バラモンたち――3
バーラドヴァージャ姓の兄弟やソーナダンダのように、初めは反発していても仏陀の教えに耳を傾けるバラモンもいたが、敵意をあらわにする者もやはりいる。
釈迦牟尼世尊が祇園精舎に滞在していたときのことである。
早朝、多くの弟子を連れてシュラーヴァスティーに入り、托鉢をしていた。その街角で、世尊は一人のバラモンと遭遇した。
するとそのバラモンは、いきなり地を指し、世尊の前に立って叫ぶ。
「汝は私に五百金を払わねばならぬ。さもなくば、ここを通すことは出来ぬぞ」
近くにいた街の人々は、「なんと理不尽な言い掛りよ」と思ったが、当の釈迦牟尼世尊はその場に黙然と立っている。
周囲に人だかりができ、騒ぎとなったため、このことはパセーナディ王のもとにまで聞こえた。王は驚き、人を遣わして金を与えようとしたが、道を塞いでいるバラモンはそれを受け取らない。
そのとき、スダッタ長者が人をかきわけてやって来た。
「ここに尊者の申された財がございます」
と、丁重に五百金が入った袋をバラモンに差し出す。するとバラモンはそれを受け取り、道をあけて去っていった。
事の次第を見守っていた人々も、怪しみながらも散っていく。
「何故、仏陀は借財の請求などされたのだ?」
そして後日、シュラーヴァスティーの人々に、ある話が伝わった。
前世、ベナレスの太子であった仏陀は、宰相の子の戯人に対する賭博の負債五百金を自らが負うと申し出て、そのままにしておいた。その負債は世を重ねて今日に及び、過日のような次第に至った。その宰相の子は長者、戯人こそはバラモン。たとえ證を得ようとも、負債は必ず贖わねばならぬのだ、と。
これを聞いた人々の中には、「まったく、その通りである」と感心する者もあれば、それを疑う者もあった。しかし、一人の懐疑論者が、
「ともあれ、結果的にゴータマは無用の争いを避けることができた」
と云った言葉には、皆うなずいたのだった。




