天泣9
第9話
「うふふっ、た~んと食べて大きくなるのよ」
「・・・」
両手で頬づえをつきながらうっとりした様子でリーヴェ様を見つめるバルンさん・・・・
対するリーヴェ様はもうドン引きだ、思いっきり顔が引きつっている。
現在私とリーヴェ様はバルンさんとティータイム中です。
リーヴェ様も暫くアステリオに滞在することになったのだが、彼はやはり自由に動きたいとのことで身分を偽ることにしたのだ、私と同じ神官見習いとして・・・・。ベルゼフさんは最初猛反対だったが本人が面白そうだから構わないという事で現在に至るわけだ。
「あぁん、可愛いわぁ~。食べちゃいたい」
先ほどからバルンさんはリーヴェ様がツボにハマっているらしく熱い視線を送っている。
リーヴェ様は確かに美少年だ、中身はお爺さんなのだが――
「わ、私は食べても美味しくないぞ」
「んふ、照れちゃって可愛いんだからっ」
バルンさんは人差し指でリーヴェ様の額をツンと押した・・・・そう、よく恋人同士が戯れるかのように。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ピシリと固まったリーヴェ。
レイスリーネはそんな2人のやりとりを見ながらケーキを頬張っていたのだが意識をとり戻したリーヴェによって思いっきり机の下でレイスリーネの足を踏みつけられたのだった。
「痛っ!?」
足を踏んできたリーヴェを見るとものすごい表情で睨んできているではないか、そして小声で――
「リーネ、助けぬか!」
「えー、めんどくさ・・痛っ!?リーヴェ様、足踏むのやめて下さいよ」
「ふん!おぬしが助けぬからだ。というよりもなんなんだあの生き物は!」
「生き物って・・・さすがに酷くないですかリーヴェ様」
「仕方無かろう!男のくせに気持悪い話し方をしおって」
「まぁオカマさんですから・・・」
「・・・オカマ、とはなんだ?」
「あれ、リーベ様知らないんですか?」
「知らぬ」
「えぇと、オカマとは身体は男性だけど心は女性で」
「なんだそれは」
「ふふ、私の事が知りたいのかしら?」
こそこそと話していた私達にバルンさんは机から見を乗り出しにっこり微笑んでいた・・・視線を戻したリーヴェは至近距離にバルンの顔があった事に声にならぬ悲鳴をあげたのだった。
「――っ!?ち、近いぞ、お主!身を乗り出すでない!」
「焦った顔も可愛わぁ。それにその喋り方がまたツボよねー」
野太い声でしかも身体をくねらせながら喋るバルン・・・・突然リーヴェはガタリと椅子から立ち上がると無理やりレイスリーネの腕を掴んだ。
その彼の表情はもう完全に引きつっていた・・・どうやら未知の生物との接触は刺激が強かったようだ。
「ちょ、まだケーキがっ」
「意地汚いぞリーネ!私はもう帰る!」
「あら、帰っちゃうの?ふふっ、またいつでもいらっしゃい私は大歓迎よ~」
「二度と来るか!」
吐き捨てる様に言い部屋を出て行くリーヴェ、そしてリーヴェに引きずられる状態で去ってゆくレイスリーネ。2人を見送るバルンがふと何かを思い出しようで慌ててレイスリーネを呼びとめた。
「リーネ」
「はい?ちょ、腕引っ張るのやめて下さい」
レイスリーネは扉につかまり己を引っ張るリーヴェの行く手を阻んだ。
「えと、なんですかバルンさん」
「リーネはティアの親友よね?」
「もちろんです」
頷いたレイスリーネにバルンはどこか神妙な面立ちで問う。
「ティアが薬草に詳しいのは知ってるわよね?」
「はい、知ってますがそれがどうかしたんですか?」
「じゃあ・・・・毒草に詳しいことも?」
バルンは真剣な眼差しでレイスリーネを見つめ言った。
レイスリーネは一瞬眉をひそめた、もちろんティアが毒草に詳しいのは知っている。
そして何より、毒物を調合する技術も持ち合わせていることも・・・
「知ってます」
レイスリーネの返答にバルンは苦い表情で・・・
「ティアが何故あんなにも毒草に詳しいのか、リーネは知ってる?」
「何故ですか?」
何故それをバルンさんは聞く――?
「・・・」
「どうしてそんな事を聞くんですか?」
真っすぐバルンを見つめ強い意志のこもった瞳で問い返したレイスリーネにバルンは戸惑った表情を浮べた、そして暫しの沈黙後・・・
「いいえ、ごめんなさい。なんでもないわ、忘れてちょうだい」
首を振り、言葉を濁しそう言った。
そんなバルンを探るようにレイスリーネは見たが彼は先ほどまでの神妙な表情から笑みを浮かべると――
「美味しいお菓子また用意しておくから息抜きがてら遊びにいらしゃいね」
そう告げたのだった。
レイスリーネはバルンがなぜそのティアの毒草知識について聞いてきたのか気になったがその場を後にしたのだった。
「バルンさんはどうしてあんなことを聞いて来たんでしょうか?」
「知らぬ、だが・・・何やら意味ありげではあったな」
「・・・」
いいようのない不安が過る。
ティアが毒草に詳しく、そして毒の調合に長けている理由は知っている。決して本人が望んで手に入れた知識でも技量でもない・・・覚えざる得なかったのだ。
そう、あの組織の中では――‐
「それ以上唇を噛むな、血が出るぞ」
無意識に唇を噛みしめていた私にリーヴェは諭すように告げる。
「考えても仕方なかろう。何かあれば本人が助けを求めてくるはずだ」
「そう、ですよね」
「うむ・・・ん」
「どうしたんですかリーヴェ様?」
ふと言葉を止めたリーヴェが前方を見つめ足を止めた。
同じように足を止めリーヴェと同じ方向を見ると・・・そこに居たのは――
「クラウス殿下とマリアージュさん?」
「あぁ此処の神殿巫女か」
遠目から見る限りでは親しげに話す2人の姿。
クラウスを見るマリアージュの表情にリーネは目を瞬かせた――
あれ?なんか・・・
「うむ、あの娘。どうやらクラウスに惚れておるな」
「あ、やっぱりリーヴェ様もそう思いました?」
そうなのだ、クラウスを熱のこもった瞳で見上げているのだ。
クラウスの方は特にそんな感じはないのだが、マリアージュのあれはどう見ても恋する乙女・・・
「マリアージュさんて第1王子の婚約者になったはずなんですけど」
「そうなのか?」
「はい。いったいどういう・・・」
「まぁ政略的なものなら本人の意思など関係などなく決められるだろうな、道具として」
「・・・」
――"道具"・・・嫌な響きだ。
嫌な事を思い出す・・・昔は自分も道具として扱われていたと思うとゾッとする。
「む、話は終わったみたいだな」
「えっ」
暗い思考から意識を戻すとクラウスはマリアージュから背を向け此方に歩いてきていた。
彼は私達の姿を見ると口元に笑みを浮べた――‐
「色男はなかなか辛いなクラウスよ」
リーヴェの言葉に一瞬目を瞬かせたクラウスはすぐに苦笑して「気づきましたか?」と言った。
「ふん、あの娘があんな顔しておればお主に惚れている事くらいわかるであろう」
「でしょうね」
溜息を吐くクラウスにレイスリーネは思ったこと問いかけてみた。
「マリアージュさんは望んでオルフェルス殿下の婚約者になったわけじゃないんですよね?」
「あぁ、彼女の父親が兄上派の人間なんだ。だから己の娘を己の慾のために差し出した、そして兄上の方も巫女である彼女の価値を利用しようとした」
マリアージュさんの意志など関係なく・・・そんなのは酷い。
「彼女はクラウス殿下が好きなんですよね」
「そうみたいだね」
まるで他人事のように答えるクラウス、そんな彼に少々眉をひそめながらも言葉を続けたレイスリーネ。
「どうにか、出来ないんですか?」
「どうにか、とは?」
「えっ、えと。国王陛下に彼女がオルフェルス殿下が好きじゃないからと・・・」
「彼女は俺が好きだから婚約を破棄させろとでも?」
スッと目を細め自分を見下ろすクラウス。
「レイスリーネ、俺はそれほど優しい人間じゃない。確かに彼女は不憫だとは思う、だが俺がもしソレについて口だしすれば兄上の婚約者を奪った弟となる、奪った俺は当然彼女の婚約者にならねばならない。彼女は穏やかな性格だし人柄も良い、だが俺にとってはそれだけの存在でしかない。彼女がどんなに俺を思おうが、俺はそれに答える気はない。妻にむかえても彼女が傷つくだけだ、中途半端な優しさは時に残酷だ」
「・・・・」
「リーネ、哀れむ気持はわかるが双方の気持ちが通じてこそ上手くいくものだ」
諭すように告げるリーヴェ
「ごめんなさい、軽はずみな発言だったわ・・・」
しゅんとなるレイスリーネにクラウスは前髪をかきあげなら苦笑した。
「俺は順応な女性は好みではないんだ、一緒にいても面白くないだろ?」
いや、なんで私に振るのよ・・・・しかも面白くないってなによ。
「ほぉ、クラウスはどのような女子が好みなのだ?」
「一緒にいて退屈しない子かな。あと少々お転婆でも手綱を握る自信はあるからそういった調教のしがいがありそうな娘がいいかな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・調教のしがいがあるって、動物じゃないんだからさ。
クラウス殿下ってちょっとヤバくない?
「ふむ、ではリーネなどどうだ?調教のしがいがありそうだろに?」
ちょっとー!りーヴェ様なに言っちゃってるんですかぁ!?
口もとを引きつらせたレイスリーネをにやりと笑いながらクラウスは・・・
「確かに調教のしがいがありそうだな」
面白そうにレイスリーネを見るクラウスにレイスリーネはサッと視線を逸らす。
「ふふっ、俺に調教されて見るかい?」
「お、お断りします!私は誰にも手なずけられるつもりはありませんので!」
完全に引け腰体制のレイスリーネを面白がってクラウスは声音に艶やかさを含めスッと目を細め、怪しげに微笑み告げる。
「・・・へぇ、じゃあますます調教したくなってきたな」
「―っ」
色気のある声音にその妖艶な微笑みにさすがにレイスリーネは顔を真っ赤にした。
まぁそうだろう、なんといっても顔はリーヴェも褒めるほど美青年なのだからどんな女性もその妖艶な笑みを目撃すれば顔を赤くしない方がおかしいくらいだ。
そんな彼女の様子を見ていたリーヴェは苦笑してレイスリーネに助けを入れたのだった。
「クラウスよ、それくらいにしてやれ。あまりそちら方面に免疫がないからな、ほれみろゆでダコのようではないか」
「確かにゆでダコだな・・・」
2人は顔を見合わせ苦笑したのだった―――