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第七章 言わなかった言葉


「……行こうぜ」


誰かが言った。


健太だったのか、悠斗だったのか、よく覚えていない。


「場所、探さないとな」


別の声がした。


俺は、動けなかった。


美咲と翔太は、人混みの向こうへ歩いていった。


二人の姿が、少しずつ小さくなる。


呼び止めれば、振り返ってくれるかもしれない。


「美咲」と声をかければ、きっと、いつもの顔で「何?」と答えるだろう。


それから、俺が何を言うのか。


『何してるの?』


そんなことを聞いて、どうする。


『翔太と付き合ってるの?』


そう尋ねて、もし「うん」と言われたら。


『俺、お前のことが好きだったんだ』


今さら、そんなことを言ってどうする。


言わなかった言葉が、頭の中に次々と浮かんでは消えた。


もっと早く言っていれば。


中学を卒業する前に。


高校に入学したときに。


美咲がバスケ部に入ると話してくれたときに。


せめて、夏祭りに誘ったときに。


一度断られたくらいで諦めず、別の日に誘えばよかった。


花火大会に行けないと言われたとき、俺も行きたいと伝えればよかった。


美咲が部活の話をしてくれたとき、もっと真剣に聞けばよかった。


翔太の話が出たとき、何でもないふりをせず、自分の気持ちと向き合えばよかった。


でも、俺は何もしなかった。


何もしないことを選び続けた。


それは、誰かに強制されたわけではなかった。


美咲が悪いわけでもない。


翔太が悪いわけでもない。


俺が告白しなかったからといって、美咲が俺を選ばなければならない理由など、どこにもなかった。


それは、わかっていた。


わかっていたからこそ、余計に苦しかった。


「……悪い」


俺は、ようやく声を出した。


「ちょっと、ここで待っててくれ」


「おい」


健太が呼び止めた。


「どこ行くんだよ」


「いや……」


俺は首を振った。


「少しだけ、一人にしてくれ」


健太は、何か言いかけて、やめた。


悠斗も、真帆も、何も言わなかった。


俺は、人の流れから少し外れた、暗い場所へ歩いていった。


川沿いの遊歩道から一本外れたところに、小さな植え込みがあった。


そこなら、祭りの会場から少し離れている。


人の目も、あまり届かない。


俺は、植え込みの脇で立ち止まった。


夜風が吹いた。


浴衣の裾が揺れる人たちの向こうで、提灯の明かりが滲んでいた。


胸の奥が、ひどく冷たかった。


何かが足りない。


何かが、もう戻ってこない。


そんな気がした。


「……はは」


俺は、小さく笑った。


「何やってんだろ、俺」


声が震えた。


「ほんと、馬鹿だな」


美咲が、俺を好きだったことがあったのかどうか。


そんなことは、わからない。


もし俺が告白していたら、結果が変わったのかどうか。


それも、わからない。


もしかしたら、もっと早く断られていたかもしれない。


それでも、何も伝えないまま、ただ時間が過ぎていくのを待つよりは、何かを知ることができたのかもしれない。


少なくとも、自分が何を望んでいたのか、相手に伝えることはできた。


俺は、それをしなかった。


怖かったからだ。


断られるのが。


今までの関係が壊れるのが。


美咲を失うのが。


けれど、失うことを恐れて何も言わなかった結果、俺は今、何を失ったのだろう。


俺は、顔を伏せた。


涙が、一滴、地面に落ちた。


「ああ……」


その一滴をきっかけに、堰を切ったように涙があふれた。


止めようとしても、止まらなかった。


声を出して泣くつもりはなかった。


誰にも知られたくなかった。


それでも、肩が震えた。


目の前の景色がぼやけた。


俺は、立ったまま泣いた。


美咲が好きだった。


本当に、好きだった。


幼稚園の頃から、隣にいるのが当たり前だった。


小学校の帰り道も、中学校の教室も、夏祭りも、花火大会も。


その全部に、美咲がいた。


俺は、これからもずっと、同じように過ごせると思っていた。


けれど、そんなことはなかった。


美咲には、美咲の人生がある。


俺が何もしなくても、時間は進む。


俺が立ち止まっていても、世界は止まってくれない。


それを、俺は今、初めて本当の意味で知ったのだった。




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