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傷だらけの告白

 俺はもう一人の当事者に話しを聞きに行くことにした。道行く人や帰りの電車の中で周囲から顔をジロジロ見られて、コソコソ何か陰で言われていたが気にする余裕はなかった。

 美樹の家に着き、玄関で俺の顔を見た美樹の母親は驚いて、すぐに氷嚢を作ってくれた。圭太に殴られた左頬がかなり腫れていたらしい。他にも、口の周りなど切れて血が滲んでいるところを消毒したり、絆創膏を貼ってくれた。

 治療しながら美樹の母親はなんでこんな怪我をしたのかと何度も聞いてきたが、階段で滑って、壁で顔を強打したとバレバレの嘘をついた。美樹の母親は最初は本当のことを聞きだそうと粘っていたが、頑なに嘘をつき続ける俺に負けて深くは事情は聞こうとはしないでいてくれた。

 治療が一通り終わり、美樹の母親に解放されると、美樹の部屋に向かった。ノックをして、「どうぞー」と美樹の声が聞こえたのを確認して中に入った。

 部屋に入ってきた俺の顔を見るなり、驚きのあまり美樹は目を丸くしていた。

「純平!? どうしたの?」

「お前こそ、どうしたんだよ??」

「なんのこと?? それより、その顔どうしたの? かなりひどいよ?」

「これか? 圭太に殴られたんだよ」

 美樹は驚きを隠せないでいた。

「なんで純平が圭太に殴られるわけ?」

「事故のこと黙ってたことと、美樹と俺が実は付き合ってるんじゃないかって疑われてキレられたんだよ」

 美樹は目をパチパチさせて、まったく理解できていないようだった。

「なあ、なんで圭太といきなり別れたんだよ?」

「前に言ったでしょ?? 圭太が私のことで苦しんで擦り切れていくのが分かるから、別れるなら早い方がいいと思ったの……」

「それならそうと、圭太にちゃんと言ってやれよ! あいつ、ここまで来たんだろ?」

 美樹は顔を曇らせながら、視線を俺とは合わせないように顔ごとそらす。

「言えないよ……私のわがままだし。圭太にもし理由言っても、そんなことないって、あいつ必死になって否定するでしょ?」

「だろうな」

「そうされたら、すごい悩んで出した答えなのに圭太に流されて、有耶無耶になっちゃいそうで嫌だったの……」

「それだけ、圭太が好きってことなんだろ?」

「そうかもしれなけどさ……」

「じゃあ、せめてもう少し圭太に事情を話してやれよ!」

「なんで純平は、圭太、圭太って言うの?」

 美樹は急に俺の方を真っ直ぐに見て、大きな声で言い放つ。突然のことで驚いてしまいきょとんとした。美樹の目は少し涙ぐんでいて声も心なしか震えているようだった。

「ねえ、純平は私の味方じゃなかったの……?」

「俺は……」と言いかけるも続きがとっさに出てこなかった。どうしてか、目を合わせてはいられず、逸らしてしまった。

「何があっても、純平は私のそばにいてくれるって言ったじゃん! あれは嘘だったの?」

「嘘じゃねえよ!」

 しっかり目線を合わして反論する。

「じゃあさ、私の意見尊重してよ! 圭太のことは今はほっといてよ!!」

「……わかったよ。悪かった……」

 圭太のことを話しに来たのだが、さっきの言葉で釘を刺されてしまい、下手なことは何も言えなくなってしまった。今は美樹が落ち着くまで待つしかないと思った。重苦しい空気のせいで、時間が経つのが異常に遅く感じた。

 しばらくして、美樹は静かに口を開いた。

「私ね……ずっと考えてたの。この怪我は事故のせいで仕方がないことだったかもしれないけど、どうしても受け入れることができなかったの。でも、リハビリとかの説明とか色々されて、この怪我と向き合わなきゃいけないって思ったの。ずっと付き合っていくって決心したの……」

 美樹が左手で右手のギブスを触りながら話している。俺は相槌を打つのも忘れて美樹の言葉の続きを待った。

「それでね、私の怪我を含めて、自然にありのままを受け入れてくれて、怪我をする前と全く一緒ってのは無理だけど、大差なく接してくれるのは誰だろうって考えたの……傷だらけでも、怪我してても、右手が不自由でも一緒に笑ってくれる人は誰だろうって……」

 美樹は一度区切りを入れるように、大きく深呼吸を一度した。

「それはね、きっと家族なんだって思った。家族なら自分のことのように受け入れてくれるし、支えが要るときは何も言わずに支えてくれる。辛いときは一緒に泣いたり、また立ち上がるための元気だってくれる。だから、私もありのままでいられるし、怪我とかのことも深く気にしないで過ごせると思ったの……」

 俺は美樹の話を、今後にも関わる重大な告白を聞いているようで真剣に聞きいった。

「だからね、それは圭太じゃないんだよ。圭太のことは確かに好きだよ。でも、付き合いだしたのは6月の始めだから、だいたい8ヶ月くらいかな……私も圭太もまだ高校1年生で8ヶ月しか付き合ってないのに、この先ずっとこんな私と一緒にいるってのは圭太には重荷になりすぎるし、一時の感情でムキになって無理しても、いつかは破綻することだったのよ。それに、きっと事故がなくても、私と圭太はそんな遠くない未来に別れていたと思うしね……」

 俺には信じられない話で、驚きのあまり美樹の顔を直視した。今にも声を出しそうなくらい何かを言いかけるも、結局何も言葉が出てこず飲み込んだ。

「純平にはたしかに驚く話かもしれないね。ねえ、純平には私と圭太がどんな風に見えてた?」

 心の中まで見透かされてる気がした。

「俺には信頼しあって仲がいいように見えてたよ」

「それは間違ってはないわ。私は圭太のことは信頼してるし、仲もいいとは思うもの。じゃあ、私と圭太がどこまで進展してるかとか知ってる? 圭太とそんな話したことある?」

 俺は落ち着いて圭太が美樹について話したり、相談したりしてきた内容を思い出す。圭太は美樹が好きだとか、かわいいとか大事にしたいとは常々言っていた。他にも、デートとかでどこどこに行ったとか、これをしたとか惚気話も時々聞かされた。相談も美樹が好きなものは何かとか、デートで行ったほうがよさそうな場所など聞いてきたくらいだった。ただ、どれだけ進展してたかなんて聞いた事がなかった。美樹も俺と話すとき、圭太とのそういう話題を避けていたようだったことに今になって思い当たった。

「思い出せる範囲ではどこまでやったとか、そういう話は聞いたことなかったよ」

「やっぱりね。だって、付き合ってはいても進展らしい進展なんてしてないもの、私たち」

「ちょっと待てよ……いや、ごめん。話が全くみえないんだけど……」

「だってさ、私と圭太はキスすらしてないんだもの。デートで流れや雰囲気で手をつなぐことはあっても、それだけだったもの」

 俺は驚きのあまり言葉が出てこなかった。

「それに、デートとかで圭太と二人でいても、なんで圭太は分かってくれないんだろうとか、色々思うところがあったのよ。圭太は私のことをちゃんと異性として好きなのかもしれない。だけど、私は圭太のことが好きだったけど、だんだんそれが友達として好きなんだってはっきり自覚していったのよ」

 美樹の言っていることが俺には衝撃的過ぎて、ぽかんとしてしまう。そんな俺に美樹はさらに続ける。

「ここまで話したから最後まで言うけどね……私ね、純平が紹介したから圭太と付き合ったの。最初は圭太のことは好きでもなんでもなかったのよ」

「えっ!?」と思わず声に出る。

「圭太とだんだん仲良くなって、いい人だとは思ったよ。話してて楽しかったりしたけど、それはあくまで友達としてなの。そのあと、圭太に告白されて断った後に純平がそのことで圭太から相談受けて、私に圭太を勧めてきたんだよ。だから、友達からってことで付き合いだしたんだよ」

「俺のせい……なのかよ?」

「そうかもね。それにね、私と圭太が二人でいるとき圭太がどんな話してるか知ってる?」

「知らないけど……それがなんなんだよ?」

「圭太はね、話題のほとんどが純平のことだったんだよ。特に話題に困れば困るほどね」

「意味がわからないんだけど……」

「私と一番長く続く話題で、一番楽しく話せる話題が圭太の中では純平のことだったのよ。そのために圭太はあんたのことをよく見てたと思うよ。なんかない? 圭太だけが細かい異変とかに気付いたとかさ?」

 俺には思い当たる節がいくつもあった。

「じゃあ、圭太が俺と仲良くしてたのも、全部美樹との会話のためで、作り物の関係だったってのか?」

「ううん。圭太と純平は本当に仲のいい友達だと思うよ。趣味や好みが近いのも本当のことだしね。そこは間違いないよ。だけど、私ともっと仲良くしたいから純平のことをよく見ていたのも間違いではないだろうね」

 俺は圭太との関係が微妙なバランスの上で成り立っていたことに少しずつ気付いていく。

「だから、結局は何が言いたいんだよ……??」

「まだ気付かない? 圭太が今日、純平に対して疑ったりキレたりした理由がそこにあるのよ」

 考えがまとまらず、頭をかきむしりながら悩みこんでしまう。そんな俺を見て、美樹はため息をついた。

「純平……圭太はね、気付いちゃったんだよ……」

「何にだよ?」

「私の本当の気持ちに……かな。あとね、純平。圭太は純平といるときの私が好きなんだと思うよ。だから、何かにつけて三人で集まったりできるような機会作ろうとしてたしね。でも、どこかで純平にずっと嫉妬してたんだと思うよ。だけど、それを認めたくなくて、けっこう悩んだりしてたんじゃないかな」

 今日何度目か分からない衝撃でまた言葉を失う。

「それで、私の話に戻るんだけどね……この先、怪我を含めて私が一緒にいたいって思ったのは純平だったの」

 突然のことの連続でもうよく分からない。とりあえず、圭太と美樹の話は一旦置いといて、これから美樹が話すことに集中しようと切り替えた。

「純平はさ、小さい頃からずっと一緒にいて、昔はどこに行くのも一緒だったしさ、昔から家族みたいに思ってた。もっと言えば、同い年の姉弟とか、双子みたいな感じの方が近いかな……」

 俺もそれは同じように思っている。

「純平はさ昔から私が辛いときや泣いてるときはずっとそばにいてくれたよね。それに、私は顔見るだけでなんとなく言いたいことわかるくらい純平のこと知ってる。きっとそれは純平も同じなんだと思う」

 俺は美樹がこの先何を言い出すかなんとなく分かってしまった。

 それは今までお互いに気付かないフリをしてきた言葉で、できれば言わないで欲しかった言葉だ。それは昔から俺たちの両親が期待したことで、学校の友達や周囲が誤解してきたことだ。

 そして、それは俺と美樹が意識的にも無意識敵にも避けてきたことだ。なぜなら、最初から上手くいくことは分かりきっていたことだが、一度本気で口にしてしまえば、中途半端だけど居心地のいい今に後戻りができなくなることに気付いていたからだ。

 だけど、美樹は続ける。

「だけどね、私は年末に純平が倒れたときにもう自分の気持ちを誤魔化しきれなくなったんだよ。それで、事故に遭った日に純平に抱きしめられてから確信したの……」

(頼むから……頼むから、それ以上は言わないでくれ……)

 俺は心の中で叫ぶが口には出せない。美樹の目から流れ落ちる涙に気付いてしまい、美樹の心の底からの本気の思いを遮ることなんてできなかった。


「私ね……純平のことが好きなの……家族でも姉弟でも双子でも、もちろん幼馴染としてじゃなく、一人の男の子として純平が好き……」


 美樹は涙を拭くこともせず、真っ直ぐに俺を見ている。俺はまだ迷っていた。答えは出ているのに、その答えを告げられないでいた。それは、気楽で居心地がよかった幼馴染の終わりを意味しているのだから……

「純平は私のこと好き??」

 美樹は俺に答えを求めるように尋ねてくる。俺は覚悟を決めた。

「……ああ、好きだよ」

 美樹の涙を指でぬぐいながら、小声だったがしっかり美樹に聞こえるように答えた。その瞬間美樹は胸に飛び込んできた。自分から飛び込んできておいて胸に左頬を強く打って痛がってしまいなんともしまらない感じになった。でも、俺と美樹らしいと思った。

「ねえ、こんな怪我だらけだけどいいの?」

 美樹は抱きついたまま見上げるように顔を上げて聞いてくる。俺は美樹の頭を撫でながら答えた。

「いいよ。それに前にも言っただろ? 何があっても、俺は美樹を支えるってさ」

「うん……そうだったね」

「たださ……ちょっといいかな?」

「なに?」

 美樹は何を言われるのかと身構えて力が入るのが伝わってくる。

「いきなりお前のこと、そういう風には見れないけどいいか?」

「そういう風って?」

「その……彼女とか……そういう風にってことだよ」

 美樹は吹き出した。俺は真剣に真面目に話した分、美樹のリアクションにムッとした。

「ははは……そんなバカ正直に言っちゃう? まあ、心の整理下手くそで不器用だもんね、純平は」

「悪かったな」

「でもね、私も今すぐじゃなくていいよ。私だってさ、いきなり、「はい、今から恋人な」って割り切られても困るもん! それに、あんたのことだから、圭太に負い目とかも感じたりしてるんでしょ?」

「まあね。よく分かるな」

「どんだけの付き合いだと思ってるのよ」

 美樹はいたずらっぽい笑顔を浮かべていた。それを見て、なんだか一気に力が抜けた。

 そして、パンクしかけだった俺の頭は軽くなり、ふと圭太とはもう友達に戻れないだろうなと思った。だけど、俺は美樹と向き合う覚悟を決めたときにそれも仕方ないことだと腹を決めていた。

 ふと、時間を見るともう帰らないとやばそうな時間になっていた。

「うわっ、もうこんな時間かよ」

 美樹を離して、座ったまま自分の荷物をまとめる。

「ねえ、純平!!」

 美樹の声に反応して向き直ると、目の前に美樹の顔があった。そのまま美樹の顔がさらに近づいてきて、唇が触れる。しばらくして、美樹はゆっくり離れた。

「へへへ……キスしちゃったね。純平」

「いきなり驚かすなよ」

「ごめんね。そういや、純平とキスしたの初めてじゃないんだよ? 覚えてる?」

「えっと……幼稚園の年長の時だっけ?」

「そうそう。よく覚えてたね」

 美樹は嬉しそうな笑顔を浮かべている。

「まあ、あのときはキスが何かとかよく分かってなかったよな?」

「そうだね。でも、私はあのときも同じ気持ちだったんだよ」

「えっ? どういうこと?」

「私はさ、幼稚園のときから……たぶん初めて会ったときから純平のことがずっと好きだったんだよ。で、今もあのときから変わらず、いやあのときよりももっと好きなんだよ」

 俺は照れて顔が真っ赤になるのを感じる。美樹は俺の右頬に触れながらもう一度キスをする。

「あのころはさ、こうなるなんて思いもしてなかっただろうな」

「それはどういう意味よ? 私とキスするのそんなに嫌だったわけ?」

「そうじゃないって。すごい嬉しいからさ」

「うん、ならよろしい!」

 美樹の笑顔が今までに見たことないほどかわいく見えた。そんなことを思った自分に気付き、急に恥ずかしい気持ちになりすぐにでも帰りたいという衝動に襲われた。

「じゃあ、そろそろ帰るな。そもそもあんまり長居するつもりもなかったから、親に何も言ってないんだ」

「まじで? おばさん、そういうところ厳しいからね。あ、純平、私たちのことはまだお母さんたちに内緒にしておこう?」

 親たちのリアクションが目に浮かびため息が出た。

「そうだな、わかったよ。あっ、いつでも頼りたいときとか遠慮なく連絡しろよ? お前すぐ無理とか強がったりするからな」

「もう”純平には”いつも以上に遠慮しないから、逆に覚悟しときなさいよ?」

 美樹はにやりと笑う。

「ああ、覚悟ならできてるよ」

 美樹は期待してたリアクションが来なかったようで肩透かしを食らったような表情を浮かべる。俺はそんな美樹に笑いかける。

「じゃあ、おやすみ。美樹」

「あっ、うん。おやすみ、純平」

 俺は美樹の母親に挨拶して、家に帰った。家に帰ると、母は俺の顔を見るなり目を丸くして、顔の怪我についてしつこく問い詰められた。美樹の母親のときとは違い、今度は誤魔化しきれず、友達と喧嘩になって殴られたことを白状させられることになった。

 母は相手は誰かとか、俺が手を出したのかと聞いてきた。相手は友達としか答えず、もう一つの質問には自分は手を出してないと手の甲を見せながら答えた。

 喧嘩の原因までは聞かれなかったが、早く仲直りしろとだけ忠告された。


 今日一日だけで、俺の築き上げてきた日常は脆くも崩れ去った。

 いい意味でも悪い意味でも、昨日までの日常とは違う日常に身を投じざるを得ない状況になってしまった。

 しかし、俺の日常を変化させる出来事はここではまだ終わってはいなかった……

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