第五章 知らない名前、知らない笑顔
「なあ、美咲のバスケ部って、そんなに仲いいのか?」
花火大会の三日前、昼休みに俺は何気ないふりをして聞いた。
「仲いいんじゃねえの?」
健太が弁当を食べながら答えた。
「最近、よく一緒にいるみたいだし」
「誰と?」
「誰って……バスケ部の連中」
「男子も?」
「そりゃ、男女で合同練習とかあるんじゃねえの?」
「ふうん」
健太は箸を止めた。
「お前、何が聞きたいんだよ」
「別に」
「またそれか」
「何がだよ」
「お前の『別に』は、だいたい別にじゃねえんだよ」
俺は返事をしなかった。
健太は少し考えてから、声を落とした。
「翔太ってやつか?」
「……なんで、そこで翔太が出てくるんだよ」
「お前、今、顔に出たぞ」
「出てねえよ」
「出てるって」
健太は弁当箱を閉じた。
「なあ。俺、余計なこと言うつもりはねえけどさ」
「何だよ」
「気になるなら、本人に聞けばいいんじゃねえの?」
「何を?」
「だから、気になることを」
「そんなの、聞けるわけないだろ」
「なんで?」
「……なんでって」
俺は言葉に詰まった。
健太は、いつになく真面目な顔をしていた。
「お前ら、幼馴染だろ」
「だからだよ」
思わず、そう答えていた。
健太は黙った。
俺も、何も言えなかった。
幼馴染だから。
長い間、一緒にいたから。
今さら、好きだなんて言えない。
今までの関係が壊れるのが怖い。
俺が失いたくないと思っているものは、俺自身が何もしないことによってしか守れないのだと、どこかで信じていた。
けれど、本当は違った。
何もしなければ、何も変わらないわけじゃない。
俺が何もしていない間にも、美咲は変わっていく。
新しい友達ができる。
新しい経験をする。
新しい誰かに出会う。
そして、俺の知らない美咲になっていく。
それを止める権利など、俺にはなかった。
「……まあ、無理に聞けとは言わねえけどさ」
健太が言った。
「後で後悔すんなよ」
「しないよ」
俺は答えた。
健太は、何も言わなかった。
今思えば、あいつはきっと、俺が後悔することをわかっていたのだろう。
それでも、代わりに動くことはしなかった。
それは、冷たいからではない。
俺の恋は、俺自身が引き受けるべきものだったからだ。




