バラモンたち――2
また、ソーナダンダ(蘇那檀陀)というバラモンは、自ら釈迦牟尼世尊へ問答を挑んだ。この老いたバラモンは恒河の下流、アンガ国の都チャンパーにあるガッガラー湖のほとりに住み、その学識の深さからビンビサーラ王より封土を与えられるほどの徳者であった。
ある日、ソーナダンダが高楼に上って昼寝をしていると、沢山の人々が群れをなしてガッガラー湖畔の方へ歩いてゆく。その物音に目を覚まし、彼は何事かと家の者へ訊いた。
「あの人たちは、ゴータマ・ブッダを訪ねようとしているのです」
「仏陀とな……」
ソーナダンダはしばらく考えたのち、自分も会いに行こうと身支度を整え、駕の仕度をさせた。すると、それを聞きつけたこの地のバラモンたちが彼のもとへやってきて諌めた。
「それはよいことではない。こちらから訪ねればあなたの名折れになって、ゴータマの評判が高まるであろう。あなたは七世の間、汚れのないバラモンの家に生まれた浄らかな方である。それに三ヴェーダに詳しく道徳の高い学者で、三百人からの弟子に聖典を教え、バラモン中の耆宿である。マガダの王ビンビサーラやポッカラサーディ・バラモンなどの尊敬を受け、王からこの地を封がれておられる身分であるから、ゴータマの方で訪ねてくるのがすじというものだ」
「いや、そうではない」
ソーナダンダは駕のかたわらに立ち、答えた。
「私の方で訪ねて行くのがすじである。ゴータマは立派な家柄に生まれ、その家柄と財宝を捨てて出家し、顔かたち麗しく威厳があり、戒めに身を守り、業を信じ、勝れた相を具えて證をひらき、世の導き手となり人々に優しく、従って彼の留まるところには争いがなく、出家在家の弟子を率いて大いなる教えの建設者となり、ビンビサーラ王やポッカラサーディ・バラモンはいずれもその一家を挙げて帰依し尊んでおられる。今そのゴータマが我らチャンパーのガッガラー湖畔に滞まっているのであるから、彼は我々の賓客だといえる。賓客は敬わねばならぬから、私の方からゆくのがすじである。それに私はゴータマの徳をこれだけ数えることができるが、彼の徳は決してこれだけではない。信あるものは背に糧を負うても、遠きを厭わず訪ねてゆかねばならぬ」
「さすがはソーナダンダである。立派な心栄えだ」
権高く、聖者といえどもクシャトリヤ出身のゴータマ・シッダールタを下に見ていたバラモンたちだが、ソーナダンダの言葉に納得し、共にガッガラー湖へ向って出掛けることとなった。
その道すがら、森を通るときにソーナダンダはふと思う。
(もし私がゴータマに問いをかけて『バラモンよ、この問いはそのように問うてはならない、このように問わねばならぬ』と云われれば、いま周囲にいるこの人々が私を蔑み始め、そのために私の名折れとなり、収入にも関わるようなことになりはしないか。またゴータマの方から問いを掛け、私の答えが気に入らないで『そのように説明してはならぬ』と云われても、結果は同じとなる。さりとて又こうして出掛けて来て会わないで帰れば、なお私の気後れを見破るものがあって、私の名折れとなるだろう。まことに困ったことである)
彼は仲間に対して客観的な事実と道理を説いただけであったが、ゴータマ・ブッダが話術の巧者であることを聞き知っており、今になって恥をかくのではないかと心配になってきた。
(どうか私の得意としている三ヴェーダの学問の事で問答をして、彼から嘉して貰いたいものだ)
余裕のあるところを見せながら、ソーナダンダは仲間の信頼を失うことを、また自分の名声に傷がつくことを恐れていた。
やがて世尊が宿りとしている湖畔の樹の下へ一行は至り、互いに挨拶を交わして、ソーナダンダは釈迦牟尼世尊の傍らに坐った。
威儀正しく振舞う中にも、どこか憂いのある老バラモンの心中を察し、世尊は彼に云った。
「バラモンよ、いかような資格を具えておれば、真のバラモンと云われるであろうか」
この問いはソーナダンダを大いに喜ばせ、安堵させた。
(ゴータマは私によくこの問いを掛けて下された。これならば、私の答えは彼の嘉するところとなるであろう)
彼は身体を真っ直ぐに伸ばし、ぐるりと一同を見回して答えた。
「大徳よ、五つの資格があれば真のバラモンと呼ばれます。第一に七世の間代々その家が父方にも母方にも血筋が浄らかであること、第二は聖教を読み三ヴェーダの学問に詳しく、順世派[唯物論者]の学問にも明るくて大人の相をわきまえる法を知っていること、第三に容姿も優しく美しくそれに威厳のあること、第四に戒行の正しいこと、第五に智者であって供犠の杓を捧げる第一人または第二人であること、この五つの資格があれば真のバラモンと呼ばれます」
「バラモンよ、汝の挙げた五つの資格の中で一つを除いても、バラモンと呼ばれるか」
「それは出来ます。第三の容姿の美しさをのぞいても、バラモンと呼ばれます」
「残りの四つからもう一つとっても、バラモンと呼ばれるか」
「出来ます。第二をとります」
「後の三つの中から、もう一つとることが出来るか」
「出来ます。第一をとります」
このとき、はらはらしながら問答を聞いていた他のバラモンたちが、ソーナダンダにささやいた。
「そのようにおっしゃるな。ゴータマの語に従いすぎてはならぬ」
これをもれ聞いた世尊は云う。
「バラモンたちよ、汝等がもし、ソーナダンダが学が浅くて言葉がまずく、私と論議するに堪えないと思うならば、汝等自らが出て語るがよい。また、もしソーナダンダがひろく学んでいて確かに私と論議することが出来ると思うならば、汝等は控えているがよい」
「大徳よ、おかまい下さいますな。私がこの人達にじかに申します」
と、ソーナダンダは仲間のバラモンたちに向きあった。
「あなた方は私が容姿を軽ろしめ、呪文を軽ろしめ、生まれを卑しめると考えられるようであるが、私はそれらを軽ろしめ卑しめるのではない。この私の甥のアンガカを見てください」
老バラモンが振り返って、後ろにいた若者を指し示す。
「これは容姿も麗しくゴータマを除いては等しいものはありません。また、呪文を学び三ヴェーダに詳しく、私自ら手を取って教えた者です。さらに生まれも七代の代々(よよ)父方母方共に浄らかであります。しかしもし、このアンガカが生き物の生命をとり物を盗み、他人の妻を犯し、妄語を吐き、酒を呑んだら、容姿も学問も生まれも何でありましょうか。それゆえ私は戒行美しく、智慧あり供犠の杓を捧げる第一人または第二人となる資格があれば、真のバラモンと呼ばれると云ったのです」
「バラモンよ、それではその最後の二つの中で、一つを除くことは出来るか」
世尊は再びソーナダンダに尋ねた。
「それは出来ませぬ」
ソーナダンダは向き直り、答えた。
「智慧は戒行によって浄められ、戒行は智慧によって清められ、戒行のあるところに智慧があり、智慧のあるところに戒行あり、戒行をたもつ人は智慧があり、智慧のある人は戒行をたもち、戒行と智慧とはこの世の中に最も大切なものと云われるからであります。ちょうど人が手をもって手を洗い足を洗うように、戒行と智慧は互いに相清めるものであります」
「バラモンよ、真にその通りである」
釈迦牟尼世尊は、微笑んだ。
「戒行と智慧とは互いに相清めて、この世の中に最も大切なものと云われている。しからばその戒行と智慧とは、そもそも何であろうか」
「おお、世尊。私はこれだけを知っておるのであります。どうぞ、その上をお話し下さい」
「バラモンよ、仏がこの世に出でて法を説き、在家の者がこれを聞いて信を起こして出家し、戒律を守って正しい行いを楽しみとし、小さな罪にも恐れを見て生活を正しくし、五官の戸口を守り、殺生をやめて仁にみち、盗みをやめて正直に心を清め、淫らな行いを止め、妄語を離れ、他の仲を裂く言葉をいわず粗暴な言葉を慎み、無駄口をやめて正しい時に正しく語る。これが戒である。また煩悩を離れて諸の禅定に入り、静かに素直に堅固になった心で、すべてのものが無常無我であることを知り、自他の宿命を知り、人々の生死を知り、煩悩の滅びを知る。これが智慧である」
ソーナダンダはこれを聴いて大いに歓び、翌日の食事に招いた。
このときバラモンの中には、「ゴータマは噂どおりの聖者である」という者もいたが、ブラフマーの子孫であるバラモンを、生まれよりも行いによって高貴さが定まる、などと云うゴータマに多くは不満であった。彼らは、バラモンの智者、ソーナダンダがゴータマをやりこめるのを見たいと望んでいたからであった。
そしてあくる日、招きの食事が終わったとき、ソーナダンダは低い椅子を運んできて腰をかけ、仏陀に語りかけた。
「世尊、私が私の仲間の内にあるとき、座から立ち上がって世尊を拝みますと、仲間の者は私を蔑み、そのために仲たがいも生まれます。それゆえ私が合掌の手を伸ばしたら、座から立ち上がったものと思うて頂きたい。また私が頭から帽子を取りましたなら、拝んでいるものと思うて頂きたい。そして私が馬車を駆っていながら世尊にお遇い申したときに、刺棒を下におろして手を頭に上げましたら、車を降りて拝んだものと思うて頂きたい」
世尊はこれを諾い、ソーナダンダは三宝に帰依を誓って信者となった。




