたのだから仕方がない。今では、俺と圭太が近づくだけでも気まずい空気や雰囲気がクラスを包むようになった。そこに大怪我をした謎の女子生徒の噂も入ってきて、クラスの状況はあまりいいものではなかった。
世間ではすぐそこに迫ったバレンタインの話題で持ちきりなのに、俺の周囲ではそんな浮いた話題より暗い話題が占める割合が多いようだった。
美樹は右手が使えないのでノートは取れないでいたようだが、クラスメイトが「治るまではノートのコピーあげるからね」と言われたそうで、美樹は以前より真面目に授業を聞いたそうだ。移動教室のときもクラスメイトが荷物を持ったりだとかでばっちりサポートをしてもらったようで、最初はどこか申し訳ないと思っていたそうだが、クラスメイトの一人が「私たちが勝手にやってるだけなんだから気にしなくていいんだよ」という言葉を聞いて楽になったそうで、「私の周りにはこんなにいい人がいっぱいいるんだ」と感激しっぱなしだったようだ。昼休みに様子を見に行ったときに美樹は嬉しそうにそうやってクラスメイトを俺に自慢していた。
放課後に迎えに行ったときも、美樹のクラスメイトが率先して荷物を持ったりだとかして、俺がいなくても大丈夫そうな気もした。美樹からは「最終的に一番頼るのは純平なんだからしっかりしてよね」と言われ、周りにいた美樹のクラスメイトも便乗して、からかい半分面白半分で俺に色々言ってきたり詮索しようとしていたが、美樹が楽しそうに笑っていたので嫌な気にもならず、その場の流れに身を任せた。そして、それは美樹の母親が来るまで続き、美樹の母親は楽しそうに笑う美樹を見て、安心したと帰りの車の中で話していた。
その日の深夜ごろ、学校で出た課題をやっていたが、なかなか集中できずベッドで横になって少し気分転換をしていた。そこに携帯にメールが届いたことを知らせる着信音が鳴った。
メールの送り主は登録されていないアドレスだったが、誰かがアドレスを変えたか、迷惑メールかなと思い、軽い気持ちでメールを開いた瞬間凍りついた。
『純君、久しぶり。アドレス変わったのにどうして、私に教えてくれなかったの? 純君のアドレス調べるの苦労したんだよ。
ところで、純君。顔のケガは大丈夫? あの暴力男なんなの? 私の純君殴ってさ……
それに警察呼んだのに、捕まってもないみたいだし……
警察の代わりに私が罪を償わすために何かしてやろうかしら……
それはまあいいんだけど、ところでさ、なんであの女がまだ純君の隣にいるの?
あの女死ななかったんだね。せっかく、うまく事故にあってくれて、始末できたと思ったのにな……またチャンスがあったら今度はちゃんとやるからね。今度こそ、純君のそばにいられないようにするから、そうしたら私のところに戻ってきてね。
そういえば、明日はバレンタインだね。手作りのチョコ渡しに行くから期待して待っててね。
それじゃあ、また明日ね。 優子』
メールを読み終わってもすぐには理解できなかった。すぐに消してしまいたい気持ちをこらえてもう一度読み返した。
そして、この様子からすると美樹の自転車のブレーキを切ってあんな大怪我をさせたのは優子のようだった。さらに、圭太に殴られたとき警察がすぐ来たのも優子が呼んだというのなら、俺はいつも優子にどこからか見られてたことになる。
ストーカー……
ふとそんな言葉が頭に浮かぶ。そして、優子がストーカーだったと仮定して今までのことを思い返してみた。
デートの待ち合わせ時間に俺に合わせるように先に来ていたことも俺の住所を知っていれば簡単だ。さらに、ヘッドホンや短編集、買い食いの内容もすぐ近くで見ていたなら知ってて当たり前。美樹と買い物に行ったときもすぐ近くにいたから、あんな正確に何をしてたか言えたのだろう。
驚くほど辻褄が合うことばかりで、恐ろしくなってきた。
「じゃあ、事故が起きたのも、美樹が怪我をしたのも、全部俺のせい……なのか?」
今まで感じたことのない嫌悪感と絶望感で無意識に手で顔を覆った。そして、美樹の顔や姿が浮かんできて、さらにそこに罪悪感が加わる。
「何が支えるだ……全部俺のせいじゃないか。こんな俺に美樹を支える資格なんてない……そばにいる資格もない。俺が美樹を巻き込んだんだ! 美樹だけじゃない、圭太も……」
後悔と懺悔の言葉が漏れる。覆っていた手は顔から離れ、強く拳を握り締め震えていた。
「でも、俺にはどうしうようもできなかったなかったじゃないか……あんな女なんかと知り合わなければ……優子なんかと……」
逃げ出したい、責任転嫁したい気持ちも混ざりだす。自分の感情が分からなくなって発狂しかけていた。




