見合いは一時間、姉の遅刻は四十分
見合いの段取りは、前の晩のうちに全部組んでおいた。
十月九日、午後二時。場所はフェアファクス邸の南の応接間。父と母は暖炉を背にした長椅子、閣下は向かいの肘掛け椅子、姉はその隣の小さな椅子。窓から入る午後の光が、ちょうど姉の髪に当たる位置である。私は茶の支度をする小卓のそばに立つ。
茶葉は、叔母に頼んで公爵家の執事にそれとなく聞いてもらった。閣下は北の砦で、濃く淹れた紅茶に何も入れずに飲んでいたらしい。菓子は甘さを控えた胡桃の焼き菓子にした。
姉のドレスは青い絹だった。去年の私の誕生日に、叔母が贈ってくれた布である。母が「クリスタベルの瞳の色に合うわ」と言って、仕立て屋に持っていかせた。私の手元には、端切れが一枚残っている。
二時ちょうどに、閣下は玄関に着いた。
一分も遅れず、一分も早くなかった。従者を一人連れ、手土産に白い薔薇の鉢植えを持っていた。応接間に通すと、父が立ち上がって、いつもより一段高い声で挨拶をした。
「よくぞお越しくださいました、閣下。娘はすぐに参りますので」
姉は来なかった。
五分たち、十分たった。父は天気の話をし、領地の羊の話をし、王都の道の悪さの話をした。母が二度、廊下へ様子を見に行った。私は茶を一杯目から二杯目に替えた。
「殿方を待たせるのが礼儀よ」
朝、姉はそう言っていた。焦らすほど価値が上がる、ということらしい。
二十分たったところで、父の話の種が尽きた。父は私に目をやり、取り繕うように笑った。
「これは次女のウィニフレッドです。帳簿をつけるしか能のない娘でしてな。家のことはよくやりますが、どうにも地味で」
「存じています」
閣下は短く言い、私が置いた杯を取った。
「帳簿は、誰にでもつけられるものではありません」
父が一瞬、言葉に詰まった。私は小卓のそばで、何と答えればいいか分からず、ただ礼をした。
四十分たったところで、ようやく扉が開いた。
「お待たせいたしましたわ」
姉は、青い絹の裾を大きく揺らして入ってきた。午後の光の中を通り、閣下の前で、ゆっくりと礼をする。練習したのだろう。きれいな礼だった。
閣下は立ち上がって礼を返した。
「ケンドリックです」
「存じ上げておりますわ。どうぞお座りになって」
姉は小さな椅子に腰を下ろし、扇を開いた。それから、条件を一つずつ確かめ始めた。
「王都のお屋敷は西の丘でしたかしら。冬もこちらに?」
「ええ」
「踊りはお好き?」
「必要なときには踊ります」
「背が高くていらっしゃるのね。わたくしと並んだら、きっと見栄えがしますわ」
閣下は頷きもせず、首を振りもしなかった。姉は扇の陰で笑い、最後の一つを口にした。
「わたくしだけを、見てくださる?」
「見ています」
閣下はそう言った。目は確かに姉の顔の上にあった。ただ、その目は、待たされた四十分のあいだ私を見ていたときと同じ色をしていた。何かを確かめるような、静かな目だった。
二杯目の茶が冷めてきた。姉が杯を持ち上げ、眉をひそめた。
「ぬるいわ。ウィニー、淹れ直して」
それから閣下に向き直り、くすくす笑った。
「ごめんなさいね。この子、家のことしかできない地味な子なんですのよ。でも、お茶くらいはまともに淹れられるはずなのだけれど」
私が茶器に手を伸ばすより早く、閣下が立ち上がった。
「お茶でしたら、私の従者に。廊下に控えております」
「まあ、閣下。そんなこと、妹にさせればよろしいのに」
「妹君は、今日の段取りを組んだ方です」
閣下はそれだけ言って、扉のほうへ一歩踏み出した。私は慌てて茶器を取った。
「閣下、私がいたします。すぐですので」
閣下は私を見て、少し間を置いてから、椅子に戻った。
新しい茶を注いでいるあいだに、姉は扇を閉じ、とっておきの話をするように声を落とした。
「ところで閣下。三年前のお話、覚えていらして?」
父の肩が、目に見えて固くなった。
閣下は姉ではなく、父のほうを見た。
「よく覚えています」
それだけだった。けれど父の額には、汗が一筋浮いていた。暖炉に火は入っていない。母が父の袖をそっと引いた。
三年前に何があったのか、私には分からなかった。分からないまま、茶を配り終えた。
時計が三時を打った。
閣下は時計を一度だけ見て、立ち上がった。ちょうど一時間である。
「本日は、ありがとうございました」
父も慌てて立ち上がる。閣下は父に向かって、まっすぐに言った。
「見合いのあとは、七日のうちに手紙でお返事するのが作法ですが、お待たせするのは失礼ですので、今申し上げます。このお話は、お受けできません」
応接間が静まり返った。
最初に口を開いたのは姉だった。扇をぱちんと閉じて、華やかに笑った。
「まあ。わたくしも、お断りするつもりでしたのよ」
「それは良かった」
閣下は、本当に良かったという顔で頷いた。
◇
玄関まで閣下を見送るのは、私の役目になった。父は書斎へ引っ込み、母は姉の部屋へ駆けていった。
車寄せには、公爵家の馬車が待っていた。従者が扉を開けて控えている。閣下は階段を二段下りたところで、振り返った。
「次の候補は、決まっているのか」
「いえ。まだです」
正直に言った。七つの条件を満たすのは、閣下一人だったのだから。
「一人、心当たりがある。紹介させてほしい」
私は瞬きをした。
「なぜ、閣下が?」
「あなたの姉君が早く嫁いだほうが、私に都合がいい」
閣下はそう言って、馬車に乗り込んだ。
都合がいい、とはどういうことだろう。閣下も縁談の山に困っておいでなのだろうか。姉の縁談がまとまれば、王都の縁談の母親たちの目が、少しは閣下から逸れるのかもしれない。
私は帳面を出し、「閣下・次の候補をご紹介くださる」と書き足した。
その夜、姉は友人たちに三通の手紙を書いた。
翌日の昼までには、「クリスタベル嬢がケンドリック公爵を袖にした」という話が、王都の三つの屋敷に届いていた。




