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急転直下

 2月6日……

 冬休みが終わって1ヶ月ほどが経ち、バレンタインデーが近づきだし世間は賑わいだしていた。

 その日、帰りの電車がたまたま美樹と同じになり、そのまま一緒に帰ることになった。いつも使っている家の最寄り駅に着き、駐輪場に並んで話しながら向かった。そこで、お互い自分の自転車を見つけ、合流し、駐輪場の出口まで話しながら自転車を押して歩いた。

 駐輪場を出たところで、美樹は自転車にまたがると、

「じゃあ、純平。私はお母さんに頼まれてる買い物あるから」

「そうなん? あっ、そうよ。帰りにうちに寄ってくれない? なんかさ、母さんが親戚からミカンを大量にもらったらしくってさ、おすそわけしたいんだってさ」

「えー……荷物多くなっちゃうじゃん。純平がうちに持ってきてよ」

「どうせ帰りに家の前通るじゃん。持って帰れるだけでいいから持って帰れよ」

「じゃあ、買い物帰りに家に寄るから、持てなさそうだったら純平が運んでね」

「はいはい、わかったよ。じゃあ、またあとでな」

「うん。あとでね」

 こんないつものノリの会話が終わり、俺と美樹は別々の方向に向かって自転車を漕ぎ出した。

 しばらくすると、救急車やパトカーだと思うサイレンの音が遠くのほうで鳴っているのが聞こえた。俺はそれを気にもとめず、まだ少し冷える家路を急いだ。


「ただいまー」

 いつもなら奥のほうから母の返事が返すのだが、何も返ってこなかった。ただ気が付かないこともあるし、毎日ではないので気にせず、靴を脱いで、美樹が帰りに寄ることを伝えようと台所の方に向かった。近づいていくと、台所から母が誰かと話しているような声が聞こえてきて、台所に入ってみると母は深刻な顔で電話をしていた。

「はい、はい。それで美樹ちゃんは?」

(えっ……!? 美樹……??)

 俺は美樹の名前が出てきたことに驚いた。母が美樹のことを話していてあんな顔をするとこを見たことがない。

「それじゃあ、うちの子にも聞いてみて、連れて行きます。はい、はい。詳しくはそこで……それでは」

 母は電話を切り、険しい顔のままこちらに向きなおした。

「純……とりあえず、落ち着いて聞きなさいね」

「な、なんだよ、あらたまって……」

「いいから黙って聞きなさい!」

 相当気が立っているようで、圧倒され口を閉じる。

「美樹ちゃんのお母さんから電話があってね……」

 母が続きを言いにくそうで変な間が空いた。俺は体を強張らせて続きを待った。

「美樹ちゃんがね、さっき事故にあったって……」

「事故??? ちょっと、悪い冗談やめろよ! 俺、ついさっきまで美樹と一緒だったんだぜ?」

 突然ことで信じられないという気持ちでいっぱいで少し早口でまくし立てる。しかし、母は冷静に静かに告げてくる。

「嘘じゃないから。それでね、美樹ちゃん、怪我をしたらしくてね……」

「えっ、なに……言ってるんだよ???」

「だから、美樹ちゃんが事故にあって、怪我をして病院に運ばれたの。それで、今から行くけどあんたはどうする?」

「行くに決まってるだろ!」

 家の戸締りだけ済ませ、俺は着替える間も惜しみ、制服のまま母の運転する車で病院に向かった。まだ美樹が事故にあったことが信じられないでいた。正確には信じたくはなかった。美樹の無事を祈りつつ、一分一秒でも早く病院に着けよと思いながら、ずっと落ち着けないでいた。

 病院に着くなり、車を駐車場にとめに行った母を待たずに病院に駆け込んだ。受付で美樹の居場所を聞いた。俺が以前に点滴を受けた処置室の隣の処置室で治療を受けているらしく、他の人に気をつけながらも病院内を疾走した。

 処置室の前の長椅子には美樹の母親が座っていた。

「おばさん! 美樹は??」

 全力で走ったせいで息が上がっている。

「純ちゃん……美樹は今、中で治療しているみたい」

「それで美樹は大丈夫なの? てか、中に入らないの?」

「今は治療が終わるまでは入るなって、言われたの。それに看護師さんの話だとそこまでひどい怪我じゃないってことみたいだし……」

「そっか……よかった……」

 ほっと胸を撫で下ろした。美樹の母親に促され隣に腰掛けた。

「でもね、警察の人が詳しく話を聞きたいとかなんだとかで、ドアの前で病院の人と話し込んでたのよね。ほら、あそこにいるでしょう」

 制服を着た二人組みの警官が少し離れたところに険しい表情で立っていた。言われるまで俺は人がいることも気付かなかった。それほど周りが見えなくなっていた。

「事故なら、そのときのことや怪我のこととか美樹に聞きたいこともあるんじゃないかな?」

 おばさんは「そうよね」とだけいい、また処置室の方を心配そうな視線で見ていた。

 しばらくして、俺の母親が合流し、飲み物を買ってくるなど気を回していた。警官も一人を残し、一人が連絡のためか度々どこかに行っているようで、戻ってきては何か話し込んでいるようだった。

 俺が病院に着いて、30分以上は経った。処置室のドアが開き、家族の方は中に入るように促される。警官の二人も招き入れられた。俺の母親は、「処置室の前で待ってる」と言い、美樹の母親の鞄やコートなどの荷物を見ていると伝えていた。

 俺も家族ではないので入りたいという気持ちを抑え、反射で立ち上がったもののどうしたものかと考えていた。しかし、美樹の母親が、「一緒に来て。きっと私だけよりも美樹も安心すると思うから。それに私も一人だとちょっと不安だから」といつもの優しい顔が曇っているのを見て、俺は母に目で訴え、母も言いたいことが分かったらしく、頷いていた。「じゃあ、おばさん……」と声をかけて、一緒に処置室の中に入った。

 中に入り、入ってすぐのカーテンを開けた。そこでベッドの上に座っている美樹の姿を見た途端、美樹の母親が力が抜け倒れそうになった。咄嗟に支え、近くの椅子に誘導する。

 俺も美樹の姿には驚いてはいたが、美樹の母親を対処することで平静さをかえって保つことができた。

 目の前にいる美樹は最後に見た姿とは全然違っていた。

 美樹は、左頬には顔の半分を覆うように大きなガーゼがあった。さらに左の太ももから下と左腕のひじから先は包帯が巻かれていて、右腕はギブスで固定され三角巾で吊っていた。右足は腫れていて大きな痣ができていて、見るからに痛そうだった。他にも細かい擦り傷や絆創膏、ガーゼが見て取れた。

 美樹は俺と母親の姿を見て、悪いことをして叱られる前の子供のような表情を浮かべ、痛々しそうな表情で苦笑いをしていた。

 一緒に入った警官達は医者のところに真っ直ぐに向かい何やら小声で話しこんでいるようだった。さっきまではよく見ていなかったので気付かなかったが、一人は眼鏡をかけた優しそうな初老の警官と、がたいのいい切れ長の目をしたまだ若そうな警官の二人組みだった。話しが終わると医者が今度は看護師と一言二言言葉を交わし、看護師が奥の部屋に移動した。

「それでは、ご家族の皆様は怪我の状態などをご説明いたしますので、奥の部屋へどうぞ」

 医者は奥の部屋の方へ促してくる。美樹の母親は返事をして力なく立ち上がり、促されるまま奥の部屋に入っていった。俺はというと看護師に促されるも奥の部屋には行かず、美樹のいるベッドの横に立っていた。そんな俺に若い方の警官が眉をひそめ、露骨に嫌そうな態度を表していた。

 それに気付いた初老の警官が手で諌めるような仕草をし、美樹に穏やかな口調で話しかける。

「それでは、美樹さん。ちょっとお話しを聞かせてもらいたいんですけど、大丈夫かな?」

 美樹は一度俺の方を見てから初老の警官のほうに顔を向け返事をする。

「はい、大丈夫です」

 美樹の返事を確認すると若い警官が俺の腕を引きながら、

「すまないが、君はどうやら美樹さんのご家族ではないみたいだね」

「ええ、そうですけど」

「じゃあ、君には関係のないことだから、席を外してもらえないかな?」

 有無を言わさないという強い語気で言ってくる。

「ちょっと待てよ! 関係ない!?」

 腕を払いながら思わず声を荒げてしまう。

「美樹は幼馴染でずっと一緒で家族同然のヤツなんですよ! 関係ないわけないだろ!!!」

 美樹のこんな姿を見て、関係ないと言われて、黙って引き下がれるわけにはいかなかった。しかし、若い警官は再度腕を掴み、「それを関係ないと言うんだよ」とさらに強く言ってくる。俺はまた腕を払いのけようと抵抗する。

「純平……」

 美樹が不安そうな表情でこちらを見ている。

「私達はね、美樹さんの話を聞きたいんだ。君が美樹さんを心配するのも分かる。しかし、私達も仕事なんだ。もしかしたら君が聞きたくないような話になるかもしれない。だから、お願いだから少しだけ席を外してはもらえないだろうか?」

 初老の警官がいつの間にか横まで来ていて、若い警官に腕を下ろさせながら優しく諭すように言ってくる。勢いで反論できる空気ではなくなり、言葉につまる。悔しいけど、席を外すしかないと思い始めていた。

「あの、すいません! いいですか?」

 そこに美樹の声が割り込んでくる。初老の警官が美樹のほうに顔を向けながら、

「なんだい?」

「純平に……彼にいてもらってはダメでしょうか? なんだか一人だと心細くて……」

 初老の警官は困ったような表情をしたが、若い警官と何やら小声で話して、「美樹さんがそうおっしゃるなら」としぶしぶながら了承してくれた。若い警官のほうは、まだ憮然とした表情を浮かべていた。美樹のベッドの横に戻ると、小声で美樹が「ありがとう」って呟いた。俺も小声でお礼を言った。

 場を仕切りなおすように初老の警官は一度咳払いをし、ポケットから手帳を取り出す。若い警官も横で同じように手帳を開いている。

「純平君だったかな、君もずっと立っていないで座ったらどうだい?」

 初老の警官に言われ、ベッドの脇に腰掛ける。それを見て、初老の警官が質問を始める。

「それでは、美樹さん。まずは事故に遭われたときのことを覚えている範囲で話して貰えますか?」

「えっと、母に頼まれていた買い物をするために駅から商店街のほうに自転車で向かっていたんです。それで、少し行ったところで信号が赤になったのが見えてブレーキをかけようとしたんですけど、何度やってもかからなくて……」

 美樹は話しながら俺の服の袖を握っていた。

「それで、何かの間違いかもと何度もブレーキかけようと思ったけどやっぱりかからなくて、頭が真っ白になって、気が付いたら横から来た車にぶつかって、道路に倒れていました」

「事故に遭われた信号は駅から向かうと緩い下り坂になってますけど、信号が赤になるのが見えるまではブレーキは一度もかけてなかったのかな?」

「たぶんかけてないと思います」

 二人の警官はメモを取りながら聞いている。美樹が事故にあった道は確かに緩い坂になっているが、ほとんど平地を走っているのと変わらないくらいのものだ。

「とっさに足でブレーキをかけようとか、自転車から飛び降りるとかは思い付かなかったのですか?」

「すいません……」

 美樹は責められているように感じたの俯き肩をすぼめている。

「それでは、質問を変えますね。ブレーキに異変を感じたのはいつからですか?」

「異変って?」

「ブレーキがおかしいと思ったのはいつからかな?」

「あっ、事故のときが初めてです」

「それでは、今日は事故の前に自転車に乗りましたか?」

「あ、はい。朝、学校に行くのに駅まで乗りました」

「そのときはブレーキは正常にかかりましたか?」

「はい、普通にかかりました」

 初老の警官は眉をひそめ、横の若い警官と小声で相談を始める。俺と美樹はその相談が終わるのを待つしかなかった。

「では、美樹さん。自転車はいつも駐輪場にとめてるのかな?」

 今度は若い警官が質問をする。

「はい、そうですけど」

「それじゃあ、駐輪場のとめる場所はいつも同じだったりしないかな?」

「まさか。その日空いているところにとめるので、毎回毎回違うと思います」

「あの、すいません」

 俺は話を聞いていて疑問に思ったことがあり、黙って我慢していたがついつい横から口を挟んでしまった。若い警官は俺の方を邪魔するなと言わんばかりに睨んでくる。

「なんだい?」

 しかし、初老の警官は嫌な顔をせずに発言の機会を与えてくれた。

「えっと、なんで、そんなにもブレーキとか自転車についてばかり細かく聞くんですか? 事故の原因究明のためかもしれませんがなんだか偏ってませんか?」

 初老の警官は俺の顔を真剣な顔でじっくり見てくる。目線をそらしたい気持ちになるが黙って視線に耐える。すると初老の警官は元の穏やかそうな顔に戻り、一息ついた。

「これはまだ言っていませんでしたが、実はですね……」

「ちょっと待ってくださいよ!! まだ話していいか分からないじゃないですか!!」

 横から遮るように若い警官が声を荒げる。

「大丈夫。この子たちは本当に知らないようだからね。それに、もし何かあっても私のせいだと報告してくれて構わない」

「そ、そこまでおっしゃるなら」

 若い警官は引き下がる。

「話の腰を折ってすまないね。それでは本題に戻ろう。これから話すことは君達にはショックなことかもしれない。それでも話を聞く覚悟はあるかい?」

 俺と美樹は顔を見合わせ、初老の警官のほうに向き直し、ほぼ同時に頷く。

「実はですね……美樹さんの自転車のブレーキには人為的に細工された跡が残されていました」

「えっ!!!!」

 俺は驚きのあまり声を出した。美樹は声も出せずに目を見開いているようだ。

「分かりやすく説明しますと、ブレーキが切れていたんですよ。正確には何者かに刃物のような鋭利なもので切られていたんです」

 美樹の顔からさっと血の気が引いていく。俺もあまりのことに呆気を取られ、言葉も出てこない。

 美樹はいつの間にか俺の服の袖から手を離し、震える手で手を握ってきた。俺も美樹の手をしっかりと握った。美樹の感じている恐怖の一部が手を通じて、俺にも伝わってくるようだった。

「切られたって、誰にですか?」

 俺が美樹に代わって質問する。初老の警官は首を軽く横に振りながら答える。

「それが誰かを知りたくて、私たちは聞いているんですよ。ちなみに、そこの彼は純平君のことも疑っていたので少々悪態をついてしまったようで……」

「ちょっと!! それは言わなくても……」

 若い警官は本気で焦りだす。俺の冷たい視線を感じて若い警官が「さっきはすまなかった」と頭を下げる。場の異様に張り詰めていた空気が少し和んだ。その証拠に、美樹の顔には血の気が戻り、小さく笑っていた。

「それで、話を戻したいんだが、美樹さん。あなたに恨みなどを抱いている人に心当たりはありませんか?」

 美樹は横に首を振る。

「純平君はどう思うかい?」

 俺まで聞かれると思ってなかったので考えてから答える。

「俺も心当たりはないです。美樹は、こんなことされるほど恨まれたり、嫌われたりするタイプではないので……」

 言い終わってもう一度思い返しながら考える。恨まれそうな出来事はなかったか……

(恨まれるようなことがあるとするならば、美樹ではなく、俺の方がありそうな気がする……俺の方???)

 一瞬ある人物の顔がよぎり、それに釣られるように嫌な記憶がフラッシュバックする。

(まさか……優子……? でも、今まで優子に家の場所や最寄り駅とか話したことないからありえない。それに狙われることがったとしても、それは俺だ……美樹じゃない……)

「おい! 君! 純平君! どうしたんだい?」

 どうやら相当ひどい顔をしていたようで初老の警官が心配して声を掛けてくれたようだが、肩を揺さぶられるまで声を掛けられていることにも気付いてなかった。

「い、いえ……なんでもないです。大丈夫です……」

「本当かい??」

「ええ、すいません」

 俺は少し笑って見せる。初老の警官は深くはもう追求せずに、その後も美樹に友人関係を聞いたりしていた。一通り質問は終わったらしく、若い警官は「もしかしたら、ただの悪質なイタズラなのかもしれませんね」と初老の警官と話し出した。そして、「そろそろ戻りましょうか?」と提案しているのも聞こえた。

 二人の警官はそれぞれ名刺を俺と美樹に渡して、「何か思い出したり、気になることがあったらここに遠慮なく連絡してもらえるかな」と言い残し去っていった。

 処置室に残された俺と美樹はどうしていいかわからず、手を握り合ったまま固まっていた。そこに、奥の部屋から看護師がやってきた。

「今日はこれで帰ってもいいですが、吐き気がしたりおかしいと感じたらすぐに来てください」

「はい、分かりました。あの、母はまだ奥の部屋に??」

「いえ、先に話が終わったので、お母さんは別のドアから出てもらったので廊下で待っていると思いますよ」

 俺は握っていた手を離し立ち上がり、もらった名刺を上着のポケットに突っ込む。美樹もゆっくりベッドの上で体勢を変え、足を下ろして立ち上がろうとする。その瞬間よろけてバランスを崩した。とっさに美樹を支え、ゆっくりベッドの端に座らせる。その様子を見ていた看護師が美樹を心配しながら尋ねてくる。

「車椅子お使いになりますか?」

「いえ、大丈夫だと思います」

 美樹が強がっているのは明らかだった。

「あの。病院の玄関まででいいので車椅子借りれますか?」

「ええ、もちろんですよ」

 看護師は車椅子を用意してくれた。

「余計なこと言わなくてもいいのに、純平」

「はあ? まともに立てないやつが何が余計だって??」

 美樹は口ごもる。看護師はくすくす笑っているようで美樹はそれに気付いて顔を赤くする。俺はそんな美樹の変化を気付かない振りをして、看護師に手伝ってもらいながら美樹を車椅子に座らせた。俺と美樹は部屋を出るときに看護師にお礼を言い、廊下に出た。

 廊下には心配そうな表情で俺と美樹の母が座って待っていた。俺の母は美樹の怪我をした姿を見て相当ショックを受けているような表情を浮かべ、どんな声を掛けていいか分からないようだった。

「美樹、車椅子どうしたの? まさか歩けないほど痛いの?」

 美樹の母親が俺の押す車椅子に乗って出てきた美樹に心配そうな表情を向ける。

「ううん。そうじゃなくて、ちょっとバランス崩したら純平が大げさに心配しちゃってさ」

「お前さ、あの状態でよくそんなこと言えるよな?」

「本当はちゃんと立てるし、歩けるもん」

 美樹は車椅子のブレーキを引こうとするも、右手を吊っているため右側のブレーキが引けないでいた。その苦戦しているところに俺は声を掛ける。

「ほら、その手だと、もしまたよろけたら、とっさに手が出ないし危ないだろ?」

「ま、まあ、そうよね。でも、本当にちゃんと歩けるんだからね」

 顔を真っ赤にしながら少しオーバーにツンと顔をそむけて見せる。

「はいはい、分かったからさ。とりあえず、入り口までは楽できると思って乗ってろよ。そこまで押してやるから」

「まあ、そうまで言うんならしっかり押してよね」

 あまりに緊張感のない会話に母達はくすっと笑った。

「じゃあ、純ちゃん美樹のことよろしく頼むわね」

 美樹の母親は少し安心したような表情を浮かべながら言ってきた。

「わかってますって。あっ、おばさん。家まで付き添ってもいいかな? 今のこいつ、こんなんだから危なっかしくてさ」

「純ちゃんにそうしてもらえるなら助かるけど……」

 美樹のほうに目をやりながら答える。

「いいよ、いいよ。私なら大丈夫だから」

 美樹が焦ったように止めようとする。

「お前さ、今の自分の状況ちゃんと考えて言えよ」

「えっ……はい。ごめんなさい。お願いします、純平」

 美樹の態度の変化でさらに母たちが笑い出す。俺の位置からは表情は分からないが美樹は耳を真っ赤にしていた。

 美樹の母親は会計を済ませた後、院内薬局で薬を受け取り、急いで駐車場に行き、車を玄関に回してくれた。俺と美樹の母親とで美樹を支え、車の後部座席に足を伸ばせるような体勢で乗せた。俺の母が車椅子を病院に返してから、先に家に帰ってると俺に伝えて、車椅子とともに病院に戻っていった。

 俺は車の助手席に乗り込み、美樹の家に向かった。

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