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吾輩は(悪役令嬢の)猫である。  作者: しらたき 茶々麻呂


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吾輩、敵を知る

 プリシラお嬢様とアドリアンお兄様の生家、ロザリンド公爵家は、それはそれは高貴な家柄である。しかし第一息女であるプリシラお嬢様が王太子の婚約者に選ばれたのは、ただの家柄が良いという理由だけではない。


 この屋敷の者なら誰もが知っている。彼女が淑女としての立ち振る舞いや教養を身につけるため、血の(にじ)むような努力をしてきたことを。


 しかし、ここに重大な問題がある。そう、ここは『乙女ゲーム』の世界。道理の通じないヒロインと、王太子を含む鍛錬不足で脳みその代わりに綿菓子が詰まっているような、愚かでハッピーな攻略対象共が存在するのだ。


「王太子殿下。この状況について、ご説明いただけますか?」


 この日、公爵家自慢の庭園では紳士淑女のお茶会が開かれた。しかしプリシラお嬢様の視線の先には、王太子と、呼ばれていないはずの男爵令嬢の姿が。その令嬢こそが、乙女ゲームのヒロインである。


「やっぱりユメはお邪魔なのですね」


「何を言うか! お前がいなければ、この茶会も華がないというものだ」


泥棒猫(ヒロイン)はきゅるんとした顔で王太子を見上げ、さらにあろうことか王太子が彼女の肩を持った。吾輩の額には青筋がたった。ふわふわの毛に隠れて見えないが。


「ユメを悲しませるなど言語道断。公爵家の茶会如きに、一人参加者が増えたところで問題はなかろう。説明は不要だ」


「本日はわたくしたちの婚約記念日ですわ。それなのに、彼女のような身分違いな令嬢を招くなど」


「くどい! 貴様が、ユメのことを快く思っておらんのは知っている。嫉妬に狂った醜い悪女め!」


  王太子の乱心を留めるのが家臣の役目だろう。しかしながら王太子の取り巻きであり、脳みそハッピーセットな攻略対象の男共は、情けないことに王太子の肩を持つ。そればかりか、プリシラお嬢様に向けて非難の目を向けている。


「あの噂は本当だったのか」


「プリシラ嬢が、ユメに嫌がらせをしていたなんて」 


 なんという侮辱的(ぶじょくてき)な態度だろうか。プリシラお嬢様が積み上げてきた努力を、その傲慢な冷徹な態度で踏みにじるとは何事か。さらに怒りの琴線に触れたのは、ユメと呼ばれたヒロインが彼らの中央で微笑んでいることだ。


 吾輩には分かる。泥棒猫(ヒロイン)の可憐な顔の裏には、醜悪な本性が隠されていることを。でなければどうして、プリシラお嬢様が肩を震わせている様子に気付きながらも、微笑むことができようか。


「……では、茶会をお楽しみくださいませ」


 プリシラお嬢様は、淑女の中の淑女である。こんな仕打ちを受けてもなお、口元には美しい微笑を浮かべ、完璧な一礼をする。そんな彼女に、王太子は労いどころかこんな言葉を投げかけた。


「さっさと失せろ。私とユメの時間の邪魔をするな」


「……」


 吾輩は激怒した。必ず、このお花畑頭の不届き者に、正義の鉄槌を下さなければならぬと決意した。


 吾輩は庭園の花壇からタッと飛び出し、プリシラお嬢様の前に躍り出る。そして王太子と泥棒猫(ヒロイン)に対して牙を剥いた。


「シャーッ!」


 今すぐ立ち去れ、無礼な客人よ。我が主を(おとし)めることは許さぬ。


 言葉は話せずとも、この子猫には獣らしい爪と牙がある。その鍛錬の形跡もない貧弱な柔肌など、簡単に切り裂いてくれる!


 だが、その武勇は一瞬で粉砕(ふんさい)された。


「この、 無礼な猫め! 次期国王に牙を剥くなど!」


 叫び声とともにぐるんと視界が回る。首根っこを掴まれ、ゴミのように放り投げられたのだ。前世では鍛え上げられていた吾輩の身体は、現在、わずか数キロの子猫。芝生に叩きつけられた子猫の身体が、ズキンズキンと悲鳴を上げる。


 目の前にブーツの底が迫っていた。王太子はプリシラお嬢様の目の前で、愛猫(あいびょう)を踏み殺そうとしているのだ。


「ティアラ!」


 お嬢様の悲鳴が響く。彼女はその高価なドレスを汚すことも(いと)わず駆け寄り、吾輩を抱きかかえた。


「殿下、申し訳ございません! この子はただ、戯れが好きなだけなのです……どうかご慈悲を! 処罰だけは、どうか……っ!」


 気高くあるべき公爵令嬢が、あろうことかこんなクズ王太子の前で、膝をつき、必死に頭を下げている。吾輩という『ただの猫』を救うために。


「殿下ぁ。ユメ、おなかがすいちゃった。早くいこ?」


「あぁ、そうだな。こんな畜生に構っている時間がもったいない」


 泥棒猫(ヒロイン)は王太子の腕に絡みつき、腐った果実のような甘ったるい声で話す。その言葉に機嫌を戻した王太子は、プリシラお嬢様に一瞥することなく、庭の中央へと歩き去っていった。  


「大丈夫よ、ティアラ……いい子にしていましょうね」 


 お嬢様の流した涙が、吾輩の額に落ちる。 

 吾輩は己の無力さに打ちひしがれた。このふわふわな肉球では、お嬢様の涙を拭くことも、不届き者の指をへし折ることもできない。


 筋肉(パワー)が、足りない。圧倒的に、筋肉(パワー)が足りないのだ。


 吾輩は、お嬢様の震える腕の中で誓った。この屈辱を、倍にして返してやる。次にあの憎き王太子の前に立つ時、吾輩はただの愛らしい子猫ではない。プリシラお嬢様を守り、すべての不実を粉砕する鋼の守護者となって戻ってくる。それまでせいぜい、その泥棒猫(ヒロイン)との逢瀬(おうせ)を楽しむがいい。


 我輩は猫である。名前はティアラ。吾輩は今日、敗北を知った。そして復讐者(リベンジャー)として立ち上がった日でもある。

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