貴族令嬢は報酬を選びたい
「あんたがそんなに考え込むなんざ、よっぽどの手練れだったんだな。そうじゃなきゃ、行きずりの人間なんて興味ないだろう、あんた」
エリオットにそう言われ、ノエルは肩をすくめてみせた。
「そんなことはないと思いますが」
「いーや、あるね。おおかた、昨日ここで喧嘩を売られた相手の顔だってロクにおぼえていないだろう。なんなら、そんなことがあったことも忘れてるかもしれねぇ」
「……さすがに忘れてはいません。顔をおぼえているかと問われると、微妙ですが」
「ほれ見ろ。おれとグリズリーの見分けがついているかも怪しいもんだ。まぁ、得体の知れない奴なら、さすがに今度会ったときには特徴をおぼえておいてくれよ。ギルドの依頼以外で軽率にあの森に近づかれちゃ、面倒だからな」
エリオットは本当に面倒そうにそう言うと、ため息をつきながら帳簿に羽ペンを滑らせた。
「気をつけておきます。ところで、今回の報酬の一覧を見せていただいてもいいですか?」
ノエルは一旦、謎の青年のぼんやりとした面影を思考から追いやり、エリオットに向かって言った。エリオットは「はいはい」と適当な返事をしながら、奥の棚を振り返り、魔法で鍵をかけたノートのようなものを一冊取り出した。
「毎回のことながら、あんたも充分酔狂だね。ま、うちとしては『こんなもの』で難度の高い依頼がばさばさ捌かれるんだから御の字だが。で、今回はどれをご所望だ?」
ノエルは厚みのあるノートの鍵部分に手をかざし、目次のような頁を開く。そこには手書きの文字で、ここ1年ほどの元号日付と、「王宮内武闘大会に乱入」とか、「闇魔術の禁書を無断持ち出し」とか、学級日誌の問題児告げ口コーナーのような項目が並んでいた。
しかしノエルは、いつものクールな表情の奥で美しいアメジストの瞳を煌めかせ、真剣そのもので吟味を始める。
これが、彼女の「依頼報酬」。このノートに綴られているのは、町で語られたり語られなかったりした、王太子の「噂」の詳細である。
もちろん、真偽は定かではないし、一体どこからの情報なのかもわからない。普通に考えれば、誰かが暇つぶしに落書いた作り話程度の信憑性しかないような代物だ。しかし、ひとつひとつのエピソードでは、町の人間には知りえない王城内の日常風景や、王太子の表情がいやに生き生きと描かれていた。
そもそも、ノエルはこの噂話が真実であるかを知りたいわけではない。彼女にとっては、このノートは非日常の空想に色を添えてくれる物語や絵本のようなもの。
少女の頃、世話係に昔話をせがんだときのような、プレゼントの包みを開ける瞬間のような、そんな心持ちでこの目次を眺めている時間が、ノエルはたまらなく好きだった。




