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第17話〔閑話〕 1849年〜1904年、長崎/横浜/ニューヨーク——極東の港と、流浪の民


 本筋から少し離れて、もう一つの物語を語ろう。


 テオドール・ヘルツルがウィーンで夢を描き、バーゼルで演壇に立ち、エルサレムで現実に絶望し、エドラッハで息を引き取るまでの五十五年間——地球の反対側、極東の島国でも、静かに、しかし確実に、歴史の糸が紡がれていた。


 その糸は、やがてヘルツルの夢と交差することになる。




1 横浜に来た商人


 1861年。横浜。


 開国からわずか数年。外国人居留地には、世界各地から商人や外交官が集まっていた。イギリス人、フランス人、アメリカ人——そしてその中に、ユダヤ人もいた。


 アレクサンダー・マークス。ベネチア出身のユダヤ人商人。彼は横浜居留地に腰を落ち着け、商売を始めた。


 記録に残る、日本における最初期のユダヤ人定住者の一人だ。


 彼が何を売り、何を買い、どんな人生を横浜で送ったか——詳細な記録は多くない。しかし彼の存在は、一つのことを示している。ヨーロッパで差別と迫害に晒されていたユダヤ人の一部が、遠く極東の島国に活路を見出していたという事実を。


 1867年、横浜の外国人墓地内に、ユダヤ人専用の区画が設けられた。「死してなお日本に留まる」人々が、一定数いたということだ。




2 長崎の奇妙な縁


 同じ頃、長崎では別の流れが始まっていた。


 1880年代から九〇年代にかけて、ロシア帝国のポグロムから逃れたユダヤ人たちが、長崎にたどり着いていた。


 彼らの経路は独特だった。シベリア鉄道(当時建設中)を使い、あるいは海路で、ウラジオストクから船に乗り、長崎港へ。そこで彼らは「シップ・チャンドラー(船具商)」として身を立てた。石炭の積み込み、食料の補給、船舶用品の供給——港を行き来する船に必要なものを売る商売だ。


 1889年。長崎の梅ヶ崎に、日本で最初のシナゴーグが建立された。「ベネト・イスラエル会堂」——「イスラエルの家」を意味するその名を持つ礼拝堂が、長崎の丘の上に静かに立った。


 ウィーンではヘルツルが劇作家として社交界を渡り歩いていたその頃、長崎ではユダヤ人たちが安息日の蝋燭を灯し、ヘブライ語で祈りを唱えていた。


 同じ時代の、まったく別の世界の話のように見える。しかし後に、この二つの世界は一点で交わることになる。




3 日ユ同祖論という奇妙な種


 1875年。長崎。


 スコットランド人商人ノーマン・マクレオドが、一冊の本を出版した。


 題して『日本古代史の図解』。


 その主張は、破格だった。


 日本各地の神社の形式、祭りの作法、言語の語根——それらを子細に観察したマクレオドは、「旧約聖書に記された『イスラエルの失われた十部族』が、遠い昔に日本にたどり着いたのではないか」と論じた。


 日本人とユダヤ人は、同じ祖先を持つ——「日ユ同祖論」と呼ばれることになるこの奇説は、学術的には否定されている。しかしこの本が播いた種は、日本の知識人の間に「ユダヤ人への親近感」という不思議な感情的土壌を作った。


 根拠は薄くても、感情は本物だった。


 その感情は、後の歴史において、思わぬ形で機能することになる。




4 共通の敵——ロシア


 話を1904年に進めよう。


 この年、日本はロシア帝国と戦争を始めた。


 日露戦争。


 日本にとってそれは、国家の存亡をかけた戦いだった。南満洲と朝鮮半島への影響力をロシアに奪われれば、明治以来の近代化の努力がすべて水泡に帰す——そういう切迫感の中で、日本は最強の陸軍大国ロシアとの決戦に踏み切った。


 しかし戦費が足りなかった。


 近代戦争は金がかかる。艦隊を動かし、兵站を維持し、武器を買い続けるには、膨大な資金が必要だった。日本の国家財政だけでは、とても賄えなかった。


 ここで、一人のユダヤ人が登場する。




5 ジェイコブ・シフの決断


 ジェイコブ・シフ。ニューヨークの金融機関「クーン・ローブ商会」の代表。


 当時のアメリカで最も影響力を持つユダヤ系銀行家の一人だった。


 シフはロシアのポグロムを、深く憎んでいた。


 キシニョフの惨劇を知っていた。ロシア帝国の各地で、ユダヤ人が殺され、家を焼かれ、財産を奪われていることを知っていた。そして、ロシア政府がその暴力を黙認どころか扇動していることも。


 シフは思った。ロシアを敗北させることが、ユダヤ人の未来を開く——と。


 1904年、日本政府の代表がロンドンとニューヨークを訪れ、戦時公債の引き受け手を探していた。イギリスの金融界は、日英同盟を背景に協力的だった。しかしアメリカでは、財界の反応は冷たかった。


 そこにシフが現れた。


 彼は日本の戦時公債を引き受けた。一回だけではなく、戦争の経過に合わせて繰り返し。最終的にシフが供給した資金は、日本の戦費調達に決定的な役割を果たした。


 「なぜそこまでするのか」と問われたシフは答えた。「ロシアが負ければ、ロシアのユダヤ人が救われる可能性が開く。それが私の動機だ」


 日本とユダヤ人の利害が、「打倒ロシア」という一点で重なった。


 それは同盟でも友情でもなかった。しかし、共通の敵を前にした、明確な利害の一致だった。




6 長崎の情報網


 さらに興味深いのは、長崎のユダヤ人コミュニティの役割だ。


 ロシアから逃れてきた彼らは、ロシア帝国の内側を知っていた。ロシア軍の動向、ロシア社会の内部矛盾、ポグロムの実態——それらの情報は、当時の日本の情報機関にとって貴重なものだった。


 長崎の港を行き来する船は、商品だけでなく情報も運んだ。


 歴史の表舞台に記録されることはなかった。しかし、長崎のユダヤ人コミュニティが、日露戦争における日本の情報収集に何らかの形で貢献していたことは、後世の研究者たちが少しずつ明らかにしている。




7 二つの物語の交差点


 ヘルツルがエドラッハで息を引き取ったのは、1904年7月3日だった。


 日露戦争が始まったのは、同じ1904年の2月だった。


 シフが日本の公債を引き受けたのも、同じ年のことだった。


 奇妙な時間の一致がある。


 ヘルツルが「ユダヤ人には国家が必要だ」と叫び続けた同じ年、その夢の「別の実現方法」がニューヨークの銀行家によって静かに実践されていた。外交ではなく金融で、演説ではなく公債で、ヨーロッパの宮廷ではなくウォール街で——シフはユダヤ民族の解放を目指していた。


 ヘルツルとシフは会ったことがあるか。


 記録は残っていない。しかし、同時代を生きた二人が、同じ問いに向かって、まったく異なる手段で答えようとしていたことは確かだ。




8 種は、まかれた


 日露戦争は1905年、日本の勝利で終わる。


 ロシアが敗れた。


 シフの目論見通り、この敗戦はロシア帝国の内部に巨大な亀裂を生んだ。1905年革命が起き、ツァー体制が揺らいだ。ユダヤ人への直接的な迫害が即座に終わるわけではなかった。しかしロシア帝国の権威が傷ついたことは、その後の歴史の転換点の一つとなった。


 そして日本は、「ユダヤ人の友人」として世界のユダヤ人社会に記憶された。


 この記憶は後に、20世紀の激動の中で、日本とユダヤ人の関係に複雑な影響を与えることになる。


 しかしそれは、第二部以降の物語だ。


 今はただ、1861年に横浜に来たマークスという商人から、1889年に長崎に建てられたシナゴーグから、1904年のシフの決断まで——半世紀かけて紡がれた「極東とユダヤ」の糸が、確かに存在したということを記しておこう。


 歴史は、思わぬところで、思わぬ糸によって織られている。

* アレクサンダー・マークス

 幕末〜明治初期の横浜外国人居留地で活動した初期ユダヤ人商人の一人。日本定住ユダヤ人史の初期事例として知られる。


* 横浜外国人墓地

 1867年にユダヤ人区画が設置された。日本初期ユダヤ人社会の痕跡を残す墓地。


* シップ・チャンドラー

 船舶への石炭・食料・部品などを供給する港湾商人。長崎のユダヤ人移民の主要職業の一つ。


* ベネト・イスラエル会堂

 1889年建立。日本初のシナゴーグ(ユダヤ教会堂)として知られる。


* ノーマン・マクレオド

 「日ユ同祖論」の初期提唱者の一人。日本文化と古代イスラエル文化の類似を論じた。


* 日本古代史の図解

 日本人と「失われた十支族」の関連性を論じた著作。後の日ユ同祖論に影響を与えた。


* 日ユ同祖論

 日本人と古代イスラエル人が同祖であるとする説。学術的には支持されていないが、近代日本で一定の影響を持った。


* 日露戦争

 日本とロシア帝国の戦争。日本の勝利は世界秩序に大きな衝撃を与えた。


* ジェイコブ・シフ

 ユダヤ系金融家。日本の戦時公債を引き受け、日露戦争の資金調達を支援した。


* クーン・ローブ商会

 19〜20世紀初頭の有力金融機関。シフが率い、日本公債引受で重要な役割を果たした。


* キシニョフ虐殺

 ロシア帝国領で発生した反ユダヤ暴動。世界中のユダヤ人社会に衝撃を与えた。


* ウォール街

 アメリカ金融界の中心地。シフによる日本支援の舞台となった。


* 1905年革命

 日露戦争敗北を契機に発生した帝政ロシアの大規模反政府運動。


* ウラジオストク

 ロシア帝国極東の重要港。ユダヤ人移民の日本渡航経路の一つ。


* 梅ヶ崎

 長崎ユダヤ人共同体と初期シナゴーグが存在した地域。

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