第三章:等価交換
静寂が戻った通路には、荒い息遣いと、血の臭いだけが残された。
シンはへたり込み、激しく震える己の手を見つめた。
手に入ったのは、野犬の貧弱な毛皮が数枚と、奥の小部屋で見つけた錆びた鉄の鍋が一つだけ。今夜の温かいスープと、傷薬代で全て消えてしまうだろう。拾い物の木盾は完全に噛み砕かれ、使い物にならなくなっていた。
だが、シンは消えかける松明の光の中で、しっかりとゴドリックの目を見た。
「おい……生きているか」
ゴドリックが太ももを押さえながら、壁に背を預けて座り込んでいた。
「ゴドリックさん、傷が……。今、縛ります」
シンは懐から取り出した布切れと、消毒用の粗悪な油で、彼の傷口をきつく縛り上げた。ゴドリックは痛みに歯を食いしばり、声を殺して耐えていた。
「……助かった。お前が刺さなきゃ、俺は片脚を失っていた」
ゴドリックが荒い息の下から言った。
「俺の方こそ、助けてもらわなければ死んでいました。……ゴドリックさん」
シンは息を整えながら、泥にまみれた顔を上げて言った。
「この探索が無事に終わったら、一つ、お願いがあります。……俺に、町での身元保証を書いてくれませんか」
ゴドリックは一瞬、驚いたように目を見開いた。そして、シンの必死な、しかし濁りのない目を見て、ふっと自嘲気味に笑った。
「……お前、そのために俺のケツに付いて回ってたのか。小賢しい野郎だ」
「生きていくために、どうしても必要なんです。これ以上、煤払いを続ければ、次は本当に死ぬ」
ゴドリックは痛む脚をさすりながら、天井の闇を仰いだ。そして、目の前の痩せ細った青年の「生きるためのギラついた執念」に、かつて自分が失った戦士としての熱い何かを感じていた。
「ギルドの保証人になるってのは、お前がしでかした悪事を俺が肩代わりするって意味だ。……だが、命を救われた貸しは重いな。今回の稼ぎを全部治療費に回すのを手伝うなら、考えてやる」
「……! ありがとうございます。喜んで手伝います」
シンの胸に、この世界にきて初めて、確かな生きる足がかりが生まれた。都合のいい奇跡は起きない。ただ、泥にまみれ、血を流し、利害を一致させることでしか、この世界の人間関係は築けない。
「帰ろう、シン。足元に気をつけろよ。俺の保証人が死んじまったら元も子もないからな」
「はい。肩を貸します」
シンは立ち上がり、錆びた短剣を薬莢のような鞘に収めた。壊れた木盾は迷宮に捨て置き、シンは己の足で、確かに生存への第一歩を踏み出した。




