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魔術師は聖遺物と躍る  作者: 長蜂
chapter1『あと7日』
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手に取ったのは棒ではなく

「ぐっ…っうう……」

 壁に背中を強かに打ち付け、苦悶する。打ち付けられた衝撃で肺から空気が押し出され、声にもならない。骨の一本や二本いってしまったのでないかと錯覚するような痛みに悶絶する間も無く、そのまま、足元から力が抜けるように倒れ込んでしまう。

 気絶しなかったのは幸運なのか、不運なのか。

 倒れ込んだまま、そんな事を思う。

 思えば訳も分からない事だらけだ。

 朝のアレもそうだが、今目の前で繰り広げられた光景は果たして現実だったのか。

 いや、現実ではあるのだろうが、自分の中の『常識』が、目の前で起こった『非常識』を否定する。

 仮にこれが、サブマシンガンを手にしたテロリストによるテロ行為だったのなら、まだ現実味がある気がする。まあ、日本の――しかも主要都市ですらない地方の一都市でしかないこの地でテロリズムというのも受け入れがたいが、それでも理解可能という点に置いてまだ常識的だ。

 だが、今起こっている現象は、祐一には理解が及ばない『何か』だ。

 科学的な何かでは決してあり得ない。袖にでも隠して腕に火炎放射器を仕込んでいたとか、予め地面に防水シャッターのような壁を設置しておいたとか、強引にこじつけようと思えば科学的に説明出来なくもないが、アレらはそんなチンケなタネのあるマジックではない。

 それこそ魔法や超能力、異能といった超常現象の類ではないか。

 子供の頃からそういった類を扱う漫画やアニメ等のサブカルチャーに馴染んで育ったからか、そんな考えに然程抵抗感が生まれない。

 増して、それを口頭説明でなく、自分の目で見て、触覚で感じているのだから否定の仕様もないのだが。

 駄目だ。頭が混乱する。

 一方で自分の中の『常識的な部分』が目の前の光景を全面的に否定しようし、その一方で目の前で起こった光景は現実で超能力は存在していたのだと主張してくる。

 さっきも、その混乱のせいで一切身動きが取れなくなり、結果、今壁に叩き付けられて地に伏せている有様だ。

「ゲホッ……」

 せき込みながらも空気を求め、荒く息を付く。打ち付けられた背中が痺れるように痛み、手足に思うように力が入らない。

 俺はここで死ぬのだろうか。

 相手がその気になれば、今の碌に身動き出来ない自分など――むしろ五体満足に動けた所で関係なく、数秒あれば息の根を止める事が出来るに違いない。

 いやだ。死にたくない。

 まだ全身が痺れているような鈍痛が蔓延る身体に鞭を打ち、必死に手足に力を込める。

 ここから逃げないと。

 頭にあるのは、ただそれだけの一念。

 亀の歩みで身体を起こし、壁に身体を寄りかかるようにしてゆっくり立ち上がる。

 すると、何の前触れもなく、この場に一陣の風が吹いた。

 その風は布を巻き上げ、その存在を主張するように祐一の眼前を飛び去っていく。

「何だ、この棒?」

 顔面に飛び込むすれすれを風に吹かれて飛んで行った布に、反射的に腕で顔を隠してやり過ごした直後。

 ようやく、祐一はソレ(・・)の存在に気付いた。

 アスファルトで舗装された地面に突き刺さる一本の棒。

 見た目は何らかの金属で出来ているその棒は、直径にして5センチ強程度で大人が握ると若干余裕がありそうなくらいには細く、長さは160から170程度で大人一人分と大差ないサイズだと思われる。

「いや、槍……なのか?」

 どうゆう軌道を描いたのかは、分からない。

 事実だけを言えばこの槍と思しき棒は、まるでその身を差し出すように柄を祐一の方へ向けて斜めに地面に突き立てられていた。

「それが聖槍か」

 ギクリと身体が硬直するのが、はっきりと分かる。

 言葉を発したのは、例の強面の男。

「そいつを俺に寄越せ。そしたら命は助けてやらない事もないぞ」

 微塵もそんな事を考えていないのが感じられる冷徹な物言い。

 おそらく、ただ言ってみただけで、渡そうと渡すまいと俺の命は無いに違いない。

 あの男にとっては『自分で取りに来る』か『持ってこらせるか』の違いしかないのだ。

 生かす殺すの判断基準に何の影響も与えないだろう。

 そんな逡巡を答えと受け立ったのだろう男は、返事を聞くことなくこちらに向けて慌てた様子もなく歩み寄ってくる。

 距離にして10mもない近距離。

 そこで祐一が、傍に突き立てられていた棒に手を伸ばしたのは偶々である。

 単に素手より幾分マシになると思って武器を探し求め、誂えたように手に取りやすい位置に突き刺さった棒を武器に選択するとは最早、当然と言っても過言ではなかったと思う。

 だからそんな事になる(・・・・・・・)とは祐一自身、夢にも想っていなかった。


   ◆


「そいつを俺に寄越せ。そしたら命は助けてやらない事もないぞ」

 憲剛のその言葉に、少年は何の反応も示さなかった。

 元より言ってみただけであり、どちらにしても始末するつもりでいた憲剛は無言で少年……というより聖槍の方へと足を向ける。

 途中、チラリと少女を一瞥するが気を失ったのか、もしくは死んだのか。ピクリとも動いていないのが確認出来た。

 少女を味方と認識していたのかは兎も角、これであの少年は孤立無援。

 護ってくれるウザったい壁も存在しない。魔術を使うまでもなく、ナイフ一本でも容易に片が付くだろう。

 まあ、これ以上の邪魔が入る前に『|火球(ignis)』で灰にしてもいいが。

 と、少年が聖槍に手を掛ける。おそらく、殺されるのを悟って、咄嗟に武器を取ったのだろうが。

「それでどうするつもりだ?」

 相手を馬鹿にする感情すら湧かない。蟻退治になんの感情も湧かないのと一緒だ。例え武器で反撃されても、所詮は蟻の一噛み。噛みつく蟻も、そのまま指でつまんで潰してしまえば、それでおしまいである。

 故に、憲剛は警戒心ゼロと言ってもいい程、油断していた。

 そして、その油断、慢心は木端微塵に砕かれる。

 相応の代償を伴って(・・・・・・・・・)


   ◆


 少女――ツヴァイが意識を取り戻した直後、その光景を前に呆然と言葉が漏れる。

 一直線に抉れた地面と、片膝を付く男、いつの間にか槍を手にしている少年。

「一体、なにが起きたの……」

 その呆然とした呟きは、誰の耳にも届く事はなく、答えが返される事も当然なかった。

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